今日も指が痛くて作業ができないので、フルメタルジャケットを見た
キューブリック監督の作品だということで見て、やはり良かった
が、キューブリック感はまだ薄い方だと思う
途中、猟奇的な展開にキューブリック感を漂わせつつも、なんだか具体的なものを描いている気がして、そういう意味で、キューブリックっぽくなかった
依然として指が痛いのと、キューブック成分に飢えているので、今夜はアイズ ワイド シャットを見て寝ることにする
ラストについて
終盤。狙撃兵と戦うとき、遠くの建物から身を隠して狙撃するベトナム人と米兵の戦いの展開で、最初は米軍を応援する気持ちだった
これまでの米兵のストーリーを見続けた後に仲間が死んでいく様を見ると、やはり狙撃兵が敵だと思い込んでしまう。僕も無意識にそう思っていた
ただ、攻城戦の末、狙撃兵は米兵によって倒される
そこで狙撃兵の顔が初めてちゃんと見えるわけだが、そこで初めてベトナム人に同情する気持ちが芽生えた
これはおそらく、キューブリックの表現したかったことなのだろう
顔が見えて初めて同情が生まれる
逆に言えば、顔が見えないからこその争いと憎しみで、そういう気持ちを基に米兵も動いていた
だから、カウボーイが殺されたとき、あの戦場カメラマンみたいな兵士は復讐を否定せずに乗り気で狙撃兵のところに向かうわけだ
ただ、そんな戦場カメラマンみたいな兵士が狙撃兵と対峙し、手間取ったとき、顔をまじまじと見た
その後、仲間に助けられた後、とどめを刺すときに躊躇している
この躊躇は本来の人間のやさしさだろう
そして、顔が見えない場面での残酷さは人間の愚かさだろう
あの場面ではその2つのギャップを描きたかったのだろう
この描き方は映画を見る人を米兵と同じ立場にしている
ベトナム兵の顔が映るまで、おそらく多くの観客は米兵を応援しているだろう
3人も殺したベトナム人を許さないという復讐の心に燃えるだろうが、それは人間の過ちの元なのだと、ベトナム人の顔が写されてから知ることになる
そうして自分たちも戦争を否定できない、戦争の一部になりえるということを実感するわけだ
これは考えすぎかもしれないが、少なくとも僕はこのラストに関してそう受けとった
ちなみにこれは僕が今、自主制作でやろうとしていることと同じだ
いや、正直、もちろん。キューブリック監督のように上手に表現できているとは思っていないが、
ただ少なくとも。この映画で監督がやろうとしていることを、ぼくも自主制作でやろうとしている
そういう共通点があったからこそ、この映画のラストに関してそういう見方ができたのかもしれない
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