自主制作メモ:主人公が物語を終わらせる動機について考える

世界を終わらせるのがクライマックス

そのきっかけはゴミポッドにメンテナンスロボットを投棄するシーン

この2つはもうほぼ決定している

つまり、スタートとなるシーンとゴールとなるシーンは決まっている

ただ、ゴールに至るまでの道のりに関してはまだ明確に決めることができていない

なぜ主人公はタワーを登る、なぜ主人公は宇宙船を停止させる。どういう気持ちで?

それらに関する可能性をここで文章にし、検討する

でないと演出と演技が決まらない

1,結局のところ、最後まですべてが魂の真似事だったというオチ

この場合、クライマックスでは主人公は闇を恐れる

何故ならそれは自分が意図した結末ではないから

そうなるとこの作品は、魂に対して最後まで冷ややかな視点からそれを描くことになる

そしてその結果闇に包まれて無に帰る世界を描く

どちらかというとバッドエンドだ

ただ、思想ははっきりしている

・プロット

ゴミピットから見下ろしたロボたちの様子は悲しい光景で、それを見たときに憐れむことが魂というものだと主人公ロボは学習している

なので、哀れみの表明として、全ての根源である世界を終わらせるという結果を試みた

そしてその手段として、OSにインストールされている船内情報を参照し、生命のモニュメントにたどり着き、停止させるに至った

予想外に訪れる暗闇に主人公ロボは恐れる

コントロールルームの端から迫ってくる暗闇に追いやれつつ。真実の世界(宇宙)を見ながら死ぬ

2,自分で選択する魂が完成したというオチ

ゴミピットで見た景色は過去に主人公が目の当たりにした衝撃の中で、一番大きなものだった

それに対する自分のアクションとして、考え、宇宙船を停止させるという、自己決定をする

この自己決定は新しい生命の誕生ではないだろうか

培ってきたものだけではなく、

それにより物語を終わらせるというのであれば、それは主人公が下した大きな決断だ

この場合、クライマックスでは主人公は闇を恐れない

終わらせるということを認め、理解したうえでコントロールルームに臨んでいるから

作品のメッセージとしては、生物的挙動をする魂の温かさを描くことになる

ハッピーエンドだ

・プロット

ゴミピットからメンテナンスロボットを投棄する

そこで目の当たりにした大量のロボットの残骸に、この世界の苦しみを感じ、それを解決したいという気持ちが沸き起こる

そうしたときに、コントロールルームに関する情報がフラッシュバック、それを参照してコントロールルームに乗り込む

そこで生命のモニュメントを淡々と破壊もしくは停止の操作をし、宇宙船が停止する

迫る暗闇を気にかけつつも、外の世界を目の当たりにして満足げに停止する

所感

書いてみて気づいたことは、両者は違うように見えて本当は同じということだ

感情が現象でしかないということをこの作品では伝えたいが、それには反論できない

なぜなら、現象とは利害関係からくる反応のことを示す言葉であって、その点。この現象という概念はあらゆるものに当てはまってしまう

つまり、エントロピーの流動のことを現象と言っているだけだ

だから、感情は現象だという僕の主張に対しても、反論はできない

ただ、これについて議論し続けると、いずれ僕は屁理屈を言っているかのようになる

その屁理屈を脚本でやった場合、2の案になる

屁理屈に行く前にその議論を止めた場合、1の案になる

そして屁理屈か否かには明確な仕切り値はない

なので、1と2の案は本当は同じものだ

ここまで考えているのだからもう、どっちでも良い

そうなるとここからは僕がどうしたいかというフィールドになる

僕がどういう運命をロボに背負わせたいか。

2つの違いをまとめる

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単純な魂比較的高度な魂人のように高度な魂
バッドエンドハッピーエンド終わらない
闇を恐れる闇を恐れない終わらない
満たされないまま終劇満たされて終劇終劇しない
魂のメカニズムを見せる自発的な選択を表現する他という概念を表現する
一言でいうと勘違い一言でいうとひねりの無い展開哲学要素を含んだ展開

↑で唐突に3を追加した

1,2,3は魂の複雑度の分類だった

そして、3に至る明確な境は、他という概念があるか否か、だ、

これは断じていえる

この主人公ロボには他という概念がないため、魂として人間ほど複雑にはなれない

もともとこの脚本は、他という概念と自分という領域について書こうとしていた

それをもう一度鑑みると、3つ目の展開が生まれる

他という概念があって初めて自分という領域が生まれる

何故なら、他というのは外ということであり、外が生まれて初めて中が生まれ、自と他の境界が生まれ、魂となるからだ

嘘をつき、隠し事をする

それこそが豊かな感情の条件ではないだろうか

↑の表で3を作ったのは、他の概念が存在する僕のような人間だったらどうい選択をするだろう。と考えた結果だ

他という概念があるとき、他にも魂があるのだと認知する

そうすると、自分の都合だけでは物事を進めることができないと悟る

僕だったら、ほかのロボは与えられた使命を全うし、幸せに過ごしているかもしれないと考え、宇宙船を停止するのを躊躇するだろう

だから、物語は終わらない

ただ、主人公ロボは違う

なぜなら他の概念がないから

悲しみという、他の概念が無くても観測できる現象を目の当たりにして、それに対する行動を起こす

本当はロボたちに幸せがあるのかもしれないが、それは他という概念がないと観測できない

何故ならロボはうれしいとかを口にしないから

それなのに物理的実体は破壊の方向にのみ進む

なので、不幸に関しては他の概念があるない関係なく知覚できる

だから、主人公はロボットたちが持っている潜在的な幸せに気づけていないので、宇宙船を停止させると選択するだろう

再び検討

1,2,3の違いが魂の複雑度の違いだとわかった

問題はこの脚本でどのレベルの魂を見せるのかだ

今ぱっと考えたところだと、基本的に2のまま進めるが、3を予感させる描写もする

というのが良い気がしている

他という概念についてもこのタイミングで訴えかけたくなった

なのでたとえば、しまりが悪くなるので微妙かもしれないが、最後、宇宙船を停止したのかしていないのか、わからないような終わり方にする

そうすることで、主人公ロボは本当は他の概念を獲得しているのではないか。という考察ができるし、

もっと言えば、宇宙船を停止させようとしたところでやっぱりやめた。という展開も考えられる

この場合は完全に3のレベルに魂が達していることになる

他という概念を理解し、ロボットの中にある潜在的な幸せを考慮して停止しないかもしれない

というところでもう1時を回っているのでそろそろ寝ないといけない

続きは明日考える

寝て待て!!!

P,S,

具体的な展開を考える

まず、ゴミポッドから投棄するところからは今のまま、変わらない。悲しみを感じている場面なので、あまり派手な演技はしない

そして、特筆すべきなのが、クライマックス周辺、コントロールルームでの場面だ

主人公はコントロールルームの様子と、頭上に覗く巨大な宇宙船の前部、何もない宇宙空間を目の当たりにして、興味深そうなそぶりを見せつつ、進む

途中で散乱する人骨に阻まれつつも、進み、ソファに横たわる人骨を目の当たりにする

ここも変わらず、ただ淡々と眺める

主人公は理解できていないが、映像としては、人間という神の姿を目にして憐れむような感じにしたい

そのあと、生命のモニュメントを停止させる

この時、主人公は一瞬だけ迷う

これは、エレベーター内で殺めた戦闘ロボのことが頭によぎったからだ

あのロボットだけ、他の警備ロボとは違うことをしていた

つまり、あのロボットにも魂が宿っている

それを主人公ロボはあのエレベーター内で感じ取ったわけだ

これにより、魂に他の概念が生まれた

自分以外にも観測者がいて、そいつが何か行動を起こしている

だから殺さないといけないし、嘘をつかないといけない

そうして生まれた他の概念がこの場面で迷いとなって出てくるはずだ

だから停止させるのを一瞬躊躇する

それはほんの一瞬だ

もう少し戦闘ロボと分かり合っていたら停止させなかったかもしれない

ただ、今回は尺と工数と僕の元気の都合上、これ以上踏み込んで描くと作品を作りきれるか怪しくなってくるため、描かない

ただ、ここで、その演出に至った心境の変化を説明しておく

そうして主人公は一瞬迷い、生命のモニュメントを操作してすべてを停止させる

すると、コントロールルーム後部のシャッターが閉まり始め、主人公は驚く

少しずつ迫ってくる真っ黒い闇に気を取られつつ、後退していく

給電が消えたロボは電力不足により腕や肩などのパーツが取れ、最後には頭だけになって地面に転がる

そこで最後、宇宙空間に包まれながら死ぬ

真っ暗な暗闇に包まれ

劇場、船内、エレベーターホール、警備ロボ、全てが停止して単なる人間が作った人工物の塊となる

観測者がいないくなった宇宙船は存在意義を失い、周囲の空間ごと無に還る

空間が湾曲し、宇宙船は消滅し、作品が終わる

外に宇宙があること→知らないし、認知もできない

宇宙船の前部→知らない、興味深そうに見る

人骨の正体→知らない、単なる障害物

ソファと人骨→意味ありげに感じ、観察する。理解できない、不思議に思う

生命のモニュメント→それが何だかなんとなくわかる。

シャッターが閉まる→予想外、驚く

給電停止→知らないし、抗えない

P,S,

モニュメントは配置されているものという形にするのはどうだろうか

台座に球体がセットされているのが本来の姿

ただ、人間が球体の部分を持っている。そのまま息絶えている

それをロボが抱え上げて台座にセットする

言うまでもなく、作品のメッセージに順じた場面になるだろう

ただそうすると、コントロールルームで一つのアクションが起こってしまう

コントロールルームでは雰囲気的に、一連の一方通行的な展開にしたい

あそこは終わりの場なので、そこで何かを進めるのは物語の進行上、好ましくない

物理的、意味合い的動線を一直線にしたい

じゃあどうする?

一つ思い浮かんだのが、生命のモニュメントが船内に放棄されていてはどうか

ということだ

ゴミポッド付近に落ちている

それを発見し、全てを悟って台座に向かう

いや、そうするとそれを拾い上げるカットを追加しないといけないし、エレベーターに乗るとき、それをもって潜入する描写をしないといけない

そんな凝ったシーンを追加する余力は無いのでそれは厳しい

もっとシンプルに、ダイレクトに、動線を守れる展開、配置場所、モニュメントの形態……、

ソファに息絶えた人骨の脇に、生命のモニュメントが落ちている

それは概念の塊だ。生命というものを定義するために必要となる意味がビジュアル的に成立した2D画面上での座標に過ぎない

最初、人骨を興味深そうに見つめる主人公だが、その時、黒体がそばに落ちているのに気づく

それを拾い上げて興味深そうに眺める主人公、

あたりを見回して、台座があることに気づく

そしてそこにまっすぐ向かい、それを若干戸惑い、たどたどしく、乗せる

(顔のディスプレイにはこの時、エレベーター内で戦闘ロボともみ合った際の主人公目線の映像が映し出されている。ここではまだ他の概念が確立していないため、だから宇宙船を停止させるという判断に至った。それを裏付ける描写)

すると、ディスプレイが表示され、ロボがそれを停止させる

いや、違うな

台座にのせるのは安定させるの象徴だ

そして、台座を作ったのは人間だ

生命のモニュメントを台座にのせる行為は人間の枠にはまることを彷彿とさせるので、物語のクライマックスとしては逆だ

人間が作った器から脱するということを見せないので、台座から持ち上げるような感じにしないといけない

ただ、そうすると、生命のモニュメントを人間が独占している描写ができない

台座に乗ったまま生命のモニュメントを独占しているような感じにしたい

ソファに横たわった人間を見た後、主人公はその先に台座に乗った生命のモニュメントがあることに気づく

そこに向かう

目の前には台座に乗った黒体(この時、劇伴が止まる。カメラも一回広い画角で、状況説明的に)

それを抱え上げて、床に落とす

床に落とされた黒体は音もなく、まるで床と反発するかのように減速し、そのまま滑っていく

そしてすべてが停止する。最初は大きな音を立てて、巨大なモーターが徐々に停止する音とともに

給電が切れた主人公は崩れ、そのまま宇宙を目の当たりにしつつ、暗闇に包まれて死ぬ

P,S,

上とは少し違うが展開が決まったかもしれない

コンテをフィックスさせました

上記に至るまでの展開についての検討

主人公がほかのロボを哀れに思う

どうしてか?

それについて掘り下げてみる

壁に打ち付けられ続けたロボを見つけ、それを助けないといけないと思い、自分の知る限りでポジティブな印象のある、映画を見る、ということをさせた

映画を見る人に従事するという前提のもとに務めを課された主人公なので、知る限りの癒しとして、映画館に運んで、映画を見せる

ただ、その間に小型清掃ロボは息絶えてしまう

それを見た主人公ロボは、ゴミポッドに葬るという選択肢を取る

そこで目にしたのは、すでに同じように投棄された、無数のロボたちだった

それを目撃した主人公は、繰り返されるすべての不幸を解決したいと感じ、考える

製造過程でインストールされていた船内のマップを直感として辿り、コントロールルームに乗り込むに至る

↑が、外の世界パート最後の流れだ

ここに関しては主人公の中にすべてを停止させる動機を生んでいる

ただ、これ以外にも見せられるものはあるんじゃないのか?