人間はライフゲームとは比べ物にならないほどの冗長性、そこから生まれる揺らぎ、個体差、バッファ、があると思われるが、実際のところはそんなことは無い
ライフゲームのセルは超単純な仕組みで動くが、人間だって、自分の欲望を満たすためという意味においては、超単純な生き物だ
それが時間的にも空間的にも大きな規模の話になってくると、なおさら、ライフゲームの挙動に近づいていく
ライフゲームは究極的に生命という現象を簡素化した物なので、時間的空間的スケールが大きくなればなるほどそれに近づいていく
人間は自分の欲望を満たすために増えるだけのセルだ
そう考えると、人間が今後も増えていくのはとても難しいことだとわかる
セルが無限増殖するのは特定のパターンを意図的に配置した時のみだが、人間がそんな風にセッティングされているとは思えない
増殖はするが、一定のところで均衡点を迎え、変化が止まるときが来るのだろう
ライフゲームには3つの結末がある
1つが、しばらく盛んに増殖するが、徐々に均衡点に収束し、最終的には静止し、増殖が止まるというパターン
もう一つが、特定の周期で振動を繰り返すパターン
そしてもう一つが、無限ループに入り、永遠に何かを規則的に生み出し続けるパターンだ
最も自然なのが、カオスに増え、徐々に収束し、最終的には静止するパターンだ
これは何も考えずに適当にセルを置いたら、たいていこうなる
そして、それとは別に、一番幸せなのが2つ目のパターン、永遠に振動を繰り返すパターンだろう
増えることもなく減ることもなく、ただずっと穏やかに動き続けている
3つ目も、2つ目と同様かもしれない。永久に増殖し続けるパターンは周期的に同じ動きを繰り返しているという点では振動と同じだ
ただ、3つ目は空間とリソースが無限に広がる理想的な空間にのみ現れるのだろう
そして、この3つは文明の発展パターンにも当てはまる気がした
つまり、ここで言いたいのは、発展を目的に文明を作っている時点で、必ず終わりが来るということだ
生物は増える仕組みで、それは自然の摂理に従うのであれば、必ず収束する現象だ
テクノロジーの発展、文明の発展をするというのは、終わりに近づいているということでは、
どこかで人間は自分たちの発展が終わりに向かっているということに気づかないとダメだ
いや、だからと言って文明の発展は止まらない
抜け駆けして自分だけ幸せになろうという輩は必ず存在する
だから、人間はそもそも終わる運命にある
……とは思いつつも、それだと寂しいので、今。文明のジレンマを超越した存在。砂クジラというキャラクターを作り、設定に落とし込んでいる
脚本として物語にし、世の中に発信したい。が、
最近思う。そういうことを考えて作られた映像は世の中には必要とされていないんだな、と、
みんな、ぱっと見で楽しめる縦型動画みたいなのが好きなんだな、
それでいて子孫と核兵器はちゃんと作ってしまう人間はライフゲームのセルと大差ない
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人類の文明は浜辺の波のように盛衰を繰り返しますが、その性質に関わらず、いずれは沈んでしまいます。私は死や虚無を文明の終着点とは考えていません。むしろ、それは一種の倒錯であり、生存と永続の名の下に人生の意味を歪めていると考えています。人類は、良くも悪くも、尽きることのない存在であると信じています。