今、物語を作りつついろいろ研究しているので、それに関する自問自答をする
体験で学ぶのではなく、経験で学ぶ
体験教室的なイベントで何かを学ぶのは悪くはないが、そればかりだと体験教室の連続になってしまい、物語として違和感がある
自分で選んで何かを体験するのではなく、自分以外の要因。偶然によって結果的に学ぶというのが良いのでは?
主人公に目標がないと振り回された感じになってしまう
主人公が受動的過ぎても面白くない
主人公は自分で選び、自ら自発的に行動する人であるべきだ
別にその限りではないが、やはり。主人公が自分から進んで動く物語は面白い
序盤は受け身でも良いが、少なくともクライマックスは自発的に起こるべきだ
序盤は受け身で、その後はなるべく早く。少なくとも終盤までには自発的に動くのが良い
↑の例だと、主人公に関連する要素が受動態に寄っているので、この状態だとよい展開は生まれない。「平和を望む」のように、主人公が能動的に行動を起こすような要素がないと厳しい。
見る理由がない時間は退屈になる
見る理由がない時間は退屈になるというのは、展開があるかないかは関係ない
世界観が面白ければその時間はそれに浸ることで見る理由が生まれるし、
登場人物たちの明確な目標があればそれをこなす展開を描く映像はそれだけで見る理由が生まれる
ほかにも、魅力的なキャラクターを見る、面白いギャクに触れる、きれいな景色を見る。というような広い間口でこのことは考えられる
主人公一人だけの物語はエンタメ作品にしづらい
過去の映画を見てもそう思える
主人公一人だけではエンタメ要素を作りにくい
ゆえに、登場人物を増やす必要があるが、その人物を登場させるタイミングも重要だ
主人公が誰かと出会って物語が始まるのであれば、物語の序盤に登場人物が登場することになる
それとは別に、最初から主人公と登場人物が一緒にいるパターンもあるのでは
登場人物の登場は遅すぎてはいけない
遅いとダメというわけでもないが、遅いとクライマックス時の展開が作りづらい気がする
セリフで語る展開は良くない
セリフで語る展開はわかりやすいが、つまらない
そういう展開は完全になくすべきというわけでもないが、多すぎても物語にすらなっていない感じになる
極力避けた方が良い
物だけでなく人にも意味を持たせる
モチーフを何かのメタファーとして登場させるのは良い物語に必要なことだが、それをする際、そのモチーフを物だけにしないほうが良いのでは
メタファーが物だけだと展開が物中心になり、人間が選択しないことになってしまう
何かのメタファーを物語で登場させる場合、同時に人は何のメタファーなのか、具現化したほうが良い
主人公は誤るが、シャレにならない誤りはしない
シャレにならない誤りをしてしまうと共感しづらくなる
共感できないと展開も作りづらいし、感動も生まれにくい
物語の葛藤を生むという点でも、感情を一度沈ませるという意味でも、主人公は何かしらを誤ることが多いが、その誤りは程よいものでないといけない
登場人物が同じような人ばかりだと退屈
退屈だと悪いというわけではないが、展開も作りにくいし、エンタメっぽくもならない
基本的に、完成しないストーリーはアウトラインの時点で察しが付く
考えていてなんか違うなというのはアウトラインの時点で何か自分の中で納得いかない部分がある
逆に言えば、アウトラインの状態で定量的にプロットを評価できれば、トライ&エラーを効率よく行える
モチーフにひねりがないと展開にもひねりが出ない
単なるロボではなく、何々用ロボだとか、
主人公の職業は勇者とかではなく、どこどこの個々の部分を担当する水道局の人だとか、
そういう具体的でユニークなアイデンティティがないモチーフは良くない
そのモチーフがメタファーなのであれば、そのメタファーを満たせるユニークなモチーフであるべきでは
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