労働に対する意識を考える

幸福になるために労働時間を減らそうとしているのであればそれは誤りだと思う

国の指針や人の価値観などを見ていると、基本的に皆、働くのは嫌だと思っている気がする

なのであれこれ考えて改善しようとしている気配は感じつつ、その努力の方向性が間違っている

そもそも、働くのが嫌だから働く時間を減らそうという考え方はあまり適切でない気がする

働くのが嫌なら働くのが楽しい職場に移動するなり、転職するなりするべきでは?

ということを実行できる人が少ないのはもちろんわかっている

ただ、人は生まれながらに何かしら得意分野があり、かつ、社会には無限にも等しい職があるので、どこかしらに天職があるはずだ

なので、これから社会人になる学生、子供にはそういう場所に就職できるように大人が誘導すべきでは?

僕が言いたいのは、そういう理想を叶えろということではなく、そういう理想を目指して少しでもみんなが天職に近い場所で落ち着けるように仕組みを考えろということだ

好きでもない仕事をいかに楽にこなすかの勝負をみんなして裏でこそこそやりあっているようにしか思えない

みんながみんなというわけでもないが、そういう人が結構多い気がする

労働時間当たりの効率が日本は悪いようだが、それは社会人が会社に入ったことで満足しているからではないのか

会社に入るというのは一つの過程でしかないはずなのに、それが結果のように思いこんでいるので、本気で働こうとしていない

僕は今指が痛くてCGをあまり作れていないが、それでも早くCGを作りたくてうずうずしている

言い換えれば、早く仕事がしたくてうずうずしている

おそらく、CG好きでもない人と僕とでは、CG制作における生産性は100倍くらい違うだろう

それでお金を稼げるんだから楽しいものだと思っている

そんな中、働くのが嫌で働く時間を少しでも減らそうと努力している社会を見ると、もっと良い解決策があるのにな、と思う

今の社会人にはもう手遅れ感が否めないにせよ、これから現役になる世代の子供たちにはちゃんと自分の好きなことの重要性を教育すべきだ

それは大人がやるべきことだ

僕は大学で1年留年してまで自分の好きなことを見つけた

いや、そればかりか、大学卒業しても1年間はインターンを続け、空いた時間でいろいろ自分を高めつつ、自分が何をしたい人なのかを吟味した

今でも吟味の途中で、なんとなく映画を作りたいとは思いつつ、今度はどういうジャンル、媒体の映画なのか。を吟味している

これだけやっている中、もちろん親には最初のころは不安がられたし、留年しても完全にネガティブな印象を持たれていた

大学では教授にあれこれ言われることはないにせよ、明らかに周囲の学生とは別のことをしていた

大学生なら、モラトリアムの期間は義務教育とは比べ物にならないほど大事だ

むしろ、モラトリアムを義務化したほうがいい

義務化すれば日本の従順な学生はその時間を使っていろんなことに手を出すだろう

モラトリアムに遊び呆けるのもよい、そこから何か見つかるかもしれない。

少なくとも、儀式じみた講義に出席して通貨のような単位をもらうよりはましだ

そこで一人で同じことを繰り返しているのはモラトリアムの過ごし方として無意味だが、そういう、模範的なモラトリアムの過ごし方をどこかで教育すればよいことだ

それを知らずに大人になってしまったのが一番かわいそうな社会人だ

仕事は楽しむものだという選択肢がそもそもない

あったとしても、もう自分には遅いと理解しているのでなお辛い

高校卒業くらいから、自分と相性の良い職場を探すことの重要性を知れたなら、少なくとも何かに挑戦し、挫折をしてももう一回別のことに挑戦するくらいのことはできるだろう

今の教育方針では真逆のことをしている

だからこれだけ労働生産性が下がり、間違った場所に間違った歯車をはめ込んでできたような日本社会が生まれているのでは

割とガチで、僕は。お金持ちになれたとしたら学校を作りたいと思っている

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