今考えていたこと、時間は物質的制約によるもの

50年位前の秋葉原の動画を見ていて思った

2024年にいる僕は50年前の秋葉に行くことはほぼ不可能だろうが、不可能ではない

なぜなら、50年前の秋葉原があった世界がある一定の法則に従って変化した結果、今の世界があるからだ

つまり、その法則を紐解き、かつ、この世界の情報を完璧に観測することができれば、過去を完璧に再現できる

それを人間が体感するデバイスさえあれば、過去に行ったのと同じ体験ができる

そしてそれは未来についても同じことが言える

今の状態を完璧に記録して、かつ、一定の法則に基づいて計算することができれば、未来にも行ける

つまり、過去にも未来にも今の世界から同じように行くことができる

言い換えると、過去も未来ももう既に決まっている。過去が確定しているのと同じように未来も確定している

究極的な話をすれば、ビッグバンにより世界のあらゆる可能性が生まれた瞬間から、物質が飽和してエントロピーが完全に発散し、可能性が一点に収縮するまで、すべて決まっている

すべて決まったシナリオの上を世界点が等速直線運動しているだけなので、僕が何をしようと未来は決まっている

何をするのかはこれまでの世界の延長線上にあるので、そこからずれることは絶対にない

ラプラスの悪魔。とか呼ばれていた気がするが、そういうことだ

と、ここで新しい考えが浮かんだ

時間が進む要因は、元をたどればすべて質量によるものでは?

先に話したシナリオの話は僕の中では昔から、シナリオ理論と呼んで扱っている

既に決まったシナリオの上を世界点が等速直線運動することで世界が動いている

そして、その世界点が動くためのエネルギーはビッグバンの爆発の力でそのまま滑っていくように動いているイメージだった

が、これは逆の見方もできるのでは

時間の流れというのは観測者目線での話で、その観測者が解釈をするためには電子やらの物質が必ず移動する必要がある

解釈は情報の変化量なので、それを世界で担うためには必ず物質が移動する必要があるからだ

つまり、物理的な制約によって解釈の速度にも制約が及ぶ

可能性の模様として広がったシナリオを解釈するのにも、物質的な抵抗のある世界内で行われるので、無限の速さというわけにはいかない

この、物質的な抵抗によって抑えられた最も速い物が光速、そしてそれは同時に、時間の進む速さなのではないだろうか

物質世界に抵抗が無ければ、時間は無限の速さで進むため、可能性の始点と終点がただ概念として有るだけになるのだろう

そこに抵抗が生まれたため、時間が生まれたのでは?

と思った

Youtubeやってます!

作品発表、メイキング、解説もやってます

よろしければ高評価、チャンネル登録、よろしくお願いします

お仕事募集中です!

お問い合わせはツイッターのDM、またはお問い合わせフォームまで

お気軽にご相談ください

最新のツイート

おすすめリンク

ブログ記事ジャンル


コメントは受け付けていません。