絵師とツイッターと芸術

どうも、ふじたりあんです

今回は、なかなか興味深い体験をした気がするので、共有しつつ、考察してみようかと思います!

絵師にとってツイッターとは、単なるSNSではありません

絵師にとってのツイッターとは、集客ツールであり、広告塔であり、ポートフォリオです。

ついでに、お問い合わせフォームでもあります。

つまり、何が言いたいかというと、

絵師にとってのツイッター(SNS)とは、普通の人以上に重要

だということです

ツイッターからほとんどの仕事が来る。といったクリエイターも見受けられます

僕の場合、仕事はほとんどツイッター以外ですが、そのお仕事をくれた彼らも、ツイッターで僕のことを知った。ということがあるでしょう

ツイッターとは、現代の絵師にとって切っても切れない存在

もはや仮想世界の域ではありません。

現実にも等しい。もしくはそれ以上の影響力があります

ツイッターの役目

ツイッターは絵師にとって欠かせないものです

冒頭にお話しした点においても重要ですし……そもそも。素人絵師をプロフェッショナルな絵師にするのはSNSです

※以後、SNS=ツイッター=SNSとし、話します

絵を公開し、リツイートされ、フォロワーが増える

インフルエンサーとしての絵師を欲しているクライアントはそう言った人に頼むでしょう

つまり、何が言いたいかというと、

素人をプロフェッショナルにするのはツイッター民

ということです

このように、ツイッターとは大事なツールです

絵師としての人生を左右するツールと言ってもいいでしょう

そんな、両者間の循環においてスタンダートとなっているツイッターですが、

問題もあります

”というと、なんだか恐ろしいものを感じてしまいますが……

その通りです

ツイッターは恐ろしいです

芸術の目をどんどん摘み取っていきます

評価されるべき絵は評価されず、評価されなくてもいい絵を評価します

まるで、素人が集まった品評会です

貧しい作品を、貧しい目で批評し、高い金額で買う

文字に起こすだけで、その粗末さが見えてくると思います

そう言った人々がそういったサイクルをまわすこと自体に、何の疑問も持ちませんし、否定もしません

幼稚園児が幼稚な遊びをするのと同じです。彼らにも彼らなりの遊び方があります

精神年齢に応じた娯楽が用意されているように、見る目に応じた作品展もあるのです

それは理解しています。ただ、問題なのは……

その営みが、本物の芸術を埋めてしまっているということです

下品な品評会が人気になり過ぎているのです

本物の隣でやっている偽物の品評会。それに客を取られ、会場に誰もいないのが今の芸術です

ツイッターで絵に触れることはいいことです。入り口はそこでもいいかもしれません。

ただ、それはあくまでも入り口であって、本物の芸術とは言えません

ツイッターに流れてくる作品はどれも、芸術性のない物ばかり

そんなものを見ている人間がなぜか、その偽物を評価してしまいます

そうして本物を埋める

これでは、本当のアートは育まれません

注釈

ここで、注釈を入れます

なんだか、書いていることが愚痴にしか聞こえないという人も出てくる気がするので、一応注釈です

一応、僕は、ツイッターで全く評価されていない。というわけではありません

普段はほとんど評価されていませんが、極々ごくたま~に評価されます

バズっただけだという意見もあるでしょうが……、それでも評価は評価です

12000人の人がこのショートムービーを目にし、それぞれの価値観で吟味、検討した結果。評価してくれたという事実があります

そんなわけで、ツイッターを愚痴っているだけではないことだけは頭の片隅にインプットしておいてください

もちろん。ツイッターで全く評価されない人がツイッターのいいねを批判する。という体の文面では単なる愚痴と言われても仕方のないことでしょう

ただ、僕は少なからず評価はされている。つもりです

味音痴の素人がラーメンを批判するのと、評論家が批判するのとでは、後者の批判の方が正当性があるでしょう

それと同じです

ツイッターで評価されない人がツイッターを批判しても、特に意味はありません

最低限、言及できるだけの評価が集まったと感じたからこそ、今ここでこうして問題提起しよう、

というわけです

体験談

本物の芸術を展示する人はいます(僕もそのつもりです)

問題は、それが評価されない。見てもらえないということです

……少し興味深い体験をしたので、共有しようかと思います

この件は芸術作品での例ではありませんが、貴重な知見を得た気がするので、例として挙げます

上に挙げた例は、本アカのとあるツイートの様子です

いいねは収束しています

参考までに、この時の本アカのFF比は1007:1884

ツイートはゴールデンタイムと言われる8時前。日曜日

つまり、一週間で一番見られる可能性が高い時間帯です

ハッシュタグも2つ付け、公開しました

……次に、このころ作ったばかりのサブ垢で、同じ絵を公開した時の様子です

この時のサブ垢のFF比は7:7

ツイートの時間帯は同日日曜日の正午ごろ、

ハッシュタグは本アカと同じ2つ、画像は1枚

そして、画像からもわかる通り、いいねは62です

サブ垢よりも285倍フォロワーが多く、しかも。恵まれた時間帯にツイートした本アカ。

それなのに、いいねの数は3分の1です

フォロワーが285分の1なのに、いいねの数は3倍。

ハッシュタグは同じ、投稿している絵もほぼ同じ

サブ垢の存在は本アカでは告知していません。つまり、全く別のアカウントと言ってもいいでしょう

ゆえに、”サブ垢のツイートを見たから本アカのツイートにいいねをしない”

ということもないはずです

つまり、同じ絵を投稿しても評価に差がある。ということです

……なぜ、このようなことが起こったのでしょうか

このことから僕は、いくつかの仮説を立てました

仮説

2つのツイートの差は以下の通りです

  • 画像の枚数
  • 時間帯
  • アカウント
  • リツイート
  • 文面
  • URLの有無

一つずつ見ていきましょう

画像の枚数

今回の結果から見るに、一枚で大きく顔を載せた方が反応がいい。と言わざるを得ません

個人的には、ビジュアル面で情報量が多ければ、タイムラインでも目に留まりやすい。と推察していたので、予想は外れました

ただ、後ほど述べますが、ツイッターとは運。だという仮説もあるので、このことは参考程度にとどめるべきでしょう

時間帯

ツイッターは実際の人間が回しているツールです

そして、人間には生活サイクルがあります

つまり、ツイッターにもサイクルがあるわけです

僕が研究した結果を簡単に述べると……

まず、コンテンツに形態よってゴールデンタイムは異なります

例えば、動画媒体は出先では視聴されにくいという傾向があると考えています

出先では通信制限など、扱えるデータ量に上限があります

その点、動画媒体のツイートは通勤、帰宅ラッシュ時の影響は少ないのです

なので、動画媒体が一番評価されるのは休日、家にいるとき。会社にいる人の場合はお昼休み。つまり、土日の正午。

さらに言えば、一週間のうちで動画が最もみられるのは土日の2日間。そして、ツイッターは微弱ではありますが、ストック型のコンテンツです。

つまり、一週間のうちで一番評価される可能性が高いのは、

土曜日の正午。

となるはずです

……すみません。話が逸れました

本題の画像に関しては、ラッシュの影響を強く受けます

電車の中でやることのない人々は、スマホのタイムラインを眺めるわけです

そして、朝か夜ということになりますが……、ラッシュが集中するのはどちらかと言えばです

ただ、朝はなんだか違う気がします

たしかに、勤務する人間は朝の方が多いですが、勤務しない人間は大体、寝ている時間帯です

ターゲットを労働者に絞るのであればこの時間帯のツイートも悪くはないですが……

僕の場合は違うので、やはり。帰宅ラッシュ時、電車に乗っている人間が一番多く、かつ。働いていない人も起きている時間。午後8時前後です。

そして、曜日に関してですが、僕のデータでは、がいい、

という結論に至りました。

一時期、ツイッターの動向を研究したとき、

インプレッションなどのツイートを200例ほど、エクセルのデータベースに集計して分析しました。

その結果見えてきたデータです

……と、前置きが長くなりましたが、要するに、

一番いいのは午後8時前後、2番目に良いのが正午。もしくは朝。

だということです

ただ、この結論は、先ほどの実例に反します

正午に公表したツイートが午後8時に公表したツイートよりも評価されていないからです。

つまり、僕の読みは外れたということになります

アカウント

本アカの FF比は1007:1884

対して、サブ垢のFF比は7:7

この数字だけを見れば、圧倒的に本アカでの公開が評価されるべきです

インプレッションが多い方が、サブ垢でのデータです

……と、ここで、画像の右側。サブ垢の方だけリツイートがありますね

それに付いても考察します

リツイート

本アカはリツイートされていませんが、サブ垢の方は2リツイートされています

そして、肝心のリツイートしたアカウントですが、

2つとも、botでした

一つはフォロワーが7101、もう一つが8393

つまり、足し合わせて15494……

僕の理論では、リツイートの価値というのはアカウントのフォロワーと強めの相関関係をもつため、15494という数字はなかなかリツイート効果があったのではないかと考えられます

実際、当たり前かもしれませんが、いいねをしてくれたアカウントはほぼ、フォロワー以外でした。

つまり、ツイッターにおいて、リツイートの威力は大きなものがある。ということです

文面

文面に関しては、両者とも同じような印象を受けます

ただ、ツイート内に文字を増やし過ぎるとインプレッションが下がる。という事実は、個人的な体感ではありますが、実感はしてはいます

本アカの方が、文面がごちゃごちゃした感があったので、

その影響が出た。と結論付けることも可能と言えば可能です

URLの有無

先述したとおり、文面がややこしくなると反応が悪くなるということはある気がします

また、ハッシュタグを嫌う日とも一定数います

そして、URLのテキストは、ハッシュタグと同じ、青です

ややこしい文字列が青い色で……

一瞬で過ぎ去るタイムラインにおいて、僕のツイートのURLを見た人は無意識的に嫌悪感を抱いた。

という考察も可能です

結局、ツイッターとは?

なぜ、ここまでの仮説を裏返してまで、ツイッター民はサブ垢でのツイートを評価したのでしょうか。

僕が思うに、以下のような要因がある気がします。

まず、以前から主張していることですが、

ツイッター民はイワシの群れと同等です

イワシの群れは、周囲と同じ方に泳ぎます

周りが泳いでるから自分も泳ぐ

これが、ツイッターの闇を生み出してしまっているのです

ツイッターで絵が流れて来たとき、その人は絵を見ません

いいねを見ます

絵を見てくれたとしても、いいねが少ない絵にはいいねを押しません

リツイートも同様です

リツイートする人は、絵がいいからという理由ではなく、リツイートされているからという理由でリツイートします

絵を見ずに評価……言うまでもありません。芸術への侮辱となっています

つまり、ツイッターは残酷な拡声器です

素人目でコンセプトの無い作品を、拡散してしまいます

そうして、本物は消されます

要するに、運

ツイッターは運ゲーです

いい作品を投稿しても、評価されるかは運しだい、

そして、評価されるのも運しだい

ということです

今回の考察では、2件のリツイートが命運を分けた。と言えるかもしれませんが、それも運です

2つのbotはハッシュタグを判断基準に拡散リツイートをしているようですが、僕がツイートした2つのハッシュタグは両社とも同じです。

つまり、bot2つから見たら全く同じツイートだったはずです

それなのに、片方のツイートはbotからリツイートされました。2件も。

……これが運ゲーたる所以です

もちろん。ツイッターを単なる運ゲーととらえられれば、ここまでの問題にはなっていません

なぜこの問題がこれほどまでに大きなものとなっているのか、

それは、先述したとおり、絵師をプロフェッショナルにするのはツイッター

という傾向があるためです

素人の品評会はひどいものです

フォロワーを増やすために描かれただけの絵

命を吹き込まずに、単なるピクセルの集合体としかとらえられていない絵

メッセージでもプロパガンダでもない絵がツイッターに流れます

それをなぜか、素人は評価してしまうのです

評価する彼らは一体、どんな人生を歩んできたのでしょうか

絵の違いも見分けられない彼らの目にはどんな褪せた世界が映っているのか、

一度見てみたいものです

まとめ

ツイッターとは、運ゲーであり、糞ゲーです

カードゲームに例えるならば……、カードの強さで勝負するのではなく、サイコロの出た目で勝負をする。ということです。

そんなゲームに、人生を賭けてしまっているのが僕ら絵師です。

もちろん。バズるにしても、絵がうまくないといけません

が、しかし。

タイムラインに流れてくるいいね1万越えのイラストも、僕の絵より劣っていると感じることがあります

もちろん。評価されるべくして評価される。という絵も流れてきますが、

ほとんどの絵からはコンセプトも、メッセージも、オリジナリティーも、も。感じられません

つまり、張りぼてです

張りぼてをなぜか評価してしまう仮想世界。それがツイッターなのです

信念をもって、文字通り命を削って創作している、僕のような創作者が悪夢を見る場所です

以上です

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