今日、卒論の発表が終わった
これで大学に行くことはもうないことになる
僕の同級生たちはもう社会人2年目になろうとしているところで僕はまだ大学にいて、しかも就職先も見つかっていない
社会に溶け込むことへの難しさを痛感しつつ、同級生がもう社会人2年目というのもなんだか変な感じがする
思い返せば、僕の創作活動は大学入学と同時に始まったようなものだ
最初は大学の漫画研究会で小説やキャライラストを出してみたい
そしてちやほやされたい
というようなところから始まった気がする
ただ、そういう思いもすぐに変わり、SNSで評価されたい。から、仕事をしたい。となり、日本一有名な1999年生まれになりたい
というような夢へと変わった
そして、それを追いかける中では4年間では足りず、結局5年間行くことになった
大学では、友達をそんなに作らなかった
高校の頃はだいぶ友達が多いほうだったと思う
ただ、大学に入ってからはなんだか周りの人とは関わらなくなった
軽音楽部に所属してはいたが、そこでも別に中心人物になることはなく、気が向いたら出演する。くらいの付き合いだった
漫研にも、他にも入っていたジャズ研にも。ほとんど顔は出していない
一人、僕と同じく成績が悪く、僕が留年したタイミングで別の大学に編入して行った友達はいた
その人や、その人との共通の友達とは今でもたまにカラオケに行ったりはするが、そのほかの人とはあまり行かない気がする
端的に言えば大学は僕の居場所とは呼べなかった
学科の方針は今となっては好きだ
おそらく、広く浅く学科では教え、その先の進む道は学生自ら決める
というコンセプトなのではないか、と感じる
その点は良いと思っていて、僕自身も、大学在学中に将来の道を自分で見つけた人だ
僕の場合は学科の方針から外れすぎていて結果、留年することにはなったが、
ただ、僕の学生生活はある程度、学科の方針に沿ったものになったのではないかと今では感じる
1年くらい前までは散々大学の文句を言っていた僕だが、今となってはそこまで悪いものではなかったようにも思える
コンセプトとしても僕に通ずるものを感じ、少しは大学を肯定できるようになった気がする
あと、僕の大学生活を語るうえで外せないのがコロナだ
僕は2018年入学だから、コロナが始まったのは3年生が始まる年からだ
僕は3年生を2回やっているので、実際は大学生活3/5をコロナの影響を受けて過ごしたことになる
ただ、このコロナというのは僕の学生生活において大きな転換点となったのは確かだ
もちろん良い意味で、
授業はオンラインになり、圧倒的に単位は取りやすくなったし
創作活動にも一層の拍車をかけて取り組むことができた
授業を横目にAEを触っていたり、
いろいろ勉強できたりした
……そういえば、Aeやpremiereも、大学が入っていたアドビのコンプリートプランで、創作していた点も大きい
エクセルも使えたし、
結局大学に入った意味というのは大いにあった……のかもしれない
話を戻すと、コロナの影響で単位も創作もしやすくなった
ただ、依然としてやる気は出なかった
結果として留年する
コロナとのダブルパンチによって友達とはさらに疎遠になり、結局はもうほとんどの人と連絡は取らないようになった
だから大学全体を通して、ほぼ誰とも関わっていない
ただ、これはこれで良かったと思っている
というのも、僕はもともと普通じゃない人であって、普通の人と関わっても浮くだけだ
それが良いふうに出たのが高校生活。普通じゃないからいじられキャラとして居場所があった
あとSNSでも。印象に残る創作者としてフォロワーを集められている気がする
逆に、悪く出たのが就活。新卒っぽくない振る舞いのおかげで採用してもらえない
大学では人格で成績がつくわけではないので特に影響はなかったが、
ただ、周りに合わせるということを要求される大学生活において、僕というのはそもそもいるべきではない人だった気がする
大学とは、それに無理をして周りに合わせることを学ぶ場なのかもしれない
その点からいうと、コロナでオンラインになった僕は周りに合わせる必要がなくなった
これは社会人としては好ましくないかもしれないが、ただ、アーティストとしては大切なことだと今でも思う
そして僕は今後の人生、多くの時間を社会人ではなく、アーティストとして過ごすことになるだろう
だから、大学3年目でコロナ直撃。友達がいなくなり留年。以降家から出ずに一人で過ごす
というのも意外と悪くはなかったのではないか、
と思う
とはいえ、不安もある
履歴書にどう書こうか、就職先、転職先は見つかるのだろうか
僕という人間は本当に社会に必要とされているのか
今までは表で自分を抑えつつも、芯では自分を失わずにいたつもりだ
ただ最近の僕は芯から夢を諦めかけている気がする
映画を作る。メタバースを作る。作品を作る。
そういう夢と新社会人としての自分の両立ができないということを最近実感している
社会は僕を受け入れてくれるのか、
大学という名の命綱から解き放たれる僕を守ってくれる人はもういない
そうなったときに僕は依然として自我を突き詰めることができるのか
少なくとも、社会では受け入れられてくれそうにない
数日前まで、ろうそくの炎が消えかけているビジュアルが脳裏に焼き付きまくっていた
今は少し精神的にも落ち着き、将来への希望が芽生え始めて入る
ただ、少なくとも。社会人としての心意気と、文明社会の規則性を前にした僕の個性は鈍くなってしまった
事実、あれだけスーツを着たくないと思っていた自分はもう完全にどこかに行ってしまった
あの頃の尖った僕はもう戻ってこない
人は変わるもので、かつ、同時に二つの人生を送れるわけでもない
だから今となってはどれが正解だとかはわからない
お金関係、社会人のマナー。そういったものを知れたのは就活での大きな成果ではあったが、それと同じく。謙虚さというのも学んだ
その謙虚さがブレーキになってしまわないか心配だ
その心配が大学という場からの解放によって誇張されている
今の気持ちは、開放感、喜び、安心、そして不安だ
この不安は結構大きい
今は1月27日、少し前。10月に入った頃からぶっちぎりで人生最悪の日々だった
髪の毛も抜けた
眠れない日々が続き、睡眠薬を人生初めて飲み、たくさん泣き、本当の鬱というものを知った
運悪く、2つの大きな不安が重なってしまったのだ
一つが卒論が終わらないことに対する不安
一時は本当に単位が出るのか怪しく思えるほどに出来が悪かった
その不安は卒論の締め切りが迫るごとに増していき、10月ごろからとうとう限界を突破し、壊れた
卒論に関しては結局、そのあと挽回し、今日の発表会でも褒めらるほどの出来になった
学科のホームページにも載るかもしれない
2日間の日程だったが、共同研究ということもあり、2回。僕が発表した
おそらく2回発表したのは僕だけだと思う
卒論の方に関しては年明けくらいから不安はなくなった
ただ、そのあと間髪入れずに襲ってきたのが就職に関する不安だ
23年卒で入社するつもりの会社に7月ごろからインターンとして入社した
半年間のインターンだ
大学4年生の7月から半年間のインターン
週3日、1日10時間ほど
僕はてっきり、その会社は僕を入社させてくれるものだと思っていたが、違った
インターンで入社した人はほぼいないらしい
落ちる可能性は大いにある
入社できるものだと思っていたからほかに就職活動はしていない
そういう意識が芽生えたのは年明け後だ
それで僕はまた不安になった
眠れぬ日々を過ごし、死に物狂いで就職先を探した
その間にも続く小さなストレス
仕事、就職探し、卒論、ポートフォリオ製作
あらゆることを同時にこなし、大きな二つの不安に挟まれた大学最後の3か月間は本当に地獄だった
そうして今に至る
まだ卒論の方も、論文自体を提出したわけではないからまだ大学の過程すべてが終わったわけではない
卒業式もあるのかもしれないからそっちにも出席する必要があるかもしれない
創作活動、留年、コロナ、卒論の停滞、就活失敗?、鬱
僕の大学生活を振り返るならこんな感じだ
最後に、
この文章は誰に向けたものでもない、自分に向けたものだ
大学という場所を一生忘れないためにも、こうして大学の思い出を文字に起こした
だからこの文章は日記みたいなものだ
昔を思い出すことで生まれる何かがあるかもしれないから、こうして残しておく
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動かして動かしてもメッシュが上手く組めてるか分からない3DCGキャラクターのモデリングをこの日記で思い出します。モノを作ることと、社会から評価を受けることは両立が難しいんだなと、最近感じました。
今考えられる最善を尽くす。それだけ考えます。
素敵な日記でした。