赤を赤たらしめるのは赤以外だ

というのは当たり前のことだが、これを意識することでコンテンツは面白くなる

例えば、一面真っ赤な世界があったとする

画面内には赤成分しかない。赤いフィルムを通してみたような世界だ

そんな世界は赤という色を強烈に発信するようではあるが、本当は違う

なぜならその世界に赤しかないとき、赤は赤ではなく、単なる明度になるからだ

最初のうちは赤という色に押しつぶされそうになるだろうが、しばらくしたらそれもなくなり、単なる白黒の世界と同じような印象に落ち着く

少し前までいた世界の色と、その瞬間にいる赤い世界の色を比べて、赤を赤と呼ぶだけだ

もちろん、これはほかの色に関しても同じことが言える

青しかない世界では青は青ではなくなる

そして、これは色に限らない。

音や幸福、概念。すべてに当てはまる

一般化して表すならば、何かの性質を表すにはそれ以外の性質を同時に知覚させる必要がある

ということだ

例えば、赤い世界はなぜ赤い世界と呼べるのか

それは赤ではない色が赤い世界に存在するからだ

静かな空間を表現するのに無音の空間を表現するのは良くない

なぜなら無音の空間は音という概念がない空間であって、その点から言うに、静かという概念すらもなかったことにしてしまうからだ

だから、映画で静かというのを表現するためには音が必要だ

もしくは対象物以外の環境音。相対値による静かの発信が必要だ

色の無い世界を題材にしたゲームも。全く色をなくしてしまったらそれは単なるモノクロのゲームでしかない

少なくともUIには色が必要だろう

できればシーン内にも、色が欲しいところだ

ただ、芸術というのは自由だから、今ここで描いたことを理解し、効果的に使ってその概念すらも内包したコンテンツを作ることもできる

それはもはやメタ的な要素だ

こういうのを映画に取り入れることができれば……、

時間とお金と、僕を理解してくれる社会さえあれば

と、その前に。僕を理解してくれるクリエイターを集めたい

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