始まりがあるから終わりがある。について考える僕の頭の中

“始まらなければ終わらない。終わらなければ始まらない”

というのはこの世界を形作る根本的な自然の摂理の一つだ

……と、今まで思っていた

ただ、どうやら違うようだ

というのも、世の中には無理数というものがある

円周率のように、無限に数字が続く

ただ、確かに円周率という数はあるのに、それを数で示そうとすると永遠に続いてしまう

始まりがある(存在している)のに終わりはない

これは世の根本的な摂理に矛盾しているのではないだろうか

こんなことになっている理由としては、円周率とは存在というよりかは概念だ

という点が挙げられるだろう

つまり、円周率は物質ではない

形はないから先に述べたような根本的な自然の摂理に縛られる必要がないということだ

もしくはただ単に、円周率という、神の作ったアナログを人が作ったデジタルで表そうとしたから、

フォーマットが違うのだから無理数になって当たり前だ!

と、考える人もいるかもしれない

ただ、どちらにせよその考えすらも概念だ

つまり、空想上、概念上、定義上は始まりはあるが終わりのない何かを想像することができる

そしてその概念は人間の認識の中だけにある情報だ

……つまり、情報には始まりがあるけど終わりがない

ということも起こりえるのではないだろうか

それは同時に、始まりも終わりもない。始まらないけど終わりはある、

ということもあり得るという形になるのか?

いや、それはあり得ないか

なぜなら終わりという現象の前提条件に始まりがあるからだ

終わりというイベントが発生するためには始まりというイベントの発生が絶対条件だからだ

そして、始まりも終わりもない。というのは概念も存在していない。無ということか

そうすると”始まりも終わりもある”と、”始まるけど終わらない”という2つのみが考えられるのか?

前者はしっくりくる。いうまでもなくあり得る話だ

ただ、後者はどうだ?

始まるけど終わらないもの

ものではないか、情報ならあり得るのか

少なくともいえることはまず、僕らがこうして知覚している時点で言える。現時点での何かの存在だ

つまり、始まりというのは確実にある

これが終わるか否かについてが重要だ

もちろん、死というのは終わりではない

自我は情報であるから、観測が終わることになるかもしれないが、その情報影響は……

いや、ひらめいた、終わりはないな

なぜなら僕らがこうして何かを認知している時点で、それは始まりの後に僕らがいるということになる

ただ、それがもし終わる場合。終わった後には何も残らない、無の状態になる

そして、無を在ると定義することはできない。つまり無視できる

概念という概念すらないのだから、すべてが終わった後にそれを評価する概念という概念すらない

だから終わりは必ず来る

だったら終わるんじゃないか、ともいえるが、確かにそうとも言える

内側から見たら終わりはあるが、外側から見たら終わりはない

というのが正しい表現だろうか、

人類の言葉で表すならば、”ループ”に近い

無限の情報量を持ったホワイトノイズが永久に続く超次元空間。その情報の対流こそがこの世界の正体ではないだろうか

これは永遠に続くのだから終わりはない

もし、今定義した超次元的な世界を俯瞰するレイヤーに自我が存在したとしても、そのまた上に同じようなレイヤーは存在している

すべての概念が無限に、フラクタル構造を形作っているのだ

これが世界の形なんだろう

今日考えたことに対する答えは、

“物質世界においては、始まりと終わりは必ずセット”

“情報世界においては、始まりがあるから終わりがある。ともいえるし、始まりも終わりもない。ともいえる。ただし、どちらか一方だけがあるというケースは無い”

が答えだ

じゃあ無理数ってなんだ?

確かに始まっているのに終わりはしない

これに対しては2つ考えられる

無理数はそもそも始まっていない。

もしくは、無理数は終わりがある

前者も後者もなんだかおかしい気がするが、どちらかは真実だ

なんとなく、前者な気がする

無理数はそもそも情報ではないのかもしれない

……というか、そもそも数も情報ではないのか

一見、数というのは典型的な情報のようにも見えるが、実は違うのかもしれない

神と人、アナログとデジタル、アーティストとクリエイター、無性生殖と有性生殖

そして、情報と物質

前者の上に後者が成り立つという自然の摂理があるが、その点考えると、数というのは情報ではなく物質の一種なのかもしれない

いや、だったら始まりも終わりもあるはずか

わからない。無理だ。

無理数なだけに

3つあるのか???、情報、物質。そして無理数

そんなわけはないだろう

いや違う。答えが出た。

例えば、分子がベクトルを持っているとする

これは物質が情報に乗っている状態だ

つまり、物質と情報というのはレイヤーとして分かれているのではなく、混ざりあっている場面も考えられるというわけだ

というか、世界とはそれでできているのか

つまり、情報をベースにした物質世界

その一種が無理数という存在なのかもしれないな

なんだ、それだけか

この世界のあたりまえに気づいただけだった

難しく考えすぎていたようだ

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