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  • 「菊次郎の夏」を見た

    北野監督作品、菊次郎の夏を見た

    ソナチネのような構造をしていた気がする

    お笑いが物語の過程として入っている

    ソナチネでは日常の東京から沖縄に行って遊んでいたが、

    菊次郎の夏では、日常の東京から静岡に行って遊んでいる

    もはや、後半のお笑いパートが本番みたいな雰囲気も感じた

    途中、モザイクが出てきたが、あの表現は完全に映画として見せようとしているのを放棄している

    あんなことができる北野監督のブランドがうらやましい

    北野映画にある独特な雰囲気の正体

    文字にすると当たり前だとは思うが、

    北野監督は芸人としてのキャリアが長く、漫才、落語、演劇など様々なお笑いのスペシャリストだ

    テレビで放映されるお笑いでは、カメラの中に登場人物を陳列するようなレイアウトだったり、

    そこで、今起こっていることをある種記号的に説明するのが、お笑いというものではないだろうか

    だとすれば、北野監督が映画を撮った時、北野映画のような洗練された画面になるのは自然な流れだな、と思った

    ただ、菊次郎の夏については、少しだけ、その魅力が損なわれているカットがある気がした

    クレーンを使ってゆっくり上昇するカメラワークが何回かあった気がするが、あのアプローチは無かった方が良かった

    普通の映画であればああいった撮り方で表現できる心情があるが、菊次郎の夏のような、北野映画でそれをやる必要はない気がした

    個人的には、北野監督の映画の良さは状況説明的なレイアウト、動かないカメラ、陳列するようなレイアウト、

    そういうところにあると思う

    その中で、カメラを動かすというのは、北野監督の映画ではなく、普通の娯楽映画みたいになってしまうのでよくない気がした

    音楽について

    この作品のメインテーマは超有名なsummerだ

    この曲は物心ついた頃から聞いている気がする

    確かにこの映画にうってつけの音楽だ

    菊次郎という名前について

    菊次郎というのは、北野武の父親の名前のようだ

    ただ、この作品を見る前は、菊次郎が男の子の名前だと思っていた

    そういう先入観から見ていたので、ラストの名前を明かすシーンは少し衝撃だった

    菊次郎が父親の名前ということは、この映画の中のおじさんは北野監督の父親のイメージなのか?

    素行の悪い登場人物

    この作品には見習ってはいけないような大人たちが何人も登場する

    いろいろな悪いことをしているが、そんな登場人物を堂々と描ける自信が凄いなと思った

    これは僕が今、脚本のことをいろいろ考えていて思うことだが、

    悪いことをする登場人物を描くと、どうしても悪者になってしまう

    あるいは、悪者にしないようにしようとすると、悪いことができない登場人物になってしまう

    この作品の登場人物は自分勝手で、悪いことをしている。素行の悪い人間がたくさん出てくるが、それは不快な印象ではない、

    むしろ、夏という季節とsummerという音楽も相まって、小学生の夏休みのような純粋さを感じられた

    悪いことをする大人たちをここまで純粋に描けるのはそれだけ、笑いやギャグに対する思い入れが深いからなのか?

    現実の人生でも大胆に振る舞ってきた北野監督だからこそ作れる世界観な気がする

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  • ドラゴンボール

    ドラゴンボール_1
    ©バードスタジオ/集英社・東映アニメーション

    ドラゴンボールを見た

    見たというよりも、見終わったといったほうが良いかもしれない

    150話以上あり、見るのに1か月くらいはかかった気がする

    ただ、その間ずっと面白かった

    というか、伝説的なことが多すぎて、もはや、観光地巡りをしているような気分で見ていた

    プロダクトデザインについて

    作中にはいくつか、魅力的なプロダクトが登場する

    空飛ぶ車などのメカデザインが、なんとなく、鳥山明の機械好きが伝わってくるようで、面白かった

    機械が好きな人がデザインしたメカと、そうでない人がデザインしたメカは全然違うし、

    さらに言えば、機械の何が美しいと思っているかによっても、デザインが変わってくる

    鳥山明は、機械が好きで、かつ、機械の機能が美しいと感じている人なんだな、という印象だった

    旧車が美しいという話と同じだが、

    ドラゴンボールに出てくるプロダクトデザインは、なんとなく、機能が見た目に反映されているという点で、プロのプロダクトデザイナーがするデザインのような美しさがあった

    そういえば、昔、ツイッターで、僕の作った3DCGのメカがドラゴンボールっぽいと、外国人に言われたことがある

    僕はこういうメカが好きなので、ドラゴンボールに登場するメカにも惹かれたのかもしれない

    シルエットもかわいらしく、パースのついた描き方も相まって、まるでおもちゃのようなかわいらしさのあるメカデザインだった

    それに、この作品に出てくる車、飛行機はすべてが小さい

    まるで、交通公園のゴーカートのようなかわいらしさがある

    プロダクトデザインとして成立するデザインのメカがデフォルメの効いたパースによって描かれている

    というのが、ドラゴンボールにおける独特なメカの雰囲気を演出しているのかもしれない

    漫画的な表情

    この作品で印象的だったのが、漫画的な表情だ

    ©バードスタジオ/集英社・東映アニメーション

    記号的な表情ともいえるかもしれない

    笑うときは単純に山なりの線になるし、目を瞑ったりしているときは谷の線になる

    チャオズが死んだときでさえ、そういう、漫画的なかわいらしい表現になっていた

    桃鉄などは影響を受けていそうな感じだった

    このような記号的な表情の表現はドラゴンボールをおとぎ話っぽくするのに一役買っている

    人が死んだり、殴ったり、撃ったり、やっていることは結構過激なアニメだが、こういう、漫画的な表情でそれを表すことにより、これはおとぎ話なんだという、安心感を見る人に与えている

    なので、死んだときも衝撃ではあるが嫌な感じではなかったし、痛がっているシーンでもワンパクな印象になっていたり、

    どこか無敵な雰囲気がこの作品の魅力になっている

    動物がしゃべる

    先ほどのおとぎ話に関する話にもつながるところだが、

    人間と同じように動物が話し、生活している姿はとてもかわいらしくてほのぼのとした

    全体的に、おとぎ話要素の多い作風で、バトルをしているというのがドラゴンボールの持つ独特な雰囲気を作り出しているのかもしれない

    ブルマのキャラクター

    ブルマの破天荒な感じはユニークで面白かったし、だからこその、メカがいじれるというギャップもよかった

    大企業の令嬢という設定も良かった

    しかも、それを最初に明かしてしまうのではなく、徐々に明かしていく感じもうまかった

    エンディングはブルマがたくさん出てくるものだったが、

    そこでも、機械をいじる様子、そして、鳥山明が好きそうなメカの絵

    メカが好きな人が描いたんだなというのも伝わってくる

    そもそも、青い髪のキャラもほかにほとんど出てこなかった気がする

    ブルマのキャラデザはこの作品の中でも結構特異なものになっていた

    ドラゴンボールZ

    ドラゴンボールはまだここで終わらない

    ここからさらに、250話ほどのドラゴンボールZがあるので、続けて見る予定だ

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  • 「BECK」を見た

    BECK_1
    © ハロルド作石・講談社/2004 BECK製作委員会

    なんだか最近、このアニメの話題がなんとなく周りで多かった気がする

    どうも、ギターを3Dでやり、キャラを2Dでやっている。という話を聞いた

    確かにこのアニメはそういった見せ方をしていて、2004年の作品とは思えないほど先進的だと思った

    ギターだけでなく、背景や車なども3Dでやっていて、それなのに辺に悪目立ちしているような感じではなかった

    特に、OPの最後のほうのカット、飛行機は3Dでやっていたが、2Dと見間違えるような質感表現で驚いた

    見たところ、美術さんに書いてもらった飛行機の絵を3Dに投影しているような感じだった

    そういう表現は今となってはもう古い表現になってしまったが、2004年の時点で、違和感なくそれを映像化しているという時点ですごかった

    むしろ、黎明期だからこそ、研究もかねて本気で手を抜かずにその絵を作っていた感じがしてよかった

    ストーリーについて

    僕は、若者が夢を追う系の物語が好きで、よく見ている

    この作品もそういった感じなので、見ていて楽しかった

    なんだか、いつまでも平凡な日常が続くような、気楽な雰囲気の若者がたくさん出てきていて、良かった

    バンドが結成されるまでも、とんとん拍子に行くのではなく、いろいろな障害を乗り越えて行ったり、最後には一度解散していたり、

    そういうイベントの配分はちょうどよいペースだった気がする

    26話だが、最後まで安定して楽しめた

    キャラクターに関しても、根っこからの悪者はほとんど出てこない

    学校の不良も成長して大人になったらまともな人間になっているし、

    殴り合いも、単なる恨みの晴らし合いではなく、理由があって殴り合っているというような、人間性も垣間見える風に描かれていた

    レイアウト、カット運びについて

    この作品で一番すごいと思ったのが、カット割り、レイアウトなど、絵コンテの領域だ

    カメラを不必要に動かすことなく、淡々と場面をつなげているような作り方がとてもかっこよかった

    暗転を多用しているのも、一見するとレパートリーの少ないつなげ方だと思われがちだが、この作品においては違った

    正直、この結果が監督の意図したものだったのかはよくわからない

    が、暗転を多用して生み出される独特なリズム、淡々としたカメラワークなども相まったこの作品の雰囲気が意図的なものだとしたら、監督の実力は半端ないと思う

    フリクリの影響は受けているかもしれない

    髪などのハイライトが少なく、淡々と場面を見せる説明的なレイアウトはフリクリっぽかった

    マッドハウスについて

    この作品はマッドハウス制作だ。

    マッドハウスはもしかしたら、僕の一番好きなアニメスタジオかもしれない

    サニーボーイ、ブラックラグーン、メトロポリスなど、

    なぜか、僕の好きなアニメはマッドハウスが作っていることが多い

    今敏監督作品もマッドハウスだ

    なんとなく、スタジオの持つ雰囲気のようなものが、僕が求めるものと近しいものがある

    説明的なアングル、ノスタルジックな世界観、ディープな描写などが僕は好きだが、マッドハウスの作品にはそれがたくさんあるのかもしれない

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  • 「蛍火の杜へ」

    蛍火の杜へ_1
    ©緑川ゆき・白泉社/「蛍火の杜へ」製作委員会

    この作品は結構前に見てから、ずっと心に残っているアニメだった

    ただ、Dアニメストアから消えてしまい、その後長らく見れていなかった

    が、最近になって復活していた。なので見た。

    普段はネタバレ気にせずブログ記事を書いていますが、この作品に関してはネタバレする前と後で面白さが変わってくるものな気がするので、一応断っておきます。ネタバレありです。

    よいアイデアを最大限楽しめる構成

    この作品は45分ほどの尺しかない

    原作は読み切りの漫画のようだ

    個人的にはそういう短い物語が好きで、ルックバックやメモリーズなどのような、事前知識なしで、単独ですぐに楽しめる物語というのがプロポーションとして美しい気がするので、結構見ている

    その中でも、特に好きなのがこの、蛍火の杜へだ。

    内容は恋愛系だが、そこに、触れては消えてしまうという制約が設定されている

    近づきたいのに近づけないというジレンマが、2人を切ない結末へと導く

    このアイデアが素晴らしいのは言うまでもないが、この作品は構成によってそのアイデアを効果的に利用している

    45分と短いので、そのアイデアだけで物語が良い感じのペースで終盤まで進んでいく

    なので、余計な要素がない。さっぱりとした印象の作品に仕上がっている

    ここに肉付けをしてしまうと、日常系アニメみたいになりすぎてしまうだろう

    さらに考えられているのが、この作品が主人公の昔話のような形で語られている点だ

    これはタイタニックや、異世界転生ものと同じような効果を生み出しているようにも思える

    現実と陸続きの物語だということにすることで、ファンタジーでありながらリアリティのある雰囲気に仕上げている

    子供のころにあった怖い体験、楽しい体験。今となっては現実だったのか夢だったのかわからない体験

    そのフォーマットにこの作品のストーリーも当てはめている

    これが単なる現在進行形の語り形式だったら、ここまで印象的かつ、リズミカルな作品にはならなかっただろう

    この作品は一見、割と王道な展開のみの作品だと見せかけておいて、じつは気づかないところで細かい演出が働いている作品な気がする

    夏祭りの伏線

    森の中で行われる妖怪だけの夏祭りがこの作品のクライマックスだが、その話はだいぶ前から伏線として出てきていた

    村の人が昔、迷い込んでしまったというような小話が出てくるが、それはクライマックスの伏線になっていた

    クライマックス。ギンが消えてしまうとき、通りすがりの子供たちに触れられていたが、その子供が実は人間だった

    というのは、たまに祭りに迷い込む子供がいるという話が伏線になっている

    クライマックスについて

    クライマックスがまた良い。

    ギンと蛍だけでクライマックスを迎えると思いきや、不意な形で、何の準備もなしに、知らない子供たちによってギンが消える

    満たされて終わる恋愛ではなく、その前に終わってしまう恋愛だ

    ここがまた儚い雰囲気を演出している

    消えてしまうギンを抱きしめる蛍だが、その感情が短時間で喜びから悲しみに代わっていく様子もよい

    この急な感情の変化が感動を呼ぶ

    一瞬でこれだけの感情を動かしてくるクライマックスもなかなかないと思う

    ちょっと惜しいと思ったところ

    尺が44分で、長編というよりも、ショートアニメというような印象の作品だ

    なので、あの最高のクライマックスの後、すぐ、成長した蛍のパートに入ってもよかった気がする

    あの後、妖怪たちが話してきたり、少しだけ展開があった

    今の状態でも十分短い展開にまとまってはいるが、個人的にはそれすらもカットして、あの余韻のままエンディングに入っていくほうがよかった気がする

    これが90分くらいのアニメ映画であれば、きちっと終わらせないと終わった感が出ないが、この作品は印象としてはショートアニメだともとらえられる体感なので、むしろ、クライマックス後すぐに終わりというのでもよかったのでは。

    と思った

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  • 「カールじいさんの空飛ぶ家」を見た

    せっかくディズニー+に加入しているのに、最近はDアニメストアでドラゴンボールを見るだけだった

    なので何となく、この作品を見てみた

    この作品は、だいぶ前に見たことがあるような気がする

    が、その展開なども忘れていたので改めて見てみた

    カール爺さんの体力が凄い

    まず思ったのは、カール爺さんが元気すぎるということだ

    岩山を移動するだけでもすごいのに、カール爺さんは家を一軒引っ張っていた

    岩山というのは見た目以上にハードな場所で、僕も、筑波山から下山しただけで5日間くらい動けなくなくなった

    他にも、体調3mほどの鳥と、10歳くらいの子供と、中型犬がぶら下がったホースを一人でつなぎ留めていたりもした

    もちろん、そういうことを指摘するのははおとぎ話的解釈の前では無粋なことだということも理解しているが、さすがにカール爺さんは元気すぎる気がした

    絵的な美しさ

    カラフルな風船が煙突から出ている様子は、シルエットですら美しいくらいに絵になる演出だ

    影が太陽光に透けて色づいているのも面白かったし、

    暖炉から繋がった風船の糸を切って上下をコントロールしている様子も、アイデアが面白い

    そもそも、古い家がカラフルな風船によって飛んでいるという様子自体も、物語中のカール爺さんの振る舞いを反映しているようで良かった。

    3DCGのレベルが高い

    ピクサーなので、言うまでもなく3DCGは最強だった

    ただ、ここではあえてその弊害に触れるが、

    カール爺さんが元気すぎたり、暖炉の一点で家が浮いたり、家が都合よく操縦できたり、何十年も前の飛行船がメンテナンス無しで操縦可能だったり、

    そういう、物語の演出上の嘘が気になってしまうのは、3DCGのレベルの高さが招いたことだ

    脚本の解像度と、絵の解像度は合わせる必要がある

    おそらく、このことにあまり配慮していなかったがために、ちょっと違和感を覚える感じになってしまったのではないだろうか

    似たような作品としては、ゴジラ-1.0とかがある

    もう少し、セルルックっぽい質感に3DCGを寄せるなどして、絵としての解像度を下げるなどの工夫が必要な気がした

    風船というタイムリミット

    物語には何かしらのタイムリミットが必要だ

    それがあると、物語が緊迫した物になる

    そして、そのタイムリミットを、そのまま具体的なモチーフとして風船にし、物語に組み込んでいる

    風船はガスが抜けて浮力を失うし、

    一度空に放たれた風船は元には戻らない

    洞窟の壁などに擦れるだけで風船が割れる

    風船が割れるという絵自体が、タイムリミットというものを強く感じさせる

    そう考えると、やはり、主人公がおじいさんというのが良く働いている

    人生のタイムリミットが迫っているおじいさんと、風船が割れ続ける空飛ぶ家は意味合いにおいてリンクしている

    だから、ただ風船が割れるだけでも、カール爺さんの冒険が終わりに近づいているような寂しさを感じる

    ストーリー

    一番良いなと思ったのが、家具を捨てて再び浮き上がるシーンだ

    あの場所にたどり着いたとき、カール爺さんは定住することに決めていた

    が、そこで、改めて室内を見てみると、散乱した家具とボロボロの家に寂しさを覚える

    そして、亡き妻の言葉を目にして、冒険が終わっていないと感じ、家具を捨てる

    家具を捨てるというのが、新しい冒険の始まり。これまで積み上げてきた思い出、あるいは慰めとの決別。

    そういうものをこれまた絵として直接展開にしている点が良かった。

    この映画は、ものすごくメタファー的な考えでモチーフが考えられた作品な気がした

    おじいさんが長年住んだ家が風船で空に浮かび、少しづつ高度を落としていく

    絵的なものと意味的なものがリンクしている

    まとめ

    エンタメ的な面白さもあり、テーマも単純明快で多くの人が共感を感じそうなものだった。

    メタファーの使い方がとても上手で、参考になった

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  • 「3-4X10月」を見た

    「3-4X10月」を見た

    数か月ぶりに北野武監督映画を見た

    シュール

    とにかくシュールなギャグが多い印象だった

    カラオケ喫茶でのシーン、微妙な歌唱力の歌にのせて、たけしが向かいの席のヤクザをビール瓶で殴る

    その間にもたけしの連れのヤクザは黒人の女と踊っている

    あとは、事故を起こして呆然とする様子だったり、事務所に乗り込むシーンで、花束に扮した銃が暴発する展開だったり、

    指を詰めるとき、「忍耐」と書かれた置物で叩いていたり、

    いろんなところでシュールなギャグというものが多い気がした

    謎多き感じ

    タイトルもそうだが、謎多き感じをわざと演出している気がした

    特報も、謎の宗教画から始まり、「3-4X10月」と繰り返し読まれるだけのものだ

    この映画は今となっては成功している気がするが、当時は興行的に振るわなかったようだ

    なんだか、押井守の天使のたまご、を思い出した

    全体として、武監督の自信が感じられる作品だった

    そもそもエンタメにしなくても、北野武という名前だけでも看板になる監督なので、こうした尖った映画を撮ることができるのだろう

    そういうと頃が少しうらやましいと思った

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  • 「アナと雪の女王」

    アナ雪を見た

    2013年の映画で、前回は確か、公開当時に話題になっているころに見た

    なので、10年以上ぶりだ

    今もそうだが、ディズニーアニメをあまり見ない僕だ

    ただ、この作品はさすがに話題になっていたので見た

    その時も楽しく見れたが、悲しいことに、あれから10年くらい経ってまた見方も変わった

    カメラアングルについて、戴冠式後のパーティーのシーン

    エルサとアナが椅子を挟んで向かい合っていて、それをシンメトリーな感じに撮っているカットがあった

    カットの前半はシンメトリーなので、安定したレイアウトだ

    ただ、アナがその場を後にすると、エルサは不安な表情になる

    そして、同時に。シンメトリーだった構図もバランスが悪くなった

    つまり、キャラの心情とレイアウトをリンクさせている

    これが意図されたものなのかはわからないが、とても高度な見せ方だと思った

    全体的なストーリーについて

    岡田斗司夫の解説を少し聞いた後に映画を視聴したので、心してみることができたが、

    ありのままでの歌を歌うシーン。

    あのシーンは確かに、前向きな歌だと漠然と思っていたが、改めて映画を見ていると違うことに気づいた

    どちらかと言えば、闇落ちみたいな感じだ

    歌の冒頭ではまだ不安の残るエルサ。肩には国での責務の象徴であったマントが圧し掛かる

    が、歌が進むにつれて吹っ切れて、自分を縛っていた手袋を捨て、責務であるマントを脱ぎ棄て、魔法を放ち、崖に切り分けられた孤立した土地に氷の城を築く

    そして最後には心を閉ざす

    心を閉ざすというのは自分の世界にこもる。それだけでも満たされると割り切るということだ

    少しも寒くないわ。というのは単なる強がりだろう

    それを溶かすのがこの後しばらくのストーリーの目的として機能している

    ミュージカル仕立てな構成について

    ディズニー映画は基本的にミュージカル仕立てなので、そういう流れを汲んでいるというのは言うまでもないとして、

    この映画におけるミュージカル仕立てというのは、全体の構成的に見ても理にかなっている気がした

    この映画、序盤の30分ほどで、登場人物の説明、世界観の説明だけでなく、幼少期からの話をちゃんと見せている

    もはや、雪だるま作ろうの1曲中で、おそらく10年くらい時が進んでいる

    この作品の序盤30分はとてつもなく早いテンポで進んでいるが、それを感じさせないようにうまく機能しているのが、曲だ

    曲に乗せることで、やっているのはダイジェストなのに、ダイジェストということを隠すことができている

    いや、ダイジェストというのを曲でラッピングして、作品として違和感のない進行を実現している

    そういう手法は他のディズニー映画でもとられているのだろうか、わからないが、

    日本のアニメでもなかなかない表現な気がした

    生まれて初めての終盤。アナとエルサの曲のパート別けが凄い

    「生まれて初めて」は、戴冠式にワクワクするアナの、明るい歌から始まる

    ただ、曲の途中で雰囲気は変わり、エルサの内に秘めた不安の歌になる

    そしてそのあと、最後。アナとエルサ2人のが交互に歌っているようなパート別けになる

    音程も、歌詞の内容でも、一目瞭然だが、表がアナで、裏がエルサ。2人の心情を曲の中のパートに分けて表現していた

    エルサの苦しみを何も知らないアナの無邪気さ、アナを城から見守る闇を抱えるエルサ。

    この関係を曲の歌い訳で表現しているあの演出はとても良かった。

    個人的に気になったところ

    こういう作品にこういうことを言うのは無粋かもしれないが、

    真実の愛。というのが少しご都合主義な気がした

    ただ、クライマックスの真実の愛が、クリストフによるものだと思わせといて、実は姉であるエルサの物だという意外な展開は良かった

    とはいえ、やはりちょっと、真実の愛だと抽象的過ぎる気もした

    これは、ゴジラ-1.0の時も同じようなことを書いた気がするが、

    映像がリアルになると、それ相応の解像度を持つ脚本が必要になってくる

    アナ雪が絵本のような絵柄のアニメだったら真実の愛で良かったかもしれないが、

    あのレベルの3DCGで、真実の愛と言われてしまうと、少し解像度があってない気がした

    時代に合わせて変化するディズニー映画

    僕はほとんどディズニー映画を見ていないが、アラジンは少し前に見た

    そこでは、精神障害患者を揶揄するような展開があって、時代を感じた

    そもそも、ディズニーは昔、プロパガンダ映画を作っていたこともあったくらいだ

    ディズニーは結構過激なスタジオなんじゃないかと、個人的には思っているくらいだ

    そして、アナ雪のテーマもまた、これまでのディズニーとは少し違うものになっていた気がした

    多様性に関してテーマに含め、どちらかと言えば負の物として描かれている魔法を個性と割り切る展開もあり、時代に合っている気がした

    3D作品のデフォルメ

    3D作品はデフォルメが苦手で、情報を取捨選択するのが難しい

    なので、抽象的で魅力的な雰囲気を伝えるのは苦手だ

    ただ、やはりディズニーレベルのスタジオになると、日本のアニメと同じくらいのデフォルメされた世界を、3Dで伝えることができているようだった

    アナが生まれて初めてをうたっている最中、

    ソファを踏んでジャンプして空中で一瞬止まっているようなカットも、文字で書いて絵本のようになってしまう演技だが、それを情報量の多い3D媒体で、違和感なく表現していた

    先ほどの話ではないが、映像がきれいになればなるほど、脚本の解像度が必要だ

    ただ、ソファでジャンプして空中で止まって、みたいな。解像度の低い展開を、写実的なルックで違和感なく表現してしまうディズニーのアニメーターはやはりすごい

    総評

    とても良かった

    ストーリーはわかりやすく、絵的に盛り上がる展開も多いし、ギャグも面白かった。

    そして何より、雪だるま作ろう、ありのままで、生まれて初めてなど、

    魅力的な歌が多かった

    このような形にヒットの理由が揃っている点においては、君の名はも同じようなものなのかもしれない

    時代に沿って変わるディズニー映画を感じるという意味でも、エンタメ映画としても、良いものになっているので、これだけのヒットになっているのでは、

    という気がした

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  • 「フラクタル」を見た

    フラクタル_1
    ©フラクタル製作委員会

    アニメ、フラクタルを見た

    山本監督の作品だ

    山本監督らしい、少女の若干性的な描写が目立ったアニメだった

    世界観

    どうやら、未来のアイルランドの話のようだ

    それに応じてかはわからないが、飛行船のデザインがバイキングっぽかった

    質素で、高い木々があまりない世界観は個人的に好きだった

    ストーリー

    結構難しかった

    いろいろと因果関係が多く、わかりづらかったが、キャラがかわいいのと、世界観、作画も良かったので、十分楽しめた

    たぶん、山本監督は変態だと思う

    その頭角が見え隠れするので、ネットでは叩かれてしまうのだろう

    個人的には、どんな主張でも、それを発信することを許したプロデューサーと、出資者がいて、アニメとして世に放たれたのであれば侮辱することは無粋だと思っている

    ので、山本監督の少女に対する表現は個人的には良いと思った

    あとは、ギャクセンが地味に高かった気がする

    通常ならば入ってこないような中途半端なセリフで、シュールな笑いを誘う場面が結構あった

    山本監督の作品では、WUGの1期がとてもよく、全アニメの中でも上位に入ってくるくらい好きな作品だ

    フラクタルはWUGの5年くらい前の作品だと思うが、この作品には先に述べた少女に関する描きかた以外、そう言う雰囲気はなかった気がする

    絵について

    僕がこのアニメで一番良いと思ったのが、髪の毛にハイライトが入っていないところだ

    新世界よりでもそうだったが、髪にハイライトを入れないというのは、とても良い表現だと思う

    ハイライトのある髪の毛はなんだかテカテカしている気がしてあまり好きではない

    その点、ハイライトをなくすことにより、そのテカテカ感を軽減することができる

    この作品の場合、寂しい雰囲気にハイライトのない髪の毛がマッチしている気がした

    ©フラクタル製作委員会

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  • 「ジョニーは戦場へ行った」を見た

    「ジョニーは戦場へ行った」を見た

    炎628に続き、名作と言われる戦争映画を見た

    戦場で負傷し、肉塊となった若者の物語だ

    カラーとモノクロ、現実世界と脳内世界

    モノクロとカラーの使い分けがうまい

    ここまで大胆に別けて制作、公開できたのは、カラー映画に移行して間もない時期ならではな気もした

    現実はモノクロで、冷たい感じがするのに対し、ジョニーの脳内の世界はカラーで明るい

    ジョニー自体から見た世界の暖かさでもあるし、ジョニーが脳内だけで持つ五感を表現しているのだろう

    ジョニーの脳内の場面は抽象的な描き方をされている

    脳内はいつも抽象的だ

    それは、人間が見る夢のようなもので、脈絡もない妄想のようなものが連続している様子を表現しているようだった

    もはやジョニーの中は精神世界で、いうなれば、新劇場版のエヴァの終盤みたいな感じだ

    ジョニーが感じることが何かに比喩されてシュールな世界となって羅列しているさまは精神世界の抽象的な雰囲気をうまく表現していた

    作品のメッセージ

    この作品は反戦映画だ

    ただ、それを、戦争というものを直接描かずに伝えているので面白い

    トリッキーなようではあるが、実際は、戦争に行ったらこんなひどい目に遭うよ。というようなことを言っているだけにも思える

    ただ、それを、精神世界に取り残された人間の自我という、哲学的な視点から描くことで、2つのテーマを含めている

    単に哲学的テーマだけだと、それだけの映画になってしまうし、戦争で重傷を負った兵士に憐むだけだと、それだけの映画になってしまう

    戦争で重傷を負った兵士の精神世界を描くということにより、初めて、映画として、脚本として面白みが出ている

    何かと何かを合わせる。というのは、脚本の作り方の一つなのかもしれない

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  • 「ベルセルク」を見た

    ベルセルクを見た

    アニメ大好き外国人がようつべでリメイク版を批判している動画を結構前に見た

    それから漠然と気にはなっていて、最近、目に留まったので見てみた

    剣風伝奇 ベルセルク_1
    (C)三浦建太郎/白泉社・バップ・NTV

    こうして記事を書くくらいなので、とても良いアニメだった

    なんだか凄みを感じる

    この凄みというのは、シュールだったり、リニアだったり、規則的だったり、というような感じの雰囲気全般を示す

    ベルセルクでは、劇伴がとても少なかったり、カメラアングルが状況説明的だったりして、とても凄みを感じた

    扱っている物語も重いものだ

    それも相まって、この独特な凄みを生み出しているのだろう

    良い意味でテンポの悪いリズムだった

    敵が登場しても、説明を全部見せるし、カットの最初と最後に余白のような間があったりした

    それは意図的にやっているのかはわからないが、先に述べた凄みと相まって、なんだか断片的な印象に仕上がっていたと思う

    東京物語みたいな感じだ

    ベルセルクはアクション系の作品なので、この、断片的でテンポの悪い雰囲気とのミスマッチが独特な雰囲気を醸し出したのかもしれない、

    あとは、ストーリーについて

    少なくともアニメ化されている範囲では、キャスカに関するジェンダーへの問いに関するストーリー、グリフィスに関する個人の野望と周囲の犠牲に関するストーリー。その両者をつなげる主人公ガッツ。

    という構図なのかもしれない

    ガッツの物語については僕の理解力不足もあり深くはわからなかった

    グリフィス、キャスカという、光と影のあるキャラクターに触れていき、大人になっていくという構図だろうか、

    それくらいしかわからなかったので、キャスカとグリフィスを取り巻くストーリーについて文字にしてみる

    まず、キャスカについて、

    最初は女に生まれたくなかった。というような闇を打ち明け、それに関するストーリーが本格化していく

    このセリフで、最初、戦場という男性優位な場所で活躍を望む女騎士のキャスカ。ただ、体力に劣っていることは仕方のない事実で、それに苦しむ、

    という構図でジェンダーをテーマにストーリーを作っていくと思っていたが、この作品はさらにもう一つのレイヤーがあった

    というのも、キャスカが女騎士になった原因は、昔、貴族に乱暴されそうになったのがきっかけだ

    それ以前のキャスカはアニメで描かれていなかったので、描かれている範囲だけでの感想にはなるが、

    キャスカはあの事件が無ければ、女騎士にはならなかった

    つまり、キャスカを女騎士にしたのは男貴族の乱暴だ

    女だから、ついでに言えば平民だから、貴族の男に搾取されそうになった

    そして騎士にならざるを得なかった。

    さらに、騎士になった先でも、ジェンダーに関する問題で感情が動いていく

    きっかけもそのあとも、同じテーマで同じことを語っている

    ひとつの出来事を通してテーマを語るのは簡単だが、このように、2つの出来事で同じテーマを語るのはトリッキーだと思った

    キャスカは最初から最後まで服が破けたり、性的に搾取されているようなセリフ、描写があった

    そういうものも含めて、一つのテーマを強く伝えることができているストーリーラインな気がした。

    キャスカに関しては、ストーリーの終盤。女になっていく様子も描かれていたので、そこは展開上の着地になっていた気がする

    あとは、グリフィスのストーリーについて、

    何かを成し遂げるためにほかの多くの人を犠牲にしている姿。

    何かを成し遂げるというのを城に比喩して物語にしている

    これはとても直感的でわかりやすい。というか、個人的にはグリフィスのこの気持ちはよくわかる

    僕も、夢を持っていて、そのために多くを犠牲にしている人間だ

    他人を直接犠牲にしているわけではないが、

    ただ、僕が目立つということはその分誰かが目立たなくなるということだし、僕が仕事をするということは誰かがやるはずだったその仕事を奪うということだ

    自分の体も痛めつけ、若い時間もささげて、夢(城)を目指している

    その姿は作中でのグリフィスのようだ

    それに気づき、引き返そうとするとおばあさんに止められる

    そこでは、自分も死体になってしまう。と止められていたが、

    僕はそれよりも、自分のために屍の山となった人たちのことを思うと止まることはできない。というようような気持になった

    ……というのはこの作品のレビュー関係なく、単なる個人的な気持ちなので伏せておく

    とにかく、グリフィスのストーリーはとてもストレートで、裏表ない簡単な物語だった

    そして、そんなグリフィスとキャスカをつなぐ主人公ガッツ

    彼に関する物語は今のところよくわかっていないのでまた今度考えてみる

    人を知らない子供が人を知っていく。というくらいにしかわからなかったので今度考えてみる

    が、機能としては、キャスカを騎士ではなく女にするという点で、役割があるだろう

    そして、最後。寝取られ展開だ

    あの後。劇的で絶望的なまま終わるが、結局キャスカがどうなったのかはアニメの中では描かれていない

    そして、1話の最初と同じく、刀鍛冶のおじいさんの家にシーンが戻る

    だいぶ説明を端折っているが、もはやベルセルクほどの凄みのある作品ならば、そんなのは気にならなかった

    個人的にはそういう作品は大好きだ

    退屈と言われそうだが、そこに凄みがある気がする

    僕は映画やアニメが神聖なもの。その成分を含んでいる必要があると思っているので、それを実現する凄みという概念が含まれたこのベルセルクも。とても良い作品だと思った

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  • 「ベルセルク」を見ている

    ベルセルクを見ている

    このアニメはとても良いので別で記事を書くつもりだが、すでに途中まで見ていて書きたいことがあったので書く

    敵を前に、斬りかかる気配を見せたところでCMに入る

    CMから明けたら敵はもう死んでいた

    この大胆なデフォルメは面白かった

    ガッツが最強で敵を一掃するのがわかっているので、あえてその様子を描かずに、想像に任せる

    しかも、これは工数削減的なメリットも大きい

    作画コストの高いバトルシーンをあえて見せないことにより、描く枚数を減らしているという点だけでなく、もはや波風立てずに敵を倒しているガッツの圧倒的な力を印象的にしている

    あと、わざわざ記事にしたかったはもう一つ、グリフィスのサイコパス感を表現する言動が面白かったからだ

    その敵には直前に、グリフィスが報酬を渡していた

    敵を倒したガッツは死んだ敵からグリフィスが渡した報酬を回収しようとしていたが、それをグリフィスは止めた

    その報酬は彼らの正当な報酬で、実際それに見合う仕事をしてくれたと

    だから敵の死体の傍らに報酬を残した

    これについて僕は、グリフィスの圧倒的サイコパスが感じられて面白かった

    人を殺すという悪事はするくせに、人の手柄を奪うという悪事はやらない

    あたかも正義感満載な感じで言っているが、そんなグリフィスは人を殺している

    悪事の度合いの区別がついていないところが最高にサイコパスだと思った

    むしろ、人の命も報酬の金も、彼にしてみれば両方とも物だ

    いや、もはや人の命は金よりも軽いと思って疑っていない

    しかもそれに当の本人は気づいていないのが面白いし、それでいてまだ自分が正義だと思っているところも良い

    このアニメは最初からグリフィスのサイコパス感が尖っていてすごかったが、ここにきてまたその片鱗を見てしまった気がした

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  • 映画、「炎628」を見た

    「炎628」を見た

    今まで見た中でも特に衝撃的な作品だった

    全体的なストーリー

    ドイツ兵を醜悪に映している作品で、プロパガンダ映画のようだ

    僕はもちろんこの時代の当事者ではないのでわからないが、たくさんの白ロシアの村が焼かれたという事実からも大量虐殺があったのだろう

    そんなことをしたドイツ兵が徹底的に残虐だった

    表立った人間の悪、残虐で容赦ないところも描いていたし、その裏にある裏切り、自分だけ助かろうとする汚さまでも描いていた

    単なる残虐性だけでなく、仲間割れまでも描くというのはやはり、ソ連映画ならではの強い意志を感じた

    ただ、クライマックスではヒトラーを擁護しているともとらえられる気がした

    怒りに身を任せてヒトラーの写真を撃つ主人公だが、そのおおもとには無邪気な子供と母親がいた

    その子供を撃てないというのはどういう意図なのか、それは想像するしかない

    僕が感じたのは、

    最初はみんな子供なのに、大人になるとこんなにも残虐になったり、憎しみあったり、汚れていく

    その結果として戦争がある。

    無邪気な子供を残虐なヒトラーにしてしまったのは戦争だ

    だから、この映画で見せられたすべての悪は戦争というシステムにある

    ということを伝えたかったのでは

    というか、僕はこの映画からそういうものを感じ取った

    最後の森の雪について

    最後、森の中を進むパルチザンだが、森を抜けると少し雪が降ったような感じになっていた

    これはおそらく、ソ連がこの後ドイツを退けたという、勝利を予感させる演出なのだろう

    第二次世界大戦時、ソ連はこのあと、北に退き、停滞したドイツ軍に反撃して国を守ったという事実がある

    確か、昨今のウクライナでも同じようなことが起こっていた気がする

    そういうのは独ソ戦でも起きている

    おそらく最後の演出はそういう、歴史的事実を予感させるものだったのだろう

    北に退いているということを伝えている

    耳鳴りの下り

    序盤に爆弾が投下され、耳鳴りでしばらく音が聞こえない。

    いくつかの戦争映画で何回か見た表現だが、この映画の場合はその表現に費やす時間が長かった

    耳鳴りでキーンとなっているときの、銃声がぼやけたり自分の声が頭の中に反響したりというのはそうだし、

    そこからしばらくは音が少し変な感じになっていて、それが徐々に映画の中から消えて言っているという感じだった

    これは、聴力が回復していった過程を表しているのだろう

    そういうものを長々とやってしまうとエンタメ映画としては成り立たなくなってしまうのでなかなかできたものではない

    悪く言えば観客を置いてけぼりにする表現で、大衆向けではない

    ただ、個人的には大好きな表現だった

    その図々しさと、見ていて楽しい感じを両立できる作品を作ってみたい。

    動物の扱いについて

    いくら映画とはいえ、牛を本物の機関銃で射殺したり、死にゆく牛の眼球の動きをアップで写したり、立ち上がれなくなるほどに馬を痛めつけたり、羽化直前の卵を踏みつけてつぶれた雛の様子を画面に映したり、

    というのは良くないと思った

    個人的に動物が好きというのもあるが、

    そもそも、領土拡大のために人を殺す戦争をテーマに撮るのであれば、それを伝えるために動物を殺して映画を撮ってはいけないのでは?

    戦争の本質に理不尽な暴力があって、それはダメなことだ。

    でも、動物への理不尽な暴力はやります。

    というのは、個人的には少し違う気がした

    これは、人間を殺すのと動物を殺すのは違うことか、

    という問いなので戦争とは関係なく、別問題だが、

    少なくとも、この映画で伝えていることは動物を殺さないと伝えることのできないメッセージではない気がしたし、そうでなくても、小道具とカメラアングルを工夫すれば同じようなものを伝えられる気がした

    ただ、ヨーロッパは動物に対する考え方が日本とは違うようだ

    家畜文化が古くから根付いている地域なので、動物に対する見方が日本人の僕とは違うのかもしれない

    世界大戦もそういう考え方が生んだのかもしれない

    カメラアングルについて

    シンメトリーで表情を印象的に見せるカットが多かった

    カメラを不用意に動かすこともなく、そういうものは個人的にすごく良いと思った

    説明するための画面なような気がして、凄みが出ている

    伝えているものの強度が強いので、そういうテーマとも相まってとてもメッセージ性のある雰囲気になっていた。

    まとめ

    とても良い作品だった

    途中で本物だと思われる死体の映像が出てきたり、耳鳴りの長い下りだったり、

    とても思想を感じる映画だった

    ただ、絵の美しさ、音のリアリティも相まって最後まで目が離せない映画になっていた

    世の中には断片的な映画もたくさんあるくらいなのに、最後までしっかり主人公がいて、ストーリーもある。それでいてこの強度を保っている

    というのがこの映画が評価される所以な気がした

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  • 「“死刑囚”に会い続ける男」を見た

    TBSのドキュメンタリーだ

    僕は昔から、犯罪心理に興味があり、特に、死刑囚の描く絵や言葉は、現在進行形で起こっている文明の問題点のすべての結果なような気がして、興味深く考えていた

    このドキュメンタリーでは何人かの死刑囚との交流を記者が報告するような形で紹介している。

    それらについて、思ったことを整理してみる

    犯罪が悪いということは言うまでもないので、そのうえで、感じたことを言語化してみる

    結果としての犯罪

    世の中の結果として犯罪があるのだと改めて感じだ

    幼少期の家庭環境が劣悪だったり、そういったすさんだ環境で育った人間は犯罪的な思想になりやすいのだと思う

    それについては、社会の責任もあるのでは、と感じた

    世論なんかを見ていると、犯罪者=悪みたいな決めつけが横行している気がする

    そういうのは気軽に発言して良いものでもないし、そういうものを気軽にしてしまう現代だからこその、凶悪犯罪があるんだと思う

    悪いものは退ける。その結果として凶悪犯罪があるのでは、

    凶悪犯罪は社会の結果としても起こりうるのだというのは、ネットリテラシーの一つとして全員知るべきだ

    表現としての犯罪

    表現の手段として犯罪があるケースもある

    自分の主張を受け入れてもらえないから暴力で強制的に受け入れさせる

    その結果はたいてい、犯罪だ

    ただ、自分の主張を受け入れてもらう。というところまでは表現だ

    その点、僕も物語を考えている人間なので、その気持ちは理解できる

    そう考えると、自分と犯罪者の違いが法を犯しているか否かくらいの違いしかないようで、不安になる

    法を犯しているか否かというのは重要なことだが、個人的には、法というのも完璧だとは思っていないし、

    先ほどの話にもあった、結果としての犯罪なのであれば、僕はただ単に運が良かったからこうして善良な市民として生きているだけな気もしてきた

    そういう考えがあるので、僕は犯罪に関して興味がある

    塀の中の犯罪者と塀の外の犯罪者

    塀の中の犯罪者はとても気持ちの整理ができていると思う

    自分のやったことがどういうことかを理解しているので反省している

    反省していない囚人もいるが、そういう囚人は自分の主張が整理され、一貫している

    少なくとも、ドキュメンタリーでは、なぜそういうことをしたのかを説明できない人は出てきていなかった

    刑務所内ではもちろん、娯楽も生活環境も、質素で最低限だ

    だからこそ、自分の気持ちを考える時間が多く、結果として自分の気持ちを整理できるのかもしれない

    ただ、これは刑務所の中だからというだけの話だ

    その囚人がもし、刑務所の外にいたら。反省して涙を流しているようなことはないだろう

    なぜならその気持ちを紛らわすものがたくさんあるから

    犯罪にだって手を染め続けているかもしれない

    逆に、街中で犯罪を犯す犯罪者が刑務所に入ったら、急に反省しだすこともあるだろう

    つまり、環境がその時の人間に反省をさせているだけだ

    それがその人の本性なのかについては何とも言えない気がした

    だから何というわけではないが、

    世の中には刑務所ボケという言葉もあるくらいだ

    刑務所の中だからこその後悔の念だが、外に出たらまた別の人間になってしまうということもあるのでは、と思った

    まとめ

    このドキュメンタリーは一見すると、死刑囚を擁護するような立場から構成されている気がする

    個人的にはそれでよいと思っている

    犯罪に対してバッシングするのは世の中当たり前のことだ

    その当たり前を認めたうえで、こういった死刑囚側にマイクを向ける映像というのは意味があるのではないだろうか

    ただ、同時に考慮しないといけないのは、僕もそういう、犯罪者への理解が必要だという考えを持っているということだ

    そういう考えを持った状態で見ているドキュメンタリーなので、そういうバイアスがかかった状態でこういう文章を書いている可能性もある

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  • 「魔女の宅急便」を見た

    昔、蔦屋でレンタルして以来、久しぶりに見た

    ブルーレイを購入してみた

    全体的なストーリーは、にぎやかで、エンタメとしてよくできていると思った

    ジブリ作品の中でも、エンタメ要素という点においてはとても分かりやすく楽しめる作品だと思う

    クライマックスの飛行船の下りも、特に違和感なく見ていたが、ネットの評価などを見ると、あの展開がいらないという意見も少なからずあった

    確かに、思い返してみると、あの展開が急に起こるので、そこに違和感を覚えて、あの展開に対して疑いから入り、結果。いらないという結論になってしまう人もいるのかもしれない

    個人的には、キキの自信でもある空を飛ぶという機能を代替する飛行船はこの作品にのクライマックスにうってつけのモチーフだと思う

    巨大だし、絵も派手になる

    なので、飛行船の展開は必要だとは思うが、そこに転換するのがいきなりすぎた

    飛行船が不時着したという布石は中盤に行われていたからよいとして、急に風が吹くというのもしっかりと布石として見せるべきだった気がする

    あの風はあの町のあの季節によく吹くようだ

    であれば、街にきてキキが飛んでいるとき、その風にあおられて失敗してしまったり、

    そのわけを地元の人に聞いて、この季節にこういう風が吹く。というのも布石として説明すべきだった

    たしかに。初見で見た時はそこまで気にならなかったが、あの事件が起こる原因2つのうち1つがいきなり出てきた要素なので、とってつけた感はある気がした

    と書いていて思ったが、あの風は、渡り鳥と一緒に飛んでいるときの風が布石になっていたのか?

    もしそうだとしたら、セリフで説明してくれないとわからないよ、

    空を飛ぶトンボ

    トンボはキキから見て、憧れの先みたいなキャラだが、そのキャラの好きなものが空を飛ぶことなので、そこに関してはメッセージがあるのだろう

    トンボがもし空を飛ぶということに対して無関心な人間だったら、

    この作品のストーリーにおける、空を飛ぶというものが、キキとその周辺だけの話になってしまう

    キキも、トンボも、クライマックスも、空を飛ぶということを印象的に見せつつ物語が進んでいくので、トンボも空を飛ぶのが好きでないといけない

    この作品では、空を飛ぶということが、キキとの関係を表すサインになっている

    では、トンボが空を飛ぶのが嫌いな人間だったら?

    それはそれで、キキが現実逃避するだけの話みたいになってしまう

    空を飛ぶのが嫌いな人間と仲良くするのは、キキが成長していない雰囲気を醸し出してしまうので良くないだろう

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  • 「東京物語」を見た

    70年くらい前の古い映画だ

    戦後日本の家族の変化を描いている

    前々から所々で話題を耳にしていたところで、病み上がりの暇な時間に見てみた

    カメラアングルについて

    個人的には、カメラアングルが一番印象に残っている

    最初は、日本家屋特有の直角でユニット化された構造を生かしたカメラアングルなのかと思ったが、そうでもなかった

    カメラを上にも下にも振っていない

    そして、動かしていない

    これは僕も良くやる手段なのでいち早く気付いたのかもしれないが、カメラを動かさないというのは、無駄な情報をそぎ落とすという点で効果的だと思っている

    だからこそ僕は簡単にカメラを動かせてしまう3Dがあまり好きではないし、隙あらばカメラを動かそうとするアニメーションも、残念だなと思ってしまう

    カメラを動かすとしても、カメラの位置は変えずに動かすべきだ

    あとは、カメラを無駄に上下に向けるのも避けている

    こうすると何が良いかというと、上下のパースをクリアすることができる

    上の自主制作の例は確か、その考え方にのっとり、カメラを真横に向けてレイアウトを作った

    左右の旗のポールが画面の端と平行に。垂直になっているのがわかる

    そうすることによって、画面内で一つの情報をクリアする(打ち消す)ことができる

    東京物語の話に戻ると、

    画面のレイアウトがこの、真横にカメラを向ける。というような考え方で作っていた気がする

    もちろん、あおりや俯瞰のカメラもあったが、中途半端に上を向いていたり、下を向いていたりするカットが少ないように思えた

    画面を図形として配置しているようで、個人的には好みの雰囲気だった

    あとは、カメラを動かさないというのも良かった

    これも僕好みなだけかもしれないが、動かさないことで生まれる情報の削減も良かったし、この作品の場合は、それによって生まれる独特な雰囲気が良かった

    独特な雰囲気というのは、役者の演技でもそうだが、全体的に漂う怖い、不気味な雰囲気だ

    なんだか魂が抜けたようなそこのない恐ろしい感じがこの作品の持つ雰囲気な気がした

    そういうのを演出している要因の一つに、この、カメラアングルが規則的。というのがある気がした

    独特の雰囲気について、セリフがカットをまたがない

    役者の演技などがぎこちないというのは見ればわかるが、それ以上に面白かったのが、セリフがカットを跨いでいないということだ

    なので、最初から最後まで一定のリズムで進んでいる感じがした

    カットのタイミングに生命力が感じられない

    淡々と語る役者を淡々と語るカットで作品をつくっているので、これだけの雰囲気を持った作品になるんだろうな、と思った

    これに関しては、確か、メタルスキンパニックというだいぶ前の劇場アニメでも同じようなことが見られた

    こっちの場合はおそらく、絵コンテの力不足で、単なる紙芝居みたいな運びの作品になっていたが、東京物語の場合は違う。そういう演出の効果を理解したうえで利用するという、高度なことをしているのだろう

    1950年ごろの東京

    70年近く前の東京の映像というだけでも、楽しめた

    東京タワーすらない頃の東京だと思う。バスツアーでの下りで確か、皇居の向こう側にもテレビ塔が少し見えていた

    東京タワーが完成した後はそういうテレビ塔も無くなったと思うので、テレビ塔が在りし日の東京の雰囲気を感じられただけでも面白かった

    あとは、冒頭いきなり個人的に興奮したのが、お化け煙突と、そのあとに映された、うしだ の文字だ

    というのも、僕は東京電機大学の北千住キャンバスに通っていたため、近くにかつてあったお化け煙突というのは知っていた

    うしだというのも、牛田駅の横を通って大学に行っていたのですぐに分かった

    そういう、見知った場所の70年前というだけでも楽しかった

    たぶん、あの辺りは相当散歩しているので、映画のロケ地も歩いたのだと思う

    見慣れた橋があったり、同潤会アパートの中の様子だったり、そういうものを感じながら見れたので楽しかった

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  • 「何者」を見た。

    先ほど、桐島部活やめるってよを見たので、同じ原作者つながりで何者も見た

    面白い話ではあるが、桐島部活やめるってよ程ではなかった

    桐島のほうが凄すぎたというのもあるが、個人的に気になった点がいくつかあった

    タイトル

    この作品に、何者というタイトルは少し安直すぎる気がした

    桐島部活やめるってよ。というタイトルを生み出した作家がつけたタイトルとは思えない

    この作品は就活生たちが本当の自分に迫る物語だが、それはまさしく、何者かを探す物語だ

    つまり、物語のテーマをそのままタイトルにしている

    別に悪いわけではないが、少しストレートすぎる気がした

    登場人物たちみんな揃いにそろって性格が悪い

    登場人物の性格が悪いので、見る人によっては嫌な気持ちになる気がした

    個人的には、性格の悪い人間を見ているのは嫌いではないので、この作品も楽しめたが、それとは別に、共感もできないし、現実感もない気がした

    性格が悪い人がそろってしまうことを肯定できる設定があると現実感が出たかもしれない

    あとは、なぜ登場人物の性格が悪くなったかも、掘り下げると共感できたかもしれない

    そのあたりは原作では語られているところなのだろうか?

    それとも、あえて掘り下げない感じにしているからだろうか

    なんかギクシャクした人たちを見守るだけの作品になってしまっている

    もちろんそれも面白かったし、この作品の大きな見どころになっている。

    ただ、例えば、デスノートの月のように、警察官の父親に育てられたが故の過度な正義感だとか、

    イケメンで頭が良いが故の他人を尊重していない感だとか、

    そういうバックボーンがあまり描かれていなかったのが気になった

    家がおしゃれ、広い

    就活生にしては良い部屋に住みすぎでは? と思った

    2LDKくらいの部屋だ

    壁のスイッチから察するに、そうとう古い建物のようだが、それでも2LDKは都内在住の大学生にしては広すぎるだろ。と思ってしまった

    一人暮らしを想定しているような設定だったし、

    ちょっとそこで、現実感がなくなってしまう気がした

    総じて言うと

    総じて言うと面白かった

    気になる点はあったが、就活生特有の雰囲気はリアルに表現できていたと思う

    良い実績は語るくせに、悪い知らせは語ろうとしないところとか、リアルだった気がするし、

    そういう、序盤には嫌な奴っぽかった人が最後にはまじめな人間になっているところも面白かった

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  • 「桐島、部活やめるってよ」を見た

    とても良い映画だった

    高校という雰囲気もリアルだったし、構成もユニークだったし、ストーリーも面白かった

    桐島は関係ない

    この映画において、桐島は全く出てこないし、映画のメッセージとしてはほとんど意味をなしていない

    桐島が部活をやめるのはどうでもよく、単なる話のきっかけでしかない

    いや、むしろ、意味を成していないことに意味があるのかもしれない

    直接的に関係のないことで、ここまでの大ごとになってしまうということが大事なところだ

    スクールカーストというものをテーマにしているようだったが、それは宙に浮いたような根拠で形作られる

    それを表現したいのであれば、話のきっかけとなる事件はスクールカーストとは関係あってはならない

    桐島が部活をやめるというのは多くの人にとってどうでも良いことだし、映画部の人たちなんて、桐島という人間を知らない可能性だってあるくらいだ

    そういうどうでも良いきっかけで右往左往する様子を楽しむ映画だ

    楽しみ方がほかの映画とは違う感じがした

    高校の雰囲気について

    どこの高校でもこういう雰囲気なのはわからない

    が、高校特有の、なんとなく流れている時間のような雰囲気が強く伝わってきたので、そこは良かった

    セリフも、台本に書いてあるセリフを読み上げている雰囲気ではなく、本当に会話しているような、そういう雰囲気がしてよかった

    屋上で乱闘するシーン

    あのシーンはこの映画でも一番盛り上がるところで、とても良かったが、反面、良くないと思うところもあった

    あのシーンは途中から、特殊メイクなどが本格的になり、臨場感のあるゾンビ映画風の映像になるが、あれはおそらく、映画部の生徒の妄想なのだろう

    取っ組み合いになった後、乱闘になり、その様子が自分の撮りたいものだと気づいて、無我夢中でカメラを向けた

    本当は特殊メイクも血のりもないのに、あたかもそれがあるような映像がその生徒の目には映っていた

    ただ、それは単なる妄想であって、実際はそんなことはなかったという小さいオチだ

    この見せ方はとても面白かった

    そもそもこの映画は構造自体がユニークだが、このシーンの臨場感は別の意味でユニークだった

    おそらく、抑え込まれていた人間の頭の中の妄想という、抽象的でカメラに映らないものを映像にしているから面白いのだろう

    これが、スクールカースト上位の人間の妄想だと、つまらない

    現実と妄想が乖離しているという、スクールカースト下位の映画部部員だからこそできる見せ方だ

    そういう点は良いと思ったのだが、ここで当てられている音楽に、吹奏楽部の演奏を入れていたのはちょっと意味が分からなかった

    確かに、あの絵で吹奏楽部の音楽はマッチしていた

    ただ、あの場面が映画部員の妄想を形にしている場面なのであれば、少なくとも吹奏楽部の音楽ではないのでは?

    あそこに吹奏楽部の音楽を充てるという発想は、この映画自体の監督をしている人のものだ

    ここがちょっと紛らわしい気がした

    映画の中の監督の脳内妄想を見せる絵に、この映画自身の監督の演出意図を合わせてしまっているので、音と絵で伝えたいものが違って見えた

    確かにあの場面で吹奏楽部の音を使ったのは演出としては正解だろう

    ただ、本当にその展開に沿った音を入れるのであれば、別のものにすべきだ

    ……とは書いてみたものの、確かに。あの吹奏楽部の音よりもあの場面にマッチした音は無いかもしれない

    音楽なしで見せるか、それともあの映画部員が自主制作映画で使ってそうな安い音源にするか、

    どちらにせよあの吹奏楽部の音よりは迫力に欠ける

    本当にアーティスティックな映画ならば、あの場面で吹奏楽部の音を使うことは無いのだろう

    ただ、ユニークではあるが、一応この映画もエンタメ映画だ

    あの見せ方は結局正解なのかもしれない

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  • 初代ゴジラを見た。1954年、東映の映画。

    昨日、39度近い熱を出して、その影響で今日も本調子ではない

    なので、ゴジラを見た

    ゴジラは一大コンテンツではあるが、僕は、シンゴジラと-1.0しか見たことが無かった

    初代は70年くらい前の作品だが、シンゴジラなどと同じような構造の映画だった

    基本的にはパニック映画のような感じで、それに翻弄される人間模様も絡めつつ映画にしたような感じだ

    作品のメッセージについて

    初代ゴジラは明らかに、環境破壊、反テクノロジーのようなものが感じられる

    それに関しては僕も全く同じことを感じている人間なので、それを上手に設定に組み込んでいることについてはすごいと思った

    ゴジラは悪ではなく、反省するべきなのは人間だ

    永久凍土の中に含まれていた未知のウイルスが地球温暖化により溶けだして世界を脅かすというような映画も過去にはあったが、それと同じ構造だ

    作中では直接的にそれについて説教じみたことを言うわけではなく、その設定段階ですでに説経をしているという作りだ

    そうするとなぜだか、映画に説教されている感覚にならないのが不思議だ

    そういう映画は究極的な嫌味、皮肉なのかもしれない

    説教というのは実際に言葉にして伝えるものだが、皮肉や嫌味は結果的に被るものだ

    自らの首を自らで絞める様子を、私情を交えずにカメラを収めるのは説教ではないと人は感じるのだろう

    人が私情によって人に干渉するのは説教だが、人の振る舞いの結果が人に干渉するのは因果応報だ

    説教と因果応報の違いが、映画を作るうえで大事なのかもしれない

    両者ともにメッセージを伝えるという点において変わりはないが、見る人の説教された感は違うものとなるのかもしれない

    映像について

    だいぶ古い映像というのもあり、CGなどは使われず、破壊のシーンは特撮となっていた

    ミニチュアを作り、それを破壊したりしている

    そこに、逃げ惑う人々を合成したりしているようだった

    今と比べても、カメラがそこまで高機能というわけではないので、黒つぶれしている箇所、白つぶれしている箇所が目立った

    ただ、それがむしろ、何があるのかわからない不気味さを醸し出している気がした

    銀魂の映画で、暗闇で斬りあっているシーンがあった

    そのシーンでは、音のみがよく聞こえるが、暗闇で何が起こっているのかはよくわからない

    単に画面の性能が悪かっただけかもしれないが、とにかく。肝心なものを見せずに、音などの一部の要素だけで場面を語ると、見る人に想像の余地が生まれる

    初代ゴジラのような画質の悪い映像では、そういう。想像力の補完が良く効いているのでは? と改めて感じだ

    それに関しては、僕は3DCGをあまり好きになれない理由の一つだ

    説明しすぎるので、見る人に想像の余地を与えない

    抽象的な映像はそれだけ解釈に幅が生まれるので、それを上手につかった映像はレベルの高い映像だと思っている

    初代ゴジラに関しては、図らずもという感じだが、それを満たしているので、楽しく見れたような気がした

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  • 宮崎駿監督作品、「風立ちぬ」を見た

    最近はジブリのブルーレイディスクをそろえている

    風立ちぬも、昔レンタルで見たが、あれからしばらく経ってしっかり見てみたくなったので、ブルーレイを買って見た

    印象としては、もちろんジブリ作品なので、言うまでもなく素晴らしい作品で、

    作画は美しいし、見せ方も面白かった

    ちょっと尺が長いのは疲れたが、それを感じさせないくらい濃い内容で面白かった

    宮崎監督は昔からいろいろなものを映画に込めている人間だと思うが、今回の作品は結構、セリフで説明するカットが多かったな、という印象があった

    セリフに限らず、結構説明してくれる。宮崎監督にしてはサービス精神旺盛な映画な気がした

    ただ、個人的には、わかりにくい宮崎駿の映画が好きだったので、もっと難解で、繰り返し見ないとわからない感じのギミックがちりばめられたもののほうが良い気がした

    あとは、この映画、クライマックスがエンタメ的ではない気がする。

    そこに関しては良かったと思う

    エンタメ映画のための体裁にのっとりすぎると、終盤で分かりやすい見せ場を持ってきたりしがちで、実際、過去のジブリ作品にもそういったものはあった

    それは一般受けしやすい映画になるのかもしれないが、個人的には、謎を残して終わるミステリアスな映画も好きだ

    そして、風立ちぬは、比較的。ジブリ作品の中ではミステリアスな終わり方をしている

    ラストのシーンもたぶん夢の中だったと思う

    パッケージ化されて美しいクライマックスがある作品も面白いが、無理にそれをやってしまうのが一番よくない

    音楽で盛り上がりを強制的に作ったりというのは印象の押し付けでしかないので、それは映画の作り方としてはあまり好きではない

    かといって、本当に上手な監督は押し付けているのを感じさせないくらいに押し付けてくる

    というか、押し付けるのではなく、引き出していると言った方が良いかもしれない

    宮崎監督の場合は、過去の作品だとまだ押し付けっぽいものも感じられた

    そんなところで、この風立ちぬでは、クライマックスを飾ろうとしていない気がした

    その潔さが個人的には、この映画の魅力に感じられた

    ほかにも、地震などのシーンでの人の声を使ったSEなど、一時は最後の作品だと言われていただけあって、ほかの作品にはない空気感があった

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  • 七人の侍を見た

    七人の侍を見た

    実は、黒澤明監督の映画を見るのは初めてだ

    日本映画史上最高傑作ともいわれている作品なので、期待してみた

    感想としては、やはりすごく良い出来で、日本映画最高傑作ともいわれるだけのことはあった

    が、たぶん、今まで日本国内で上映された映画をすべて見たらこれ以上の作品もあるのでは、という感じだった

    今まで見た映画の中で、良いと思ったのは、その男凶暴につき、ソナチネ、シャイニング、タイタニック、君の名は、という感じだろうか

    そのラインナップに七人の侍は十分に加わる。それくらい良かった

    が、気分によってはタイタニックも良いし、君の名はも良いし、北野武監督作品も良いし、という感じだ

    画面のレイアウトについて

    画面のレイアウトに一番感動した

    レイアウトというか、コンテの作り方。音も含めた見せ方の面は本当にすごい

    その点においては今まで見たどの映画よりもすごい気がしたし、それを70年も前に映像にしているのは常軌を逸脱するくらいすごい

    人質を取って立てこもっている盗人が斬られて倒れるシーン。倒れる瞬間だけ無音になって、しかもスローモーションだ

    その見せ方は今となっては無くはない見せ方だが、逆に言えば、70年もたって通用する見せ方を日本の映画でやっていたことはすごいと思った

    現代の映画でやってもすごい演出だと思うのに、やはりそういうところは最高傑作と言えるくらいすごかった

    それ以外にも、あのあたりのシーケンスは川の音で人の声がかき消されているような見せ方だった

    見知らぬ人々が何かを話している。何を話しているんだろう? という、観客の疑問を邪魔しないような音の作り方だ

    それでいて、しっかりとした表現の一つになっている

    この映画は脚本を見せるだけではなく、芸術的な雰囲気をまとった、劇的な見せ方が多くあった

    個人的に思うのは、カメラの画面の中に被写体を収めるのではなく、被写体を陳列する。というような考え方で映画を撮るべきだと思っている

    これは僕の完全な趣味かもしれないが、キューブリック監督など、個人的に凄みを感じる監督の画面は、画面を3Dではなく2Dとして、図形としてとらえている気がする

    そういう見せ方が黒澤明監督の画面にもあった気がした

    村の娘が土壇場で若い侍と交わった後、泣き崩れる父の向こうにこれまた泣き崩れる娘の姿が同じ画面に収まっていた

    あの画面は図形として美しく配置されていた

    今思えば、あの構図では、父さんと娘。結構な距離の差があるだろうからピンボケせずに撮影するのは難しかっただろう

    この作品は望遠レンズの使い方が上手だったのかもしれない

    70年も前に、夜の暗い場所で、あれだけ広範囲にピントを合わせる望遠レンズなんてあったのだろうか。

    なければあの画面にはなっていないからあったんだろうな

    やはり、制作費が普通の映画7本分なだけはある

    脚本について

    脚本についても面白かったが、それに関しては上の中くらいの面白さの脚本だった気がする

    活劇物としては優秀で、今の時代に見ても楽しめる時点ですごいものだというのはわかる

    キャラクターもわかりやすく、敵と味方の戦いという、シンプルな構図もわかりやすい

    エンタメ作品として成功しているし、絵のクオリティも高いので、文句の付け所が無いような脚本だ

    ただ、だからこそ、期待を裏切る感じはなかった気がする

    画面のレイアウトにあった凄みが、脚本にはなかったので、そこは少し残念だ

    とはいえ、凄み=映画の価値というわけでもない気がするので、これは単なる個人的な趣味なのかもしれない

    エンタメ映画としてみるならば最高の脚本ともいえるかもしれない

    映像のクオリティについて

    映像のクオリティに関しては、あまりこういう映画を見る人間ではないのでそこまで断じたことが言えるわけでもないが、少なくとも、大満足できるクオリティだった

    落馬する武士のところなんて、本当に怪我をしていないか心配してしまうくらいの臨場感だ

    というか、古い映画にありがちだが、明らかに怪我をしながら撮影してそうなカットがたまにある

    白鯨という映画も、水が打ち付ける中ぐちゃぐちゃになりながら撮影していたし、

    猿の惑星も。肌が露出しまくった衣装で人の背丈ほどある草むらの中を走るカットがあった。あれはだいぶ、切り傷がついたと思う

    七人の侍も、昔ならではの危険な撮影が多くあり、そのために実現した臨場感なのかもしれない

    実際、調べてみたが、骨折した人も何人もいるし、背中に矢が刺さった人もいたらしい

    今ではそういう場面になると、VFXでやってしまおうというようなことになる

    そうするとやはり、画面が寂しくなってしまいがちだ

    七人の侍では、危険を顧みず撮影しているからなのか、そういう安っぽさは感じられなかった

    一部、刀で斬られる人が作りものっぽかったり、刀の先でつついただけで人が倒れたりというのはあったが……、

    ただ、そういて言うとこの作品の臨場感。セットとしての画面のクオリティはとても良かったと思う

    ラブシーンについて

    先ほど、脚本は上の中くらいと書いたが、ラブシーンの入れ方を考えるとやはり、脚本もすごいポイントがある気がした

    この脚本でラブシーンが無かった場合を考えると、それはもうテンプレみたいな作品になってしまう気がした

    ただ、そこに性的なテーマを加えることによって、それをこの映画の後半の柱にすることができている

    つまり、裏のテーマとして、2人の愛がある

    表はアクション活劇で、裏には愛のテーマ。

    この2本立ては最高というわけではないが、この脚本を一つの美しいプロポーションにしているという点で、割とテクニカルなことだな、と思った

    総じて言うと

    総じて言うと、やはりとても良い作品だ

    映画の凄みも十分感じられる作品だったし、現代に見ても楽しめる作品になっていた

    最も好きな映画の一つともいえる

    ただ、この記事でも書いた通り、70年前でこれはすごい。というような見方でこの映画を見た結果、最高傑作という答えが出るというのもまた事実だ

    つまり、それは映画の凄さではなく、映画の時代背景を踏まえた凄さであって、映画の凄さではない

    単に映画を語りたいだけならばそういう見方でも良いのかもしれないが、それは相対的に映画を見た評価であって、僕のように。映画監督になりたい人が分析するのであれば、絶対的に映画を見るべきだと思った

    そして、絶対的にこの映画を見るならば、最高傑作ではない気がする

    この作品が日本映画の歴史に残るレベルの作品だという事実を踏まえたうえで評価するのであれば、この映画は間違いなく日本映画の最高傑作だろうが、個人的には、映画そのものの出来としては、断じて最高傑作だと言える感じでもない

    とはいえ、そうであってもこの映画は群を抜いて良い映画だ

    今後、ほかの黒澤明監督の作品も収集したい

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  • 風の谷のナウシカを見た

    以前見たことあったが、今回ブルーレイを買い、改めて見てみた。

    備忘録として記事を書く

    環境破壊に対するメッセージが強く出ているが、それを美しく物語にできているので、説教にはなっていない

    環境破壊というのは、人間とオームや腐海との関係だけであって、そこからくる世界観の上で物語を進めることで、このような作品になるのかもしれない

    展開をつなげていくうえで必要となるキャラクターの選択はこの、世界観にのっとって決まっていく

    最初から一つの柱として、人間と自然というテーマがあるので、一貫した物語になっている

    オーディオコメンタリーも見た

    細かい点で、ものすごく参考になった。

    その中でも一つ、改めて思ったことだが、

    やはり、宮崎駿の作品はなんとなくその構成にパターンがあるような気がした

    オームが押し寄せる展開は未来少年コナンの津波だし、終盤に人々が走りまわるのは他の宮崎アニメにありがちな展開だし、

    メカ関係が終盤に壊れるのもありがちだ

    ……というようなことをオーディオコメンタリーで聞いた

    確かにそうだ

    主人公はたいてい、少年少女、それも思春期前になっているし、

    古代兵器や巨大な飛行艇などもよく出てくる

    というか、これに関しては僕も、自主制作と同じ展開を今考えている物語でやっているので、なんだかそれに関して、自信がついた

    藤田将

    Fujita Sho

    1999年10月8日千葉県生まれ、東京電機大学卒。
    自分が作る意味を追求し、存在意義のある作品作りとそれをラッピングする独自の表現を研究している。
    3DCGだけでなく、過去にはキャライラスト、フォトバッシュ、MV制作、などで仕事をしていたり、仕事以外の趣味でもフィールドレコーディング、ウェブデザイン、自転車や鉛筆画、日帰り旅、写真などもやったりしていた。
    趣味はアニメ鑑賞と創作活動、好きなゲームは”シムシティシリーズ”
    今後挑戦したいことは映像の監督、脚本。


  • スクール☆ウォーズ

    スクール☆ウォーズを今見ている

    もうすぐ最後まで見終わる頃だ

    僕は、若者が何かに一丸となって取り組む成長物語が好きなので、このドラマもやはり、感動した

    だいぶ昔の作品ということもあり、現代では考えられない場面、学び多き展開もあった

    ここではそれらに関して雑にまとめる

    体罰について

    現代には体罰を理解する心が足りていない気がする

    規制やコンプライアンスによってさまざまなものの肩身が狭くなっている世の中だが、その一環に、体罰に対する考え方がある気がする

    例えば、先日。ようつべの低評価が非表示になった

    僕はその時も嫌で、ブログで記事に書いたほどであった

    僕が危惧したのは、あれによって、ようつべ内での文化の淘汰が一方的なものになってしまう気がしたからだ

    文化というのは消費者が評価をして進化していくものだが、その進化の過程に批判が働かなくなったら、文化の発展が偏るような気がした

    クリエイターを守るという観点で低評価を非表示にしたのかもしれない。その考えに関しては僕もクリエイターの一人なので理解できるし、うれしいと思う気持ちもある

    ただ、その気持ちは規制強化、コンプライアンスによる表現幅の単一化、そして、体罰を嫌だと思う心。つまりは人としての弱さの表れなのでは、と思った

    もちろん、行き過ぎた体罰は良くないし、そもそも体罰ではなく単なる暴力みたいな事例もあるだろう

    ただ、人間も株価も文化も、すべてポジティブとネガティブのせめぎあいで動いている

    そこからネガティブを取り払おうとするのは自分自身すらも制御できる存在であれば必然の流れだ

    ただ、それはもとからあるシステムに手を加えるということになる

    生態系だって、一つを取っ払えば全体が傾く

    人間も同じな気がする。嫌なものを取り払えば幸せになるというのは幸せというものに対する考え方が足らない気がする

    その結果、今の人間社会が出来上がった。目先の苦痛を取り払い続けたら、こういう世界になった

    その一端として、体罰への不信感がある気がする

    不必要な苦痛を与える必要はないが、ただ、多少の体罰は人生経験の一環として認められるべきでは

    ネガティブを取り払った先にあるのは、幸福に溺れる歪んだ世界だ

    人が3人くらい亡くなっている

    物語を通して、3人亡くなっている

    それぞれは感動する展開になってはいるが、ただ、やはり3人はやりすぎな気がした

    そういう、展開のレパートリーの少なさは「家なき子」を見た時も同じことを感じた

    引き出しを増やして、展開の幅を広げたい

    その後の展開を先取りした行為

    花園での決勝戦前、帰りの切符を破り捨てる展開があった

    今夜は先生と飲み明かすという展開を、切符を破るという行為によって表現している

    何かの展開が起こる前、もしくは起こった後でも良いかもしれない。その展開を小さなアクションによって伝える展開はいろいろなところで応用できる気がした

    何か起こることが大事

    これは最低限の話だが、何かが起こるということが大事で、それが起こったという認識が楽しみにつながる

    何かが起こるというのは、何でもよい。がれきが崩れるタイミングに粗密を持たせて意識させるのでも良いし、逃げ惑う野次馬の一人が転ぶだけでも良い

    そういう、何かが起こったという情報を事細かに入れることで、展開の繋がりに面白さが生まれる

    スクールウォーズに限った話ではないが一応メモっておく

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  • クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦

    「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦」を見た

    しんちゃんの映画の中ではおそらくとても人気のある一作で、僕も、子供のころに見て記憶に残っていたので、この度改めてDVDを買って見てみた

    この映画は90分ほどの作品だが、体感としてはもっと短いようにも思えた

    しんちゃんがタイムスリップし、野原一家がタイムスリップし、いろいろ頑張って戻ってくる

    という、物語を成立させるうえで最小構成のような展開で構成されている気がする

    あまり話を膨らませず、淡々と展開を重ねて構成されている気がしたので、そこまで長いと感じなかったのかもしれない

    春日部防衛隊っぽい子供たちとのくだり以外に、目立った日常展開がなかったような気がする

    それ以外は、又兵衛の心中だったり、当時の情勢だったり、そういうものを説明するという明確な目的がある展開のみだった

    なので、この作品は比較的、無駄のない展開でぎゅうぎゅうに詰まったストーリーになっている

    例えば君の名はだったら、瀧くんと三葉がイチャイチャする様子が序盤にあるが、あれはあの雰囲気を伝えられればそれでよいので、具体的にこれをしないと物語が進まない。というような仕掛けではなかった

    ただ、このしんちゃんの映画に関しては、これを解禁して、次にこれを解禁して、というような仕掛けが連続し、数珠繋がりにクライマックスまで行ったような印象だ

    だから、割とぎゅうぎゅうに詰まった印象だったのかもしれない

    エンディングについて

    エンディングは二中のファンタジー体育を休んだ女の子篇だ

    もともとノスタルジーな雰囲気の曲だが、そのノスタルジーを加速させるような、BG素材のみでのエンディングになっていた

    定かではないが、この曲の雰囲気を理解してこういう見せ方にしたのかもしれない

    もしそうなのであれば、とてもセンスがあると感じた

    展開のメモ

    しんちゃんが夢を見る

    しんちゃんがタイムスリップ

    しんちゃんが戦国時代でいろいろ

    そのころ、ひろしとみさえは心配し、いろいろ調べたりしてタイムスリップ

    ひろしとみさえの話もあり、戦略結婚は断ることに、ただ、その影響で戦が始まる

    野原一家の活躍などもあり、戦は終わる

    最後、又兵衛が殺される

    野原一家は元の時代に帰る

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  • ダイ・ハード

    少し古い映画なので映像面はそこまで期待はしていなかったが、アクションも映像も派手で面白かった

    上昇するエレベーターや、屋上から飛び降りるシーンなど、舞台を上手に使ってハラハラ展開を作り出しているという点がとてもよかった

    多少無理をするとご都合主義っぽい感じになってしまうが、そういう感じにもなっていない

    かつ、そこで起こる俳優のアクション、行動によって次のストーリーに繋がっていく感じが良かった

    薄いダクトの中を張って逃げる展開で、ライターの火から漏れ出た光によってダクトの中に逃げ込んだことが敵にバレる

    バレた後、薄いダクトを捜索され、銃で穴があけられる

    そういう、舞台装置を使った無理のないハラハラ展開が多く、こういうたぐいの映画にしては現実的で、それでいて面白く作ることができている

    エンタメ作品として、テロリストの目的が政治的な要求ではなく、金銭だという点も、配慮ができている気がした

    必要のないメッセージは省くことでエンタメ要素が強まるのかもしれない

    無線が電話のように使われる展開だったり、金庫の安っぽさだったり、そういう惜しい点はありつつも、総じて言うと面白い映画だった

    おそらく、ダイハード2もそのうち見る

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  • ドラマ「家なき子」を見た

    家なき子を見た

    テレビドラマをおそらく見たことがなかったので見てみた

    同情するなら金をくれ! のセリフを知っていたという理由でこのドラマを見たのだが、面白かった

    そもそも僕はこういう闇が深い系の物語が好きなので、やはり楽しめた

    あとは、ドラマということもあり、人間が演じている。

    惡の華を見た時もそうだったが、リアルな絵柄でドロドロした物をやると、こっちまでハラハラするような居心地の悪さを伝えることができる

    やはり没入感はデフォルメされたアニメにはないものがあるので、そういうポテンシャルをフルに生かすことができるこのジャンルなので面白いのだなと思った

    ストーリー的にも面白かった

    かなりご都合主義なところはありつつも、人間が騙しあい、汚い部分を隠しながら戦っている様子が良かった

    この物語で一番良い人は終盤に海外に行ってしまったアウトローな医者だと思う

    猿の惑星で言うところの、博士のような立ち位置だ

    基本的には悪役のような感じで描かれるが、彼の言っていることが個人的には一番正しい気がする

    そして、それを言うに足りる能力もあるし、自分の力を使って有言実行もする

    世界に対して自分の信じる正義をただ淡々と実行しているという点で、あのアウトローな医者が一番正しい人間な気がした

    あとは、悪い人間に関してはほとんどの人間がそうだと思った

    このドラマの登場人物は過去に何かしらの悪いことが起こって、それによって変わってしまった。周りに対して悪事を働くようになってしまったという人間ばかりだ

    そういう人間は善人ではないが、悪人でもない気がする

    悪人というのは結果としてあるだけであり、その人がそうなりたくてなっているということでもないので、皆、普通の醜い人間だ

    対して、主人公のすずは悪人ではない気がした。が悪人に見えなかったのはなぜだろうか

    それは、自分が受けた痛みを他人に向けることをしないからだ

    誰かから受けた痛みを別の誰かに向けるのは醜悪な人間のすることだ

    ただ、すずは違う。誰かから受けた痛みはその誰かに向けている

    すずにとっての悪事は無差別な八つ当たりではなく、明確に仕返しとして描かれている

    なので、すずが行った行動には根拠が感じられ、結果としてすずというキャラクターは善人のような印象になったのだろう

    あと、この物語のすべての元凶はやはり、母親にある気がしてならない

    脚本のメッセージを素直に受け入れるならばの話だが、母親が変にすずと父との関係を隠さなければこうはならなかった

    そもそもすずはいい子なので、いじめられなければいじめない人だ

    父親を変えてしまった絵の評論家がきっかけなのは言うまでもないが、その評論家くらいの悪人はこの物語の世界にはあふれているようだった

    なので、その評論家が生んだ悲しみだけであれば、ここまでの悲劇にはならなかった

    ただ、その後、母が父親に関してすずに隠し事をしたまでにここまでの話の広がりようになってしまった

    結果、著名な芸術評論家も亡くなり、大企業の女社長も、その跡取りも亡くなり、犬も一匹死に、すずも少年院に入り、自身も死んでしまった。

    無自覚とはいえ無神経ではあるこの母が個人的には一番の元凶な気がする

    悪人ではなく元凶なのがまた悩ましいところではあるが、少なくとも一番被害を拡大させたのはあの母親だと思う

    あと、脚本的に感じたのは、展開がやはりワンパターンすぎるところだ

    階段から3回くらい人が落ちてるし、犬のリュウも何回か怪我してる

    社長令嬢に関するお見合い話も2回くらいあった気がする。ちょっと前に見たことあるような展開が結構あった気がした

    あとは、カメラワークも劇的ではなかった

    アニメに慣れているからかもしれないが、お見合い話に孤児たちで乗り込むときのカメラアングルは完全にドリフのそれだった

    なのでどこかコメディっぽい雰囲気が漂っていて、なんだか惜しい気がした

    そもそもこれだけ事件が起きても警察に通報することをしないのはリアリティにかける気がした

    それで話が面白くなっているので良いが、ただ、いかに現実的に、話を面白くするかというのが脚本家の見せどころなのでは? とも思った

    昔のドラマはこういう雰囲気が多いのかはわからない。この作品はとてもおもしろい作品だったので、家なき子2や、ほかの名作ドラマも今後見てみようかと思う

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  • 「カリオストロの城」を見た。宮崎監督初期の作品

    オープニングで世界観に引き込む感じがすごく良かった

    音楽の良さもあるかもしれないが、ノスタルジーな雰囲気がよく伝わってきた

    小鳥のさえずりが環境音として入っていた点が良いように働いている気がする

    あの音があることで、そこが静かな場所なんだと理解できる

    そのあとの全体的な展開も、エンタメ感が強くて良かった

    この作品は、エンタメ展開に力が入れられている気がする

    宮崎監督がまだ若手で、かつ、シリーズ物の作品というのもあるのかもしれないが、ほかのジブリ作品にはない切り口のハラハラ展開が用意されているような感じだった

    コメディっぽい雰囲気も持っているので、ジブリ作品とはまた一つ違った宮崎監督の世界観が見れる

    とはいえ、しっかりと作品のメッセージは込められている

    城というロケーション、映画の中では語られない設定も凝っているようで、そういうところはやはり宮崎駿っぽいものを感じた

    この作品は宮崎監督作品の中でも結構好きな部類かもしれない

    僕は雰囲気に浸るためにアニメを見るタイプの人間なので、作品に必ずしも高度なメッセージが入っている必要もないとも思っている

    その点、このカリオストロの城は、世界観、映像の雰囲気がとてもよかった

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  • 「千と千尋の神隠し」を見た

    千と千尋の神隠しを見た

    確かこの映画はまだ一回しか見たことがなかった

    この度、ブルーレイディスクを購入したので、今後は定期的に見たいと思う

    この映画はジブリの中でも特に評判になっている作品だが、その理由の一つに、現実世界とジブリワールドとが陸続きになっている点がある気がした

    これは、異世界転生物語が流行っているのと同じメカニズムだと思うが、

    現実世界と魅力的な世界観が陸続きになっているというのは、見る人が作品に没入するのを容易にする

    ジブリは特に、世界観が魅力的なコンテンツでもあるので、そういう世界に浸りやすいという点で、この作品は話題になったのでは?

    と感じた

    個人的には、この作品はジブリの中ではそこまで好きな方でもない

    世界観は特異で、もちろん絵もきれいなので、好きな作品ではあるが、もののけ姫のような凄みは少ないし、火垂るの墓のようなメッセージも弱いと思うので、とても好きというわけではない

    世界観の魅力度で言うならばこの作品はジブリの中でもトップクラスに良いと思うが、それ以外で言うとやはり惜しいところもあった

    例えばクライマックスの盛り上がりなどは、盛り上がったというよりも盛り上げたと言った方が近いような感じになっているのが気になった

    最後、豚を何頭か並べて、お父さんとお母さんを当ててみろという展開があったが、あの展開は本当に必要なのか疑問に思った

    わかりやすいクライマックスなので、音楽もそういう感じのものが使われていたが、あの展開は映画を締まりよく終えるためだけの展開なのではと感じてしまう

    あの場で豚の中から選ばせるということをしないと元の世界に帰れないという設定があるので、あの展開が必要だったのかもしれないが、それでも、あの中に両親はいないのだから、わざわざあの場に行ってあの展開をする意味もよくわからない

    もしくは、あの行動に何か宮崎監督の伝えたいことがあったのだろうか

    であればよいが、それにしても。あのシーンのクライマックス感はなんだか中途半端な気がした

    クライマックスっぽくするならもっとクライマックスっぽくしても良いと思うし、個人的にはあの展開をクライマックスにするのは厳しい気がしたので、むしろもっとあっさりした感じに見せるのも良い気がした

    というよりも、この作品は盛り上がりポイントが多すぎるので、クライマックスっぽい描写がクライマックスっぽい印象になっていない

    聲の形みたいな感じだ。凝った演出を序盤からしてしまっているのでクライマックスが映えない

    千と千尋の神隠しはエンタメ作品として優秀で、見所がいくつもある

    そういう作り方は終わった感を出すのが難しいのかもしれない

    だとしたら、むしろ終わり方はそっけない感じにしてみたり。そういう作戦のもと終盤の展開を考えてみる必要がある気もした

    あとは、終盤のところで言うと、本当に細かいところだが、トンネルから出ていくカットで、千尋たちはトンネルに入ってきたカットと同じ向きに歩いて行ったが、あれは逆のほうが良かった気がする

    入ったというのと出ていったというのは逆の方向に進むという見せ方をした方が、言って帰ってきた感が出るので良い気がした

    とはいえ、やはりジブリ作品らしく、とても良い作品だった

    ほかのジブリ作品のレベルがけた違いだというのもあって些細なところでも考えてしまうが、アニメーション映画の出来としては最高に近い出来だと感じる

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  • 「空の青さを知る人よ」

    空の青さを知る人よ_1
    ©2019 SORAAO PROJECT

    「空の青さを知る人よ」を見ました

    天気を含めたストーリー

    アニメではよく、主人公の心情に合わせて天気が変わるが、僕はあのような演出はあまり好きではない

    そして、この「空の青さを知る人よ」においては一部そういう演出はあったが、この作品の場合は天気の変化がストーリーに深く切り込んでいたのでとてもよかった

    登場人物の心情の沈み込みが雨として演出されているので、とってつけたような雨ではなく、ちゃんと物語に干渉してくる雨になっている

    しかも、その雨が災難を呼び、終盤の山場になっていく

    そういう展開を呼ぶための舞台装置として雨を降らせたのは良かったと思う

    さらに、雨は上がるものだ

    そういう、感情が沈み込んで上がっていく。というのを天気によって表現しているこの作品の終盤は面白いと思った

    絵的にも、雨上がりの秩父を飛んでいく展開は爽やかでよい感じだった

    天気と感情がリンクするのはあまり好きではないが、ここまでしっかり物語に干渉してくると、良いものになるんだな、と思った

    SF設定について

    この作品はサイエンスではないが、若干のSF作品のような嘘もある

    その嘘を最初に見せる見せ方をもう少し工夫すべきだと思った

    見えない壁に阻まれている感じはこの作品の中でも大きな嘘の一つだが、その嘘が最初にあっけなく出すぎていたので、そこが微妙な感じだ

    もっと、キャラクターが驚く、戸惑う。というような、見る人が感じるであろうリアクションを登場人物がとるようにした方が、脚本に踊らされている感が減ってよい気がする

    終盤の空を飛んでいるところについて

    終盤の空を飛ぶ展開だが、あれは自分の中では賛否両論だった

    この映画のタイトルにも含まれる”空”を近くに感じられるという点であの演出は良かったが、果たして空を飛べるまでする必要があるのかは少し疑問だった

    空を飛べるので土砂崩れの中から人を救い出せたという、展開上の都合もあるかもしれないが、それだって、おじさんにはない若さがそれを可能にした。という理屈でも通る気がする。

    あの演出に関してほかに何か意図があるのかもしれないが、少なくとも僕が思った中では、あの場面はあそこまで空を飛ぶ必要がなかった気がする。

    全力疾走しておじさんを置いてけぼりにするような展開でも良かった気がする

    あそこまで割と現実的な話に収まっていたのに、終盤だけ飛躍するのはなんだかもったいない気がした

    まとめ

    この映画は面白かった

    音楽系の作品かと思わせといて、そこに重点を置いていない

    それは中途半端な気がしつつも、実際の作品はそれ以外に見るべきところがある気がしたので楽しめた

    山間の町の雰囲気を感じられる背景、演出も良かった気がする

    エンタメ作品としてよくまとまっていて、ちゃんと需要をついている感じがする。安定して面白い作品だった

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  • 楽園追放 -Expelled from Paradise-

    楽園追放 -Expelled from Paradise-_1
    ©東映アニメーション・ニトロプラス/楽園追放ソサイエティ

    楽園追放 -Expelled from Paradise- を見た

    若干の2D背景が使われていたが、ベースは3DCGで、10年前とは思えないくらいレベルが高かった

    特に終盤のバトルシーンはとてもかっこよかった

    3DCGのロボバトルシーンではトップレベルに良かったかもしれない

    やはりカメラを動かしまくる映像は3Dならではだなと思ったし、煙のタメの感じもカッコよくできていた

    バトルシーンにおいて、煙と爆発は見せ場の一つなのだなと改めて思った

    という感じに基本的には良かった作品だが、空気感が足りなかったり、そういう点は3DCGの課題でもあるのかもしれない

    この作品についてはもう少し撮影処理をした方が良かったと思う

    なんだか、レンダリング動画をそのまま背景に合成しましたみたいな感じだ

    2D背景に2Dキャラを合成するならそれでも良いのだが、今回のように2D風3Dに3Dキャラを合成するのであれば、それらを馴染ませるために多少大目にエフェクトを追加すべきだと思った

    スペキュラーやAOなど、様々なパスで書き出し、それをAeで手間暇かけて色調整するというのが僕の思う今のところの最適解だ

    カメラは動かさなくても良い

    カメラを動かした方が魅力的に映る場面であればゴリゴリ動かすべきだが、そうでない限りは動かすべきではないので、動かさなくても良い

    そういったところは今回の楽園追放はなかなか良かった気がする

    無駄に動かしてしまっている場面もあったが、無意味に動かしている感じはなかったのでそこは個人的に良いと思った

    あとは、カメラをもうちょっと望遠にしたり、被写体の位置で嘘をついたりする必要もある気がした

    個人的には、被写体の位置で嘘を積極的につくべきだと思っている

    でないと、見る人の深層意識がそれを3DCGだと判断してしまう

    今回の作品ではどの程度それをやっているのかはよくわからなかったが、少なくとも、このカットは地平線を無理にでも映した方が絵になるのにな、と思うタイミングがあった

    レイアウトの段階から3Dでやっているのだろうか、画面のレイアウトが3Dベースな気がした

    モデルも贅沢に作っていたし、キャラモデルの質も高かった

    シェーディングだけ、単純なセルルックCGっぽい感じなのが惜しいところだったが、砂漠という世界観で感じられるはっきりとした影の雰囲気を演出しているともとれるので、そこは良い面もあったかもしれない

    ただ、やはり、撮影処理をもう少ししたらさらに良くなる気がした

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  • 中二病でも恋がしたい! について、物語の型

    中二病でも恋がしたい!_1
    (C)虎虎/京都アニメーション/中二病でも製作委員会

    2度目の中二恋を見た

    前回見たのはもうずいぶん前で、確か、アニオタになりたてのころだった気がする

    そのころからしばらく経ち、僕の見る目も変わった気がしたので改めて見てみた

    やはり面白いが、僕は重度の中二病というわけでもないので、共感はしなかった

    ただ、終盤の、中二病が六花にとっての何だったのか、そしてそれに決着をつけるという展開は良かった

    中二病というのはこの物語では心の闇の結果としてあって、序盤はそれを用いたラブコメとして話が進む

    ただ、最後にはそれらの答え合わせのように、中二病自体について語られる

    この構成は12話1クールのテレビ放送アニメの一つのテンプレートな気がした

    何か、主人公たちの闇や暗い過去がある。それは誰しもに起こりうる欠点として描かれ、ある種の自虐ネタっぽい感じを醸し出しつつ、恋物語が進行する

    ただ、それだけだと終始日常アニメで終わってしまうので、その暗い過去、闇の源泉に触れるような展開をしてクライマックスに持っていく。

    宇宙より遠い場所も、個性的な女の子がいて、それに準ずる女の子もいて、そういった人たちの個性的な性格からくる日常展開を楽しみつつ、終盤にその個性の源と対峙するお話だ

    日常展開というくくりを外せば、さらに多くの物語に当てはまる気がする

    Sonny Boyも、angel beats!もそんな感じだった

    こじつけに近くはなるが、そういうアニメが結構多い気がする

    これはアニメづくりの一つのテンプレなのでは?

    必ずしもそういう作り方をする必要があるわけではないが、そういう作り方でアニメシリーズが構成されることがあるということか

    たぶんこの辺はヒーローズジャーニー理論とつながってくるのだと思う

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  • パッチギ!について。

    この映画についてはいろいろ言いたいことがたくさんある

    まず、あまり関係ないことだが、

    この映画はおそらく公開当初、テレビで見た

    そのころはまだ幼少期で、最初のライブで観客が2階席から落ちて救急車で運ばれるところと、そのあと乱闘するところのみを覚えていた

    もちろん今のように考えながら見ていたり、そもそも最後まで見ていたかも怪しい

    ただ、冒頭を見てその記憶がよみがえってきてなんだか懐かしい気分になったので一応書き残しておく

    そして本題の映画について、

    映画としての出来は良かった

    ちゃんとエンタメ作品になっていたし、舞台背景もおもしろかった

    物語もシンプルで分かりやすかった気がする。ギャグっぽい見せ方も含まれていて楽しかった

    ただ一つ違和感があるとするならば、子供を産む下りは必要だったのかな? ということだ

    不良少年たちの周りに一本筋が通った話があるが、それとは別に、出産に関する話がある

    もちろんそれによって、話が希望的なものになるというのは理解している。それによってクライマックスも感動的になった

    ただ、その展開が不良少年たちの話とはあまり関係なかったのでは? と思ってしまう

    出産の展開がなくてもこの映画は成立してしまうので、脚本的に、その展開は単なるとってつけたような展開だと感じた

    とはいえ、これだけの賛否両論ある問題をエンタメ作品として十分見れる映画にまとめているという時点ですごい作品な気がした

    賛否両論については火を見るよりも明らかだが、朝鮮と日本という話題なので、やはりそこういう目で見られる映画だ

    僕は、朝鮮とか日本とか関係なく、民族同士違いを認めつつ仲よくすればよいのになという、ヒッピーみたいな考え方なので、朝鮮人と日本人の繋がりをテーマにしたこの映画は良いと思った

    この監督自身、どういう思想でこの映画を撮ったのかはわからないが、僕と同じような思想を持っていると受け取った

    この映画のセリフに、「歌っちゃいけない歌なんてないんだよ!」みたいなセリフがあるが、それがすべてだと思う

    それに、映画の中には、フリーセックスのために外国に行くような人間も描かれていた

    その人は終盤、ヒッピーみたいな恰好をして、平和な壁画を描いていた

    なので、監督は朝鮮とか日本とかではなく、民族同士の友情、愛情をテーマにしたかっただけなのでは?

    もしこの監督がアメリカ人だったら、ロシア人との恋愛映画を作っていた気がする

    その場合、この映画に対して朝鮮人がどうのこうのという批判をするのは筋違いだろう

    さらに言えば、この監督のほかの作品は別に、思想強めの作品というわけでもない

    たまたまモチーフに選んだのが日本と朝鮮。と言うだけな気がした

    こういう、何かしらの具体的なモチーフを取り上げると必ずその界隈の人が盛り上がってしまうので、具体的なモチーフすらも使わない見せ方で思想を伝えるしかないのだろうか

    そう考えると、宮崎駿のような0から世界観を作って思想を伝える作家は、どこにも波風を立てないので改めてすごいなと思った

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  • シティーハンター1期のEDが良い

    シティーハンター_1
    ©北条司/コアミックス・読売テレビ・サンライズ 版権許諾証TA-306

    シティーハンター1期のエンディングが良い

    今、シティーハンターを見ていて中盤くらいまで来た

    このアニメのエンディングがは言わずとも知れた、Get Wildで、その曲自体は以前からもちろん知っていた

    そして本編を見るにあたり、エンディングの映像も見たが、それがとてもよかった

    最初、抽象的な図形、丸、流れる線のようなものから始まる

    そして、それが徐々に、街の灯りと流れるヘッドライトなのだとわかる

    街の灯りは実際のところ、灯りなので白いはずだ

    ただ、それを丸だったり、流れる図形だったり、そういうので表現している

    キャラクターの顔に点滅する街の灯りと、そこにオーバーレイする図形

    この2つのモチーフは夜の街を走る車に映るその景色とキャラの顔を記号化している

    このEDは記号化の最たるものだ

    それは、僕にとってのアニメが好きな理由の最たるもので、そういうものを純度高く含んでいるこのEDは今まで見たEDの中でもトップレベルにかっこいいものな気がした

    サビの部分、地面に何かが落ちるのを最初、白い球体が落ちてめり込むように描かれる

    それが徐々に消えていき、光る蝶だということがあらわになる

    今、文字で書いたことをそのまま映像にしたような映像だ

    というのも、ただ映像にしたのではなく、文字で書いた情報量を保ちながら、映像化したようなものだ

    3DCGなんかでこのシチュエーションを表現しようとすると、どうしても、アスファルトの凸凹や、蝶のディテール、そういう情報量が増えてしまう

    ただ、シティーハンターのエンディングはもはや、文字で書いたような情報量のまま映像化することに成功している

    これは一つのキーワードかもしれない

    文字で書いたくらいの抽象度合いを保ったまま、映像化することに成功している

    セル画時代にはそういうものがあふれていた。デジタル作画の時代になって多少情報量が増えつつも、まだデフォルメが生きている

    最近は考えなしに線を増やして、むしろアニメの持つ抽象性を損なう画面が増えてしまっているようなのでそこは悲しい

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  • キッズ・リターンを見た

    北野監督の作品、キッズリターンを見た

    ストーリー的にはとても面白かった

    主人公が若者で、しかも複数人いる

    それぞれの人生をたどりつつ、成功している人とそうでない人、成功しようとしている人。様々な形の人生を見せている

    北野監督はどういう意図でこの話を考えるに至ったのだろうか

    ただ若者の人生を追っている中で起こる出来事を映画にしているような気がした

    それだけの映画だが、そのリアリティ、具体的な描写が見ていて楽しい

    それでいて北野武監督らしい画面のレイアウト、舞台背景がある

    2000年あたりの何とも言えない冷たい空気が若者の将来に対する不安を物語っているようだった

    個人的な趣味だが、僕は若者が夢を追う姿を取り上げた作品が好きだ

    その点、このキッズリターンに感動するのは当たり前のことなのかもしれない

    北野監督の作品だったら、その男凶暴につき、と、ソナチネが今までのお気に入りだったが、それにこの作品も加わる気がした

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  • ルックバックを見た

    久しぶりに劇場で映画を見たが、とても良かった

    最初の印象としては、さらさらした印象だった

    1時間という長さもあり、コンパクトにまとめられつつ、無駄な展開がないようで、そういう点からさらさらした印象になったのだと思う

    一瞬、平行世界ものなのかなと思ったが違う。もしもの話をみせるという構成も良かった

    いろいろ調べてみたが、細かなところにたくさんのこだわりがある作品のようだ

    個人的には、創作している人に見てほしい。というようなネットの感想は少し違う気がした

    確かに、作者自身の創作に対する思いが含まれているようではあったが、それをカモフラージュするのが上手すぎて、もはやふつうの物語としても楽しめる出来だった

    なのでこの作品は、作者自身のメッセージと、それを知らない人たちにも見せることができる大衆性、芸術における2つの側面が両方とも成立している作品なのではないだろうか

    その点、この作品はとても良い作品だと感じた

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  • 新世界より というアニメを見た

    新世界より_1
    (C)貴志祐介・講談社/「新世界より」製作委員会

    新世界よりというアニメを見た

    話は面白く、世界観も良かった

    このアニメに関しては記事にするほど面白いというわけではなく、日頃見ている数多のアニメのうちの一つに過ぎないのだが、何点か書き残しておきたいことがあったので記事にする

    まず、作品全体の正義について

    基本的に、主人公は正義。というのがほとんどの作品に当てはまることだと思うのだが、この作品においてはそういうわけでもなさそうだった

    終盤まで主人公は葛藤している様子を見せてはいたが、その悪事を止めることはなかった

    最後にその悪事にけじめをつけるようなことをしてはいるが、それがあっけなさすぎるので、主人公が正義を貫き通す。ということを強く伝える物語でもない気がする

    これに関して、主人公自身が最後のほうに、何が正しいのかわからない。というようなセリフを言っていた

    この作品は基本的に、獣を搾取する人間の様子を描き、それを軸に、主人公にして描いているが、その構造はそもそも、搾取する、されるの関係だ

    そして、そのことをないがしろにしていない点はリアルでよいなと思った

    例えば、こういうアニメでは、よく、ゴブリンというような存在で獣を描いている

    そして、ゴブリンが主人公たちと意思疎通をすることは少ない

    これは、獣という存在に共感を生まないための一つの逃げではないだろうか

    言葉を交わした瞬間に、見る人はその存在に人情を感じる

    そうすると、彼らを搾取することに対して疑問を抱くだろう

    他の物語は基本的に、そういった疑問は都合よく排除しているような雰囲気だった

    ただ、この新世界よりは違う気がした

    獣という存在を搾取する残酷さをそのまま描いている。

    エンタメ作品としてはマイナスになる気がしていて、実際。新世界よりを見ていると、最初から、獣を搾取する人間が悪者に見えた

    そして、人間が悪者だということに、ほとんどの人間は気づいていない

    主人公が最後に仁義を通すくらいしか、それに関する表立った展開はなかった

    これは、人間を応援する作品に見せかけた、人間に疑問を投げかける作品だ

    同じような構図の作品に、キューブリック監督のフルメタルジャケットがある

    あの映画では終盤、顔の見えないベトナム兵によって仲間たちが殺され、ベトナム人が悪者のように扱われるが、最後の最後でそれが覆る

    顔を印象的に映すことで、ベトナム兵も人間で、米国から祖国を守る戦いをしていたということを見る人に一気に伝えて衝撃を与える

    顔が見えないから共感はできなかった、だから米兵が主人公の映画で米兵を殺すベトナム兵を悪だと思っていた。ただ、最後に瀕死の状態でカメラ目線のベトナム人少女を映し、相手も人間だとみる人に気づかせる。

    それにより、いつの間にか米国人と同じ心情で映画を見ていた視聴者に自問自答をさせる

    というのがキューブリック監督のやりたいことなのではと僕は受け取った

    顔が見えるか否か、意思疎通ができるか否かはコンテンツにおいてとても重要な要素だ

    艦これのアニメも。敵国を具体的にせず、謎の黒ずくめの人型にすることで、敵に同情をさせないような工夫をしていたし、

    エクソシストも。悪魔と意思疎通をした瞬間に怖くなくなった

    約ネバも、1期は塀の外が謎なのでそのわくわく感があったが、2期ではそれが明らかになってしまって少しげんなりしたし

    という風に、敵キャラの顔が見えるか否か、意思疎通ができるか否かはとても重要な要素だ

    その点、この、新世界よりは、敵とがっつり意思疎通している

    本来だったら主人公たちを絶対の正義にするために、敵に同情させないのが大衆向けコンテンツの鉄則だが、この作品は意図的か否かはわからないが、それを無視している

    これに関しては個人的に良いと思っていて、大衆向けにならないことは心配にはなりつつも、敵に同情させないという一つのご都合主義を無視した作品として楽しめた

    その他、アニメのコンテについて

    アニメを見ていて気になったのは、カメラワークの悪さだった

    カットが断片的過ぎてよくわからなかったし、カメラを無駄に動かしている場面が多く、集中できなかった

    音をブチ切りにするという、ありふれた演出も目立ちすぎていた気がする

    暗転するというトランジションも多用していたが、あれはあれで一つの作家性にもなるのかなと思った

    つながりが立たれてしまう印象があったので個人的にはそこまで好きではなかったが、それは個人の感想でしかないのでここではそこまで書かない

    ただ、それ以外に、全体として集中できないカメラワークだったというのは感じたところだ

    調べたところ、このアニメの監督はアニメのOPEDをたくさん担当されている方のようだ

    そういうスピード感のあるカット割りではあった

    まとめ

    ストーリーに関しては面白いことをしていたと思う

    映像としては作画、絵コンテなどの点でもう少しだなと思った

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  • アニメ、惡の華

    惡の華_1
    ©押見修造・講談社/「惡の華」製作委員会

    惡の華を見た

    ここ最近見た中で一番すごい作品だった

    素直にアニメとは言い切れないような作品だ

    ロトスコープという手法

    惡の華_第一回_2
    ©押見修造・講談社/「惡の華」製作委員会

    ロトスコープという手法で作られているというので、この作品を見だした

    正直、最初、ロトスコープという手法については嫌いだった

    アニメの良さはデフォルメで、それを害してまでアニメーターにトレスをさせるのは監督の自己満足でしかないと思っていたからだ

    ただ、そういう気持ちもすぐに覚めた

    この作品をロトスコープでやろうという判断をした監督?かはわからないが、すごいと思う

    この作品は体操着を盗むという、一見特殊な状況の話だと見せかけておいて、実は、誰しもがやったことのある罪を表している

    別に僕も、体操着を盗んだことがあるような人間ではないが、ただ、これまで生きていくうえで犯してきた罪と、それが罰せられるまでの間に流れる意心地の悪い時間を知っている

    おそらくそれは誰しもにあることだろう

    そしてこのアニメはその時間からくる意心地の悪さが魅力の一つだ

    それを、アニメキャラでやってしまっては安っぽくなってしまう

    中途半端な没入感でただただ謎に不快な作品になっていたのでは

    それを回避する方法として、ロトスコープという手法は最高だと思った

    実写でもない、アニメでもない、その微妙なポジションがこの原作にはあっていると初期に判断したのはすごいことだと思った

    映像表現全般として感じたこと

    物語後半に春日と仲村が走るシーンで、3Dが使われていたような気がする

    惡の華が咲いているお花畑も明らかに3Dだ

    背景は通常のアニメ同様、美術さんが描いたものだ

    一部、写真を加工したものも使われていた

    そして、キャラのロトスコープ

    この作品は映像としての表現手法をものすごく幅広く使っている

    川を流れる水なんて、おそらく動画で撮ったものを加工しているのだろう

    ただ、そういうことをすると、3コマ打ちのアニメだと、ぬるぬる動きすぎて違和感が出てくる

    かといって、コマを抜いて3コマ打ちに合わせても、いかにも動画を加工しました感が出て良くない

    その点、この作品のキャラがロトスコープでぬるぬる動くような映像なので、そういう水の表現をしても大丈夫だと踏み、この表現になったのだろう

    そういう水の表現一つとっても新しく、実験的だった

    この作品の映像に関しては、ほかのアニメには類を見ないほど独創的で、かつ、それが作品全体のベクトルを邪魔していない

    ロトスコープについて一点気になったこと

    作画コスト軽減のために、人物があまり動いていないところではトレスするのをやめていた

    それは良いのだが、いきなりピタっと止まる人物に少し違和感が出ていた

    例えば、画面に手振れをつけてみたりすると、その違和感が少し軽減される気がするし、

    撮影で少し線を揺らがせてみてもいい気がする

    そういう工夫があれば、ちゃんと、キャラと背景が馴染んだまま最後まで映像として成立させられた気がする

    脚本、ストーリーについて

    脚本については、なかなかの鬱展開だった

    まるで、庵野監督の式日を見ているような気分だった

    ただ、おおむね違和感なく見ることができ、最後まで楽しめた

    この物語は、些細なことからどんどんずるずる地獄にはまっていくという、一貫した柱がある

    それを最後まで守り切って作っているので、ここまでどんよりとした雰囲気にすることができているのだろう

    あとは、第十三回最後の見せ方について、

    ものすごく断片的に話を伝えているのも良かった

    あの見せ方ができるのは、この作品がとても前衛的だからだ

    それに気づて、あるいは依存してこの見せ方にしたのだろう

    その真意はわからないが、少なくとも良い感じには収まっていた

    最終話詰め込みが問題視されているシャーロットも、あれくらいやれば表現の一つにでもなれたのにな、と思った

    EDについて

    この作品を見だしたのは、ロトスコープという技法ともう一つ、惡の華のEDがすごいことを以前から知っていたからだ

    このEDはたしか、各話毎回1回は聞けるほど、たくさん流れていたが、それが億劫にならないくらい、良い曲だった

    作品全体としての雰囲気が企画書段階からしっかり決まっていたので、こういうEDを作ることができたのかもしれない

    花が咲いたよ、誰も見たことのない花が、咲くはずのない花が咲いていたよ

    そういう歌詞の歌だが、

    花が咲くという、自然現象は自分の気持ちの外で起こるものだ

    それが惡の華なら、とても不気味に感じる

    惡の華が自分の知らないところで咲いていたよ。というのをサーキットベンディング的な不気味さのある音声で淡々と歌っている

    曲の内容は惡の華が咲いたことを報告するだけのもので、それを何回も繰り返している

    その姿に人間味を感じないので、不気味だ

    誰も見たことがない花が、咲くはずのない花

    自分が前例のない状況に置かれていることをなんとなく醸し出しているので、それもまた不気味だ

    そういう、絶妙な不気味さのトリガーを引くようなこのEDはやはりすごいし、それをこのアニメのEDとして本編にかぶせて見せてくるのはやはり良い見せ方だった

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  • カウボーイビバップ

    カウボーイビバップ_1
    ©サンライズ

    安定した面白さがある作品だった

    世界観の雰囲気が良く、特に、黎明期以前くらいの3DCGが良い味を出していた

    むしろこれくらいの3DCGも良いのではと思った

    おそらく、このころは、まだメカを本格的に3DCGでできる時代ではなかったので、メカは作画、球体などは3DCGというような位置づけだったのだろう

    そういうすみわけはむしろ、良い表現な気がした

    プリミティブで、3DCGでやる意味のある要素のみ3Dでやって、ほかは2Dでやる

    黎明期以前の絶妙な時代だからこそたどり着いた表現なのだろう

    それは偶然にも、3DCGの使い方として質の高いものになっている

    そういう魅力のある作品だった

    世界観についても、サンライズらしい宇宙世紀もの、アジアンカオスさも混ざっていてよい感じだった

    やはり、テクノロジーのレベルが90年代だが、それがそのまま高度になっているのが面白い

    スチームパンクのまま高度な技術レベルになったような世界観が良かった

    それは、仕組みが見えるデザインだからだろう

    手に持つものも、いちいち回したりして操作する

    そういうのは昔のプロダクトにありがちだが、この作品の技術レベルは現代のものを超えている

    昔のプロダクトの特徴を持ったまま、現代以上の技術レベルを持っているので、そのミスマッチ感が良かった

    あとは、キャラも良い

    最近の萌えアニメの女の子キャラも悪くはないが、このころの、90年代の女の子キャラはもはやグラフィックデザイン的な価値すらある気がする

    このカウボーイビバップでは特にそう感じた

    最近のアニメは妙にリアルに寄りつつあるので、表現としては希釈されている

    なんだか、書き込みすぎて逆に悪くなってしまった絵のようだ

    90年代、00年代くらいの絵柄が個人的には一番好きだ

    お話に関しては最近のものが良いと思うが、画面に関しては90年代、00年代のものが好きだ

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  • Wake Up, Girls!を見た。山本寛監督について

    Wake Up,Girls!_1
    © Green Leaves / Wake Up, Girls!製作委員会

    wug1期を見た

    2期もこれから見る予定だが、ひとまず1期がすごかったので、それについて語る

    これは監督の凄さだと思う

    wug1期の監督は山本寛監督で、かんなぎなどの監督でもある

    確かに今思い返してみれば、かんなぎのカット割りもすごかった気がする

    何がすごいかというと、北野武やキューブリック的なすごさだ

    脚本を伝えるために映像というものがあるわけだが、この、wugの場合、その脚本を説明するために必要最低限に近いカットの構成で見せている気がした

    変なカメラワークを入れないし、こてこてに凝った演出もない、

    それでいて、さりげなくパンチを利かすようなカットはところどころ見られた

    事務所のわきで遊ぶ子供の様子を一瞬映したカットがあったが、そういう、一見何の脈絡もないが確実に物語の世界観の構築に寄与するカット、というようなものがバランスよく入っていた印象だ

    これは、並みの監督にはできないものな気がする

    アイドルという、華やかでウェットな題材を、山本監督のドライなコンテによって表現されるwugは、そのミスマッチ感が魅力な気がした

    山本監督は確か、少し前に炎上して叩かれていた気がする

    確か、wugの冒頭のパンツが見えるシーンが引用されて、こんなシーンを入れる監督はおかしい! みたいな感じに批判されていた気もする

    そういう揚げ足取りみたいなことをする人はもはや批判云々以前にアニメにとって害悪な存在だと思いつつ、そのころからかんなぎの監督として地味に好きだった僕は、山本監督も気の毒だなと思っていた

    とはいえ、山本監督は以前、らきすたを序盤で降ろされている経歴があるようで、

    実際。山本監督が担当していたらきすたはそこまで面白くなかったので、その京アニの判断は正しい気がする

    今回のwugを見ていて思ったのが、やはり、監督には得意不得意があるということだ

    wugの日常パート、脚本を説明する系のパートの見せ方が彼は上手な気がする

    逆に、wugが勝ち進んだ時の喜びを表すパート、そういう、感情が一気に動く喜劇的な表現は不得意な気がした

    というのと同時に、日常ギャク系も実は、山本監督苦手なのでは? と思った

    かんなぎも、淡々と物語が進む中にギャクがあるので面白かった

    ある種のハードボイルド的な魅力があったと思う

    だから山本監督は力を発揮できたのでは?

    そしてwugも同じくだ

    ただ、らきすたは違った。山本監督の得意分野ではなかったのではないだろうか

    個人的にはそう思うので、僕は山本監督のほかの作品は好きだ

    というか、僕も同じく、必要最低限の要素でお話を伝えるアニメを作りたいと思っている人なので、そういう点でカメラアングル等に共感できる部分があるのかもしれない

    2期からは監督が変わってしまっているので、そこがどう映るのかは今、逆に気になっている

    1期は監督が良かったというのもありつつ、脚本も割とよかった

    劇場版もあるようなので、これから見る

    P,S,

    3つある劇場版のうち一つが、テレビ放送版よりも前に見るべきだということを知ってしまった

    そんな状況で劇場版を見たが、普通に良かった

    ただ、テレビ版にはあった、説明的なカットは少ない気もした

    劇場版は表現できるものが多いので、演出も豪華になってしまったのだろう

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  • HANA-BIを見た。同時に進む2つの物語。

    指が痛く本調子ではないためにHANA-BIを見た

    北野武らしい直線的で図形的なカット、レイアウトに加え、脚本も良かったと思う

    北野監督の作品の中で一番好きなのはソナチネだが、このHANA-BIはその次か、その次か、くらいに面白かった。

    今回この映画を見て気づいたことが、カメラを向けるべき主人公たちとは関係のないところにカメラを向けていることだ

    北野武演じる主人公の周りで物事は進んでいくが、それとは別に、序盤で大けがを負って不自由な身になったおじさんがいた

    そのおじさんが絵を描いている様子も最後までカメラで追ってはいるが、それは脚本としては主人公とはあまり関係なかった気がする

    それなのにあの様子があってよかったと思ったのは、その絵を描く様子を見せることで、映画として切り取った世界を広げることにつながっているからだろう

    これと似た見せ方で、アニメ、日常の見せ方も思い浮かんだ

    日常では、小話と小話の間に妙にフォトリアルテイストな風景アニメーションが挟まれている

    それにより、ゆっこたちの周りにある世界が潜在的に、見る人に植えつけられる

    あとは、あまり関係ないかもしれないが、

    はかせの周りの話と、ゆっこの周りの話。アニメ中盤くらいまで交わりがほとんどなかった

    つまり、あの世界観で2つの独立した物語が進んでいた

    そういう見せ方も、カメラが切り取る世界を広げることにつながっている気がした

    こういう見せ方は今回見たHANA-BIや、北野武特有の見せ方というわけではないだろうが、そういう話の見せ方をすることにより、作品の世界が一段と広くなるということは今回気づいた大切なことだと思うので、ここにメモっておく

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  • ガールズバンドクライを見た。セルルックCGとはまた少し違う表現。

    ガールズバンドクライ_1
    ©東映アニメーション

    3DCGアニメーションで話題だったので見た

    あと、シリーズ構成に花田十輝の名前があったので見た

    ストーリーに関してもとっても良く、宇宙よりも遠い場所のような雰囲気のある、まとまった話だった

    夢に関して負の側面もちゃんと描いているような気がする

    同時期に同じようなテーマで花田さんが参加した、数分間のエールとは対照的な作品だと思った。ここまで対照的な作品に同時に参加することは、きっとやりにくいところもあったんだろうな、と思った。

    あとは、OPEDの見せ方も良かった

    それぞれの糸がつながっていく。過去の自分と今の自分との関係、仲間とともに進むということを映像にして伝えることができていたので良かった

    CGに関しても新しく、セルルックCGとはまた別の見せ方をしているところが特異な感じがした

    シェーディングをトゥーン調にしていないことがすごい

    こういう作品はたいてい、影をぱっきりとさせてしまいがちだが、それをハイライトを除き、一切やっていなかったように思える

    ハイライトはぱっきりやるのが正解だろう。髪のキラキラ感はウマ娘のアニメのようにきれいな感じが出ていた

    僕がやるとしたら、ハイライトの下に同様に暗い色が落ちるようにすると、さらに奥行きが増すので、そういうやり方をやるだろう

    というか、そういうのを今後やっていきたい

    ガルクラについて、ほかに気づいたことは、背景は2Dでやり、カメラワークもそれに合わせて2Dにしているところが多く見られたという点だ

    3Dのキャラではあるが、カメラの動きを最低限にすることで、デフォルメの効いた画面を作りだすことに成功している

    この作品では多少、キャラと背景とが馴染んでいない感じもあったので、そこは課題なのかなとも思った

    途中、ドラムにキャラの姿が映り込んでいるようなカットがあったが、そういう演出をほかのところにもすることで、背景との馴染みも良くなるのでは

    例えば、アニメだとbookという形で扱われる小物系など、そういうのを3Dでやり、背景との緩衝材にする。

    そういう見せ方も考えられると感じた

    あとは、このアニメーションはフルアニメーションだが、それ自体もすでに挑戦的だ

    個人的にはむしろフルアニメーションのほうが簡単だと思っている人間だが、世間一般には、フルアニメーションは大変なものらしい

    確かに、すべてのフレームでアニメーションをつけないといけないので大変かもしれないが、それだって、キーフレーム補完でやっているのだからむしろ楽できている気もする

    問題があるとすれば、ぬるぬる動きすぎるので、3DCG感が出てしまうことだろう

    今回のガルクラでもそういう危険性があったはずなのだが、そこまで気にならなかった

    そういう世界観でやっているというのが最初から明確になっているためだろう

    たぶん、そうしたのは、この作品が音楽を取り扱ったものだからだと思う

    ライブシーンは作画でやると厳しいというのは昔からそうだろうから、そういうところだけを3Dでやるというのは前々からやられてきた

    アニメガタリズのEDだってそうだった

    ガルクラではそういう、音楽を取り上げた作品なので、3Dでやることに適した作品だった

    あとは、僕はドラムを叩く人なので、どうしてもドラムに目が行ってしまうのだが、

    ドラムの演奏シーンはモーションキャプチャーを使ってやったようだ

    どこを叩けばどういう音が出るかというのは作中、間違っていなかった

    シンバルの揺れ方もとても自然で、アニメ3Dドラムでよくある、スプラッシュシンバルのような揺れ方をするクラッシュシンバルも出てこなかった点が良かった

    髪やスカートもクロスシミュレーションでやっていたようだし、そういうことをすると安っぽく見えると思いきや、ほかのクオリティが高かったのでそこまで安っぽくなっていなかった気がする

    あとは、3Dでキャラをやると問題になる、デフォルメに関しても、2D素材をたくさん使ってやっていたようで、そこまで違和感なく見れた

    おそらく、目の部分に何か張れるような仕組みでモデルを作っているのだろう

    そういう工夫や技法が今後生まれてくる

    それにつれて3Dアニメが普及するのだろうか。

    とりあえず、このガルクラは現時点で最もレベルが高い作品だと感じた

    と同時に、僕もこういう作品のクオリティを上げられるように、新しい見せ方を作っていきたい

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  • インディペンデンスデイを見た

    インディペンデンスデイを見た

    パニック系の映画としてはなかなかの出来だと思う

    最初、この映画が1996年公開ということで、あまり期待はしていなかった

    が、しばらく見ているうちに気にならなくなった

    ライブラリータワーやエンパイアステートビルが破壊されるシーンはすさまじかった

    おそらくミニチュアを爆破してスロー再生しているのだろうが、そのディテールが最高だった

    下手なVFXよりも断然よかった気もする

    お話自体も良く、多少のご都合主義なところはありつつも、そういう点も含めて楽しめた

    というか、この手の映画、この時代の映画にしてはリアリティのあるストーリーだった気がする

    見せ場を作るのもうまいし、ちゃんとハッピーエンドにもしている

    いくつか気になることがあるとすれば、侵略者である異星人に勝利した日をアメリカの独立記念日に重ねるのは少しセンセーショナルな気もした

    先住民を侵略した立場のアメリカ人がこの話の主役となるのはどことなく無神経な気もした

    あとは、相手の異星人が苦しむさまを見せないのは、感動の邪魔になるからだろうが、個人的にはそういう見せ方の映画は不十分だと思っている

    エンタメとは正解だが、そういうところに関してはリアリティにかけるなとも思った

    とはいえ、この作品は最高に面白かった

    エンタメとしてはとても良い作品だと思うし、正当な続編が一つだけあるようだからそれも近々見てみようかと思う

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  • 極黒のブリュンヒルデを見た。切ないヒロインを描くのが好きな作者

    極黒のブリュンヒルデ_1
    ©岡本倫/集英社・「極黒のブリュンヒルデ」製作委員会

    エルフェンリートと同じ作者の作品だというので見たら、とても面白かった

    2日で見切ってしまったアニメは久しぶりだ

    とは言いつつも、特段ブログ記事にするほどではなかったが、

    このアニメは良いところと悪いところが両方とも強く、結果。むしろものすごく良くなったという、少し面白い感じのアニメなのでメモっておく

    エルフェンリートもそうだったが、この作者の作品は切ないヒロインを描くのが上手すぎる

    エログロ+典型的な展開。というのが日本のアニメ黎明期独特の安っぽさを醸し出している

    それは悪いものだと思わせといて、一周回って懐かしく感じた

    このアニメは展開が典型的で、演出も安っぽく、引き出しも少ない

    設定もありきたりで、もはやどこから持ってきたのかわからないけど既視感しかないような。テンプレの寄せ集めみたいなアニメだ

    あまりにも既視感のある展開が多すぎたので、この後の展開がなんとなく見えてしまっているくらいだった

    ただ、それなのにすごく面白く見れたのは、この原作者の才能なのだろと思った

    この作者に足りないのは引き出しの数だ

    引き出しの数が少ないので、テンプレの中で作品を作っているような気がした

    この人が引き出しを増やしたらどんな作品を作るのか、ものすごく気になる

    そして同時に、この作品を見て気づいたのが、アニメ黎明期特有のあの安っぽい独特な雰囲気は、引き出しの少なさが招いていたのでは? ということだ

    なんだか、ラノベの新人賞に応募された素人の作品のような、そういう安っぽさはむしろ懐かしささえ覚える

    最近の僕は解像度の高いものを見すぎている

    そんなときに見たこのアニメの、懐かしい感じはとても楽しめた

    なんだかオタクの初心に戻った気がした

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  • 「この世界の片隅に」を見た。片淵監督作品

    久しぶりに見た

    今回は長いほう、3時間近くあるほうだ

    片淵監督は僕の中では結構好きな監督だ

    好きなアニメ上位に位置するブラックラグーンも、片淵監督だ

    この世界の片隅には戦争映画というジャンルにはなるのかもしれないが、そういう戦争に対する描き方としては間接的だったと思う

    戦争が落とす影の中にいる人間模様にカメラを向けているような感じだ

    原爆投下後の広島すらも出てこない

    戦争を描こうとして描いているのではなく、人間模様を描く過程で戦争を描くことをいとわないというような感じだった

    そういう間接的な描き方が一ひねりされていて、良かった

    あとは、全体的にかわいらしい絵柄で描かれている

    まどマギと同じ意図なのかもしれないが、もし、例えば、リアルなデザインのキャラクターであの物語をやっていたら、それはそれで腑抜けた感じになってしまってしまう

    先に書いた、戦争を間接的に描くというこの映画の見せ方でやるとするならば、キャラは戦争に関係ないような感じに描く必要がある気がする

    でないと、間接的に描けない。キャラも戦争しそうな顔をしていたら、それは間接的というよりかは、戦争を避けているような印象になってしまっただろう

    あのキャラデザだからこそ、この映画のこういう雰囲気が成り立っているのだろう

    あとは、そもそも、昔の日本人が子供っぽい見た目をしているというのもあるだろうし、そもそも結婚する年齢も若い

    そういう事実関係上の都合もあったりするのかもしれない

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  • 聲の形を見た

    映画「聲の形」_1
    ©大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会

    聲の形を見た

    障害について考えさせられる展開が多く、かつそれがちゃんと物語になっている

    実際に起こっている問題を取り上げた映画なので、意義がある

    そしてそれをしっかりとした脚本で、京アニの美しい絵で見せていた

    考えさせられるという表現をとったが、まさにその通りで、健常者と障害者とのギャップからくる展開により、その問題を投げかけている

    さらに、いじめという、誰しもに起こりうる問題も扱っている

    きっかけは障害者だが、そこから付随するいじめ問題も取り扱っていた

    そしてこの重い二つのテーマを作品としてまとめられている

    少し残念だったのが、話の展開がリズミカルすぎるのと、カットと時系列が細かく前後するので、把握しづらい作品になっていた気もする

    最初から展開がリズミカルすぎたので、クライマックスが埋もれてしまっている気がした

    それさえなければ最高の作品だった

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  • ブラックラグーンについて

    BLACK LAGOON_1
    ©2006,2010 広江礼威/小学館・BLACK LAGOON製作委員会

    もう何回ブラックラグーンを見たか覚えていない

    それくらい好きなアニメだ

    指を痛めていてあまりハードワークできないので、このタイミングでまたブラックラグーンを見た

    もちろん楽しめたが、今回新しく何個か感じたことがあったのでここに記す

    まず、3DCGの使い方が結構上手だなと思った

    というのは別に、シェーディングなどで工夫しているという感じではなさそうだった

    例えば、教会の前で車が爆発してひっくり返るシーン、あそこは3Dが使われていた

    その3DCGも3DCG感満載のルックで、カメラワークでの工夫もなさそうだった

    ただ、それがあのアニメではなぜかしっくりきている

    なぜだろうか

    一つ思ったのが、あのアニメのレイアウトだ

    遠近感の生かされる構図がカギを握っている

    3Dを使わないカットでも、3D上で考えられたようなレイアウトがされていた

    だからあの機動力あふれるアクションシーンが描けている

    3Dを強く感じるレイアウトはそれだけで躍動的だ

    それによってあのハチャメチャな雰囲気が出ている

    そして、その3D思考のレイアウトは3DCGとの融和性を高めた

    その結果の3DCGのマッチ度合いだ

    あとは、撮影処理を結構たくさんしていて、かつ、光沢の描き方が丁寧だ

    つるつるした印象を持ちつつ、ダイナミックレンジの広い絵だ

    その特徴が3DCGとマッチしているのかもしれない

    つまり、絵柄という強いフィルターがあるので、その下にあるものが2Dだろうが3Dだろうが、いい感じになるのだろう

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  • 「数分間のエールを」メディア向け試写会に行ってきました

    先日、「数分間のエールを」のメディア向け試写会に行ってきました

    絵について

    映画の中にもblenderを使っていると思われる画面が何回か出てきた

    そしてこの映画自体もblenderで作られているようだ

    ただ、そういうblender感を感じるような場面はなかったように思える

    少なくとも、安っぽいとは思わなかった

    blenderはフリーソフトだが、それでも劇場映画を作れるのだなと思った

    おそらく、シェーディングをのっぺりにしているのはそういう事情があるのだろう

    影や光沢を表に出さないことで、絵としての統一感を出すのと同時に、ちらつきなど、そういうトラブルも回避しているような印象を得た

    あとは、ところどころ手描きのテクスチャを使った効果を使ったり、画面内のアクセントとなる部分に2Dでのタッチを残しているようだ

    キャラに落ちる影も、影とそうでない部分との境界に筆のタッチが入っていた

    全体として絵っぽく仕上げることを目標にしているのだろう

    脚本について

    僕がこの映画に興味を持ったのは、脚本が花田十輝さんだったからだ

    僕はあまり脚本家の名前を知っているような人ではないのだが、それでも花田さんの名前は知っていた

    脚本についてはネタバレしてはいけないのであまり書けないが、クリエイターの在り方として考えさせられる内容になっていた

    夢を追うというのは華やかに見えて実はそうではない。

    体を壊すかもしれないし、挫折するかもしれない

    そんな中夢を追い続けてそれをかなえた人は幸せだろうが、そんなに世の中は甘くない

    それに関して未熟な人物を主人公とすることで、クリエイターとそうでない人との間にある認識のずれのようなものを具体化することに成功している

    そのギャップから生まれる話だ

    個人的な感想だが、この物語は本当にハッピーエンドなのか? と思った

    夢は叶えば万々歳だが、そうならないのがほとんどなわけで、それをあきらめるというのはある種の大人になるということかもしれない

    それが大人になるという、なんだかよさげな表現をしてしまうのが人間の悪いところでもある

    大人になるというのは何も悪いことではないが、同時に、その必要もないのも事実だ

    この映画のこの結末では、大人になるということを拒否したとみなせる結末だった

    それ自体は夢を追う人にとっては文字通り夢のあるお話で、よい結末なのかなとも思った

    ただ、逆に、夢に破れるというのもそれはそれでありな気がした

    むしろ、そこをひとひねりしたら、悲しくも美しいお話になっていた気がする

    この映画は続編があるならそこで本当に終われるような映画だと思った

    それはそれでよいのかもしれないが、やはりクリエイターとして、夢を追うということについてはいろいろと思いを巡らすところがある

    それについての疑問を投げかけるこの映画のストーリーはよいと思った

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  • フルメタルジャケット

    今日も指が痛くて作業ができないので、フルメタルジャケットを見た

    キューブリック監督の作品だということで見て、やはり良かった

    が、キューブリック感はまだ薄い方だと思う

    途中、猟奇的な展開にキューブリック感を漂わせつつも、なんだか具体的なものを描いている気がして、そういう意味で、キューブリックっぽくなかった

    依然として指が痛いのと、キューブック成分に飢えているので、今夜はアイズ ワイド シャットを見て寝ることにする

    ラストについて

    終盤。狙撃兵と戦うとき、遠くの建物から身を隠して狙撃するベトナム人と米兵の戦いの展開で、最初は米軍を応援する気持ちだった

    これまでの米兵のストーリーを見続けた後に仲間が死んでいく様を見ると、やはり狙撃兵が敵だと思い込んでしまう。僕も無意識にそう思っていた

    ただ、攻城戦の末、狙撃兵は米兵によって倒される

    そこで狙撃兵の顔が初めてちゃんと見えるわけだが、そこで初めてベトナム人に同情する気持ちが芽生えた

    これはおそらく、キューブリックの表現したかったことなのだろう

    顔が見えて初めて同情が生まれる

    逆に言えば、顔が見えないからこその争いと憎しみで、そういう気持ちを基に米兵も動いていた

    だから、カウボーイが殺されたとき、あの戦場カメラマンみたいな兵士は復讐を否定せずに乗り気で狙撃兵のところに向かうわけだ

    ただ、そんな戦場カメラマンみたいな兵士が狙撃兵と対峙し、手間取ったとき、顔をまじまじと見た

    その後、仲間に助けられた後、とどめを刺すときに躊躇している

    この躊躇は本来の人間のやさしさだろう

    そして、顔が見えない場面での残酷さは人間の愚かさだろう

    あの場面ではその2つのギャップを描きたかったのだろう

    この描き方は映画を見る人を米兵と同じ立場にしている

    ベトナム兵の顔が映るまで、おそらく多くの観客は米兵を応援しているだろう

    3人も殺したベトナム人を許さないという復讐の心に燃えるだろうが、それは人間の過ちの元なのだと、ベトナム人の顔が写されてから知ることになる

    そうして自分たちも戦争を否定できない、戦争の一部になりえるということを実感するわけだ

    これは考えすぎかもしれないが、少なくとも僕はこのラストに関してそう受けとった

    ちなみにこれは僕が今、自主制作でやろうとしていることと同じだ

    いや、正直、もちろん。キューブリック監督のように上手に表現できているとは思っていないが、

    ただ少なくとも。この映画で監督がやろうとしていることを、ぼくも自主制作でやろうとしている

    そういう共通点があったからこそ、この映画のラストに関してそういう見方ができたのかもしれない

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