インターネット黎明期に幼少期を過ごした僕ら世代ならではの感覚

最近また良いプレイリストを見つけた

音楽に惹かれるというのもそうだが、アルバムアートにも惹かれた

描かれているのは一人の男と花だけだが、この様子がどことなく、実生活に自信が持てない男の人が子供のころに戻って幸せに過ごしているような安心感がある

それは僕みたいな人間だ

生きるか死ぬかを選ぶなら、生きると答えるが、

生まれたいか生まれたくないかを選ぶなら生まれたくないと答えてしまうような人だ

ヴェイパーウェーブが好きなのも、守られていた子供時代の心地よさを感じられるからだ

現代社会には本来の人間が感じる必要のない幸せも、苦しみもある

そして、その2つはセットになっているというわけでもなく、ただ自分が生きる意味を見失い、ただ死にたくないから、死ぬ理由が無いから生きているだけの人間も多いだろう

先ほどのプレイリストのコメント欄にもそういうコメントがある

たぶん、僕みたいなことを感じている人たちがこういった世界観に哀愁と安らぎを感じ、聴き続けるのだと思う

少し前に、昔のロシアの電子音楽についても同じようなことを書いたが、それとはまた違う魅力があるプレイリストだ

これは、インターネット黎明期に幼少期を過ごした僕らの世代ならではの感覚なのかもしれない

幼少期にたくさん聞いていた音楽が、インターネット黎明期の打ち込み感満載な音、音質の悪い音楽、

見ていたCGは安っぽいし、テレビはノイズの激しいブラウン管テレビだった

物心ついた頃に初めて見た世界が未発達のインターネットのある世界観で、ちょうど、先ほどのプレイリストが表現しているような雰囲気だ

ただ、今に満足し、特に落ち込んでいない25歳周辺の世代はこういう音楽を聴いてもそこまで惹かれないのかもしれない

ここからは完全なる僕の場合になるが、

指も痛いし、顎も痛い

人の話を聞けないし、自分のコミュ力の無さにも落ち込むし、それが引き金となって、いろいろ考え、結果。僕は世の中にいるべき人間ではないという考えに至って嫌になる

それでも生きていかないといけないので、劣等感が危機感に変換されて嫌になる

健康に何の問題もなく、実家に暮らしていても劣等感なく、誰にあっても話を合わせる必要のない、気楽に生きていられたあの頃に戻りたい

幼少期に戻りたいという気持ちと、それに拍車をかける自分への劣等感、鬱の気持ち、

そして、似たような気持を抱えている人たちと一緒に聴いて励ましあっているというコミュニティ

そのコミュニティの存在自体に安心するというのもそうだし、自分たちが今、時代の波に同調できている気がするのも安心する

ヒッピーやフォークソングとまではいかないが、世界的な問題の結果生まれた音楽ジャンルだという気がするので、文化としても惹かれる

あとは、そういう音楽を映像作品にしたいという野心もある

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