キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン について

基本的に、洋画を見返すことはほぼ無い僕だが、この作品は心に残っていたので、見返した

改めて見てみると、やはり良い映画で、人生の縮図にも思える、共感する映画だった

大勢の人をだまし、世界中を飛び回っている様子は見ていて楽しいし、日常でありながら非日常的な気分にもなれる

フランクは親のために頑張っている

尊敬する親のために頑張り、高校で悪さを働き、それ以降、人をだますということで自分の存在理由を感じていた

ただ、最初は目的であったはずの両親が離婚し、父は落ちぶれていき、空虚になっていく

そういうのは人間だれしも当てはまることなのでは、と思った

この作品は最初見たとき、一つの人生を見ているようだと思ったが、今回見てみて、その理由が分かった気がした

この作品は、主人公が変化しない系のお話だ

最近、アニメばかり見ていたので、こういうお話を見るのは久しぶりだ

日本のアニメでは、基本的に主人公たちは子供~青年期なので、主人公成長系の物語になりがちだ

対して、大人が主人公のコンテンツでは、基本的には成長系ではなく、もっと別のテーマとなる

この作品から感じられる独特な爽快感は、子供であるはずのフランクが、大人の社会に足を踏み入れ、成長せずに近辺だけ変化するという、ユニークな構造にあると思う

それでいて、親に褒められたいという、子供っぽいテーマも持ち合わせているところが、アンバランスな感がするので、フランクの人生の異常さを際立たせている

ただ、途中から両親のためという気持ちは暴走し、もはや最初の目的を失っているような感じになっている

両親を喜ばせるための手段が目的に変わり、それに執着した結果、落ちぶれていく父親を幸せにすることができなかったし、母親との復縁も行われずに映画は終わっている

つまり、フランクの抱えるテーマは家族愛とかそういうものではなく、自分の居場所を見つけるということにあると思う

家族がフェードアウトした後に現れたのは恋人だった

フランクは依存体質なのかもしれない

現代の地雷系みたいなのにも通じるものがある

誰かのために頑張ることで、自分の存在意義を見出そうとする

そういう主人公だ

ただ、そうして見つけた恋人にも裏切られ、追われる立場になってしまった。

結局のところ、自分を見てくれていたのはFBIだった

犯罪者としてでも見てくれることにフランクは生きがいを感じていたのかもしれない

だから、途中から、FBIの捜査官に対して理解を示すようにもなる

終盤、君を追っているものはもういないというようなセリフは、とても印象に残っていて、

視覚的にも状況的にも、作品の終止符となるような素晴らしい場面だった

追われていることに意味を感じていたフランクを追っている人がもういないというのは、物語の事実関係としても終わっているし、フランクの人生としても、決着がついているということだが、

それを同時に見せるセリフ、場面はすごく良かった

同時に、この作品のようなことが多くの人にも当てはまる気がした

僕も、誰かのために頑張らないと自分が生きている意味を見出せない人間で、

でも、家族のために頑張っているかと言われればそうでもない、ある種の暴走機関車みたいな人間だ

という、よくわからない状況を、ユニークなテーマと絵になる題材で描いたこの作品はとっても素晴らしかった

定期的に見返す映画だと思う

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