文明の肥大化について今一度考えてみる

最近、脚本を書いている

そういう中で自分について知ったことがある

僕が本当に伝えたいのは、文明の肥大化に対する悲壮感ではないだろうか

少なくとも今回の脚本で伝えたかったのはそれかもしれない

今のところ一番しっくり来ている

文明の肥大化を手放しで喜んではいけないということだ

僕はむしろ、人類の進歩とは言えないとも思っている

環境は破壊するし、差別は発生するし、

そんな弊害を生んでまで得たのは幸福のチキンレースだ

幸福というのは相対値で感じるものだから、水準を高める技術の発達によって人類が幸福になることは絶対にない

というようなことを2年位前に言っていた気がする

結局のところ、僕が言いたかったのはそれだった

今まで脚本で書こうとしていたことが完全に間違いだったということではない

最初に僕が脚本で伝えたい、と宣言したのが、人のやさしさだ

それをかみ砕いてかみ砕いて、結局のところ反文明に行きついた

文明こそが人の心を貧しくしているすべての元凶だということだ

選択肢は増え、人は病み、競争するようになった

そのストレスは本来生物が受け止められるキャパを超え、精神を蝕むようになった

僕の今までのブログ記事の内容も、元をたどればこの、反文明に行きつくともいえるかもしれない

総じていうならば、文明によって人間の容量を超えた幸せ、作業、争い、娯楽。

それらが人間の手元を離れて独り歩きしている状況が現代の文明だ

そういう一連の超巨大なムーブメントの虚無感を僕は一番伝えたい

文明による発展は地球を破壊するまで止まらないし、運悪くそれまでに人類が宇宙に飛び出してしまえば、

この悪循環が銀河中に拡散するのだろう

それは果たして誰が望んだものなのか

種の存続にそこまで真摯になる必要はあるのだろうか

通貨の誕生により人と比べることが容易になった人類は互いに監視し、相乗効果を生み出すようになった

それについてこれない人は仲間から外してチキンレースを再開する

そんな文明が僕は嫌だ

……というような視点からも反文明を語ることはできるし、

あとは、僕のような顎関節症を患った人が生まれてくるということも、文明が無ければあり得なかったはずだ

生存に不利な遺伝子も子孫を残せるように文明社会はできてしまっている

ゆえに自然淘汰という、生命の神秘を拒否し、技術無しでは生命を維持することができない個体が生まれるようになった

それはミクロで見れば人道的だが、マクロでみると非人道的だ

というのも結構前に言っていた気がするが……

要するに僕が今まで言っていたものは基本的に、反文明的だ

本当の幸福はもっと身近なところにあって、それはすぐに手に入るものだ

ただ、加速し続ける文明がそれを隠してしまっている

その一連の流れに声を上げるのが僕がとりあえずやるべきことでは?

ということで、そういうテーマの脚本を今は考えている

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