僕は恐らく、同年代の成人男性の5000倍くらいの頻度で、プリミティブという言葉を使っている
月に8回くらいは、どこかしらのタイミングでプリミティブと言っている気がする
脳内でその言葉を思い浮かべるというのであれば、週に2回程度はこの言葉を思い浮かべている
プリミティブというのは僕が大事にする世界観を、最も純度高く表現している言葉だ


砂漠が好き、というのは根本的にあるのだが、それをさらにかみ砕くと、プリミティブが好き、ということになる

アニメも好きだが、それだってプリミティブだ
要するにプリミティブとは、何かを伝える上での最小の状態、ともいえるかもしれない
記号的というような言い方もできる
アニメに関しては、デフォルメという単語で扱われることが多いが、
それをさらに一般化した言葉が、プリミティブだ

なので、プリミティブというのは景色にも、文化にも、音楽にも、味覚にも当てはまる
景色に当てはめると砂漠のようになるし、国内だと、長良川河口堤、風力発電所、ダム、のような巨大な構造物になったりする
ちなみに、風力発電所なんかを見ているとソワソワしてくるが、それも、プリミティブというのが関係している気がする
滑らかな曲線を描いた巨大な構造物が回転していると、その滑らかな影が地面をものすごい速さで横切って行ったり、
そういうのを見ていると不安になる
プリミティブというのは良くも悪くも僕に大きな影響を与えるのかもしれない
例えば、僕は電気自動車が嫌いだ
嫌いと言うのは、技術的に嫌いとか文化として嫌いとかそういう話ではなく、
ただ、乗り心地が悪いので嫌い、ということだ
友達が電気自動車に乗っているので、それに何回か載せてもらったことがあるのだが、僕はすぐに酔ってしまった
自分自身、酔いやすい体質ではあるものの、電気自動車の場合はその比ではなく、乗って十分くらいで酔ってしまった
そこで気が付いた、電気自動車にはエンジンの細かな振動が無いので、加速度や道路の凹凸などがもろに伝わってくる
観光バスに酔いやすいのと同じことだと思う
普段はエンジンの出す細かなノイズによって加速度などの気持ち悪さが紛らわされるが、電気自動車にはそれが無いので、すぐに酔ってしまうということのようだ
これは風力発電所などに恐怖を感じるのと同じことだと思う
同様に、僕は水槽恐怖症でもあるが、それにもこのプリミティブが関係している気がする
クウェートタワーが怖いのも、プリミティブな外観によってスケール感が不明瞭になっているからだと思う
プリミティブというのは時に恐怖症みたいなもののきっかけになりうるということもある

食に関しても、プリミティブという概念はいつも感じる
だいぶ前、高級てんぷらを食べたときに、てんぷらというのは素材と衣のみのシンプルな料理だと同伴者が言っていた
それを聞いて僕は、プリミティブな食べ物なんですねと答えた
食に関しては実際のところ、それを楽しむという価値観そのものがないので、プリミティブだからおいしいというような感情は全くないのだが、
事実として、てんぷらはプリミティブな料理だと思った
プリミティブは基本的に僕に安らぎを与えてくれるものではあるが、食べ物に関しては全く逆かもしれない
僕はとてつもなく偏食で、最近は克服しているものの、高校生くらいまでは、自分の記憶にない食べ物は食べ物と認識できずに、嗚咽反応を出しつつ無理やり飲み込まないと食べれないというような人だった
これでは社会に溶け込めないという危機感から、blenderなどを習得したくらいだ
自分のコンプレックスの一つが、偏食だった
具体的に言うと、物心ついたときに食べ物として認識していなかったものは基本的に、食べ物だと思えない
他にも、肉だったらカルビやロースだけ、魚だったらマグロだけなど、食材自体が一般的であればあるほど食べやすくなる
逆に、レバーやハツなど、具体的な特徴を持った部位になればなるほど、食べれなくなる
卵なんかは最近克服しているものの、やはり口に入れている間は緊張するので、あまり好きではない
卵はこれからすべてが形作られる、生き物としての機能の集合体なので、それが口の中に含まれている状態が嫌だ
機能というのが僕は大嫌いで、だから踊り食いなんて人生を何周してもできないだろうし、
シラスのような、眼球も脳みそもすべて含まれる状態で口に入れる食べ物は卵と同様に、あまり好きではない

ここでプリミティブの話に戻るが、
プリミティブというのは要するに、要素の純度なのかもしれない
食べ物だって、加工食品関連ならだいぶ安心して食べれる
卵も、生で食べるのは辛いが、卵焼きにしたりすれば口に入れることはできるし、マヨネーズとかになってしまえばむしろおいしく食べることができる
乗り物酔いの話だって、道路の凸凹や加速度などがノイズによって純度を抑えられることにより、乗り物酔いしなくなる
風力発電所や水槽恐怖症だって、のっぺりとした形だからこそ、その場の恐怖がもろに自分の五感に入ってきて、怖くなる
プリミティブというのは、その場の印象の純度にダイレクトに影響するのだろう
だから、プリミティブが自分に安心をもたらすというのは間違いなのかもしれない
正しくは、安らげるモチーフがプリミティブな環境にある場合に、安心する、ということなのかもしれない


この世界観はもちろん作品にも生かされている
というと、砂漠や、ウユニ塩湖みたいな風景作品が出来上がりそうな気がするが、僕の場合はそうではなかった
情報量ぎちぎちの都市風景フォトバッシュを初期のころ作っていたが、これらの風景からも砂漠に感じるプリミティブと同じものを感じる
これに関しては僕もまだ完全に言語化できている感じはしないが、なんとなく思うのが、情報量が飽和している状態が逆にプリミティブに感じるからではないか、ということだ
これは、細かい凸凹の連続であるビスクドールの肌が、遠くから見ると滑らかに見えるのと同じことだと思う
看板やら窓やらがたくさんある世界を遠目から見ることによって、それはもはや看板と窓だけの世界になって、逆にプリミティブ。情報量が少ない景色に感じられる
人間にあふれる世界観ながら、人間を描かないというのも一つポイントとして含まれていた気がする
これは単に人間が嫌いだが街が好きという、自分のゆがんだ価値観故、技術的な制約があってのことかもしれないが、
少なくとも僕は何を考えているかわからない他人が怖いし、魅力的にも思えないので、そういうのを排除して、ただ寂しくはなりたくないので遠目で眺めるような気持で作っていた
人間はプリミティブとは真逆の存在で、自分はおそらく、人が嫌いだと思う
人が怖いし、人がいると落ち着かないし、
かといって、人でごった返す街角も好きだし、満員電車に揺られていても特に何とも思わない。広場恐怖症とかでもない
逆に、人がいっぱいいる状態はワクワクする
何か楽しいことがありそうでわくわくするのか? いや、そういうわけでもないかもしれない

人混みというのは僕が大好きな題材の一つだった
それがないと街ではない
ただ、人は主役ではなく、賑やかしの装置でしかないので、人がユニークである必要もない

なので、人がいるにはいるが、ただそれらは街をにぎやかすための舞台装置でしかないし、それぞれに人生があるということもない
ただ、人生があるという事実だけを絵的に表現する手段として、人込みは必要だ
結局のところ、やりたいことは、新しい世界を作る、ということなのかもしれない
人がたくさんいて、それを物語るかのように看板がたくさん張り付いていて、それらすべて物語があるが、その数が多すぎてもはやグレー一色みたいになった世界観、
それが最高にプリミティブかつ、不変、楽しい、という世界観だと感じたので、フォトバッシュでノイズまみれの巨大都市を作っていたのかもしれない
あとは、プリミティブを語るうえでは、音楽のことを語らざるを得ない
僕はフュージョン系の楽曲なんかが好きだが、これは明らかにプリミティブだ
人の手で演奏しているので若干のノイズが混じってはいるが、シンセサイザーやエアロフォンの音などはプリミティブだ
音楽に関してはシンプルすぎても面白くない
アンビエント系ミュージックは、瞑想とかしている系の人が瞑想とかしているときに聴いてそうな音楽だが、
僕は正直、アンビエント系まで行くと楽しく音楽を聴くという感じではなく、集中、もしくは精神的に落ち着くために聴いているというような言い方が近くなるような気がしてくる
アンビエント系を聞きたくなる時はもちろんあるし、安らぎながら聞いているときもあるのだが、ワクワク成分みたいなものはない
思い返せば、YMOのライディーンのように前面に人ではなく機械が出てくるような音楽は、好きではあるものの、宝島のように生演奏感を含んでいないという点で、ものすごく好きというわけではないかもしれない
つまり、人が嫌いと言いつつも、完全に排除した状態は好きではないということになるのだろうか、
リッジレーサーとかのBGMが好きなので、それは完全打ち込みで人の気配が最も少ない音楽の一つか、とも思いつつ、それが生演奏とかされている音源があったら、そっちを聴きだすかもしれない
要するに、僕は、人が嫌いとは言いつつも完全に人を排除したいわけではなく、ただ遠くから人のシルエットだけを永遠に眺めていたい、ということになるのかもしれない
僕は(お酒のある)飲み会が大っ嫌いだが、酔いつぶれた人を遠くから眺めるのは楽しい
そういうのも、他人が自分に干渉する状態を避けつつ、人間というカオスな挙動を結果として遠くから眺めていたいという、好みに帰結するのかもしれない
そう考えると、なぜ自分がボカロを無意識的に聞いていなかったのかも説明がつく気がした
最近になって、その歌詞や世界観の独特さから聴くようになったが、それまではボカロを全く聴いていなかった
というのは、たぶん、このブログで書いた文脈に沿うような形で解釈するとしたら、人の気配を完全に排除したコンテンツだったから、だと思う
プリミティブというのは、完全に01の状態がプリミティブなのではなく、微小なノイズが膨大な数集まり、プリミティブと近似されてしまう状態が最も美しいプリミティブなのかもしれない
つまり、ミクロで見ればカオスだが、マクロでみればコスモスということだ
ボカロはどちらかというと、ミクロで見るとコスモスで、マクロでみるとコスモスとカオスの中間みたいなものだ
機械音声を使って人の心を歌っているので、その点、プリミティブとは真逆のものになる
対して、僕が作っていたフォトバッシュなどは、人の営みや看板などがカオスに当たり、それが膨大な数集まってそれを遠くで眺めているという構図なので、世界観としてはコスモスになる
砂漠もそうなのか
よーく見ると砂粒の集まりだし、細かい風紋もあるような場所だが、遠くから見るとのっぺりとした砂丘に見えるのが、プリミティブなのかもしれない
今まで、プリミティブについては、シンプルな要素の集まりというような解像度でしか言語化できていなかったが、今日、もう少し詳細に理解することができた気がした
シンプルな要素の集まりが好きだというのは変わらないが、さらに好きな状態として、
細かなノイズをマクロで眺めた結果、シンプルな画面に見える
というような状態のことを言うのかもしれない
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