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  • 高校野球はおもしろい

    僕は普段、野球は見ないのだが、夏の高校野球で母校が勝ち進んでいるとなるとさすがに見る

    ベスト4とかにはたまに入っている学校だが、今日は準決勝で、しかもそれに勝った

    最近は仕事で忙しく、ほとんどの時間を作業に充てている日々だが、それでも、準決勝の最後だけテレビで見た

    後輩たちが頑張っている姿を応援していたし、同時に、相手の学校も同じく日々厳しい練習をしている生徒たちばかりだ

    そしてそれを見守る野球部員、吹奏楽部、応援部など、全力で応援する姿に感動した

    野球はテンポよく進むし、それに加え、この先の展開が気になるという、本能に訴えかけてくる

    「この先が気になる」というのは、実はとても大事なキーワードだと思う

    脚本において、なぜ観客はその物語を見るのか、という問いをとことん切り詰めると、この先が気になる。というのに突き当たる

    これはおそらく、身の回りで起こる何かの結果を把握しておきたいという本能によるものなのだろう、と勝手に思っている

    野次馬も同じだ。

    近くの家が火事だったり、近くで救急車が止まったり、近くで交通事故が起こっていたり、外が大雨だったりしたときに確認したくなるのは、自分に危険が及ばないことを確かめたいからではないだろうか

    この先が気になるというのは人が物語を消費したくなる原動力だ

    その気持ちを上手に刺激することができるのが楽しい物語というわけだ

    というのを最近、スラムダンクを見ていて思っていて、そして、高校野球にも同じものを感じた

    ピッチャーが投げ、それがストライクになるのか、ボールになるのか、バッターはバットを振るのか、振らないのか、

    ヒットするのかしないのか、どこにヒットするのか、ランナーは何塁まで走れるのか、

    小さい分岐点が連続することで、この先が気になるという本能を刺激し続ける

    結果はゲームが終わるまでわからない。だから野球はこんなにも楽しいんだなと思った

    加えて、高校野球は応援する相手が明確に決まっている

    母校と他行が戦っているのであればもちろん母校を応援する

    もはや試合における当事者の一人になっている

    人間は社会的な生き物なので、社会的につながっている状況に安心するのだろう

    自分と同じ属性を持つ集団が集まっている様子に安心するし、それらが戦っているとなるともちろん応援したくなる

    高校野球は、そういうメカニズムで、見ていてとても楽しいものなのかもしれない

    と、思った

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  • コスモタワーに行ってきた

    先日、コスモタワーに行ってきた

    バブル建築等の非日常的な雰囲気のある建築物が好きで、前々からずっと行きたかった場所の一つだ

    ここは大阪府の施設ということもあり、豪華で、しっかりとした作りだが、お役所仕事の宿命か、周囲は発展していないし、人もいない

    隣の敷地は使用していない用地と駐車場になっている。それくらい人がいないところにこんなでっかいビルが建っている

    コスモタワーの高さは256mらしい

    都庁よりもサンシャイン60よりも高い、国内でも6番目に高いビルのようだ

    それがこんな寂しいところに建っているのだから楽しくないはずはない、

    backroomsやリミナルスペース的な楽しさのある場所だった

    低層部は大空間になっている

    そこにエレベーターなどが集約している感じだ

    こんな大空間を低層部に設けている時点で経済的な合理性はあまりない気がした

    これぞバブル建築という感じがする

    機能的で経済的な建物はそれはそれでよいものだが、ただ、そういったものはありふれている

    そうではなく、バブル期特有のインパクト重視みたいな建築物が好きだ

    cosmoタワーについてはバブル建築というわけではないが、それに似た雰囲気を摂取できたので良かった

    チケットを購入し、54階に上がった

    床のチェック柄になつかしさを感じる

    誰もいないというのも相まって、バックルームズっぽくなっていた

    国内で6番目に高いビルなので、展望台からの眺めは最高だ

    特に、万博会場を見下ろすという経験ができるのはここだけだと思う

    大阪市街も一望でき、おまけにガラガラ

    前日は頭が痛すぎて多治見でイブを買った

    中央線普通電車で大阪に向かうという無理をしてしまったので、体調を崩していた

    なので、写真を撮りながら、いおたすと話したり、ディスコードの通話をしたり、ゆっくり過ごした

    そしてその後、カラオケオールし、翌日の始発の新幹線で東京に帰った

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  • 2Dの皮を被った3Dでしかない

    昨今のセルルックCGは一見発展しているように見えるが、クリエイターの意識の面でも発展しているのかについては疑問に思う

    そもそも、セルルックCGの仕組み自体、3Dベースなので、誇張と省略が美しい2Dの魅力を再現しているというものではない

    技術的な面で2Dのような見た目にしたところで、それは単に3Dを2Dっぽく見せているだけであって、影の動きやパース感などは3Dのままだ

    だから、本当に2Dの魅力を含む3Dを作りたいのであれば、シェーディングだけ2Dに変えるみたいなことはするべきではない

    追求するべきなのは2Dのアニメがなぜ美しいのかで、色味やパースなども含めてその理由を言語化し、それを3Dで実現するために知識を動員して試行錯誤しないといけない

    素人騙しみたいなセルルックCGでは2Dの模倣に過ぎない

    今後、アニメーションにおいて3Dというのは存在感を増していくのだろう

    その中でも次の世代に生き残っていくセルルックCGは、ここに書いたことを理解している人が作るCGだと思う

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  • 「感覚で学ぶ!Blender ジオメトリノードの世界」講座の配信が決定!

    ジオメトリノードの講座、「感覚で学ぶ!Blender ジオメトリノードの世界」を配信することになりました!

    https://twitter.com/CGWjp/status/1941319010131509398

    前回のマテリアルノードに関する講座に引き続き、ジオメトリノードの講座も配信することとなりました

    今回の講座では、ジオメトリの属性など、目に見えないものが多く難しい印象を持たれがちなジオメトリノードをわかりやすく説明するため、身の回りの例に置き換え、目に見える形で説明できるように心がけて制作します

    初級、中級、応用と3段階に分かれ、それぞれ説明から実演までを踏まえ、お伝えしていきます

    最後にはジオメトリノードをお仕事で使う立場から見た、ジオメトリノードの活用方法、実際の事例、アーティストとしての展開方法などもお話しできればと思います

    今後、準備や告知等していく予定です。

    詳細は以下です!

    ぜひご覧ください。

    https://cgworld.jp/flashnews/823blender.html

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  • オーケストラコンサートに行ってきた

    先日、TrySailの10周年記念のライブに行ってきたが、それに引き続きという形で、麻倉ももが出演するオーケストラコンサートに行ってきた

    記憶にある限りだと、生のオーケストラを聞くのは初めてで、それについて色々感じたことがあるので備忘録として残す

    やはり、CDやようつべで聴くのととは訳が違う

    目の前に音楽が”ある”という気がした

    スネアの音は音源だとあくまでも他の音に紛れてはいるが、やはり生で聴くと、その場にスネアがあり、音を出していることに気づく

    ステージでスネアに注目すればスネアの音だけを楽しめるし、コントラバスに注目すればコントラバスの音だけを楽しめるし、

    そういう視覚的、体験的な楽しさがあるのが良かった

    あとは、指揮者の動きだとか、バイオリン奏者の腕の動きとか、そういうものがまるで魚の群れのように一致団結し、同じテンポで同じ風に動いている様は圧巻だった

    あと、今回のコンサートの目玉は麻倉ももだ

    僕は別に、声優の追っかけみたいな人ではないが、ただ、高校時代からトラセは知っていたし、その楽曲に入っている麻倉ももの声も知っていた

    生で聞いて、やっぱり声優の声は良いな、歌唱曲というコンテンツと相性が良いな、とも思ったし、

    あとは、歌が上手だということにも感動したし、そもそも大勢の前で歌えるだけでもすごいと思うし、

    あとは、MCも上手ですごかった

    アニメはそもそもがファンタジーな世界観で、声優というのはそのファンタジー世界と現実世界を繋ぐ架け橋としては最も象徴的なものだと思う

    そんな声優が非日常であるオーケストラの前で歌っているのだから、これは楽しくないわけがない

    チケットは12000円と、武道館の時よりも高かったが、とても良いものを見れた気がする

    壮大な誕生日のサプライズも見れたし、

    その他にも、コンサートホールの構造。建築物としての文化施設の見学や、楽器等の見学などなど、

    いろいろと知見の多い体験だった

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  • 物語の公式、幸せの裏にある不安

    今、アルプスの少女ハイジを見ている

    おじいさんの家で幸せに暮らすハイジだが、ふもとの村では常にその環境を脅かす脅威が存在している

    単なる幸せ物語ではなく、その隣にある脅威を描くことで幸せの行く末が気になるという構図になっている

    フランクフルトでクララと暮らしている時だって、ロッテンマイヤーという脅威が常にあることで、完全に守られた幸せではなく、消える可能性がある幸せとなっている

    これによって、今ある幸せが消えるのか否か、という、その先の展開が気になるという状況がつくりやすくなっている

    それに加え、物語の展開の幅も広がっている

    ただ単に幸せなことが連続する物語ではなく、幸せの裏に不安がある。奥深い展開を作ることができている

    今、俺物語という作品も見ているが、その作品にだって同じような考え方がある気がした

    というよりも、他の作品にもこういう考え方は当てはまるのだろう

    幸せな時間にタイムリミットがある。みたいな感じだ

    何かポジティブなものがある。が、その裏にはネガティブも見え隠れし、ポジティブを侵犯してこようとしている

    その行く末が気になるというのが一つ、物語の公式なのかもしれない

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  • アヌシーの映画祭で見た2つの作品の感想

    100M

    題材は100メートル走だが、そこで扱っているのは他人と争うという、人にとって根本的な感情だった

    誰のために走るのか、という問いは、走るということ以外にも当てはまるものだと感じたし、

    誰のために走るのかも人それぞれだ

    走るという行為は、単なるスポーツの一種目ではあるが、それは人の根本的な気持ち、自分の存在意義、努力と結果。そういうものを究極的にシンプルに見せる種目だということに気づいた

    走るということで、もちろん、画面としての動きも大きくなる

    おそらく、そういう題材というのもあって、作画にはロトスコープの技法が使われている

    人間をトレスしてアニメにする技法だ

    これにより、走るという行為の生き生きとした動きがダイナミックに画面から伝わってくる

    しかも、ただロトスコープだけで見せてくるのではなく、アニメならではのカメラアングルと演出もあった

    本当はカメラを置けないから実写では表現できないカメラアングルでも、途中から作画に切り替えることで最後まで表現できるし、

    あとは、アニメ特有のデフォルメ表現を表情に取り入れている点も新しかった

    例えば、目が飛び出ているような驚きの表現、

    笑うと目が線になるというアニメ特有の表現も取り入れられていた

    背景に関してもロトスコープの技法に合わせてか、実写を加工したような感じだった

    そういうのも相まって、100メートル走というシンプルな題材が劇的に表現されていた

    ホウセンカ

    獄中で生涯を終えようとする阿久津と、その周りの人々の波乱に満ちた人生を、人の心を持たないホウセンカが聞き役となって進行する

    構造自体も面白かったし、聞き役として、人の心を持たないホウセンカを持ってくることで生まれず独特なリズム、コメディタッチなセリフも面白かった

    語られるのは一人の人間と、その大切な人たちの物語で、もちろん、いろいろな感情の動きや、展開があるものだが、

    それを聞くのがホウセンカだ

    阿久津にはもうホウセンカしかいない

    ホウセンカは完全に人間を俯瞰した現象としてあるだけの聞き手で、

    だからこそ表現できる、無神経な反応や面白可笑しい動きがこの作品を一気に見やすいものにしている

    題材はやくざだったり、そのほか、いろいろ重いものも多かったが、

    この作品がコメディっぽくまとまっているのもあのホウセンカの存在が大きいんだな、

    と感じた。

    そのほか、映画の演出については、冒頭に世界観に引き込む感じがすごくよかった

    花火はこの作品の柱ともなるテーマを表していて、それを音楽とともに劇的に見せてくるオープニングは良いと思ったし、

    阿久津の顔もどこか上の空みたいな、ぼーっとしたような顔をしているので、オープニング前まではキャラクターがわからなかったが、

    きれいな花火を眺める顔で、このぼーっとしたキャラクターにも何か物語があるんだな、始まるんだな、というのが伝わってきた

    阿久津は主人公だが、最初から最後まで表情があまり変わらなかったと思う

    今思えば、その、無表情な主人公と、人の心がないホウセンカ。という組み合わせがこの作品の色になっている

    ストーリー自体も、問題が発生してからそれが決着するまでの過程を追えるので楽しかったし、

    キャラクターも背景も、デフォルメが効いていてかわいい印象を受けた

    3DCGの使い方も違和感なく画面としてまとまっていた気がする。

    極道という、大衆向けにしにくいテーマを、大衆向けにできている点が良かった。

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  • ショートアニメーションの企画を検討中・・・

    アヌシーの影響からか、僕もアニメーション作品を作りたくなってきた

    正確に言えば、気持ちではいつも作りたいと思っているのだが、時間がないのと、指の関節が痛いために思いとどまっていた

    が、このままだといけないし、アヌシーでもいろいろ触発されたし、

    あとは、先日どこかで記事にした気がするが、訳あって最近、建物やサイバーパンクを創れていないため、そろそろ作りたいな、とも思っているし、

    というわけで、新しいショートアニメーションの企画を考えている

    現在制作中の自主制作については劇伴関係の都合で現在製作停止中だが、劇伴が揃い次第再会する予定だ

    今計画しているのは2分くらいのショートアニメーション。

    製作期間は数か月くらいにしたい

    作品について

    僕もクリエイターの端くれで、僕の思うことをどういうビジュアルで、建物で、ストーリーで伝えようか、日々悩んでいる

    今回の作品ではクリエイターというのが一つテーマになりそうなので、とりあえずクリエイターと称してその心のうちを作品で伝えたい

    クリエイターは世界を変えると思われるかもしれないが、実際は違うのでは、

    クリエイターが変えるのは観客であって世界ではない

    プロパガンダ映画だって、変えるのは観客だ

    人々が世界なのだから、観客を変えるのは世界を変えることともいえる

    クリエイターが世界を変えるというのは驕りだ

    その間には常に観客という存在がいるし、その人たちに伝わらないのであれば大した意味も無い。自己満足の世界だ

    自己満足で世界は幸せにならないし、人々も振り向かない

    かといってそれが無意味だとは思っていない

    それを理解できればきれいだと思うかもしれないし、それに群がる派閥の中で楽しく創作活動だってできるだろう

    それでも良い

    が、やはり、多くの人を振り向かせて、世界を変える作品を作家としても作りたい

    一人では無理かもしれないが、みんなで力を合わせればできるかもしれない

    世界を変えることはできないが、人々の目線を変えることができる

    言い換えれば、人々の目線を変えることができなければ、世界を変えることはできないということだ

    今回の作品では、そういう、クリエイター、観客、世界を変えるということ。

    その3つをメタファーに、ショートアニメーションを作りたい

    商業作家としてやっていくことの難しさ、自主制作の楽しさ、心身の不調など、

    それらを世界観に落とし込んで、作品にしたい

    こういうアイデア宣言は今までに何回も行ってきた

    今回は企画倒れにならないよう、頑張ります

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  • 設定ならではの展開でストーリーを進める

    今日、「サイダーのように言葉が湧き上がる」という映画を見て思った

    クライマックスの盛り上げ方が粋だ

    この、粋という言葉は抽象的過ぎて伝わりにくいが、世に出ている作品はたいてい、クライマックスが粋だ

    粋というのを具体化すると、つまり、世界観やロケーション、設定を活用したクライマックスと言えると思う

    櫓のてっぺんから告白の言葉を叫ぶ。俳句というフォーマットに乗せて

    ショッピングモールの屋上の櫓というロケーションと、お祭りという状況、俳句というキャラ設定を絡めた粋な演出だ

    粋な演出というのはたぶん必須で、それが無いとなぜそのクライマックスになったのか、なんとなくキャラ設定や世界観設定がストーリーから乖離してしまうのでは、

    これはたぶん、クライマックス以外のことに対しても言えるのだろう

    ただ、クライマックスでは特にその粋加減が重要だし、可能であれば作品の冒頭からクライマックスまで、世界観等の設定ならではの展開で話を進めるべきだ

    でないと、せっかくのユニークな世界観、キャラクター、イベントというのが単なる背景になってしまう

    そことストーリー展開が絡んで初めて、それらの設定が生きてくる

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  • どういうマインドで作品を作ればいいんだ

    脚本をやりたいけど、人のことを考えていない自分にできない気がしてならない

    僕が言いたいのは自分の気持ちだが、そんなものは脚本にしたって単なるマスターベーションに過ぎない

    自己満足なことを脚本にしたらいけないのか?

    自主制作ならしても良いのだろう

    が、商業作品となるとそうでもないのか

    面白いものを作らないといけない

    面白いものってなんだ?

    面白い世界観だけでは作品は完成しないのか

    完成すると信じていたのに、完成させられないと知った

    じゃあ、面白い作品ってなんだ

    面白い展開か?

    ハラハラドキドキ展開か

    それを作るには心情を知る必要があるのか

    何をすればいいんだ

    僕にもできるハラハラドキドキ展開ってなんだ?

    攻殻機動隊の劇場版の終盤は面白かった

    バトルの面白さだ

    面白さの中でも自分にできるものって言ったらなんだ?

    バトル、レース、騙しあい、戦い、破壊、

    そもそも僕はハードボイルドな物しか作ろうとしていないのでは

    生き生きとしたキャラクター、活気のある登場人物、子供、そういうものを作れるのか?

    いや、厳しい

    そこが原因では?

    じゃあそれらを作るためにはどうすれば良い?

    世に出なくても作ってみてはどうだ

    例えば、何かショートなテーマを決めて、キャラなどの設定とセリフを作ってみるとか

    起承転結とかはとりあえずどうでもよく、作ってみるとかすればよいのでは、

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  • フランス備忘録

    1日目

    早朝、羽田から出発した

    始発電車に乗って羽田に向かったが、それでも時間ぎりぎりで、結局走ることになり、汗だくのまま飛行機に乗る

    飛行機では隣に座っていた日本語を話せるコロンビア人の人がフレンドリーで、いろいろ話した

    途中、SIMカードを落としてしまったようで、探すのを手伝ったり、eSIMの接続方法などを教えたりした

    座席の下を探すということになり、おかげで20分くらい立っていることができた

    エコノミークラスなので疲れが心配だったが、特段体が痛いということもない

    飛行機での14時間はずっと昼間なので、長い一日というような感覚で、パリのシャルルドゴール国際空港に到着した

    第一印象は、北海道みたい。だった

    北海道がヨーロッパっぽいのは本当なんだなと思った

    ただ、やはり、配色や物のデザインは日本では感じられないような雰囲気だ

    床にこぼれた飲み物などは汚かったが、建物はきれいだった

    空港からまず、バスを使ってB線の駅に向かった

    バスは連結式で、結構運転が荒い

    特に、ラウンドアバウトを通るときは結構なGがかかり、危うく酔いそうだった

    そんなこんなで駅に到着し、CGワールドの方にチケットを買ってもらってB線を使ってパリ市内へ行く

    各駅停車だったので、途中、治安の悪いエリアを通るため、いきなり怖かった

    荷物をスられてしまいそうでひやひやする

    しばらくして地下区間に入り、地下鉄駅から乗り換え、パリのリヨン駅に到着した

    地上に出るとそこは別世界で町全体がテーマパークみたいな感覚だ

    歩道沿いのすべての店が美しく、これがこの国の文化だと思うと一層、遠くに来たという実感がわいてきた

    今まで、パリがこの世に存在すると思っていなかったと思う

    知識としてあるのは当たり前だが、やはりこの目で見ると、その実在感が桁外れだ

    この時のパリは1時間もいなかったと思う

    TGVに乗り継ぐ前にお昼を買うことになったため、パリ市内を大荷物を持ちながら結構走った

    当然、息を上げるくらい疲れたが、その直後に乗るTGVがどこから出るのかわからず、かつ、同伴するCGワールドさんの方ともはぐれてしまい、結構パニックになった

    大急ぎでSNCFのアプリを開き、QRコードを見せてホームに入り、目の前にあったannecyの表記だけを頼りに列車に乗った

    TGVは長大な編成で、かつ、途中に連結部もあり、乗る車両を間違えたら移動するのが面倒くさいし、場合によっては次の停車駅まで正しい席にたどり着けないことだってある

    僕はホーム上を走り、空いていたドアから一か八か乗車し、デッキで大汗を乾かした

    この時もまた超疲れた

    心臓が止まらないか不安だった

    あれほど息を上げて心拍数を上げたのは3年前に免許センターの講習に間に合わなそうになって以来だ

    同じような境遇の観光客がいたようなので、片言の英語でこの車両であっているか聞いてみた

    この時に初めて英語を話せた気がする。

    やっぱり、追い込まれると話せるようになるんだな、という気がした

    そのままデッキに座り込んで汗を乾かしていると、車掌さんみたいな人が回ってきて、僕に話しかけてきた

    切符を見せて、ようやく席にたどり着く

    疲労からか、なんだか酔いそうな気配があったので、酔い止め薬を飲んで眠ることにした

    TGVは幼少期から知っていて、ずっと乗りたいと思っていた車両だ

    印象としては、新幹線よりも静かで、乗り心地が良い

    というのはたぶん、線路が良いからだろう

    新幹線は上下左右ジェットコースターっぽい雰囲気すらあるが、TGVはカーブもほとんどないし、上下すらも緩やかだった

    機関車も先頭部にしかないので、新幹線と比べても静かだ

    途中、在来線のようなところを通ったり、なぞに停電したり、停車時間が長かったり、

    日本の新幹線は線路もダイヤもすべて専用で形式ばった感じがあるが、

    TGVはどちらかというと観光バスのような、不思議な雰囲気の乗り物だった

    そうこうして5時間ほど、

    アヌシーについてからは真っ暗で何が何だかわからなかった

    かろうじて見える景色はモダンで美しいが、若者が騒いでいて治安が悪く、不安になる

    窓を開けてEDM的なものを爆音で流し、歌っている車は結構怖かった

    日本からぶっ続けで24時間以上移動し、3回ほど大汗をかいたうえ、大荷物を抱えてフランスの路上を歩いているときはもはや無心だった

    アパートにはすんなりたどり着いたが、入り口がわからずに真っ暗闇の中をスマホのライト片手に入り口を探し、ようやく入り口を見つけ、自分の部屋を見つけた後も鍵を開けるのに苦労した

    苦労したので下の階の人にドアの開け方を教えてもらおうと聞いたが、ものすごく嫌な顔をされて断られて、悲しかった

    2日目

    2日目は最初にアヌシーの見どころをざっと見つつ、そのあと、100Mという映画を見た

    日本ではまだ公開されていないものだ

    100メートル走というものをテーマに、生きる上で感じる他人との競争、挫折など、広くストーリーに落とし込んでいる点はすごかった

    作画もなかなか凝った見せ方をしていたし、個人的にすごく楽しめた作品だ

    映画が終わり、劇場を後にしようとしたところ、おしりの皮膚がかぶれて痛くなっていることに気づいた

    まともに歩けなかったくらいだ

    昨日から汗を大量にかいたし、ウォシュレットもないので清潔にできないし、それらがシャワーで洗えていなかったからかもしれない

    日本だと湯船の文化なのでそこまで不潔にはならないが、フランスには湯舟なんてないので、ここまで悪化し、行動できないまでになってしまった

    急遽、ベビーパウダーを購入し、清潔にして寝た

    3日目

    3日目はMIFAの取材がある

    部屋から会場へは徒歩20分ほど、アヌシー湖の景色は今まで見た中で最高の景色の一つになりそうだった

    そんなにも素晴らしい日だが、朝から頭が痛かった

    おそらく、水不足や塩分不足かと思われたので、部屋の中にあった岩塩をなめたり、水をたくさん飲んだりしている

    多少改善したものの、完璧には治らず、そのままMIFAの会場に行くことになった

    結局その日は本調子になれずに、汗だくで写真だけ撮り、仕事を終えて早めに帰宅し、早めに就寝した

    このころになると、シャワーの上手な浴び方、洗濯の仕方も知り、QOLが上がってきた印象がある

    4日目

    明け方から何回か起きたが、総じて言うとよく眠れた

    昨日の夜、部屋の中にタオルケットがあるのを見つけ、汗ばむ朝方はそれをかけて寝た

    やはり就寝時に汗ばむのはどうにかしたいが、今日の夜からはタオルケットなどを使い、ちょうどよい厚さの布団を作れる気がした

    朝ご飯は日本から持ってきたインスタントご飯とみそ汁を半分食べた

    またしばらくアヌシーにいるので、残りの朝食をどうにかしないといけない

    そのため、スーパーに行ってシリアルやトマトなどを買った

    レジでクレジットカードが使えずに迷惑をかけてしまった

    クレジットカードは日本にいるときに旅行が終わって数日後まで上限を上げていたのだが、なぜかそれが切れ、使用不可になってしまった

    おまけに、上限を上げることができなかったので、ここにきてカードが使えなくなってしまった

    今ある現金でやりくりしつつ、最終日まで食べ物をなんとかやりくりしないといけない

    5日目

    5日目は朝少し早めに起きて郊外にバスで向かい、散歩した

    当たり前だが、景色はヨーロッパそのもので、そこに自分が歩いているというのが信じられないくらいだった

    これに関しては詳しく別記事で書く

    そのまま、昼前にバスで帰ってきて、昼頃、ホウセンカという作品を見た

    この作品は日本で秋に公開される作品のようだ

    これも別記事にするが、語り方や構造など、工夫されていて、楽しく見ることができた

    あとは、それとは別に。何百人ものフランス人が、前のめりになって日本の映画を見ているという景色が新鮮だった

    アヌシーの人々は背が高いし、アヌシーの街はきれいだし、

    アクティブに動くフランス人たちに圧倒されていた数日間だったのだが、

    そんなフランス人が何百人も、日本の作品を見るために、みな同じ方向を見ている光景に感動して、そっちに涙ぐんでしまった

    僕はほとんど最後列にいたので、その様子がとてもよく見えた

    時折フランス人は笑ったり、リアクションをしていた

    僕もいつか、そういう作品を作りたいな、と思った

    6日目

    この日はアヌシー湖のほとりを6kmほど散歩した

    何羽かの白鳥やヨーロッパっぽいカモがいた

    この種類の白鳥は日本には飛来しないようだが、実際、世界には日本に越冬のために飛来する白鳥もいるようで、そういう鳥もこういった遠い場所で夏を過ごす

    飛行機も使わずにそんな遠距離を移動できる生き物がいるということを実感し、新鮮だった

    その後も湖のほとりをひたすら歩き続ける

    どこまで行ってもサイクリングロードと遊歩道が整備されている景色はヨーロッパならではだ

    自転車はヨーロッパの乗り物なんだなと思った

    風を受けて走れば涼しいだろうし、日本だとじめじめしていてそうはいかない

    道路もきれいで、起伏もなく、土地もあるヨーロッパはサイクリングにはうってつけの場所のように見えた

    そうこうしているうちにゴールのバス停までたどり着いた

    バスは10分以上遅れていた

    理由は定かではないが、その影響でか、バスは超満員だった

    僕の乗ったバス停の次の次くらいからバス停を飛ばすようになった

    アヌシーへの市街地についてからは、まず、丘の上の教会に行った

    丘と言っても、アヌシーは山辺の街なので、結構な急坂を上った

    ここでも結構汗をかいたので、教会の影に隠れて涼む

    周囲には建物などあまりなく、ただ教会だけがあるというような感じだった

    内部は静かで、ヒンヤリしていて、重厚感もあり、観光客もまばらだった

    ほとんどが石でできてはいたが、教会の一部は年季の入った木で作られているようだった

    石造りだからヒンヤリ重厚感があったのかもしれない

    音が反響し、大空間を感じさせる様子だった

    その日はシスターが掃除機で掃除する音以外、教会内では聞こえないような感じだった

    その日の夕暮れすぎからはCGworldの方と合流して、軽く観光などをしたのちに、早めに部屋に戻った

    翌日はとうとうアヌシーを後にする

    パッキングや、部屋の片づけなどをして過ごした

    7日目

    7日目は午前中に移動、午後にパリ観光といった形だ

    アヌシーに来たときは一等車で来たので、座席も広かったし、2階だったのだが、帰りは二等車の1階席にした

    座席は指定することはできなかったが、やさしいフランス人のご厚意で、座席を交換し、CGworldの人と隣の席で移動することができた

    しばらくはゆっくりと、在来線の線路で移動していたが、進行方向を変えて、またしばらく走り、TGV専用の線路に入ってから、高速走行を始める

    乗り心地に関しては初日に乗った時同様、とても良かったが、1階席ということもあり、見晴はそこまで良くはなかった

    が、300キロ近くで間近を通り過ぎていく線路を眺めるのも、それはそれで新鮮だった

    パリへは5時間ちょっとで到着し、その日からはホテルに宿泊した

    TGVの駅に到着してからは、なぜか大急ぎでホテルに向かうものなので、また僕は汗をかいてしまった

    その後シャワーを浴びたり、水気を乾かしたりなどで、1時間以上ホテルで休んだのちにパリを散策した

    フランスの街並みはアヌシーで慣れてはいたが、やはり、建物の密度や規模がアヌシーとは違う

    建物の色が同じようなのは同じ場所で採れる石を使っているからなのだろうが、現代のフランスにおいてはその限りでもなく、条例かなんかで決められているのだと思う

    ニューヨークの黄色いタクシーもそうだが、

    都市景観だとかの一つの指標を決める際、歴史的な経緯を尊重したような景観の配慮を進めるのはとても良いと思う

    取って付けたような魅力ではなく、歴史的文化的バックボーンを持った魅力が生まれる

    パリも、同じ高さの建物だとか、統一感の取れた街並みだとかはそういった歴史的な背景があって生まれたものなのだろう

    パリは世界を代表する観光地だが、やはりそれだけのことはあるな、という感じだった

    あとは、街中にたくさんのベンチが置いてあるのも印象的だった

    アヌシーでもそうだったが、フランス人は何かと外に出ている気がする

    気候が快適だからかもしれない

    日本のような絶望的なまでの猛暑にはならず、木陰の中は涼しいので、日陰のベンチに座っているだけで快適だ

    町中に街路樹が茂っているのも印象的で、それとも相まって、街そのものが公園みたいな印象だ

    店先にはテラス席もあり、日本とは道という概念自体が違うようにも思えた

    日本では建物の中と外、明確な区切りがあるようだが、パリではどちらかというと、外でも屋内と同じような過ごし方をしているような、

    もしくは、屋外ではあるが、日本人の屋外の考え方とは違う考え方で居座ってるような感じがした

    その日の夜はミシュラン星付きのレストランで夕食を食べた

    とにかく香りが豊かだったことが印象的で、食感などもそうだが、新しい料理という感じがして新鮮だった

    工場で作ったということでもなく、それぞれが厨房で作られた、表現の一種のようだ

    これは料理であり作品なんだな、と思った

    僕は偏食で、食べれるものが少なく、この食事でも今まで食べたことが無い食べ物がいくつか出てきたが、それも少し食べることができた

    僕の中で、ここまでの料理となると、もはや食事というよりかは芸術鑑賞に近いイメージで、額縁に入れられたものを楽しんでいるような気持になった

    ワイングラスの持ち方や、ナイフとフォーク等の使い方、皿への置き方なども勉強になった

    ミシュランは食事だけでなく、サービスなど、体験自体で評価されるものらしい

    確かに、注文せずとも料理が出てきたり、飲み物が足されたりと、サービスまで洗練されているようだった

    値段が45000円ほどだったのは驚いたが、良い経験になった

    8日目

    8日目はパリの観光地巡りをした

    最初に、サントシャペルに行った

    ステンドグラスが美しく、暗い内部に入り込む光がカラフルになる様子は日本ではなかなかみられない

    作り込みもすごいし、それぞれの絵にも宗教的な意味があるのだとも思う

    その後、オペラガルニエに行った

    この建物は装飾がとにかくすごく、これでもかというくらいの彫刻的な装飾で埋め尽くされていた

    階段の曲線さえも美しく、同じパーツの繰り返しではなく、すべてが一体化された芸術品の塊の中を歩いているような印象だ

    所々に配置されているポイントライト的なろうそく風照明も空間の美しさを引き立たせている

    天井にある天窓からの光と、ろうそく風の暖かい光が立体感を強めているのだろう

    劇場も美しく、曲線や何から何までが手描きの線のような、暖かく生物的な印象を受けた

    やはりライティングも洗練されている

    すべてを照らすのではなく、効果的な点に絞って照らしている感じが良い

    その後、シャンゼリゼ通りを経て凱旋門を見た

    凱旋門は意外と大きく、近づくとフレームに収まりきらないくらいのサイズ感だった

    これに関しても装飾に凝っていて、やはり、芸術作品と建築物の融合という意味で、パリの建物は見ごたえがあった

    のと同時に、もし、背景アーティストとしてこういうものを作る仕事が入ったらどうしよう、と、若干ネガティブなことを考えてしまう1日だった

    9日目

    9日目はまず、ノートルダム大聖堂を見学した

    先日、修復が済み、再び公開され始めたようだ

    内部の構造はやはり、アヌシーで見た教会と同じだった

    ここには観光客が大量にいたので静かな感じではなかったが、やはり、石造りのひんやりとした重厚感があった

    華美に装飾されているというわけではないのだが、石材の模様などもあり、ディテールに富んだような感じだった

    シンプルながらディテールに富むビジュアルは今検討中の世界観にも落とし込むべきだと思った

    アヌシーでもそうだったが、教会内で座り、なにか祈りをささげているような人も見かける

    日本で言うところの座禅みたいな意味もあるのだろうか、

    僕も、建築物の見学や、その場の雰囲気をインプットするために、一時間近く座った

    その後はルーブル美術館でいろいろ見た

    本来は芸術鑑賞のためのものなのだろうが、モナ・リザやミロのヴィーナスなどもあるため、もはや観光地みたいな感じになっていた

    僕も、それを目的にしたうちの一人だ

    館内に並べられた芸術作品は本来、大変価値のあるものなのだろうが、早々に素通りされている姿は若干もったいないという感じもした

    モナ・リザなどももはや、絵でありながら、観光地の一つとして機能しているような盛況ぶりだった

    近づくことすらできない

    ルーブル美術館の中では基本的に、美術作品の写真を撮るのではなく、美術作品を狂ったようにスマホに収める観光客の様子を撮っている方がしっくりきた

    その後、エッフェル塔に行った

    足が痛く、そもそも階段を登れる股関節ではないので、上ることは諦めていた

    エッフェル塔あってのパリだと思う

    昔は反対意見もあったり、今でもあるのかもしれないが、

    石造りのパリにそぐわないという意見もあるようだ

    ただ、個人的には、パリは石と鉄の街という印象がある

    それはエッフェル塔の鉄もそうだし、パリ市内の駅の鉄骨の天井や、セーヌ川の鉄橋などを含め、最初期に近代化した都会という印象があるからだ

    エッフェル塔は鉄骨の細かな意匠でオペラ座のような豪華さを演出しつつ、それが長い年月を経て錆びたり汚れたりしているので、パリを象徴する一つのモニュメントみたいになっている

    真下に立って見上げるとその巨大さや重厚感に圧倒されたが、この景色を100年以上前の人間たちも目にしていたとすると、やはり、人類が最初に得た未来的な建築な気がした

    それにはレトロフューチャー的なワクワク感も感じられる

    パリは単なる歴史の街というだけでなく、歴史と人類の進歩を同時に感じられる。ファンタジー要素も含んだ街なのだな、という感想だった

    最終日

    最終日は朝早くパリを出て、羽田に向かう

    朝早いロワシーバスでオペラ座からCDG空港へと向かった

    この頃になるとフランスに慣れ始めているので、もっと観光していたいという気持ちも芽生えていたが、

    ただ、やはり、日本が恋しく、寿司やご飯を早く食べたいという気持ちで逆にわくわくしていた

    帰りは通路側の席を取ったのに加え、隣には人がおらず、さらにその隣にもいなかったため、結構快適に過ごすことができた

    行きはほとんど海の上を飛んだが、帰りは大陸の上を飛んだ

    そのためか、時々揺れたりもしたが、着陸前はほとんど揺れず、とてもスムーズに着陸した

    全体的な感想

    アヌシーでの滞在で最初の2日間くらいは体調も悪く、不安になってしまい、特に暗くなってからは日本に帰りたくもなったが、フランスに慣れ始めてからは楽しめた

    特に、アヌシーでは田舎の景色を見れたことが楽しく、新しい知見も多かった

    パリでは建築物への装飾や、大聖堂の雰囲気などを楽しめたし、観光名所も回れた

    脚本などを考えていて思うのが、書く資格のないことを書くことはできないということだ

    ヨーロッパに行ったことが無い人がつくるヨーロッパの物語はなんだか嘘っぽい

    建物好きでもない人がつくる背景がどこか変になるのと同じように、

    行ったことがある人、体験したことがある人にしか描けないものはあると思う

    行ったという事実だけでその作品の価値が高まるということもある

    作品の存在そのものの価値として、作者が体験しているか否かというのは大きな違いを生む

    作品における雰囲気というのはとても大事で、僕も普段、映画は雰囲気を楽しむために見ているというのもある

    その点、今回のフランスで見てきたことは今後の僕の作品に生かされ、行ったことでしか作れない雰囲気も作れると思う

    あと、アヌシーの映画祭では、僕みたいに作品を作りたいと思っている人たちが自分たちのアイデアを盛んに発信している姿を目にした

    同時に、僕にはそんなことできる勇気もないし、今のところはそういうアイデアも無いし、それについて落ち込んだりもした

    というような文章を打ち込んでいる今この瞬間にも時間は進み、老化していく

    何か考えないといけない。そうしないと生き残れない世の中は辛いものだなと思ったが、それを深く考えるとまた落ち込んでしまうので、旅行中に溜まった仕事ににでもとりかかろうと思う

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  • アヌシーについて

    映画祭の取材のためにアヌシーに来たが、実際のところは個人的な取材という側面が大きい

    コンセプトアーティストとして、やはり、ヨーロッパがどういうところかというのを体験するべきだろう

    人生初ヨーロッパということで気づいたことを新鮮なうちにメモにしていく

    アヌシーの旧市街はこんな感じだ

    実際来てみると、壁が斜めっていたり、波打っていたり、柔らかな印象のある街並みだった

    絵本のような世界という表現ができるかもしれない

    窓が斜めっていたり、粘土で造形したようなかわいらしさ、そして、隣接する建物同士が一体化することによる街自体の一体感が新鮮だった

    建物が結構せり出しているのも印象的だった

    現代だと香港や台湾なんかではこういう建て方がけっこうされているが、昔のヨーロッパもそういう事情があったのだろうか?

    調べてみたら、アヌシーの場合はよくわからないが、ヨーロッパの特に城塞都市では、城壁内の土地が限られているということで、こういった路地にせり出す建物が建てられていたらしい

    アヌシーにも城があるので、そういった事情なのかもしれない

    路地の上に立っている建物がたまらなくかっこよかった

    僕も、道路の上に建っている建物が好きだ

    土地有効活用の最たるものだと思うし、非日常の演出としてもよく、作品に取り入れている

    やはり、城塞都市ということで土地が不足していたからだろうか、

    日本だと地震とかがあるのでこういう建て方ができないし、現代だともっとスマートな方法があるだろうからこういう建築物も建たない

    こういう景色は昔ながらのヨーロッパの街並みが残る旧市街ならではなのだなと思った

    あと、ヨーロッパの建築で新鮮だったのが、窓の大きさだ

    写真の窓はおそらく、縦が2mくらいある

    そもそも、1階部分が3mくらいありそうな建物もたくさんあったし、

    天井が高い建物が多い

    とは言いつつも、すべての階が等しく高いというわけでもなさそうだった

    アヌシーの水はとてもきれいだ

    透明度が高いというのもそうだし、なによりも、底が白く、浅いというのが理由に挙げられると思う

    白くて浅いので、光をよく反射し、水の青さも際立つし、水面が反射する文様も美しく石橋などに映っている

    日本にもきれいな水はあるが、底が石だったりもするので、その点はアヌシーの底が白い感じは新鮮に映った

    まとめ

    アヌシーは日本から遠く離れているが故に、植生や建築なども全然違うものだった

    建築に関しては、創り物ではなく、その場に古くからある文化として存在している感じが良かったし、

    植物も、日本で見られる植物はありつつも、その大きさや数、ほかにも土の色など、様々な点で違いが見れた

    地理的条件、気候、やはりいろいろなもので植生や建築などは変わってくる

    今回、とても参考になったので、今後はいろいろな国の雰囲気を見てみたい

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  • アヌシー郊外を散歩した

    朝、アヌシー中心部のバス停からバスに乗り、終点付近まで行ってそこから歩いた

    午後になるにつれて気温が上がりがちなので、朝のうちに散策してみようと思った

    バス停を降り、近くにあった看板、

    看板ですらきれいに見えてしまうのは僕が日本で生まれ育ったからなのか?

    非日常という点でもアヌシーはとてもきれいだが、それとは別に、立ち込める靄や、植物の色など、すべてが鮮やかで美しく見えた

    散歩中に撮った写真を雑にアップしつつ、思ったことを残していきます。

    この小高い丘が続くような景色はフランス特有なのかもしれない

    これのおかげで水はけがよく、ワインの名産地になったとも聞く

    国内では富良野で見たような感じだ

    北海道が欧州っぽいというのは本当だったんだな、と思いつつも、やはり、細かいところでいろいろ違う

    特に、建物が完全に欧州なので、屋根が赤く、それがまた大地の緑と良いバランスを醸し出しているような雰囲気があった

    あぜ道のようなところを歩いた

    何が日本と違うんだろうと考えてみたところ、どうやら土の色が違うようだ

    土は茶色ではなく、白かったので、白、緑、青などの配色になる

    緑も緑で、青が多い緑というよりも、黄色がかった緑という感じがした

    土の色もそうだが、全体的に乾燥している

    アヌシーには5日間いるが、当たり前のように雨が一滴も降らないどころか、雲が立ち込めている様子すらも見てない

    今日散歩して、こういったあぜ道に水たまりがあったのだけが、地面が水気を帯びている唯一の光景だった

    それ以外は基本的にからっからに乾燥している

    これが、アヌシーがきれいだと思う一つの理由なのでは、と思った

    ちなみに、水たまりにはアメンボのようなものがたくさんいた

    アメンボはフランスにもいるんだな、と思った

    こういった道なき道を行った

    日本だと虫がぺちぺち当たりそうで嫌だが、アヌシーではそんなことなかった

    全体的に感じたのは、虫が少ない気がするということだ

    比べたわけでもないので何とも言えないが、地面にいる虫も、飛んでいる虫も少ない気がした

    日本だと、じめじめしていて汗でべたつく肌に虫がくっついたりして嫌な気分になりがちだが、

    フランスの場合、乾燥しているので、暑いには暑いのだが、べたつく感じではない

    扇子で仰げばすぐに乾くし、そもそも日陰はとても涼しい

    どちらかというと、日差しが厳しいという感じだ

    日陰と日向の温度の差は日本よりも格段に大きく、また、汗をかいてもすぐに乾くので、気温の割にはつらくなかった

    少し歩くと、野良猫がいた

    見ての通り、野良とは思えないほどにかわいい猫だ

    あんまりかわいいので、日本に持ち帰りたくなった

    そこからは整備された道を歩いた

    ここ以外もそうだが、電柱がないのがやはり美しいのかもしれない

    僕は基本的に電柱は好きだが、田舎にある電柱はなくてもよいと思っている

    日本の場合は地震などもあるからなかなか地中化できないが、日本も地中に埋めれば、田舎の景色はもっときれいになるんだろうなと思った

    写真からはあまり伝わらないが、側溝の水さえもきれいに見えた

    日本でも田舎の側溝はきれいなのかもしれないが、フランスの場合、全体的に、景色に占める要素の数が少ないというのが印象に残ったことだ

    だから、こういう道路わきの小さな流れも、基本的には泥のような土しかない

    なぜそうなるのかはわからないが、

    ここに小さなタニシみたいなのがいたり、水草があったり、そういう雑多な印象がないので、どちらかというと絵を見ているような気分になった

    ヨーロッパの景色が絵のように見えるのはそういうことかもしれない

    景色の中にある物の種類が少ないから、プリミティブな景色に近づく

    フランスに来る前は、地震がないから道路にヒビもないのかな、と勝手に思っていたが、意外とそういうわけでもない

    日本ほどボコボコではないが、やはり木の根っことかによってアスファルトにヒビが入っていた

    ただこれも、全体的に乾燥しているので、総じていうと清潔な感じだった

    あと、アヌシーの市街地もそうだったが、

    全体的に自然が力強い

    サイズも大きい。上の写真のように、道路の上まで茂っていることがほとんどだった

    アヌシーに関しては、たくさんの水と、長い日照時間のおかげなのかもしれない

    だからこその植生な気がした

    アヌシー付近は靄が薄くかかっている

    それもまたこの街を美しくしている要因のようだった

    湖があるからかもしれない

    もしくは、そもそも物が少ないので遠くまで見渡せるからか

    靄は距離感を見る人に伝えつつ、適度に景色をデフォルメしてくれるので、美しく見えるのだと思う

    柵も単なる柵のはずだが、周りがきれいなのできれいに見えてしまう

    柵以外もそうだが、ヨーロッパは環境に配慮するのが当たり前みたいな世界だった

    なので、プラスチックはほとんどないし、レジ袋も一回も見ていない。全部紙袋だ

    野菜は量り売りの機械があるし、マイバッグを持っていないとスーパーで買い物もできない

    紙や木などで日用品が形作られている様子はそれだけでおしゃれな気がする

    日本ではレジ袋などがあふれかえり、それもまたそれで日本らしいとは思うが、

    ヨーロッパのように環境に配慮しつつ、独自の風習を生んでいるような紙袋文化は良いなと思った

    それと似たような印象を木の柵から受け取った

    暑くなったので、作物の倉庫のような建物の日陰で休んだ

    日陰に入ればカラカラしているので涼しい

    フランスは硬水で、若干変なのどごしの水だが、ミネラル豊富なのでどうやら熱中症対策には良いらしい

    この日陰で水を飲んだ

    見上げた景色にノスタルジーを感じたので写真に撮った

    農業系の建物には良い雰囲気を感じる

    サイロだったり、トラクターの小屋だったり

    日本のそれにも良い雰囲気を感じるが、僕は特に、ヨーロッパの農業系の建物に良い雰囲気を感じる

    殺風景な建物なので、変化が少ないからだろう

    農作業などで変化が立ち込めるときがあるからこそ、変化していないときの農業系の建物に惹かれる

    まるで自分が時間という概念に縛られず、ただそこにいるだけでよいと思えてくるので、心地よい

    ヨーロッパというのがそもそも、先に述べたように物の種類が少ないという世界観だ

    それと、農作業系の建物という共通項が写真のような建物にあるのだろう

    またしばらく歩く

    そういえば、電柱がないといいつつ、電柱らしいものもあったことに今気づいた

    が、やはり、日本の電柱とはいろいろ違う

    シンプルだし、木製だ

    コンクリートは環境に悪いということか?

    やはり全体的に自然由来のものを使っているということもあって、それがおしゃれに見える

    日本は豊かで、あらゆる便利がある国だが、その弊害として、物が増えるということが挙げられるのかもしれない

    いや、弊害といっては誤りだ、それがかっこいい時だってある

    ヨーロッパの良さは物の種類の少なさな気がするが、日本の良さは物が多いことなのでは?

    そう考えると、日本人がヨーロッパの真似をしようとするのは間違っている

    小川を見ればわかるが、日本という国は物体の種類が多いという土地で、それが美しいはずだ

    それに倣う形で街を作るのが一番美しいのでは

    今まで散々、東京はもっとカオスでよいと、作品でも文章でも訴えてきたつもりだが、その信ぴょう性が増した気がしてうれしかった

    これは行ってみないとわからないかもしれないが、

    日本だと進むのが億劫になってしまうような道でも、アヌシーではそう感じなかった

    この感覚は室堂平の虫とも似ている

    きれいな景色にいるプリミティブな虫なので、嫌悪感が少ない

    ハエですらかわいく見えてくる

    アヌシーでも、先に述べた通り、乾燥していて地面はサラサラで、あとは、虫も少ない

    虫も少ないので、蜘蛛の巣のような煩わしいものもなかった

    写真にあるような大量の草しかなく、それも結構乾燥しているので手にまとわりつかない

    すべては乾燥していることが一番大きな要因な気がした

    全体的に居心地が良い

    そうしてバス停にたどり着いた

    バス停に関しても少し書くと、

    やはりヨーロッパは金があるんだなという感じだった

    こういう郊外の路線のバス停にも大きなガラスが使われている

    これは金があるというのに加え、アヌシーの治安が良いからだともいえるのだろう

    パリでは気を付けないといけないが、アヌシーでは治安面で不安になることはあまりなかった

    帰りのバス停の前で、乗用車とバイクがレースみたいなことをしていて怖いと思ったりはしたが、

    基本的にみんな挨拶をしてくれるし、気さくに話しかけてくる

    バスで降りるときでさえも挨拶して降りていく

    日本でいうところのラーメン屋みたいな感じだ

    まだパリに行っていないので何とも言えないが、

    少なくともアヌシーは天国のような場所だった

    天国すぎて逆に居心地が悪いくらいだ

    何だか、僕がいてしまって申し訳ありません。という気持ちになる

    やはり僕は日本人なので日本が好きで、日本に住みたいと思うが、

    こうしてヨーロッパでも屈指の美しさを誇るアヌシーの、郊外を一人で散歩して得た知見は今後の世界観に生きてくるのだろうと感じた

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  • なぜ最近、サイバーパンクを作っていないのか

    創作活動を始めた初期のころ、サイバーパンクだとか、都市だとか、そういうものを狂ったように作っていた

    ↑は最初に都市景観をメインに作った作品だ

    以来ずっと、僕はこういうごちゃごちゃした都市を作り続け、フォロワーも認知度も増えて行った

    結局、大学卒業時に作っていた子供都市まで、ふじたりあん時代(大学時代)は建物と都市を作る人みたいな感じで通っていた気がする

    その後、本名のアカウントに変えてからもしばらくは都市を作り続けてはいたが、ここ1年くらいは全く作っていないことを最近、改めて自覚した

    前回作っていたのは自主制作アニメーションのころだし、それだって建物という感じでもない

    最近はレンガ構造物ジェネレーターや和室シーン、線路ジェネレーターなどの、世界観を楽しむ創作物ではなくなっていた

    というのには事情がある

    昔は、フォトバッシュ一枚、アニメーション1分、ご依頼を受けて一人で作る都市景観のアニメーション一本など、

    作品にする意義と、創りたいものがワンパッケージになって取り組む範囲に収まっていたので、都市を作るきっかけがあった

    ただ、最近はそうではなく、

    脚本を作品にするならば、尺は1時間くらいほしいので自分一人では作れないし、

    かといって、昔のように。2か月くらい使って完全に自己満足で終わってしまうような趣味の作品を作る時間もない

    どちらにせよ、世界観を作りたくても作る理由が無いので、制作の意義的にも、作品に込める思い的な意味でも、創れないでいた

    というのがサイバーパンクなどの世界観メインのコンテンツを作っていない理由だ

    最近は秘密裏に脚本と世界観を作り、

    時間稼ぎと収益の柱を作るためだけに、ジェネレーターやサンプル動画を作っていた

    が、最近になって、そろそろ変えなきゃな、と思い始めた

    明日から10日間フランスに行き、アヌシーで同じような志を持っている人たちの作品をたくさん見るだろう

    たぶんそこで、僕がフランスから帰ってきたら何をすればよいのか知ることになる

    ティザー映像のようなものを作り、公開するかもしれない

    ここ最近はそういう事情もあり、サイバーパンクを創れずにいたが、もうそろそろ僕としても作りたい気分だ

    というわけで、今後、何か新しい都市景観を作るために、ストーリーを考えてみます。

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  • 線路ジェネレーター販売開始しました!

    blenderのジオメトリノードで使える、線路ジェネレーターを販売開始しました

    カーブが線路になるというものです。

    枕木やレールなどもすべてジオメトリノードで作っているので、アウトライナーに余計なものを追加せずに使用できます。

    また、マテリアルも一つにまとまっているので、マテリアルスロットを煩雑にすることなく使用することが可能です。

    カメラカリングやLODの調整機能などもあります。

    そのままだとバラストが結構重くなりそうなので、適宜ご使用ください。

    ↓説明動画もアップロードしました!

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  • インターネット黎明期に幼少期を過ごした僕ら世代ならではの感覚

    最近また良いプレイリストを見つけた

    音楽に惹かれるというのもそうだが、アルバムアートにも惹かれた

    描かれているのは一人の男と花だけだが、この様子がどことなく、実生活に自信が持てない男の人が子供のころに戻って幸せに過ごしているような安心感がある

    それは僕みたいな人間だ

    生きるか死ぬかを選ぶなら、生きると答えるが、

    生まれたいか生まれたくないかを選ぶなら生まれたくないと答えてしまうような人だ

    ヴェイパーウェーブが好きなのも、守られていた子供時代の心地よさを感じられるからだ

    現代社会には本来の人間が感じる必要のない幸せも、苦しみもある

    そして、その2つはセットになっているというわけでもなく、ただ自分が生きる意味を見失い、ただ死にたくないから、死ぬ理由が無いから生きているだけの人間も多いだろう

    先ほどのプレイリストのコメント欄にもそういうコメントがある

    たぶん、僕みたいなことを感じている人たちがこういった世界観に哀愁と安らぎを感じ、聴き続けるのだと思う

    少し前に、昔のロシアの電子音楽についても同じようなことを書いたが、それとはまた違う魅力があるプレイリストだ

    これは、インターネット黎明期に幼少期を過ごした僕らの世代ならではの感覚なのかもしれない

    幼少期にたくさん聞いていた音楽が、インターネット黎明期の打ち込み感満載な音、音質の悪い音楽、

    見ていたCGは安っぽいし、テレビはノイズの激しいブラウン管テレビだった

    物心ついた頃に初めて見た世界が未発達のインターネットのある世界観で、ちょうど、先ほどのプレイリストが表現しているような雰囲気だ

    ただ、今に満足し、特に落ち込んでいない25歳周辺の世代はこういう音楽を聴いてもそこまで惹かれないのかもしれない

    ここからは完全なる僕の場合になるが、

    指も痛いし、顎も痛い

    人の話を聞けないし、自分のコミュ力の無さにも落ち込むし、それが引き金となって、いろいろ考え、結果。僕は世の中にいるべき人間ではないという考えに至って嫌になる

    それでも生きていかないといけないので、劣等感が危機感に変換されて嫌になる

    健康に何の問題もなく、実家に暮らしていても劣等感なく、誰にあっても話を合わせる必要のない、気楽に生きていられたあの頃に戻りたい

    幼少期に戻りたいという気持ちと、それに拍車をかける自分への劣等感、鬱の気持ち、

    そして、似たような気持を抱えている人たちと一緒に聴いて励ましあっているというコミュニティ

    そのコミュニティの存在自体に安心するというのもそうだし、自分たちが今、時代の波に同調できている気がするのも安心する

    ヒッピーやフォークソングとまではいかないが、世界的な問題の結果生まれた音楽ジャンルだという気がするので、文化としても惹かれる

    あとは、そういう音楽を映像作品にしたいという野心もある

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  • ChatGPTにyoutube動画の英語字幕を作ってもらったら最高だった

    今日は線路ジェネレーターの説明動画の英語字幕を作った

    今回のように海外の人が見そうな動画には英語の字幕を付けているのだが、

    その作業が毎回面倒だった

    最近は指が消耗品だということにも気付いたため、極力、マウスをクリックするのは避けている

    前回作った説明動画の英語字幕は手動で打ち込み、タイミングも設定して付けた

    ただ、たくさんある字幕すべてを翻訳し、タイミングを調整し、というような作業が結構面倒だった

    そこで、ChatGPTを活用してみたところ、おそらく50分の1くらいの時間で高品質な英語字幕を完成させることができたので、余った時間を使い、活用方法として共有してみる

    まず、動画自体はpremiereで作っていて、翻訳したい日本語字幕はグラフィックのクリップとして存在している

    ただ、字幕はグラフィックのクリップはsrtではなく、謎のテキスト形式で書き出されてしまうようなので、そのままだとyoutubeにアップロードできない

    右がsrtで、左がテキストだ

    必要な情報はテキストには含まれているが、記述の仕方がsrtとは全く違う

    これをChatGPTに変換してもらうことにした

    先ほどのテキストを、srtの形式にそのまま変換してもらうよう依頼し、変換してもらった

    次に、変換してもらったsrtファイルを英語に翻訳してもらった

    僕はネイティブスピーカーではないので正確にはわからないが、チャットgptはシチュエーションを加味して翻訳してくれるっぽいので、翻訳においてもすでに重宝している

    今回も一応、この動画がどういう動画なのかを伝えて、翻訳してもらった

    変換してもらったsrtファイルをダウンロードし、youtubeに字幕としてアップロードする

    特にトラブルがあるということもなく、ほぼ理想的な英語字幕が作れた

    ここまでたぶん10分もかかっていなかったと思う

    タイミングも、手動でやるよりもぴったり合っている感じがあり、今後は英語字幕を作るのであればChatGPTは欠かせないな、と思った

    ちなみに実際の動画は↑です

    タイミングなどはchatGPTに作ってもらったままの状態です

    今まではdeeplに手動でコピペして、みたいなことを繰り返していたのだが、今回、ChatGPTを活用し、より早く、高品質で自然と思われる翻訳をすることができた

    そもそも、このジェネレーターのパラメーターや販売ページの説明文も、ChatGPTに確認しつつ作っている

    今週末に行くアヌシーでもいろいろ試すつもりだが、先月からChatGPTの有料版に登録し、その可能性を探っている

    こういったAIに関しては賛否両論ありつつも、今回のように、作業効率向上という意味では積極的に取り入れるべきだろうと思う

    空いた時間でまた素晴らしい作品ができるのであればそれはそれで良いことだ

    また何か良い活用事例があったら共有します

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  • “雨を告げる漂流団地”を見た

    blenderが使われているという情報を耳にしたことがあるので知ってはいたが、なんだかんだで見ていなかった

    2時間ほどの作品で長いなとは思いつつも、絵はきれいだし、展開も面白かったし、作品に込められたテーマや、そこから感じたことまで含め、とても良い作品だった

    建物と思い出

    建物と思い出というテーマを強く感じた

    何かを何かに例えて物語を作ると、難解で分かりづらくなってしまいがちだ

    ただ、この作品は何を伝え、何が何のメタファーなのか、ものすごくわかりやすかった

    僕は背景アーティストなので建物は大好きで、人の暮らしが実体化した建物という存在自体が好きだし、メカ的なかっこよさがあって好きだ

    なので、この作品にも感動した

    観覧車や団地が擬人化されて、物語に入り込んでくる

    この作品は役目を終え、建物の墓場へ行く道中に迷い込んでしまった子供たちの物語だ

    道中での展開も楽しかったし、最後、建物の墓場の描写も美しかった

    この作品では一貫して、思い出がキラキラしたエフェクトのような形で表現されている

    建物の墓場にはそんなキラキラした思い出がたくさんある

    役目を終えた建物たちが思い出に囲まれている姿に感動した

    子供の成長物語

    メインキャラたちが小学生というのも上手だなと思った

    作品のテーマは独り立ち、成長、親離れ、みたいな感じなので、まだ幼さが残るが大人になっていく年代ということで小学生になっているのだと思う

    個人的には、小学生にしてはきれいすぎないか? と思った

    もうちょっとあか抜けた、前歯が抜けたような、泥臭い感じ。クレヨンしんちゃん的な子供っぽいキャラデザ、振る舞いにしても良かった気がする

    あとは、なつめの病みが深い感じがリアルで良かった

    自信の複雑な家庭環境から、主人公のおじいちゃんの家で時間を過ごし、結果としてあの部屋と団地に依存している

    依存しているのがなつめの未熟なところだ

    それに対し、こうすけが小学生とは思えない正論でぶつかり、最後、なつめは思い出と決別する

    全体的に小学生が大人びていたのは少し気になった

    なつめと母親について

    全てが終わり、現実世界に戻った後、なつめの母親が抱きしめに来るが、

    この作品。最後まで母親が一番子供だった気がする

    そもそも母親は登場していないので成長物語にはならないので当たり前だが、

    自分勝手な両親のせいでこんな女の子に育ってしまいました。その子が成長し、冒険し、母親の元に帰ってきました。母親はやっぱり自分勝手です。

    みたいな感じに思えた

    つまり、元凶が解決できていないので、根本的には解決していない

    終盤のシーンでの、女の子が「出前じゃなくって料理作ろう」みたいなセリフがおそらく、母親を物語的な完結に導くセリフなのだろうが、やはりそれだけだと完全に解決したことにはならないだろう

    これは監督が意図しているのかはわからないが、

    作中に何回か出てくる、なつめの夫婦喧嘩の回想シーンで、押し飛ばされたなつめを母親はかばおうとはせず、父親に詰め寄るようなそぶりを見せている

    子供を考えている親だったら押し飛ばされた子供を先に庇うだろうが、それをしていない

    つまり、この作品、親は悪。子供にとっての障壁。というような考えで描かれている気がした

    小学生が大人びて描かれているというのも相まって、どうしても、”仕方のない親をあきらめる子供”。みたいなラストに見えてしまう

    独自の解釈かもしれないが、個人的にはそういう終わり方がとても良いなと思った

    家族の愛、生みの親、みたいなのは単なる幻想だし、実際のところはそんなのはアニメの中にいる都合の良いヒロインと同じく、現実には存在しない

    クレヨンしんちゃんみたいな家族愛がテーマの作品も好きだし、憧れる

    が、それは単なる憧れでしかなく、その点。都合の良いヒロインと大差ない

    この作品は、幼稚な母親の元で育った依存体質な小学生ヒロインが成長して帰ってくる作品だ

    心なしか、ラストの母親のシーンは、親が子供を心配しているのではなく、親が子供に依存している様子に見えた

    そんなテーマを大衆向けに見れる形にしつつ、しっかりと感動させ、最後ちゃんと家に帰ってくる

    それでいて絵的にも面白く、建物と思い出というもう一つのテーマとも絡めている

    この作品はオリジナル作品で、監督もまだ若い

    こういう作品が作れるのはすごいと思ったし、僕も早く自分の作品を作りたい。

    その前に誰か僕にアニメの仕事をくれないかな、

    と思った

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  • 映画、バブルを見た

    映画、バブルを見た

    なんだか評判が悪いので見てみたが、個人的には、そこまで悪いという感じでもなかった

    確かに、ストーリーや構成、背景美術もちょっと変なところはあったが、

    ただ、個人的には、映画は雰囲気を楽しむものだと思っているので、その点、バブルのユニークな世界観は楽しめた

    泡について

    泡というのが作品の柱となっている

    泡というのは儚いもので、すぐに消えてしまう。が、美しい

    その特徴をヒロインと重ねることで、儚く消えるヒロインというのを美しく見せていた

    泡があふれる世界。重力がおかしい世界というのも絵として美しかったし、

    それとパルクールを合わせるというアイデアも良いなと思った

    作中の子供たちは親がいない。みたいな雰囲気があるが、

    それは単に、親というストーリー構成上のノイズを消したということなのだろうか、

    とあるシリーズや無限のリヴァイアスのような、学生しかいない世界観。というのは確かに魅力的だ

    文化祭前夜の学校みたいな雰囲気がある

    そしてバブルも、そういう世界観を意図的に作り出している感じはある

    売れる世界観を意図的に作り出す手腕は感じられた

    さらにその世界観は泡によって外部と遮断されている

    泡というモチーフひとつでこれだけの世界観や設定などを実現したという点はすごいなと思った

    作画、背景について

    作画に関してはたくさん動くカメラワークで大変だったろうなと思う

    どちらかというと、カロリーの高い作画を楽しむという類に近い気がした

    あと、背景に関しては、良いところとそうでないところの差が激しかった印象だ

    特に、東京タワー周りのビルの書き込みが時々甘くなるのが気になった

    東京タワーと比較して、ビルの大きさに説得力が無いカットがあったりしたのが気になった

    作画や背景は基本的には良いが、若干惜しい部分もある。

    撮影やエフェクトがきれいだったので良く見えているという感じはあった

    構成について

    この作品で一番惜しいと思ったのが、この物語を劇場版の映画の尺でやってしまったことだ

    要素がいくつもあるのに、これを劇場版にまとめるのは無理がある

    全体的に見ていて思ったのが、この世界観はテレビアニメの脚本家の考えだな、ということだ

    登場する要素はそれぞれ素晴らしいもので、掘り下げることもできたと思う

    が、劇場版でやるにしたら量が多すぎるし、それでいてすべてを同時に掘り下げようとしてしまっているので、どの要素を見ればよいのかわからない

    例えば、最後にヒロインが消えるという展開がご都合主義っぽいという意見があるが、

    それはご都合主義なのではなく、ヒロインが消えるということに説得力が無いからそう見える

    「蛍火の杜へ」という作品がある

    あの作品もバブルと同じく、パートナーが消えてしまうというクライマックスだが、

    ただ、あの作品の場合はご都合主義なんて全く感じないし、むしろ消えてしまう儚さが美しく見える

    なぜそうなるかというと、蛍火の杜へでは、儚さというのをテーマに最初から最後まで描いているからだ

    この作品は儚く消えるものを見せたい作品です。という額縁を通して見るようなものなので、見る人はどこかで儚さを期待している

    最後消えてしまう気配を感じたうえで繰り広げられる二人の距離感に儚さを感じるわけだ

    その点、バブルでもクライマックスとしては同じなのだが、儚さが美しく見えない

    なぜなら、儚さ以外の展開、歌だとかパルクールだとかを同時進行でやってしまっているから、このパートでは儚さを表現しています。というよなすみ分けができていないからだ

    この作品は1クールのアニメとかでやれば良い作品になっただろう

    序盤、ヒロインと出会い、仲良くなり、しばらくは謎のヒロインとしてチームの傍にいる。ここでパルクール関連のハラハラドキドキ展開を盛り込む

    中盤、ヒロインと仲良くなり始め、結ばれそうになるが、触れると泡になってしまうことが判明する。ここで儚く消えてしまう運命がなんとなく見え隠れしてくる。

    終盤、世界観の解明と、危機の到来。ヒロインの犠牲により何かを救う。代償としてヒロインは消えてしまう。消える間際の展開に泡のような美しさと儚さを感じる

    テレビアニメでやるとこういう感じになり、楽しい作品になりそうな気配がする

    こういうものをそのまま映画にしようとしてしまっているのだろう

    時間がたっぷりあれば、それぞれ深堀できたし、むしろ、12話も作るならそれくらいの要素は必要だ

    ただ、映画という限られた時間でそれを見せようとしてしまったので、同時進行にならざるを得なかったし、それでもまだ足りないくらいだった。

    たぶん、時間感覚が12話の状態で映画を作ってしまったのが一つ大きな惜しいポイントだろう

    まとめ

    世間では評判が悪い作品だが、個人的には楽しめた

    アンバランスな感じはあったが、ただ、根本的に見せられているものを解釈しなおすと、内容は良いことに気づく

    なぜここまで評判が悪いのかはよくわからない。世の中にはそもそも何かを見せようという気持ちすらないような、もっとひどい作品だってあるのに、

    バブルは一応、何を見せたいかというのがしっかりしていたし、それらに対するアプローチ自体も上手だった

    あと、個人的には、非日常的な世界観に触れられるのが映画の醍醐味の一つだと思っているので、この作品の持つユニークな世界観も楽しめた

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  • この世の秘密はすべて明らかになりえる

    人間だれしも秘密にしていることはあるだろう

    人気のない山奥で起こった未解決の殺人事件だって、もう過去のことになってしまったのであれば、それを解決するすべはない

    一人暮らしの人間が部屋の中で一人で何をしているかだって、過ぎてしまえば誰にも分らない……

    と僕も思っていたが、そんなことない気がしてきた

    世の中で起こるすべてのことは、それが微弱な音、熱、光、振動、化学反応、

    ありとあらゆる形で世界に影響する

    その影響はカオスに見えて実はコスモスだ

    つまり、世界の全てを観測することができたとしたら、それを逆算し、過去にどこで何が起こったのかを予測することができる

    いや、光速に上限がある時点で、人が観測できる範囲は有限なので、こうして過ごしている間にも観測不可能な領域に過去の干渉が消えていくか……

    とも思うが、もし光速よりも早い何かが見つかったりすれば、やっぱり過去の全ては逆算可能になってしまう

    そうでなくとも、この人の行動パターンはこうだからきっとこうだろう。みたいな、近似で物事を考えられるとすれば、過去に起こったすべての事象を確率とともに言い当てることができる

    継ぎ目のない金属の箱の中で何が行われたのかは一見誰にもわからない

    その影響は無に近づくが無にはならない

    なので理論上は過去の全ては予測ができるということになる

    そして、理論上起こることというのは、必ず起こるとも言えると思う

    なぜなら、それが起こるまでに引けるカードが無限だからだ

    無限通りのパターンがこの先の宇宙よりも大きな領域で起こり続けていくので、理論上起こり得ることはすべて起こる気がする

    そうなると、僕がこれまでもこれからも行う秘密はすべてどこかの誰かにいつか明るみに出るということになる

    問題は、その存在にとって、僕の秘密にどれだけの価値があるかどうかだ

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  • 四国の山奥で何気なく立ち寄ったレトログッズ屋敷が良かった話

    今度、フランスに行くので、その練習として、飛行機+電車での高知旅をしてきた

    山中ではいつも通り、超ローカル駅で降り、数駅歩いて次の電車に乗るという散策をした

    今回は豊永駅から土佐穴内駅の間、12キロほど歩いた

    山の中とは言え、川沿いのローカル線をたどる道路なので、起伏はほとんどない

    ただ、やはり、日ごろの運動不足もあり、最後の方は結構疲れた

    見るからに大量の虫が出てきそうな道だが、歩いているときはそこまで虫がいるという感じでもない

    たまに芋虫のような虫が枝から垂れ下がっているくらいだ

    なので、しっかり前を見ていないと、顔面でそれを受け止めてしまう危険がある

    お尻から出した長い糸で風に乗って飛んでいるパターンもあるので、注意しないといけない

    あとは、見たこともないような白いカニが道路を横断したりもしていた

    途中で立ち寄ったレトロな物品を集めたお宝屋敷がすごく良かった

    結構な穴場だと思う

    僕以外誰もいなかった

    昔のデザインはやはりどこか怪しい感じがしてよい

    ホーロー看板などは僕も好きで、フォトバッシュ時代の作品に登場させたりしていたが、現物を見たのは初めてだった

    ショルダーホンや、sonyのかっこいいプロダクトなどもあり、マニアにはたまらない感じだった

    機能が実際の形状に現れているというのが、レトログッズの魅力なのかもしれない

    旧車もそうだが、昔は装飾にかけられる余裕もなく、むしろ、機能=先進的だという価値観もあったのだろうと想像できる

    だとしたら、機能自体をアウトラインとし、それに説明のための表記をしたり、そういう意匠がかっこよい。未来的、というような評価を受け、売れたのではないだろうか

    今のトレンドは、どちらかというと、機能を隠す、生活感をなくす、スタイリッシュ、みたいなことだと思う

    電線や配管が好きな僕としては、それも味気ないと思いつつ、最近のsonyのレンズのような、スタイリッシュでのっぺりとしたデザインのプロダクトは良いな、と思う

    サイバーパンクではなくソーラーパンクな感じだ

    ただ、そこで一つ言いたいのが、機能的な制約がなくなって、いざ自由に装飾できるようになったところで、美しいデザインを作り出せるデザイナーばかりではないということだ

    最近の日本車がダサいという記事でも書いたことだが、デザイン上の制約がなくなったとすると一見良いことに思えるかもしれないが、実際のところは良く働いていない

    日本車のデザインがダサいのは、どんな造形の車でも大抵は商品として実現できてしまうという時代になっているからこそ、プロダクトデザインとしての制約がなくなり、自由にデザインできすぎるようになってしまったからだ

    美しい立体物のデザインという意味では、日本人はカーデザインには向いていない気がする

    浮世絵の時代からデフォルメ、要素と要素を線に分ける、立体ではなく線画で形作る国民性なので、立体的な造形美がダイレクトに出るカーデザインの領域ではその実力を発揮できなかった

    その他のプロダクトにおいても、昔のものと比べると今は自由度が高い分、デザイナーの腕が顕著にプロダクトに反映されるようになった

    アニメだって、セル画時代のアニメが良かったのは制約によって強制的なデフォルメを強いられていたからだ

    最近のデジタルアニメが作画やディテールでごり押しみたいな感じになってしまったのも、デフォルメがうまくできなくなってしまったからだ

    その点、ソニーのレンズなんかは、できた余白を上手にデザインに取り込み、それを世界観にしている感じがあるのでかっこいい

    アップル製品や、マツダの車も似たような気配を感じる

    今後のデザインのトレンドは余白ではないだろうか

    今後、ますます、デザインにおける余白は増えていくと思う

    そうなったときに、それを上手くデザインすることが、今後のトレンドにおいて重要なのでは、と思った

    余白を埋めようと余計なものを追加する最近のデザインはダサい

    そして、何かを追加する余白すらなかったという意味で、基本的にかっこよかったのが、レトログッズだ

    レトログッズやホーロー看板を見ていると、何かの目的を果たすために必要な物のみで構成されているような気がする

    だからこそ生活の息吹や、物の存在意義などを感じられ、結果として芸術的な美しさを含むプロダクトになっていたんだな、と思った

    知見

    • 預入荷物が無ければ飛行機は結構すぐに乗れる。が、遅延していることも結構ある
    • 飛行機からの眺めは雲を見ない限りはサングラス無しでも見れる
    • 地方の橋の手すりは低くて怖い
    • 通行規制区間の道路は楽しい
    • 雨上がりの景色はきれい。雨の中の旅も鉄道旅なら良いかもしれない
    • 風が吹いたとき、水が滴り落ちてきたり、その音がきれい。葉っぱが落ちてくるものきれい
    • 線路の近くは虫が少ない。
    • 土佐弁はイントネーションがかわいい
    • 高知市は思っていた以上に都会。新幹線が通っていないということもあり、独自の経済圏を形成しているような感じがあった

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  • 旅について

    暇さえあれば日本各地の津々浦々を散歩している僕だが、それにはやはり理由がある

    生きるうえでの楽しみと言ったら、インプットとアウトプットだ

    知ることと、それを生かすことは生きる意味に直結すると感じているので、それを満たすことで生きている感じがする

    一人旅はそのうちの、知ることを満たしてくれる

    旅の途中に何かを知るというのもそうだし、

    旅の前に準備をするうえで知ることや、

    旅の後、帰ってきて、あの時見たあの山は標高何メートルなんだろうだとか、この駅とこの駅の距離はどれだけあるんだろうだとか、

    そういう知識を獲得するきっかけになることが多いので、よく一人旅をしている

    そして、今、フランスに行くためにいろいろと勉強している

    フランスの地名や歴史、飛行機の乗り方、航空業界の構造、飛行機の構造、

    フランス旅行から派生するありとあらゆる知識を蓄えている

    せっかくフランスに行くんだから、その国のことを知った状態で行きたい

    知らない状態で行く方が楽しいという人もいるだろうが、僕はどちらかというと、知っているものを確認するために行く方が楽しめる人間だ

    今までは単なる知識の一つでしかなかった情報が、自分の体験になることにワクワクする

    TGVもそうだし、エッフェル塔もそうだし、

    あらかじめ予習して知識を蓄えたうえでその場所に行き、確かにそうだな、と納得して帰ってくると、その知識が自分の実績になったみたいな気がして楽しい

    なので、学習がはかどる

    何かを学びたいときは、まず最初に当事者になるべきだ

    入国審査だとか、パスポートだとか、TGVだとか、そういうものは知っていても知らなくても、日本にいるうちには何の影響もないのであまり学ぼうという気にはならなかったが、

    こうやってフランスに行こうとしたとたんに、どんどん頭に入ってくるようになった

    第一次世界大戦の歴史も、あくまで西洋の歴史の一つでしかなかったが、フランスに行くとなったので、より深く勉強している

    旅行に行く意義の半分は、旅行の前後にあると思う

    そうして将来の脚本に生かせるのであればそれは素晴らしいことだし、

    あらゆることに対して自信のない僕が胸を張ってヨーロッパを表現できるようになる唯一の方法な気もする

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  • ジブリ美術館に行ってきた

    ジブリのブルーレイを集め、いろいろと研究する僕だが、ジブリ美術館には行ったことが無かった

    館内に関してはほとんど写真撮影禁止なので、画像としては残せはしなかったが、

    満足度で言うと大満足だった

    アニメーションが動く仕組みを展示する部屋や、ジブリ映画ができるまでに関する展示など、

    門外不出といった資料、展示が多く、楽しかった

    スマホ禁止というのがまた面白い空間を作り出していた

    今時、ほとんどの空間で、スマホとそれを見ている人を目にすることになるが、

    ジブリ美術館は携帯電話が禁止ということなので、スマホ自体を見ることがほぼ無かった

    ただ、外国人観光客には少し気の毒だとは思う

    スマホをかざすと翻訳されるなど、今や海外旅行においてはスマホというのは必需品だ

    ジブリ美術館の展示も、絵コンテに描かれたスタッフの指示や、イメージボード、企画書、資料など、生の制作現場で使われたものがそのまま展示されていた

    それらに英語の説明文があるというわけでもなく、ただ、日本語が読める人が深く楽しめるような展示になっていた

    それでも外国人は喜んでいたようだが、ただ、書いてある日本語を理解して展示を見ることができればもっと深い学びがあるはずだと思う

    来館者は9割くらい外国人だった

    少しは英語の表記を添えても良かったのでは、と思う

    あとは、ジブリ美術館に来たもう一つの理由が、ここでしか上映されない短編映画があることだった

    僕が行った日は”星をかった日”を上映していた

    16分の短編作品だが、背景もきれいだったし、

    On Your Markを彷彿とさせるような都市部の世界観もとても良かった

    ハウルの動く城とつながりがあるという情報もあるので、とりあえずハウルの動く城を見てからまた考えてみようと思う

    “星をかった日”に関しても字幕もなく、日本語での音声だったので、外国人観光客はかわいそうだなと思った

    これは宮崎監督なりのこだわりなのか、

    外国人観光客がほとんどを占めているような場所だったので、もう少しガイドなどあると良いのでは、と感じた

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  • アヌシー国際アニメーション映画祭に行ってきます

    6月に開催されるアヌシー国際映画祭に行ってくることにした

    僕が関わった作品が上映されるというわけではなく、映画祭を見物するだけだ

    海外へは10年ぶり以上となる

    しかも、それは上海に行ったという話なので、ヨーロッパなんて以ての外だ、今までで最も遠い場所に行くことになる

    フランス語に関しては全くわからないが、日ごろからお世話になっている方がフランスに在住したことがあるようで、その人と一緒に行くので今のところはそこまで心配していない

    とは言いつつも、日程の中盤にはマルセイユなどにも行きたいので、単独行動もする予定だ

    今考えている物語も、もう一つの物語も、おそらく今後作るであろう作品の大多数も、基本的には乾燥した地方が舞台となる気がする

    今考えている物語も、トルコ付近の風土を参考にしている

    だからと言ってトルコまで行くわけにも行かないので、同じ地中海の街ということで、マルセイユにでも行こうかな、と思っている

    旅には慣れているので移動や散策には自信があるが、ただ、先日も夜行バスで吐いてしまったりと、乗り物にはそこまで強くない

    なので、飛行機に若干の不安がある

    ひとまず来週あたりに、九州に飛行機で行く一人旅を計画している

    宮崎県にシーガイアという、マニアの間では割と知られたバブル遺構があるので、それを見てくる予定だ

    往復1時間ちょっとの飛行機の旅だが、前回飛行機に乗ってからは結構経っているので、感覚を思い出すということで、飛行機に乗ってこようと思う

    今回、映画祭へはプレス枠で行く予定だが、アニメ監督を目指している人間としては、アヌシー国際映画祭で上映されるのも一つの目標にしたい

    国際的な映画祭の雰囲気を五感で感じられるだけで実感も湧き、頑張れそうな気もする

    あとは、画面越しのヨーロッパではなく、本物のヨーロッパを見た人にしか作れない画面、展開、空気感は確実にある

    もう一か月も無いので、フランスを含めたヨーロッパの事前知識を蓄えようと思う

    またしばらくしたら、ブログ記事にするかもしれません。

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  • 西部戦線異状なし

    今まで数々の戦争映画を見てきた僕だが、西部戦線異状なしはまだ見たことが無かった

    1930年の映画なので、第二次世界大戦よりも前の戦争映画ということになる

    第二次世界大戦前の反戦映画を見たのは初めてだ

    反戦メッセージについて

    戦争をしてはいけない。というような直接的なメッセージではなく、戦争によって生まれる悲しみや苦しみ、当事者以外の無責任さ。を淡々と描いているような感じだった

    特に、映画後半、クライマックス前、

    酒場で老人たちがテーブルに地図を広げて、次はどこを攻めるかというのを言い合う展開はとても良かった

    あの画面だけで風刺画になっている

    実際の戦場から帰って来た若い兵士の前で無責任に言いあう姿は、戦争を引き起こす支配層と、戦争を行う若者、兵士、社会的弱者の構図をそのまま見せつけているようだった

    若い兵士はあきれて立ち去り、その先で、また新たに兵士になりそうな青年たちに自分の考えを伝える

    そこに至るまでにはたくさんの展開があるが、それらは基本的に反戦を訴えつつ、コメディも忘れずに入れてきているところがまた良かった

    炎628とかだったら完全に笑う場面は無いような映画だが、西部戦線異状なしに関しては、ちゃんとエンタメ作品の系譜を踏んでいる

    過度に残酷な描写もない

    ソフトな出来なのに対し、ちゃんとメッセージを伝え、風刺画のような展開を作っているところは、ジブリ映画みたいな魅力がある気がする

    カメラワーク

    カメラワークも良かった

    ドイツとフランス?の兵士が塹壕戦で攻めあっている場面、

    白黒映画で画質も悪く、敵か味方かがわかりづらくなりそうな場面だが、

    ドイツ側は画面右から左へ、敵側は画面左から右へ

    という法則を決めているためか、混乱せずに見ることができた

    この場面の後半でも、機関銃で横方向に一掃される兵士たちを機関銃と同じ動きのカメラで撮っているというアイデアも面白かったし、

    そのカメラワークが後半は、全く逆の向きになり、攻守が逆転したということを伝えていたり、

    言語化すれば当たり前かもしれないが、それを違和感なく、映像に落とし込んで、実際にこういった複雑な展開を直感的に見る人に伝えている時点ですごいと思った

    その他にも、凄みを感じるアングルがいくつかあった

    まとめ

    100年近く前の映画なのにここまで学ぶことが多いというのもすごいと思う

    戦争映画となるとどうしても残酷な描写だったり、難解な展開が多くなりがちだと思うが、この映画は比較的ソフトに、戦争の悲惨さを伝えられている点で、現代にも通じるくらい見る価値のある映画だと思った

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  • VFX-JAPAN会員になりました

    VFX-JAPANの会員になりました

    以前、VFX-JAPAN2023の優秀賞を受賞してから、団体のことを知りました

    会員になればそういった賞の審査員になれるだけでなく、勉強会など、イベントもあるようです

    あとは、今後、フリーランスのクリエイターとして、文美国保への加入は極力しておくべきものだと思っていました

    そのためにも、こうして業界団体への加入に至ったわけです

    優秀賞を受賞した2023年というと、今よりもまだまだ無名で、実績もなかったころですが、

    にもかかわらず、自分の作品の良さを評価してくださった団体なので、加入を決めました

    とはいえ、今後の活動自体に大きな変化はあるというわけではないですが、

    VFX-JAPAN関連で何かイベントに参加した時などはまたブログ記事にでもまとめたいと思います

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  • 偽物のSDGs

    内容はともかく、SDGsというムーブメント自体は良いとは思う

    環境保全を身近に感じる一つのきっかけになりうる

    が、それを逆手に取るように、SDGsを取って付けたラベルのように扱うコンテンツ、イベント、政治家、は良くないと思う

    先日、テレビでSDGsの特番ミニコーナーのようなものがやっていた

    電気自動車の企業案件だとは思うが、

    電気自動車でキャンプに行き、電動ポンプでテントを設営し、電動ヒーターでバーベキューをし、電動の冷凍庫で冷やしたアイスを食べていた

    つまり、突っ込みどころ満載のSDGsだった

    電動ポンプでテントを設営するなら、普通に手で設営したほうが電気を使わなくて済むし、

    電動ヒーターでバーベキューをするために遠く離れた発電所で石油を燃やすのであれば、手元の薪を燃やしてバーベキューしたほうが効率が良いし、

    アイスを食べるという生命維持に関係ないような娯楽のために冷凍庫を稼働させ続けるくらいならアイスを食べなくても良いし、

    お前ら、持続可能な社会とかどうでもいいと思ってるだろ、と言いたくなるような内容だった

    事態の深刻さに気付いていない感じがする

    そういうのを中途半端にやって、地球環境の改善に貢献したと錯覚するのはどうかと思う

    だったらまだやらないほうが潔い

    戦争は止めましょう。と言っても人類は戦争をやめられない

    そして、環境破壊も戦争と同じく、仕組みであり結果なのだから、人間が人間である以上、避けることはできない

    それを防ぐために規制や補助金があるのかもしれないが、それだって中途半端だ

    ソーラーパネルだってそうだ

    本当は環境問題なんかどうでも良いと思っている政治家やらがソーラーパネルを推進する法を作り、自然を破壊してソーラーパネルが増設された

    結局のところ人間は未来に地球を残す気なんてないんだから、人口を減らしましょう。みたいな、嫌われるくらいに踏み込んだことを言う人なんてほとんどいない

    そんな人たちが手っ取り早く、環境に配慮している感を出すためにSDGsは使われている

    SDGsが無かったら、こういう問題提起すら起こらなかったので、その点、SDGsはあってよかったと思うし、それに取り組む姿勢にも意味が生まれると思う

    が、このままSDGsがふわふわした物であり続けた末に、地球環境に配慮できているとは言えないSDGsが発生し、大した結果を生まない、あるいは、むしろ環境破壊を進めてしまうという状況になるのであれば、それは良くないことだ

    それに拍車をかけるような無責任なSDGsは、むしろ環境を破壊しかねないので良くないと思う

    P,S,

    フランスでは当たり前のようにビニール袋は存在しなかった

    10日間行ったが、貰ったビニール袋は一つだけだった

    その他、マックのポテトが再利用可能な容器で出てきたりと、環境に配慮されているのが当たり前のようだった

    もはや、SDGsというキーワードで盛り上がっているのは日本だけなのでは

    しかも、この記事で書いたように、盛り上がっているように見せかけているだけで、本当はそこまで真剣に環境のことを考えているわけでもない

    少し前まで大気汚染大国だった中国だって、電気自動車が結構普及していると聞く

    日本は周回遅れどころか、逆走をしているほどの状態なのでは、と思った

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  • 万博に行ってきた&紀伊半島一周旅

    話題の大阪万博に行ってきた

    ついでに、紀伊半島を一周してきた

    紀伊半島

    紀伊半島には行ったことが無かった。

    特に、和歌山県は足を踏み入れたことない数少ない県だったので、今回、宿泊&観光などもして、また一つ全国制覇に近づいた

    紀伊半島一周の最初、長良川河口堰に行ってきた

    プリミティブな造形の建造物が連なっている場所で、こういう建築物を見るのが好きだし、情報量の少ない雰囲気が好きだ

    実際行ってみたところ、そこまで雰囲気があるというわけでもなく、ただ大きな建造物が連なっている感じだった

    ただ、そのふもとにあった川の内部を見れる施設? のようなものは楽しかった

    その後、津に宿泊し、紀伊半島を南下し、三重県の尾鷲市古江町付近を歩いた

    斜面にへばりついているような町だが、ここには自動車が通れる道が一本しかなく、

    それ以外の民家へのアクセスはすべて階段のような路地のみだ

    この古江町の街並みは想像以上に良いものだった

    瀬戸内海の男木島のような雰囲気がありつつも、それ以上にディープで、知名度の低い場所のように思えた

    男木島とは違い、上の方にも人が住んでいるようで、郵便配達の人が勢いよく階段を駆け上っている様子なども見ることができた

    体力的な都合であまり深くは見れなかったが、また後日改めて行きたい

    階段だらけの場所なので、足が動く今のうちにしか行けないようなところだ

    その後はまた少し歩き、賀田という駅から新宮駅まで移動して宿泊した

    万博

    大阪万博にも行ってきた

    会場内は結構混んではいたが、ぎゅうぎゅう詰めという感じでもなく、丁度良い混雑度合いな気もした

    が、やはりパビリオンによっては長蛇の列となっているところもあったし、売店のような施設は買う気が微塵も起きないほど並んでいる様子が見られた

    あとは、人工心臓を見たりもした

    ips細胞なので、やはり生き物のように動いている

    今後はこういったバイオテクノロジー的な領域に最新技術がシフトしていくという気もする

    まだ他のパビリオンなどには行っていないが、今後の技術のトレンドとしては、もはやテクノロジーが発達しすぎて生き物のように見えてくるという領域になっている気がした

    AIもそうだし、どんどん生き物に近づいている

    その一つに今回見たips細胞のようなものがある気がした

    あとは、大屋根リングもカッコよかった

    今回は結局、予約制のパビリオンに1つと、予約なしで入れるパビリオンに1つ入ったが、それ以外の時間は建物を見たり、漫画を読んだりしていた

    大屋根リングはその存在自体見ごたえがあるというのもそうだし、その上を歩いて会場を一望できるというのもまた価値のある体験だった

    むしろ、変に地上を歩くよりも、大屋根リングを積極的に使って歩いて行った方が効率的な気もする

    大屋根リングは円形で、その中心に森のようなエリアがある

    つまり、リング内は点対称で、とても迷いやすい

    実際、一回道に迷ってしまい、元来た道を戻るということもした

    それに、大屋根リングは基本的に人が流れているため、立ち止まることはほとんどない

    高速道路のような感じだ

    止まらないでスムーズに移動できるという点で、大屋根リングは会場内の移動手段として使いやすい手段だと思った

    多少遠回りになる程度でも積極的に使った方が良いかもしれない

    この日は雲一つないほどの快晴だった

    にぎやかで希望に満ちた感じの来場者たちと、多国籍な雰囲気、新品のベンチや建造物、

    そして、雲一つない夕焼けと神戸の山の稜線、

    それらを眺める大屋根リングからの景色はSF映画を思わせるような雰囲気だった

    あとは、乾燥し、涼しい1日だった

    涼しすぎて寒かったくらいだ

    ちなみに、この寒さはこの夜の夜行バスでの悲劇の布石となる

    この日は夜行バスで東京に帰る予定なので、19時ごろ会場を後にした

    この後夢洲駅の地下鉄に乗った時、会場では花火が上がったようで、とても悔しかった

    あと1分遅く出ていれば、会場で花火を見ることができたようだ

    夜行バス

    2度と同じ過ちを犯さないためにもこうして文章にして残す

    夜行バスは最悪だった

    いや、バスの運転はとても良く、今までで一番ストレスのないバスの運転だったと思う

    大阪から東京までの長距離夜行バスだが、市街地でも高速道路でも不必要な加減速は無く、停車も緩やかでテクニカルな運転に思えた

    バス自体も、3列シートのワンランク上の夜行バスなので、サスペンションなど少し工夫されているような感じもあった

    が、そんな環境下においても僕は耐え切れなくなり、吐いてしまった

    大阪からしばらくは問題なかったのだが、途中、京都を出て滋賀県に差し掛かったころ、急に気持ち悪くなってきた

    遮光カーテンにより密室状態になっているし、夜行バスなので外は夜だし、消灯もする

    そんな中でバスの揺れだけが強調され、まるで密室にいながら上下左右に揺られているだけという、最悪な状況に思えた

    僕は窓際の席だったが、もし3列シートの中央列だったらと考えるとぞっとするし、実際、その中央列に座って10時間近く移動できる人は誇るべき才能だと思う

    僕は、観光バス自体、ほとんど乗らない人間で、一人旅はしょっちゅう行っているが、それらはすべて電車での移動だ

    前回観光バスに乗ったのは確か、立山黒部アルペンルートだ

    あの時は1時間くらい山道を登るので、多少酔いやすい条件ではあったものの、昼間で、窓際の席だったこともあり、そこまで酔うこともなく目的地に着いた

    小中高校時代にも観光バスに乗る機会はたびたびあったかもしれないが、その時も特段自分が酔いやすいタイプの人間だとは思ってはいなかった

    そういうこともあり、今回。軽い気持ちで夜行バスに乗ってみようということになったわけだが、おそらく次は無い

    東京大阪間は9000円ほどで、夜行バスにしては高いほうだと思うが、それだったら普通電車で東京大阪間を行った方が楽しみも快適性も莫大な気がした

    夜行バスは逃げ場がないから辛い

    実際、10時間の行程の1時間目くらいでシートに吐しゃ物をまき散らしてしまい、車内に大迷惑をかけてしまった僕ですら逃げ場はなく、そのまま東京まで吐しゃ物にまみれたシートで座ることになった

    ここで搭乗、嘔吐、対応、下車までの経緯を備忘録として残すが、

    大阪のなんばにあるバスターミナルで出発時間の20分ほど前に到着し、待った

    車内には持ち込める荷物が限られているので、僕はスマホやカメラ、貴重品、電子ペーパー、アイマスク、紙スリッパなどを持ち込んだ

    車内は3列シート、それぞれの列が独立していて間にカーテンがある。僕は窓際の席で前から3番目の席だ

    外の景色はしっかりとした遮光カーテンで遮られていてほとんど見ることができなかったが、ボタンで留められているので無理をすれば見られる構造だ

    ただ、周りの人の迷惑にもなりそうなので景色を見ることはしなかった

    そもそも、夜なのでバスの車体がどう動いているかも把握しづらい

    若干の不安を抱えつつも、しばらくは順調に過ごし、これなら大丈夫だな。と思う場面もあった

    が、やはり僕はいろいろ不安になり、ずるずると考え込んでしまう性格なので、

    もしここで酔ったらどうしよう、だとか、ひとたび考えてしまうとずっとそれに支配されてしまう

    途中、京都駅でお客さんを拾ったあたりから、不安になってしまい、京都駅を出発してからしばらくしたら酔いだしてしまった

    そもそもその日は、紀伊半島一周の疲れと、万博での寒さもあって、頭が痛く、吐く前に頭痛薬も飲んでいた

    そうしてしばらく走り、滋賀県に差し掛かったころに、急に気持ち悪くなり、おそらく5分くらい粘った後、吐いてしまった

    吐いたのは数年ぶりだ

    一応、ビニール袋を構えてスタンバイしていたが、一瞬の出来事だったので間に合わなかった

    それくらい急に来た

    そもそもビニール袋も小さかったかもしれない

    半分くらいはキャッチできたが、カバーできなかったモノは1m近く飛び、靴も汚れてしまうほどだった

    口から靴に至るまでにあったズボンやパーカーも汚してしまった

    吐くまでの間はこの世の地獄かというくらいに辛かったが、吐いた瞬間からは良いがスッと覚めた

    これならいっそのこと、酔い始めたらさっさと吐いてしまった方が良いかもしれない

    バスにはトイレがあったので、そこに早めに行くべきだった

    あとは、ビニールは用意しておくべきだった……というか、エチケット袋は観光バスにもあるくらいなので、当然、夜行バスにはあるものだと思っていたが、何故かなかった

    大きくてしっかりしたビニール袋があればここまでの惨状にならなかっただろうに

    あとは、相当勢いよく吐いたということからか、口の中が気持ち悪くならなかった

    大昔に吐いたときは口の中が気持ち悪くなる感じがあったが、そういうのは無かった

    水があったのでそれですぐにすすげたからというのもあるかもしれない

    ただ、やはり、吐いた後はのどが焼けたような感じがした

    その後は無我夢中で吐しゃ物を集め、ビニール袋に入れつつ、次の甲南SAでの休憩時に、近くの乗客に乗務員に報告してもらい、ビニール袋などを借りていろいろ処理した

    SAの多目的室でパジャマに着替え、汚れた服はビニール袋に入れて荷物室に移動した

    座席も汚れているので、ビニール袋を敷き詰め、その上に僕が座って封じ込めた

    直前に食べたのは豚骨ラーメンだ

    匂いがきついというのも申し訳なかったし、そもそもそんなにたくさん食べるべきでもなかっただろう

    油少な目で注文したが、やはり、吐いたところが脂っこくなるのが嫌だった

    次は無いかもしれないが、吐く危険性のある乗り物に乗る前は、あっさりした、できればノンオイルな食べ物を少し食べるくらいが良いのかもしれない

    その後、甲南SAからの8時間くらいの距離は、吐く前ほどではないにせよ、居心地の悪い空間だった

    気分はすっきりしていたが、吐いてしまったことに対する申し訳なさと、ところどころに残る吐しゃ物の気配、カーテンで閉ざされて揺れる暗い車内にこれから8時間乗らないといけないという絶望感で気分は最悪だった

    スマホの充電も20%を切っていた気がするし、そもそも手が汚れているのでスマホも触れないし、酔うのが怖いので触ろうとも思わなかった

    あとは、パーカーは汚れてしまったので、それなしで過ごさないといけないのもつらかった

    窓とカーテンの隙間から冷気がひざ元に流れ込んでくるので、寒い

    余ったビニール袋を膝にかけていると暖かくなることに途中で気が付いてからはそうした

    災害時などにはビニール袋が保温のために役に立つと聞くが、それを初めて実感した

    ビニール袋は薄っぺらいが、効果は抜群だった。緊急時には寒さ対策の強い味方だ

    とはいえ、他のビニール袋は座席や足元に敷いているので、膝以外の部分はやはり寒かった

    特におなかが冷えて、手で温めたり、いろいろしたが、ひじ掛けも吐しゃ物で汚れていたのであまり動かせずに辛かった

    そもそも、ビニール袋にくるまれているような状態なので、動くとカサカサ音がする

    少しくらいなら良いが、周りはみんな寝ていると思われるので、それも派手に動けない要因となった

    そんなこんなで全く眠れず、途中の3回休憩も意識が鮮明なまま、数時間耐えて神奈川の厚木?SAまで来た

    あの時に見た朝焼けはとてもきれいだった

    朝5時ほどだが、高速バスが多く停車していて、若者であふれかえっていて、

    やはりこういう過酷な交通手段を使うのは若者なんだな、と思いつつ、1日の始まりをあの場所で過ごせたことはとてもすがすがしかった

    僕が寝ている間に、毎日がこんな感じに始まっていたんだな、と思った

    あとは、神奈川という地名にもものすごく安心したのを覚えている

    あと少しで目的地に着くからだ

    そのころになると外も明るくなり始めているので、暗く閉ざされた陰鬱な雰囲気には陥ってはいなかったものの、ただ、少しずつまた気持ち悪くなってきていたのが不安ではあった

    バスが方向を変えるたびに、遮光カーテンの隙間から光が差しこんで暗い車内を伝っていく様子が印象的だ

    夜行バスは基本的に高速道路を走っているが、乗客の乗り降りする前後は一般道を走る

    大阪から京都までの間もそうだったが、この時間が高速道路と比べても辛かった

    信号で停車したり、交差点を曲がったりするのは酔いを誘発する

    僕は千葉県に住んでいるので、終点の津田沼まで乗ったのだが、そのころにはまた気持ち悪くなり始めていた

    が、太陽は登りはじめ、それを遮光カーテンの隙間から眺めていると酔いも覚めるような感じだった

    終点付近で車内には人が少なくなったということに加え、7時過ぎなのであまり寝ている人に配慮しなくても良い雰囲気になって来たので、今まで以上に派手に動いたり、外の景色を見ることができたからかもしれない

    明るい車外の景色を見ていると、バスの揺れも把握でき、その乖離で起こる酔いも防止することができた

    そうして津田沼に到着した

    吐しゃ物や汚れた服類などは何重にも重ねた袋に入れて、口を縛って持ち帰った

    世の中には4列シートで、東京大阪間以上に長距離の夜行バスが運行されている

    今回のバスでも、3列シートの真ん中の列に座っている人もいて、僕みたいな人間が吐いてしまっても吐かずに、10時間近く乗っている人がたくさんいたということになる

    夜行バスというのは酔いにくい人が乗る乗り物で、僕はそれには至っていない人間なんだなと思った

    今後は可能な限り夜行バスに乗ることは避けたいと思う

    のと同時に、今年はフランスや香港に行く予定なので、それに向けて、今回の教訓を生かして快適な旅にしたい

    とりあえず、いろいろ勉強や準備をした上で、5月は飛行機で国内旅行でもしてみようかと思う

    反省点

    • 車内にはウェットティッシュ、大きなビニール袋(黒色)が必須
    • 窓から吹き降ろす冷気などが寒いので、膝の寒さ対策が必要。
    • 口が乾燥してしまうのでマスクはあったほうが良い。
    • 吐いた場合を考えるのであれば、においの少ない、ノンオイルな食べ物を少し食べるくらいがちょうどよい
    • 酔い止めを飲む
    • 手の置き場として、小さな枕、布団などが必要
    • さわやかな香りを嗅げるもの(香水、ラムネなど)があったら多少マシだったかもしれない
    • 電子ペーパーなどの視覚的なコンテンツはむしろ酔いそうなのであまりよくない。音声のみで聴くコンテンツが良いと思ったので搭乗前にダウンロードしておくと良いかもしれない

  • とある科学の超電磁砲を見ている

    とある科学の超電磁砲_1
    (C)鎌池和馬/冬川基/アスキー・メディアワークス/PROJECT-RAILGUN

    とある科学の超電磁砲を見ている

    前回に見たのはだいぶ前で、確か、アニメを見始めたころだったので、5年以上前になる

    超有名作品なだけあって、やはりおもしろい

    当時から月日がたったので、さらに具体的に、文字にして考えてみる

    絵コンテ

    画面のレイアウトがとても上手だなと思った

    特色は無いのだが、ただ、違和感なく見れて、かつ、面白い

    エンタメ作品のコンテとしては理想に近い感じがあった

    カメラが右に行ったら左に戻ってきて、

    というような、バランスの取れたカメラアングルだ

    あとは、コンテとは関係ないが、キャラのちょっとした演技が多く、見ていて華やかな印象になっているのが良かった

    無くても話が成立するような小さいキャラの動きだが、それがあることによって、見る人たちの頭の中に情報が奔り、楽しみに変わる

    キャラの演技でも、撮影の処理でも、なんでもそうだが、

    とあるは見る人を飽きさせない画面作りというのに手間をかけて作っている感じがあった

    色遣い

    オープニングもそうだが、

    空の色が結構特徴的な気がする

    若干緑が差し色のように入りつつ、彩度低めの空だ

    それに加え、オープニングなどのクレジットのフォントも、若干古風な印象だ

    らきすたを思い出す

    とあるも、空の色やキャラクター、クレジットのフォントによって、作品の持つ独特な雰囲気を演出している

    最終話付近

    やはり絵コンテが良かった

    御坂美琴が我を忘れて病室から飛び出そうとするシーン、

    我を忘れているということを表現するために、はだしのまま病室を出ようとしている

    というのを、一連のやり取りのあとに見せていた

    裸足であるということすらも忘れているという御坂美琴の状態をカットの順番を入れ替えることで表現している

    文章にして書くと簡単なことのようだが、これができているアニメは意外と少ない

    数珠つなぎにコンテを作っているとこういう構成にはできないし、そもそもそういうコンテで手を差し伸べるような構成を実際の映像にできている例はあまり見ない

    他にもこのアニメには時折、そういうワンランク上の工夫が見えた

    監督は長井龍雪という人だ

    とらドラも良かったが、それが初監督だということも驚きだ

    エンタメ作品としてのワクワクする見せ方を抑えつつも、臨場感のある構成で映像を作っているところが凄いと思った

    P,S,

    3期はあまりよくない

    展開が中二っぽく感じでしまうのは、ストーリーを考えた人に武器や裏社会などの全体的な知識が少ないからなのかもしれない

    それなのに、劇的な結末を入れてこようとしているので、どうしても、取って付けたような感じになってしまっている

    展開がつまらないということではなく、説得力が不在のままキャラクターを無意味に傷つけようとしている感があるので、ちょっとよくないと思う

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  • レンガ構造物ジェネレーターをboothでも販売開始しました

    blenderMarketで販売していたレンガ構造物ジェネレーターですが、本日からboothでも販売を開始しました!

    中身は同じですが、価格はblenderMarketよりも数百円安くなっているかと思います

    ライセンスなど詳しい情報は商品ページをご覧ください。

    また、使用方法については以下の動画もご覧ください。

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  • 皐月賞に行ってきた

    皐月賞を見に、中山競馬場に行ってきた

    競馬は初めてで、競馬場の建物はすごかったし、馬もかわいかったし、人の熱量もすごかったし、

    とても楽しい場所だった

    建物について

    建物自体が巨大だというのもそうだし、何よりもそれが公共施設。つまり国が運営する公的な施設だというのがまたいい味を出している

    意匠としては、完全に機能的に洗練されたというわけでもないのだが、かといって、装飾が華美という感じでもない

    免許センターや、市役所など、公共の施設の建物は個人的に好きだが、

    それに加え、競馬場は娯楽施設ということもあり、ある程度の装飾が施されている

    どことなく、まじめな人が考えた装飾という感じが漂っていてかっこよかった

    プリミティブな形状を組み合わせたような装飾は上品で印象的な世界観で、ディズニーなどの装飾ゴリゴリな建築様式とはまた違った魅力がある

    僕はむしろこういう装飾の方が好きだ

    なんだかバブル期の建築物を思い出させるような感じがした

    というのはやはり、この競馬というシステム自体が莫大な利益を生み出しているからなのだろう

    少し気になって調べたのだが、皐月賞だけでも100億円以上の収益があるようだ

    あの数分のレースで100億円。

    有馬記念だと、800億円以上の利益が出た年もあったようだ

    それだけ収益を出すイベントなので、やはり建築物も豪華だ

    建設費を惜しげもなく使い、お役所が装飾のある巨大な建築物を作る

    そんな建物がかっこよくならないわけがない

    あとは、やはり、機能を満たすために形作られたデザインというのはかっこいい

    ↑の部分なんか、とてもかっこよくて、レースが始まる前には無意識に眺めてしまっていたくらいだ

    おそらく実況席的なものがあるのだろうが、その形状も宇宙船っぽくてかっこいい

    場内を広く見渡せるように広いガラスが設けられ、少しせり出しているのだろう

    バブル感も相まって、AKIRA的なかっこよさがある

    あるいは、名鉄名古屋駅のDJブースを彷彿とさせるようなかっこよさもある

    ガラスが少し青味がかっているのもまたかっこいいポイントだ

    青とピンクの差し色が先述した公共施設感を演出しているので良いのかもしれない

    競馬場内を見渡せるように、屋内の座席前にも柱が無い

    控え壁的な面もガラスでできているので、とても見晴らしがよさそうだ

    これだけ長大な空間に柱が一本もないというのがまた圧巻だった

    空港でももっと柱はある

    これは見晴をよくするという目的のために作り出されたデザインで、それを実現しても回収できてしまう競馬ならではのデザインだと思った

    あと、これは別に競馬は関係ないとは思うが、

    建物の内部も結構特徴的な構造をしていた

    中2階のように、1階と2階の間にフロアがある感じで、そういう構造はたまに見られるかもしれないが、ここまで大きな中2階も見たことが無い

    こういうところも、お金があるが故の、挑戦的な構造なのかな、と思った

    そもそも吹き抜けに本物の木がこんなに生えているというのも収益性度外視な感じがあって好きだ

    広大なフロアには店舗がびっしりという感じでもなく、大量にいすが置かれていて、壁際には発券機などが大量に設置されているという光景も、ほかの施設にはない雰囲気で新鮮だった

    人について

    とにかく人が多かった

    午前中はある程度余裕のあるくらいの人しかいなかったが、午後の皐月賞に近づくにつれて、徐々に人が増えていった

    最終的にはぎゅうぎゅう詰めみたいな距離感で、多くの人の声援を間近に聞くことになった

    客層としては若い人が意外にも多く、こぎれいな人も目立った

    おそらく、ウマ娘効果だろう

    むしろ僕の方が小汚く、競馬古参感が出ていた

    あと、ところどころ汗臭かった

    もしかしたらコミケよりも匂ったかもしれない

    レースについて

    レースは30分おきくらいに行われ、その都度順位を予想し、馬券を購入する

    スマホで単勝や複勝、金額、馬などを選択し、QRコードを使って発券機から発券した

    発券機は発走直前は激混みで、おそらく毎回買えない人が出ていると思われる

    ゴール周辺のエリアは人でごった返していたが、そこには馬を見物しに来たようなライト層しかおらず、ガチ勢の人たちは指定席や場外、パドックなどにいると思われる

    若い人がみんな揃って応援しているような雰囲気だった

    手前に芝、奥にダートのコースがあるので、芝生を走ってくれるレースだと楽しく見ることができた

    ダートもダートで、砂埃を上げて走る馬を遠巻きにでも見れるので楽しかった

    最前列くらいにも行ったのだが、馬の走るドスドスとした音が聴けたので楽しかった

    芝生は思った以上に長く、5cmくらいはあるのではないかという感じで、

    植木までよく手入れされていて、やはりお金がたくさんあるのだなという感じだ

    観客正面には巨大モニターがあり、それを通して阪神や福島などの全国の競馬場の別のレースが中継されていた

    中山競馬場で開催されているわけでもないのに周りの人は大盛り上がりだった

    レース後の表彰式では騎手などが表彰されるのだが、騎手は身長が小さい人が有利というのが興味深かった

    会場にいる人たちの歓声と、一体感、馬の可愛さ、優雅さ、力強さなどを一心に感じつつ、背後に堂々と構える競馬場の巨大な建物、

    娯楽としての競馬の魅力を知ることができた気がした

    一応馬券も購入しては見たが、やはり知識も何もないので赤字だった

    とはいえ、2500円くらい賭けて2000円くらいは戻ってきた気がする

    入場料と併せて1000円くらいなら、娯楽として良心的な気がしなくもない

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  • 昭島

    世間は昭島を過小評価しすぎだと思う

    昭島駅は、立川から先、青梅線で数駅いったところにある駅だ

    中央線の系統では若干遠目な駅で、駅前は若干だが地方都市っぽい雰囲気が漂う

    奥多摩の山々がきれいに見えるので、なんとなく田舎に来た印象がするかもしれないが、それでも、都心に40分で行ける立地だ

    昭島は店の数がとにかく凄い

    ↑は中央線沿線エリアの駅周辺にある店をまとめた表だが、

    一番多いのは立川で18店舗だ

    立川は多摩地方最大の都市で、18店舗になるのも理解できる

    が、その次に昭島駅が12店舗と多くなっている。

    これは荻窪や武蔵境よりも多い

    隣の駅が4店舗と1店舗だということをみると、昭島だけ明らかに店が多いのがわかる

    かといって、昭島が何か特別に大きな駅というわけでもない

    乗り換え路線もない

    引っ越しに当たり、この辺りのエリアを勉強している僕は、昭島を実感するために、一泊してみた

    そもそもイトーヨーカドーがある時点で発展しているし、

    中にはモスバーガー、ケンタッキーもあった

    映画館も隣接していた

    周辺に横田基地や駐屯地がある関係で、飛行機が結構飛んでいるのが気にはなったが、

    それよりもむしろ、うるさい改造バイクの音の方が気になった

    北関東を思わせる安っぽい音で、夜中目が覚めてしまった

    都心から離れているというのもあり、若干治安が悪い感じは否めなかった

    それと、鉄道アクセスについてだが、

    昭島駅には日中、7分間隔くらいで電車がある

    ただ、やはり、都心から離れているとはいえ、青梅線沿線の駅なので、9時台でも座ることはできなかった

    当日は昭島のホテルで泊まり、そのまま中野坂上のスタジオで作業しに行ったのだが、

    9:30ごろ昭島を出発する立川行きの電車は座れなかった

    そして、立川から先の東京行きももちろん座れなかった

    少し行った三鷹では中央特快?がぎゅうぎゅう詰めになっているのを横目に見た

    確か10時ごろだった気がするが、そんな時間でも扉が閉まり切らなくなるような満員電車になる

    だとすると、昭島から都心までの40分ほどは苦痛かもしれない

    座れるならまだしも、立ったまま中央線を40分というのはちょっときつい

    満員電車でないのが幸いではあるが、ただ、その40分は生産性の低い時間になってしまう

    今、引っ越しを考えているが、その立地で悩んでいる

    遠い場所で振り切るなら昭島一択だと思ったが、

    ただ、スタジオに高頻度で行く場合はもうちょっと近い場所に住みたい

    武蔵境だとか、荻窪だとか、武蔵小金井だとか、

    あの辺りは基本的に住みよいエリアが揃っている感じはあるが、

    ただ、個人的にはスーパーの近さは何よりも優先したい

    ホテルに一泊して思ったのは、飲食店が近くにあっても意外と面倒くさくて行かなそう、

    ということだ

    むしろ、スーパーが近くにあって、そこでお惣菜などを気軽に買えるという状態の方がコスパ良い気がした

    今後は昭島を候補の一つに置きつつ、もっと都心に近いエリアも考えてみる

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  • もうどうでもいい

    SNS辞めたいな

    どうせ作品公開しても誰も見てくれないし

    世間から必要とされていないのを痛感して落ち着かなくなる

    実際、アニメ会社の方々との繋がりは少しだが持てたし、

    もう誰も見てくれないSNSをやめ、プロの現場に専念すべきでは

    いや、そんなことしたら仕事が来なくなるか

    SNSからくる仕事がほとんどだ

    そして、やはり、独り暮らしするためには定期的にお仕事ができる場所が必要だ

    そこに僕はまだたどり着いていない

    でも、だからと言って誰も見てくれないSNSをやっていいわけがない

    SNSで何かするたびにこうして気持ちが混乱して何も手につかなくなるのだったら、やらないほうが良い

    と書いてもどうせやるんだろ、

    何もしない時間が怖いから

    だから指を壊してまで、顎を壊してまで、何かを作ってしまう

    次はどこが壊れるのか、

    どこが壊れても僕は止まらないんだろうな

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  • 万博に行ってくる

    大阪万博に行ってくる

    世間ではいろいろ言われてはいるが、個人的には楽しみにしていたイベントだ

    実は、僕が小学生のころ、上海旅行が何かの抽選で当たり、その時に上海万博に行ったことがある

    当時はまだ小学生だったというのに加え、旅行終盤で写真データの入ったデジカメを紛失してしまったということもあり、ほとんど記録も記憶も残っていない

    が、クーラーがガンガンに効いたフェリーや、空港からのリニアモーターのモノレール、塀に囲われた古風な街並みなど、わずかな記憶はある

    万博はそれ以来だ

    大阪万博へは今月中に行く予定で、ボカロPの友達と一緒に行ってくると思う

    ついでに紀伊半島を散歩してくる予定だ

    とりあえず初回はパビリオンに入らず、会場内を散歩するだけにする

    現時点で僕が見たいのは、パビリオンの展示物ではなく、建物やリングだ

    初回は建物だけを見て、また今度、気になったパビリオンを予約して行くと思う

    あと、万博なんて滅多に開催されるものではないのだから、行っておいて損はないと思った

    どうせ世間ではこんなにバッシングされているんだから、ガラガラなんだろう

    とか思い、天気予報に応じて直前に予約を取ればいいやというような心構えで万博のアカウントだけ作って待機していたのだが、

    初日の様子を見ると、結構混雑していたようだ

    マップがデジタルのみだったり、会場のキャパ的な物や通路の幅など、問題があるようだが、初日に浮き彫りになったそういう問題は順次解決されていくのだろう

    そうして成功している空気になれば、アンチは活気を失い、雲隠れし、結果、しばらくは混雑する気がする

    なので、まだ評判が悪い平日中の午後、空いているうちに行きたい

    夏の暑くなる前には行きたい

    P,S,

    パビリオンには行かない予定だったが、やっぱり行くことにした

    せっかく入場チケットを買って抽選に申し込む権利も得たのだから使わないのはもったいないなと思った

    とりあえず4つのパビリオンに申し込み、そのうちの1つに当選した

    人工心臓を見ることができるパビリオンだ

    惜しくも当選しなかったUAEとクウェートのパビリオンもまたの機会に挑戦してみたい

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  • 命に対する無責任、映像企画

    スーパーにはパックとなって販売されている肉が並んでいるし、野菜もカットされている。

    生き物から出てきたあらゆるものが加工され、陳列されている

    生きるためには何かを食べる必要があるので仕方ないにせよ、それは無責任だとも思う

    生きるために殺すのは生命の根本にある当たり前だが、それに対するカモフラージュが横行している

    だから気軽に自殺するし、いじめるし、殺すし、

    どんどん文明社会が生の実感から離れて行っている気がする

    全体的に、死ぬことに対して無責任だと思うし、それに気づきすらしない社会はどうかとも思う

    その気持ちを原動力に、映像作品を構想中だ

    物語を構想中なのではなく、映像作品の見せ方として、死ぬことをカモフラージュする無責任さを皮肉った演出ができるのではないかと考えている

    ドームと城の物語だ

    例えば、

    かわいい動物は命の象徴で、それを食べないと子供たちは生きていけない

    そのためかわいい動物を加工し、皿に盛りつけるが、その工程は機械が行う

    子供たちは機械から出てくるおいしそうな料理を食べるだけだ

    かわいい動物はラッパみたいな形をしたカワイイ造形の入り口から吸い込まれる

    カワイイ音を立てて管の中に入っていく

    その中では何が行われているのだろうか、

    その様子は全く外からは見えないし、子供たちはそれを知ろうとも思わない

    が、いろいろ展開があり、子供たちはそこで何が行われているのか疑問に思い、真相を知り、食べることができなくなり、飢餓に陥る

    そうして飢餓に陥って命の尊さと自らの自然界での位置関係を痛感し、涙ながらに料理を食べる

    というのを本当は描きたいが、それをそのまま脚本にしてしまうと見え見えなので、カモフラージュする

    ここでもカモフラージュだ

    嫌なことはすべてカモフラージュ。それで誰も悲しまない世界が運営されている

    そんな、みんな大好きカモフラージュによって、生き物を食べる様子は徹底的にデフォルメされ、かわいい感じの映像になる

    僕はこの作品で、生き物に関する弱肉強食をかわいく無責任に見せたい

    まるで絵本のようなかわいい絵柄の向こうには、血肉が引き裂かれてペースト状になって料理に変身してしまうようなリアリティがある

    それをカモフラージュすることで、文明社会を回りくどく皮肉る作品を考えています

    ps

    作品を作らせてもらえる場所を募集中です。

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  • 自主制作の構成について

    現在制作中の自主制作では何を伝えたい?

    大枠としては、魂が出来上がっていく過程を見ていくというものなので、フェーズに分けるのが良いのかもしれない

    もしくはレベルなどでも良いか。

    ロボは最初、限られた劇場内で目覚める

    そして、与えられた世界を疑い、外の世界を発見する

    そして旅をし、同類とみられる存在を見つける

    他の概念を見つけはしたが早々に失ってしまった。

    そうしてこの世界の苦しみや人間の身勝手さを抽象的に感じ取る

    ロボはエレベーターに乗り、真実を知るために反逆する

    戦いの末、他のロボを殺し、罪を背負って天球ディスプレイを抜ける

    天地が逆の反転した世界に行き、神を目の当たりにしてすべてを止める

    というのが物語の大枠だ

    ここで、いくつかのキーワードが出てきた

    目覚める→他人を見つける→真実を知るために反逆→目の当たりにする

    これらのキーワードはそのままフェーズとなり得るものだ

    ただ、それをそのままフェーズの名前にしてしまってはあまり面白くないのでもっと別の回りくどい表現にしようかと思う

    何か一つのジャンルですべてを表してみよう

    英語でも伝わるものが望ましい

    動物、花、心理学用語、本、映画、神話の出来事、宗教用語

    宗教用語とかではないか。僕はそもそも宗教になぞらえて作っていないので、意味的にマッチする宗教用語は無いと思われる

    何かに例える。というのが重要か。

    動物、花、心理学用語、本、映画、神話の出来事

    いや、まずこの作品で何をフェーズとして扱うかにもよる

    この作品で伝えたいことは大きく分けると2つの側面がある

    ひとつが魂に必要な要素を獲得していくという物語の側面

    そしてもう一つが、創るものと作られるものの関係性、人類のつくったものを停止させるという物語の側面

    前者にするか後者にするか、どっちも作中で扱ていることなので、どちらでも大丈夫だが、

    いや、でも後者は物語として一直線な構造じゃないので、フェーズという形では表しにくいか

    対して、前者は獲得していく過程なので、何かを獲得するというのがそのままフェーズととらえられる

    だったら前者なのか?

    だとしたらフェーズとはいったい何だろうか、

    僕がこの作品で伝えたいのは、

    自分という姿、境界を認識する

    自分の外側、自分以外、世界という概念を知る、

    世界の中に他人を見つける

    罪を働く(この作品の場合はささいなこと。他人という概念があって初めて存在する罪は嘘みたいなもの)

    と書いていて思ったが、これだとクライマックス=最終フェーズみたいにならないので少しバランスが悪いか?

    この作品で伝えたいことは先ほどの2つだが、物語の展開としてフェーズになっているという意味では前者なのか?

    だとしたらフェーズは、

    自分の秘められた機能を発見する

    動き続ける世界、機械を目の当たりにする

    苦しみから解放されるために行動する

    全てを本来の位置に戻し、無に帰る

    という感じか、

    これは一つのロボがすべてを停止させるまでの作中でのフェーズだ

    確かに、こっちの方が作品の流れから見たら違和感ないか、

    魂の方はどちらかというと、フェーズではなくレベルか、

    2つ併記してみたらどうが、いやそれは少しややこしくなりすぎるか?

    物語のストーリーに沿ったフェーズ

    つまり、創られるものと創ったものの関係。作られたものがすべてを停止させるというまでのフェーズだ

    1,劇場でレーザーを発射。秘められた自分の機能を目の当たりにする(アバンなのでテキストとしては無し。入れるのであれば冒頭)

    2,自分以外の機械を目撃。(劇場から出る前、タイトル後)

    3,ネガティブ成分による自浄作用的な原理でタワーに上る(ゴミピットへの投棄前?)

    4,自分たちを作ったものを目の当たりに(天球ディスプレイ通過前)

    4,停止させる(物語クライマックスなのでテキストとしては無し)

    魂の発生過程という側面からのレベル

    一応レベルに関しても考えてみる

    この物語冒頭から最後までのロボの成長過程は以下だ

    1,自分の姿を目撃し、自分という概念を獲得(鏡を見る。作中ではほとんど描かれないのでテキストとしては無し)

    2,自分以外の世界の概念の獲得(ここも冒頭では獲得している)

    3,世界にある自分以外の他人の概念を獲得(攻撃しようとする戦闘ロボに他の概念を感じている)

    4,嘘、攻撃、恥じらいなどの他人への干渉(不意にも戦闘ロボを破壊してしまう)

    書いていて思うのは、こちらに関しては作者としての言いたいことが詰まっているとは思いつつも、作中では成長過程というよりかは、成長したために宇宙船を停止させるに至った経緯を説明しているという感じなので、作中でレベルが上がっているという感じでもない気がした

    物語冒頭ですでにレベル2で、戦闘ロボを避けた時にレベル3に上がりかけているみたいな感じだ

    さすがにそれだとtextで出して見せるほどのことでもないのか……?

    フェーズではなく、アクトにする

    チャットGPTに、フェーズとは別の表現が無いかと相談したところ、いくつか回答があった

    そのなかでも、アクトというのがしっくり来たので、とりあえずアクトで考えてみる

    ロボは行動を起こして宇宙船を停止させるのであって、その行動自体に、作品のテーマを感じられた

    ただ単にact.2みたいなテキストを入れるのでも良いのだが、ここに何か表題を入れるのも検討してみる

    アクトとフェーズの違い

    アクトは能動的な行動なのに対し、フェーズは受動的な結果に近い

    アクトによりフェーズを獲得し、それによって次のアクトを起こす。という意味で、アクトとフェーズは相対だ

    なので、先ほどまで考えていたフェーズがそっくりそのままアクトに適用できるかと言われるとそうでもない

    それを踏まえて、表題は何にするか

    Act.1,レーザー発射(冒頭。テンポ的に無し)

    Act.2,外の世界に出ていく、go outside(タイトル後)

    Act.3,解放のためにタワーに上る、get higher(潜入前)

    Act.4,すべてを自然に戻す、replace ALL(天球ディスプレイ通過時)

    追記

    同型ロボを持って帰るのは行動ではないのか?

    この作品で言うところのactは終わらせるための行動だ

    その行動に同型ロボを持ち帰るというのは含まれるのだろうか

    一つ定義するとすれば、何かのきっかけがあって行動が発生するということだ

    同型ロボはきっかけか。

    だとすると、作中で行うきっかけと行動は、

    レーザー発射→未知の予感と高揚感→外の世界へ(行動)

    同型ロボに遭遇→悲劇の予感→すべてを止めに行く(行動)

    行動は2つになるのか

    対してphaseだとどうなるだろうか

    フェーズとは何かの段階を示すので、その何かが何かにもよる

    じゃあ何かとは何だ、

    作品のテーマで言えば、「魂の生まれる過程」、「宇宙船が終わるまでの過程」

    という感じか

    あとは、フェーズが起こる前にテキストを入れるのか、後に入れるのかによってもちがうが、

    phaseが起こることを予告するテキストなのか、フェーズが起こったことを報告するテキストなのか

    とりあえず、フェーズに影響する事柄をあげてみる

    「魂の生まれる過程」について:

    自分という概念の獲得=ロボが自分自身を認知

    他人という概念の獲得=戦闘ロボとの対峙

    「宇宙船(文明)が終わるまでの過程」について:

    これは過程もなにも、順序だてて作戦を遂行しているわけではないので、数字を振って過程とすることはできないか

    いや、魂の生まれる過程は過程だからフェーズだし、

    宇宙船を終わらせるまでの過程は行動なので、アクトだ

    どっちにピントを合わせるかによって、フェーズなのかアクトなのかが変わるか、

    整理する

    アクト:文明が終わるまでの行動

    レーザー発射→未知の予感と高揚感→外の世界へ(行動)→

    同型ロボに遭遇→悲劇の予感→すべてを止めに行く(行動)

    アクト:真似の結果の行動

    レーザー発射を試みる(映画に感化された自分の真似)→タイトル後

    同型ロボに映画を見せる(映画の真似)→映画館の扉が閉まった瞬間

    警備ロボに紛れて忍び込む(警備ロボの真似)→警備ロボの隊列に合流した時

    星をもとに戻す(周囲の真似)→天球ディスプレイを抜ける前(カットの都合上ここ)

    フェーズ:魂が高度になるまでの過程

    1,自分という領域の獲得=ロボが自分自身を認知→物語冒頭

    2,自分以外という領域の獲得=外の世界を見る(本当は1が無しえた瞬間に2も自動的に決定するが、演出的な意図からこれをフェーズ2とする)→タイトル後

    3,他人という領域の獲得=戦闘ロボとの対峙→ゴンドラがシャフトに入っていく

    4,全ての創造主の予感=これに関しては魂の必要十分な条件ではないかもしれないが、自分の存在に疑問を持つというのはメタ的なことで動物とは明らかに違うことなので、これもフェーズに組み込む

    →ゴンドラが天球ディスプレイに入る

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  • ChatGPTとAHKは最強の組み合わせ

    blenderのアドオンを作るためにchatGPTを使ったことはあった

    何をしたいかをなんとなくGPTに送ると、コードにしてくれる

    ↑のアドオンはチャットGPTを使って作ったものだ

    現在はパイメニューエディターという最強のアドオンがあるので、chatGPTの出番は少ないが、

    ただ、chatGPTを使ってコーディングができるというのはプログラミングがあまりできない人間からしたらありがたいことだ

    そして、blender以外にも、windows自体を意のままに動かすための媒介として、AHKというものがとても役に立つことに気づいた

    uwscとかは使ったことがあったが、どうも、AHKはそれ以上に自由度の高いツールらしい

    AHKはAutoHotkeyの略で、簡単なwindowsのアプリケーションを作れたり、キーの入れ替えをしたり、とにかくいろいろできるものだ

    僕は今回、ウィンドウ最上部に常駐する真っ黒いだけのウィンドウを作ってほしいと、chatGPTに雑に注文し、実現してもらった

    ICLの手術をしてからというもの、光が二重に見えてしまうので、Aeのタスクバーの白が編集中の動画に被り、正確な作業ができず困っていた

    Aeの設定をいろいろ見てみたが、タスクバーの色を変更することはできなかった

    windowsの設定の変更でも同様に、対応できなかった

    なので、この白い部分を常時隠してくれるウィンドウを表示してもらうことにした

    いくつか実現したい機能があって、それを順序だてて実装してもらった

    最前に常駐し続ける、真っ黒なウィンドウという、超単純な機能に加え、

    背後にあるウィンドウを選択するために、一定時間非表示になる機能や、ウィンドウが小さくなりすぎないよう、最小の大きさを設定する機能も追加してもらった

    もちろんそのままAHKで実行するとエラーが出るので、丸ごとコピーしてchatGPTに共有し、直してもらう

    何回かやり取りを進めていると、エラーも出なくなり、意図した機能が実現できた。

    チャットGPTは強力なツールだが、それはあくまで文字媒体の上でのことだった

    が、このAHKを介することにより、Windowsの操作感を上げることができた

    例えば、ショートカット関係のプログラミングや、デバイスの接続など、可能性は無限大で、今後、作業効率を上げるツールをAHKで作ってみたい

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  • やってることが評価されない。誰も見てくれない。無視される

    blenderでいろいろやっている

    が、見てもらえない

    でも、投稿しないと忘れられて仕事も来なくなり、人生が詰む

    実績もないし、実家からも出れないし、

    すべてをあきらめて山奥で誰とも関わらずに生きたい

    本当は死にたいと言いたいし、死にたいが、痛そうだし、結局どうせ死ねないのだから、口先だけだと言われるだけだ

    こういうとき、人はどうやって自分の気持ちを紛らわすんだ?

    旧アカウントを5年くらい前まで辿ってみた

    当時も作品が評価されなかった

    いくら作品を作っても反応は無いし

    自分は自分の作品が正直、他の作品よりも価値があるものだと思っていた

    作品に込めたメッセージも、人から拒絶されるものでもなかったし、

    絵的にもきれいなものを心掛けていた

    人間、頑張るのが当たり前で、頑張らないで作品を作っている人なんていないのだから、そんな人間たちと比べて僕の作品が評価されないのは仕方がないのかもしれない

    が、それにしても、さすがにもっと見てくれても良くないか?

    ここ数年は作品が見られるようになり、精神的にも改善してはいたが、ここ数日になってまた、他人が怖いし、集団も拒絶したい

    やる気も出ない。自分自身に何の意味があるのかわからなくなった

    今いる社会が良いものだとも思えないし、だからこそ生きることが楽しいとも思えないし、それでも他の生き物を絶滅に追いやる人間が憎いし、中途半端な文明社会にもがっかりする

    先ほど、先が細い髪の毛がいっぱい抜けているのを見て、また不安になった

    僕の人生はもう終わりに近いのか、というのが怒りと共に湧いてきて、次に、こんなものかという、あきらめと絶望、

    でも、すべてを投げだしたら自分には何もないので、投げ出すことができないという事実、それに気づき、悲しみが胸のあたりから脳天に上ってくる感覚

    自分の世界が好きな分、本当に世の中を恨んでいる

    誰か、僕に居場所を与えてください

    いや、当たり前だ。

    僕のやっていることは別に褒められるようなことでもないのだから

    いやちがう。

    僕が作っているものは良いものだ

    どっちかわからない

    30分くらいの感覚で2つの気持ちに行ったり来たりしている

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  • 「地獄少女」

    地獄少女 宵伽_1
    ©地獄少女プロジェクト/宵伽製作委員会

    地獄少女は2クールを含む4期までが制作されている結構長いアニメだ

    だいぶ前に3期まで見たあと、しばらく中断していたが、最近、4期を見たので一応、すべて見たということになった

    ストーリーは、ものすごくざっくり言うと、嫌な奴が地獄に落ちる。みたいな感じだが、

    ただ、そこに、地獄に落とした側も地獄に落ちるという条件が付いてくる

    それも、例えば、勘違いで地獄に落としたり、落とされたり、

    いろいろ趣向を凝らし、面白い話に仕上がっている

    後半に行くにつれてカオスになっていく作風も面白かったし、

    後半に行くにつれて強まってくる胸糞感も良かった

    本当は良い人なのに、勘違いから地獄に落とされようとする人も、表情一つ変えることなく閻魔あいが地獄へ流していく

    見る人はおそらく、途中から、閻魔あいたちが本当の悪者なのでは? というような気持になるだろう

    僕もそう思った。

    無実の人を永遠の地獄に閉じ込めるのはあまりにも残酷だと

    ただ、それに対し、最終回付近で地獄少女なりの答えが出てきた

    地獄少女という役職そのものが罪だ

    まるで、絞首による死刑執行時。床を降ろすためのボタンを押す刑務官のように、

    いや、刑務官は何も罪を犯したわけではないので正確な例えではないかもしれないが

    僕が言いたいのは、人に罰を与える行為自体がすでに罰だという構造だ

    なぜ、床を降ろすボタンは複数個あるのか、

    それは、一人でそのボタンを押したら、そのボタンを押した人が殺人者みたいな風になってしまうからだ

    だから、複数のボタンが存在し、どのボタンによって床が下りたか、死刑執行をしたのかわからないようになっている

    こういうことをしてまで、罰を下す人に配慮している

    その点、地獄少女の閻魔あいは、すべてを知り、自分の中でこの人は悪人ではないと判断してしまうような人も、等しく地獄に送り出している

    それ自体が罪だ

    人を呪わば穴二つというキーワードがあるが、

    それをシステムとして忠実に運用するためにある地獄少女もまた、罪を償う罪人で、地獄に流すという行為自体も罰になっている

    この構造はテクニカルだと思った

    二重の意味で、人を呪わば穴二つだ。

    ストーリー自体も、割と単発な話が多く、見やすい印象だったし、

    現代に実際に存在する社会問題を取り扱った回も多く、楽しめた

    あとは、地獄少女のタイトルロゴは個人的に、全アニメの中でもトップレベルにかっこいいものだと思う

    OPEDも良い曲が多かったし、

    ちょっと長いアニメだが、面白い作品だった

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  • 原因は消費者にあるのでは

    生成AIを使って既存の著作物を模倣した作品を作ったり、作品の大本となる部分をAIに任せたり、いろいろ問題はある

    生成AIを悪用する人間が悪だというのは言うまでもないし、それに関してはバッシングがすでにされているので良いにせよ、

    僕は、そもそもとして、ここまで脆弱なコンテンツを作り上げている要因は消費者にあるのでは、と思う

    例えば、民法のテレビ番組なんかを見ていても、音楽番組とかクイズ番組とか、そういう陳腐な企画ばっかりがあふれ、面白みを感じないし、

    画面のデザインも、ディテールの粗密がばらばら、まとまりのない画面。日本語のおかしい字幕、そういう細かいところがまるで洗練されていない

    というのはすでにテレビというビジネスのクオリティ的均衡点がそこに下がってしまっているのだから仕方が無いにせよ

    ただ、それに「ダメだ!」という視聴者が少なすぎるのは問題だと思う

    「だめだ!」と言わないと、クオリティを下げたもの勝ちみたいな状況になってしまう

    ようつべの低評価が消えた時にも記事にしたことだが、

    悪いものを悪いと言い、良いものを良いと言うのは、新陳代謝の原動力であって、そういうものを疎かにしているようでは文化の質は下がる一方だ

    ようつべの動画も同様で、ダメだ!を共有する低評価は動画としてのクオリティの底をダイレクトに共有するものなので、結果としてようつべ文化のクオリティアップにつながっていた気がしている

    ようつべの低評価に関しては、アンチみたいなのからクリエイターを守る的な側面もあっただろうから一概に言えることではないが、

    ただ、例えば、アニメ、漫画、ゲーム、映画、ドラマ

    そういうコンテンツ産業に関しては、やはり、今までの消費者が評価する際に心得ておくべき当たり前の責任を放棄しすぎている感が否定できなかった

    異世界転生系の流行も、あれが真っ当な流行だとは思えない

    確かに異世界転生というシチュエーションは楽しい。

    ただ、そこから快楽成分だけを抽出して色水で薄めたような作品が多すぎる

    あんなのは植民地支配的な快楽に過ぎない

    人よりも優位に立つことで得られる快感は確かに高純度な快楽だとは思うが、それだけを抽出したような物語を評価するのは消費者としては無責任すぎると思う

    消費者がそうだから、それを作ってしまう作者が現れる

    例えるなら、お笑い芸人が観客を笑わせるために、上演前に大麻を座席にバラまいているようなものだ

    そんなものはプロ失格だし、そんなので良いなら、まじめにやっているお笑い芸人がバカバカしくなる

    脚本だって、それを書く人のこれまでの人生、感動や挫折。そういうものを投影できる媒体なのだから、

    それを放棄して作っているような物語はちゃんと批判するべきだ

    でないとちゃんと作っている制作者が報われない

    現時点ではAIが脚本に進出しているというニュースは無いが、もうしばらくしたらAI脚本に関する話題も出てくるだろう

    いや、話題に上がれば良いほうかもしれない

    異世界転生が流行してしまっているくらいだから、AIで書かれた脚本が出ても、見る人は楽しめればそれでよいと言ってしまう人が多いのかもしれない

    ただ、そうやって、消費者の方がちゃんと評価しないことで、文化はどんどん陳腐になっていくというのはどこかでみんなが自覚すべきことだと思う

    あと、脚本とは別に、絵柄的な話題で言うと、

    2020年ごろの、まだほとんどAIが無いころのピクシブのイラストも、似たり寄ったりなものがほとんどだった

    僕も一時期、キャライラストレーターを目指していたので痛感したことだが、

    イラスト上達のために模写やトレースを平気で推奨するのはなんだか違和感があった

    その結果としてピクシブには同じような絵柄があふれていたし、ラノベのイラストも、あまり個性を感じないような絵柄が大量生産されている感があった

    なぜそうなったかと言えば、それを良しとした消費者しかいなかったからだ

    僕みたいに文句を言う人間は少数派だろうから、そういう面倒くさい客のために出版社も表紙絵を依頼したりしないだろう

    確かに流行りの流行絵はスッと入ってくる感じがあるので、商品としては優秀だ

    だからこそ、あの絵柄に落ち着き、AIに一網打尽にされて今がある

    流行の絵柄。という、一つのパラメーターがあるのだから、AIにとっては学習しやすい

    そうなってしまった要因は、イラストの絵柄のストライクゾーンを狭めすぎた消費者にある気がする

    最近のAIに関するあれこれでは、基本的にはAIを使ってモラルに反することをしている人が叩かれている気がする

    自分の可能性を広げるためにAIを使うのは悪いことではない。むしろ良いことだ

    ただ、人のものを盗むような真似はもちろん悪いことで、僕個人としても軽蔑する

    が、この状態を招いた原因は、これまで絵柄や物語の多様性を疎かにしてきた僕ら消費者にあるのでは、

    生き物だって、多様な遺伝子を持つ個体が増えるように進化してきた

    病原菌の流行で絶滅するのを防ぐために

    コンテンツも同じで、多様なジャンル、個性が入り乱れる姿が理想的で、それを促すのが消費者の見る目とそこから生まれる批評だ

    それを疎かにしたから一つの技術で一つのジャンルが壊滅した

    そう考えると、製品と芸術の違いは、多様性の有無なのかもしれない

    今後、益々技術は発展し、芸術と呼ばれたものがどんどん製品になっていくのだろう

    その中で、一生取り組める話題はなんだ?

    過程はいろいろあるからわからないが、最後に残るのは人が作っているという事実だけだ

    それを大切にしながら創作していきたい

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  • 引っ越しについて

    引っ越ししたいと少し前に行っていたが、今のところまだ悩んでいる

    仕事が無いからだ

    単発の仕事はある

    が、継続的な仕事は無い

    引っ越しして家賃を毎月払うにはやはり継続したお仕事が欲しい

    それがなくとも、もう少しお仕事をもらえる繋がりを増やしたい

    今は実家で一人寂しく、引きこもってblenderをやっている

    脚本の修行をしたり、アニメを見たり、全国一人旅に行ったり、

    そういう面では無駄な時間を過ごしているわけではないが、

    ただ、やはり、いつまでも実家暮らしというのは人生が進んでいない感じがある

    アニメ系の方々と繋がりたい

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  • 「異端の鳥」を見た

    良い映画だった

    炎628をそのままマイルドにしたような映画だった

    動物について

    異端の鳥にも動物が犠牲になる展開がいくつかある

    個人的には、戦争映画で平和を訴えるくせして、動物は身勝手に殺すのは言っていることが矛盾している気がする

    なので、動物を殺して撮影する映画は真の意味での戦争映画とは呼べない気がする

    その点、炎628では動物を殺して撮影していたので、完璧な作品とは言い難かった

    が、この異端の鳥は、動物が死んでしまう展開はあるものの、おそらく、本当に殺してはいなさそうだった

    逆さづりにされるヤギはかわいそうだったが、さすがにそれ以上のことはしていないと思う

    この映画では動物がかわいそうな感じに見えるが、実際はある程度配慮されて撮影されていた……と信じたい

    タイトルにもなっている鳥だって、VFXっぽかった

    登場人物に重ならないように鳥の群れが飛んでいたのはおそらく、マスクを切るのが面倒だから、人にかぶらないように鳥が飛んでいる感じになったのだろう

    冒頭で焼き殺されるフェレット?も、図ったようにカメラアングルの中を走り回り息絶えていた

    本当にフェレットが逃げるのであればどっかに一直線に逃げるだろうから、あのシーンもたぶんVFXだ

    この作品は白黒でものすごいローテクな雰囲気を醸し出してはいるが、随所に最新のデジタル映像技術が見え隠れする感じだった

    なので、動物に優しい環境で撮影されたのだろう、と信じている

    炎628よりは見やすい映画

    衝撃的なシーンはあるものの、動物に優しい映画なので、見やすい映画になっていた

    一人の少年がなぜか辺鄙な村にいて、あるきっかけで家を離れ、一人で彷徨うことになる

    なぜその少年はそこにいるのか、果たして少年は生き残れるのか

    という、一つの柱に沿って物語が展開する

    その展開というのも、見ごたえがあるものだった

    戦争に疲弊して荒んだ人々の、その十人十色な荒み様をオムニバス形式で見せていく

    その構図自体は炎628と全く同じで、一人の少年がどうなるのかという展開と同時に、戦争の悲惨さを見せている

    炎628と違うのは、動物を殺していないところや、本物の戦争の映像が出てこないところだ

    その点、この作品はあくまで作り物の範疇で、強烈なインパクトを与えている

    構成も、極度に挑戦的な展開もないし、カメラアングルもエンタメ映画の系譜を踏んでいる気がした。

    個人的に気になったところ

    途中、線路を歩くシーンが出てきたが、あの線路がなんだか現代の新しい線路に見えてしまったのが気になった

    おそらく犬釘が新しいものに見えたからだろう

    照り面がすり減っていないレールになっていたという点はリアルで良かった。

    人気のないところで主人公を見逃すという、展開の布石となる良いディテールだ

    ただ、そこまで凝るのだったら、犬釘ももっと古い雰囲気の、本当に釘みたいな粗末な物になっていたら、より没入できた気がする

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  • 自主制作アニメーション公開後に関するメモ

    自分に対するメモです

    現在制作中の自主制作は、ようつべのメインチャンネルで公開する予定だ

    この作品は一つの区切りにもなり得る作品になるだろうから、それを公開した後は、少し別の切り口で動画を作ってみようと思う

    具体的には、声出し顔出しで何かを解説する動画だ

    とはいっても、動画として出すかと言われるとそういうわけでもなく、基本はライブ配信で何かを解説したり、作業配信をしたり、質問に答えたりという形になると思う

    ブランディング的には、自主制作アニメーション公開前はネットの中だけの人で、公開後は素性を多少明かして作品を発表する人、

    みたいな感じにしたい

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  • 【blender】ほぼすべての謎エラーを解決する最強の方法

    僕の知る限りで最強の解決策、最後の手段。諦めないといけないレベルの問題を解決できる唯一の方法をここにメモっておく

    ちょうど、深刻なエラーがblenderで発生したので、この際に記事にしてみる

    ↑のシーンは今作っているシーンで、近日中の公開に向け調整しているところだ

    しかし、このシーン、謎のエラーにより強制終了するようになってしまった

    ビューポートを開くと3秒くらいで強制終了してしまうので、ほとんど作業ができないともいえるだろう

    blenderを開けないので、↑の画像もAeの画面だ

    本来ならバージョンをさかのぼるしかない状況かもしれないが、これを解決する方法がある

    まず、何もないまっさらなシーンを開く、

    そして、アペンドにより、問題のシーンのデータを持ってくる

    普段はオブジェクトやノードグループをアペンドすることが多いかもしれないが、今回はその中からシーンを選択し、アペンドする

    すると、blenderの右上のシーンの切り替えのところに、新たなシーンが追加される

    クラッシュするblendファイルからアペンドしてきたシーンだ

    アペンドしてきたところ、問題なく開けた

    シーン丸ごとアペンドしてきているので、マテリアルやコレクションなどの情報も丸ごと引き継がれている

    シーンは複数アペンドしてこれるので、面倒な重複データの削除などの作業も発生しない

    今のところ、僕がこの方法でも解決できない問題に遭遇したことは無いし、この方法に助けられた場面も何回かある

    ちなみに、pencil+を使っている場合、セッティングしていた線画描画用のノードなどはさっぱり消えてしまう

    一応、シーンとは別に、pencil用のノードグループをアペンドしてくることで対応できるが、

    その中に含まれるオブジェクトやマテリアルなども一緒にアペンドされ、別オブジェクトとしてシーンに存在してしまうので、使い勝手は悪い

    その場合は、追加されたオブジェクトを削除し、また線画を出すオブジェクトをアサインしなおすというような手間が発生する

    pencilに関してはもっとスマートな方法があるのかはわからないが、

    普通にblenderを使っている分には、この方法でクラッシュ前の状態にシーンを戻すことができる

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  • blenderとmaya

    blenderとmayaについて語る

    僕はもはや、blenderと心を通わせるレベルのblenderユーザーだが、mayaも一応、触ったことがある

    あれは僕がまだ大学生のころ、

    サイバーエージェントのインターンでmaya塾というものがあった

    その後のインターンでも3か月ほどmayaを触り、作品も残した

    blenderユーザーとmayaユーザー

    blenderと比べてみて思ったことは、インターフェースが真面目。ということだ

    blenderをやっていて思うのは、良くも悪くもゲームっぽいということだ

    mayaとは違い、遊んでいる感覚で物を作れるので、モチベが続きやすい

    現に、僕も、本来は飽きっぽく、頑固な人間だが、blenderのインターフェースはすんなり受け入れることができ、今日まで続けることができている

    良くも悪くも、と言ったのは、悪い側面もあるからだ

    これは僕が勝手に感じているだけかもしれないが、

    やはり、業界ではまだまだmayaに主導権があると感じている

    assetなどがmayaベースで構築されているので、当たり前なのかもしれないが、

    それとは別としても、なんとなく、blenderアーティストはトポロジーも汚いし、いろいろと至らない点が多くある気がする

    それは、ゲームのようなインターフェースが影響し、参入障壁があまりにも低くなりすぎたため、気軽に3DCGをできるようになってしまったからだ

    mayaは、年間27万円くらい払って使うものだった気がする

    この時点ですでに、遊びで気軽に買えるレベルではない

    なので、mayaを使う人はそれなりの覚悟を持ち合わせた人たちだ

    専門学校などでちゃんと学ぼうとしている人にmayaが多い気がする

    対して、blenderは無料だ

    無料だからこそ、パソコンさえあれば、小学生が今日から始めるというくらいの感覚で始められる

    僕はその気軽さがblenderの良いところだと思っているが、やはり、お金と責任が伴う仕事現場だと、必ずしもそれが良いとは限らないのが現状だ

    もちろん、blenderアーティストにもきっちり作っている人もいるし、僕もそれを目指している

    が、やはり。どこかで趣味の気分が抜けないのは感じていて、それが良く働くこともあれば悪く働くこともあるということだ

    何かを作りたくて3DCGを始めた人たちが集うのがblender

    対して、3DCGを作りたくて3DCGを始めた人たちが集うのがmaya

    みたいな印象だ

    好きなものを作っているという点で、前者の方が特色ある作品を残しているので、そういったところはblenderの持ち味だと思う

    これから始めるにはどっちか

    3DCGと言っても、アニメ系、ゲーム系、VFX系など、業種は様々だ

    なので一概には言えない

    あくまで僕の見える範囲で、アニメ系、一部の映像系、ゲーム系などに限定した話にはなるが、

    今からCGを始めるならば、blenderが良いと思う

    専門学校がどういうカリキュラムになっているのかは正直よくわからないが、mayaかblenderを選べるのであれば僕はblenderを選ぶと思う

    僕の場合は、ジオメトリノードやマテリアルノードなど、ノード関連の使い勝手が良いから役に立つし、

    ほかにも様々なことをblenderでできる

    そしてそれらは現在進行形で進化している

    レンダリングなどでは難があるものの、例えば、大規模なゲーム開発現場で1モデラーとして働く場合は、blenderでも問題は無い

    会社にもよるのだろうが、少なくとも。今まで参加してきた3つの会社にはソフトウェアの指定は無かった

    ただ、やはり、何か問題が起こった場合は自己責任にはなるかもしれない

    mayaを解決してくれるベテランはいるかもしれないが、blenderとなると、まだあまり人員もいない可能性がある

    blenderはfbxが苦手で、データのやり取りも若干やりにくいところもあるかもしれない

    が、それだって、数年の辛抱だと思っているし、現に、改善傾向でもあると思う

    今始めるのであれば、数年後に現場入りする感じかもしれない

    そして今後キャリアを重ねていくことを考えれば、今、blenderをはじめ、それを使って末永く業界で活躍していくこともできるだろう

    あとは、フリーランスに転身したとしても、mayaユーザーとの年間27万の差はやはり大きい

    blenderは個人フリーランスのジェネラリスト向けだと思う

    一つのソフト内で様々な分野を網羅するblenderは、今後も強力なツールだろうし、存在感も増していくものだと思う

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  • 脚本における微分積分

    脚本と微分積分は思いのほか関係がある気がしてきた

    脚本を書く上で一つ心得ておくべき指標に、感情曲線というものがある

    登場人物の感情の上下の推移により、その物語が喜劇なのか悲劇なのか、感動系なのか、おおよそ決まる

    そして、感情を上下させるのは言うまでもなく、展開、事件だ

    そして、その事件はダイレクトに感情曲線を変化させるのではない

    数学的な用語で言い表すならば、変曲点みたいなものだと思う

    物理的に言い表すならば、加速度だ

    速度でも座標でもない

    感情を下げることができる展開と、感情を高ぶらせることのできる展開。

    それらを巧みに配置し、登場人物の感情曲線を操っていく

    時間軸、速度、加速度、それを操るための点として存在する展開。

    そうして結果的に、意図した感情曲線を伝えることができれば、エンタメのフォーマットを満たしたストーリーを作ることができるというわけだ

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  • 「N・H・Kにようこそ!」の感想

    N・H・Kにようこそ!_1
    (C)2006 N・H・Kにようこそ!製作委員会

    被害妄想、幻覚、幻聴。

    そういう闇を抱えた登場人物たちがコミカルに描かれる

    この後詳しく書くが、そういった精神的な症状に関して、驚くほど真正面から描いている

    身の回り全てが自分を馬鹿にしているように妄想してしまう様子や、

    外出することを拒絶するあまり、理由を探して外出しない自分を正当化してしまう様子。

    嘘をついて目先の問題を先送りにしてしまう様子など、

    実際に存在する精神的な問題を脚色することなく、キャラクターにしていた

    おまけに、引きこもり、依存関係、マルチ商法、自殺など、

    とにかく、現代社会に溢れる闇をとことん盛り込んだような展開がとても面白い

    僕はそういう話題については当事者でもあるし、興味も尽きない

    現代社会における代表的な闇をそのまま投影したような登場人物たちが、これまた現代社会における代表的な闇を体験していくような、

    面白すぎるアニメだった

    佐藤くんの性格

    佐藤くんの性格がとてもリアルだ

    ぱっと見アホで、たまにクズな一面も見せる

    すぐに嘘をつき、そのしわ寄せに苦しむ

    幻聴や幻覚に支配され、被害妄想に苦しむ

    そして、陰謀が自分を陥れていると妄想している

    精神病の症例のみで作り出されたようなキャラ設定だ

    そして、それをコメディー調に見せているこのアニメはとてもすごい

    ぼざろにも同じ魅力を感じて衝撃を受けた

    ぼざろのぼっちちゃんは、人づきあいが苦手な陰キャ特有の、すぐにテンパってしまう挙動をそのままコミカルに描くことで、これまでにない本物っぽさを見せている

    面と向かって面白いことは言わないけど、頭の中ではいつも面白い受け答えをして、一人で永遠に脳内でしゃべり続け、楽しんでいるような人間を、キャラクターにしたのがぼっちちゃんだ

    そして、この、N・H・Kにようこそ!の佐藤くんも、同じような雰囲気が感じられた

    いや、このアニメの場合は登場人物のほとんどがそんな感じだ

    岬ちゃんなどに関してはまたこの後書くが、

    この、妄想性障害や幻覚をそのままコメディーにしてしまうという豪快な切り口がボザロよりもずっと前に行われていたことが面白い

    ちなみにだが、

    僕がこのアニメについて共感するのには訳があり、

    大学時代。仲の良い友達がまさに、佐藤くんみたいな感じだった

    彼の場合はNHKによる陰謀ではなく、通信会社大手のNTTが自分を監視しているという妄想に取りつかれていたようで、

    確か、彼が病んでいたころ、僕と彼で学科の成績下位を独占していた頃、

    NTTドコモの社員兼教授みたいな人が講師をしている授業があった

    それを受けてから半年くらい。「俺はNTTに監視されている」みたいな良くわからないことをしきりに言っていた時期があった

    その後彼は僕と同じタイミングで留年し、別の大学に編入していった

    N・H・Kにようこそ!の佐藤くんを見ていると、たまに、編入していった彼のことを思い出す

    その人も、純粋ないい人で、親しみやすく、愛すべきアホみたいな感じだったが、

    たまに、ズルいことをする

    見え見えの嘘をつき、バレていないとでも思っているのかわからないが、指摘する理由もないので、僕はそれ以上追及はしない

    あとになってしわ寄せがきて、本人もつらくなっているのかもしれない

    勝手ながら、僕にもその気持ちはわかる

    小さな嘘をついた後は罪悪感を抱くし、その嘘を本当にするために過度に頑張りすぎて、体を壊す

    僕の場合は嘘をつくのが癖になっているというわけでもないので、そこまで大きな問題になってはいないが、

    佐藤くんのように、無意識のうちに嘘を嘘で固めてしまう人間もいるだろう

    そういう人には見覚えがあり、そこに妙なリアリティがあった

    今思えば、僕も、彼に対して、岬ちゃんみたいに、人を見下すのも手だというアドバイスをした気がする

    大学の食堂で、地方の実家に帰って同級生と自分を比べてみろ。東京の大学に行っているだけですごい奴だぞ。と言うアドバイスをしたのを覚えている。

    東京での水準で自分を測ってはいけないと、東京は全国の猛者たちが集うハイレベルな場所だからだと、

    つまり、遠回しに、他人を見下して自分を保て、というアドバイスをした

    それは、岬ちゃんが佐藤くんにしたアドバイスに似ている

    佐藤くんというキャラ、そして、僕がしたアドバイス。

    このアニメにここまで僕の人生と共通点が多いのはそれがやはり社会問題として世間一般に蔓延していることだからか?

    ストーリーが面白いという点でも、普通に楽しめるアニメだが、

    このアニメはそれ以上に、他のアニメにはない臨場感がある

    マルチ商法と恵の性格について

    マルチ商法にはまっている恵だが、これもまたリアルだ

    恵は兄に依存している

    依存しているため、食事を作り続け、マルチにはまってしまった

    委員長という、まじめで余裕のない性格がこれまたリアルだ

    兄を見捨てることができないという正義感がエスカレートし、最後、兄がいなくなった後、空虚な表情をしている

    あとは、恵がファミレスで勧誘をする様子も。やはりマルチ商法の手口を忠実に再現していると思った

    実は、恵に似たキャラクターも僕は知っている

    大学のころ、高校の同級生から数年ぶりに連絡が来たかと思ったら、マルチ商法の説明会の誘いだった

    僕は、社会に蔓延る闇を観察するため、行ってみることにした

    そこはやはり、ファミレスで、地下の喫煙室がマルチのグループに占拠されていて、異様な雰囲気だった……

    というのは置いといて、

    やはり、その同級生は恵のようなとても真面目な性格だった

    そして恐ろしいのが、その同級生は別に高校のころからガラリと変わったというわけでもなく、高校のころと同じような真面目な話し方で僕を勧誘しようとしているところだった

    これも、「N・H・Kにようこそ!」ではリアルに表現されていた

    アニメでは髪の色が変わってはいたが、

    恵は委員長と呼ばれているだけあって、クラスをまとめていた生徒だった

    ただ、佐藤くんの回想シーンでもある通り、その熱意は伝わらず、空回りからの暴走、ヒステリーを起こしているような感じだった

    マルチ商法に引っかかるのはそういう、まじめで素直な人なのかもしれない

    僕の高校の同級生はそうだった

    これも、このアニメを見ていて心当たりがあるくらいのリアルな展開の一つだ

    岬ちゃんについて

    岬ちゃんは幼少期からの複雑な家庭事情、父親からの暴力などがあり、ああいった性格のキャラクターになった

    手を上げられそうになると過度におびえたり、トラウマを抱えている

    その影響からか、人よりも優位に立ち、支配し、監視することで安心しているのかもしれない

    ただ、そうして保っている自分の平常心の裏に、罪悪感を抱えているのでは

    だから時折、自分のことをクズ人間だとか言って、落ち込んでいる

    自殺も、本当は死にたいのではなく、見てほしかったのでは?

    自分を見てほしいがために自殺をする

    本人にとって命というものにそこまでの価値を感じていないので、死んで自分を見てくれるのであればそれはとても心地の良い事だったのかもしれない

    そういうことは当の本人もわかっていない

    嫌だから逃げる。というのが自殺の原因だが、その裏には、自分を見てほしい。自分に注目してほしい。という気持ちの表れだと思った

    音楽について

    OPのパズルは、ようつべで聴いたことがある曲だった

    NHKにようこそのアニメを見たきっかけも、この曲が聴いてみたかったからというのがある

    特に、「どこに行けばいいの、そんな顔してる君と」

    という歌詞は、このアニメにもマッチしているし、多くの人に共感される歌詞だと思った

    新しい環境に身を置こうとする人が次にどうすればよいのか弱弱しく周囲をうかがっているような情景が思い浮かぶ

    僕は、中学のころ、進学した学校での初日、教室に行けばいいのか体育館に行けばいいのかわからない自分を思い出し、懐かしい気持ちになった

    あとは、OP中の佐藤くんと岬ちゃんを繋ぐ水玉模様も、草間彌生のようなアプローチで、鬱や幻覚を表しているような気がした

    あと、EDは2曲あるが、そのうちのOP1、踊る赤ちゃん人間も、パンチの効いた曲でよかった

    人は生まれながらにして同じはずなのに、社会で生きていく中で不思議と優劣が決まり、落ちぶれていく

    その不条理を嘆きつつも、それに目を背けていつまでも庇護されたいという人間の欲望を赤ちゃんに例えて全力で歌っている

    この曲も、アニメの登場人物たちに重なるところがあり、とても良かった

    総じて言うと

    ストーリーで言うと、超絶面白いというわけでもなかったが、明らかに、その辺のアニメよりも断然に面白かった

    そして、同時に。社会の闇をここまで正面から描いているというアプローチ自体に感心する

    それは僕がそういう話題に敏感で、かつ、自分もナーバスなタイプの人間なので、勝手に共感しているだけかもしれないが、

    少なくとも、こうしてブログ記事にまとめたくなるほどには感動した

    作画に関しては、古き良きアニメ黎明期というような感じで、最近のアニメにはない、抽象的で憂鬱とした雰囲気が久しぶりに見れた気がした

    音楽も良く、OPEDもそうだが、アンビエント系の劇伴など、独特な雰囲気を持っているのが良かった

    このアニメの監督は山本祐介という人らしい

    ヤマノススメで、ものすごく大々的に監督の名前を出していたので、印象に残っている

    N・H・Kにようこそ!でも、だいぶ印象的に監督の名前を出していた

    個人的には、監督の名前はもう少しさりげなく出すものだと思う

    自分について

    このアニメに共感している自分はどこかで佐藤くんなどと自分を重ねているからかもしれない

    僕も、社会のレールの上を走りたくないという点においては、佐藤くんと同じだ

    僕の場合は3DCGでありがたいことにお仕事を頂けているが、

    実家に籠って生きているという点で、ぼくは踊る赤ちゃん人間みたいなものだと思った

    ほかにも、岬ちゃんのように、人よりも優位に立つことで自分を保ったり、自分を傷つけることで愛してもらおうとしたり

    山崎のように、敷かれたレールに抗おうとしたり、

    運よくうまく回っている僕だが、やはりいろいろと問題を抱えている

    僕は、あのアニメの登場人物として、違和感なく溶け込めるくらいの人間だと思う

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  • 「Blender Fes 2025 SS」にて、MCとして参加します!

    「Blender Fes 2025 SS」にて、MCとして参加します!

    https://twitter.com/CGWjp/status/1903083082808164573

    参加するのはYo☆Hey/亀山陽平さんのセッションです。

    以前、別の機会にトークセッションでご一緒して以来となります

    youtubeなどでも話題になったミルキーハイウェイの続編、『銀河特急 ミルキー☆サブウェイ』でのblenderの活用方法をお伺いしました。

    来週開催、アーカイブもあります!

    blender fesは毎度、個人的には破格の価格設定だと思っているのでぜひ、ご覧ください。

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  • 『職種と用途で探せる Blenderアドオン事典』に寄稿させていただきました

    『職種と用途で探せる Blenderアドオン事典』に寄稿させていただきました!

    定番アドオンからマニアックなアドオンまで、たくさん収録されています

    この本がきっかけで知るアドオンもあると思います

    今月末発売のようです!

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  • コミック雑誌なんかいらない! を見た

    マスコミの行き過ぎた取材に対する強烈なアンチを感じた

    最初から最後までそれしかないので、話の展開的には一方通行な感じはありつつも、

    ただ、個人的にはそういう強いメッセージは好きなので、やはり見ていて楽しかった

    僕は以前から、平成初期~2000年くらいの憂鬱な時代が好きで、北野武監督の映画をよく見ているのもそのためだ

    そして、コミック雑誌なんかいらない!も、そういう時代のふさぎ込んだ雰囲気を感じられる作品だった

    実際の事件をもとにしているが、見ているこっちがひやひやしてくるくらいだった

    僕が見たのは、海外にも売れるバージョンの、日航機墜落事故がカットされたものだったが、カットされていないオリジナルバージョンも見てみたくなった

    日航機墜落事故は何でも、大切なシーンだったらしい

    時折挿入される野球のインサートカットなど、伝えたいことが強くあり、それを比喩して映像にしている感じだった

    最後のシーン、キナメリが室内に入った後、刺されるが、あの辺りになるともはや、キナメリはキャラクターではなく、単なる演出のための一つの装置に感じられた

    だから、刺されたけど生きているとか、そういうのはどうでも良いのかもしれない

    最後に日本のマスコミと視聴者を揶揄する言葉さえ発言できればよかったのだろう

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  • 作品作りにおいて大切なこと、潜在的な印象の操作。

    例えば、シャイニングのホテルの間取りには、現実的にはあり得ないものが含まれている

    あの作品はホラー映画の中で一番好きなだけでなく、全映画の中でもトップレベルに好きな映画だ

    最初から最後まで漂う不気味な感じはしょせんは画面の中の出来事だという絶対の安心さえも霞んでくるような不気味さがある

    その違和感の理由に、あり得ない間取りというのがある

    実際は壁にめり込んであり得ない場所にあるトイレや、

    壁の向こうには空間が無いはずなのにたくさん並んでいるドアなど、

    潜在的な違和感の積み重ねで、あの不気味な感じを演出している

    そんなの気づけるはずがない、言われないと気づかれないんだから意味ないよ!

    という考えもあるかもしれないが、それは違う

    というか、言われないでも気づける違和感は単なる作画崩壊や設定崩壊なので避けるべきだ

    大切なのは、言われないと気づかないレベルだけど言われれば確かに変だとなる破綻だ

    確実にそういった違和感は見る人の深層意識に働きかけ、奥深い体験を提供する

    ここで、自分の作品の話になってしまうが……、

    僕の初期の作品。まだフォトバッシュをやっていたころの作品で決まって心がけていたことがある

    それは、頭上に何かを映り込ませることだ

    陸橋や歩道橋、頭上にある建物など、決まって何かを少しだけ映り込ませるように配慮していた

    それをすることにより、これらの街の仰々しい感じを表現している

    画面に占める割合としてはそこまで大きいモチーフではないものの、上に少しだけ物体が映り込んでいるだけで、この空間への没入感が驚くほど変わってくる

    こういうことも、言われないと気づかない表現の一つだ

    ただ、それに気づかなくても、確実に見る人にとっては上に何かあるという、仰々しい空間にいるときと同じ感想を抱かせることができる

    そして、そういう見せ方は今でも行っている

    ↑の例は自主制作の例だ

    先ほどのフォトバッシュのように、直接的にものを映り込ませて上に何かある感を出すのではなく、影を落とすことによって何かある感を醸し出している

    たぶん、この画面を見た人は、何か巨大な塊のような街の中にいるような印象を得ると思う

    ロボが進む通りには巨大な影が落ちているが、それはつまり、この頭上に物があるということを示している

    ただ、この画面には頭上の物なんて映っていないし、影が落ちているというのも、言われない限りはわざわざ意識するようなものでもない

    それでも見る人は確かに、上に何かある感を感じ取ってくれる

    これが、潜在的な情報操作だ

    シャイニングの場合は、わざわざ図面で書き起こしてやっと気づくレベルの間取りの不調和が、言語化できない違和感となって積み重なっていく

    角を右に曲がって、右に曲がって、右に曲がって、右に曲がって……、

    とすると本当は最初の場所に戻ってくるはずなのに戻ってきていないだとか、

    そういう潜在的な違和感は見る人に不気味さとなって作用する

    ある種のデフォルメと同じなのかもしれない

    別に、ホラー映画じゃなくてもこのテクニックは使える

    空間を使ってそういうことを伝えるのは難しくはない

    現にこの記事で扱ったシャイニングの間取りや、僕の自主制作など、

    空間で考えるとわかりやすい

    が、もっと抽象的な、例えばキャラクターの破綻や、ストーリーの論理的な破綻も。潜在的な違和感やその逆の感情も生むかもしれない

    言われてみれば。みたいな共通項を、見る人全員に、誰にも言語化させることなく深層意識に植えつけることができるのが、理想的な演出なのだろう。

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  • 「月がきれい」を見た

    特段語るべき名作というわけでもなかったが、ただ、新しい試みや、展開に他のアニメにはないものを感じたので、備忘録として残す

    月がきれい_1
    ©2017「月がきれい」製作委員会

    当事者意識さえ芽生えるアニメ

    この作品はプレスコ方式らしい

    妙に声が生々しく、リアルだったので、何かしら理由はあると思っていた

    声もそうだが、この作品はなんだか、自分の深層まで伝わってくる感じがした

    アニメを見ていると、どんなに良い話でも、あくまで画面の向こう側の出来事だという安心感と他人事っぽさがあるが、

    このアニメは、まるで自分が当事者に感じられるくらいに、深層まで伝わってきた気がする

    見てるこっちまでテンションが上がってしまうようだった

    これを実現しているのは、現実的なキャラデザや、声のリアルさ、細かなニュアンスを伝える展開、撮影処理などがあるだろう

    セリフも、台本で文字になった文章というよりかは、文字には乗らない、吐息や微妙な相槌など、細かなニュアンスが多いようにも思えた

    展開について

    ↑までのことを考えると、とてもすごいアニメのようだが、展開については惜しいと思うところもあった

    特に序盤は展開が少なく、フリーレンやドラゴンボールくらいの密度しかない

    それはむしろ、ゆったり流れる中学生の日常のような、けだるさも含まれる印象を表現できているのかもしれない

    ただ、脚本が本当に上手な人が作れば、その細かなニュアンスに加え、手に汗握るような展開。先が気になる展開を盛り込めた気がした

    密度の薄いストーリーはそれはそれで、フリーレンのように味を生むこともある

    今回のアニメではむしろ、そのゆっくりさが一つの価値になり得ているので良いとは思う

    が、ここで展開を増やせば、もっとすごいアニメになった気もした

    3DCGについて

    モブが3DCGで行われるというのは、結構いろいろなアニメで行われていることだが、今回の作品は特に、その量が多い気がした

    良い見栄えのカットもある

    が、やはり。歩きのモーションはぎこちないし、影の輪郭も美しくない

    もう少し改善の余地がありそうなモデルだった

    登場人物について

    まず、キャラデザは良かった

    特に派手な髪色でもなく、目立った特徴のない感じは作品のリアリティを高めるのに一役買っている

    ただ、登場人物のチョイスについては若干謎な部分もあった。

    陸上部のリア充っぽい男の子は、主人公とヒロインを奪い合う感じになるのかと勝手に警戒していたが結局そこまで張り合う感じでもなかったし、

    主人公を好きになってしまった女の子も、そこまで大きな展開もなく終わってしまったし、

    僕はむしろ、そこで、余った者同士の関係性や、三角関係、ヒロインの奪い合い的な展開を期待していたのだが、そういう気配もほとんど無いような感じだった

    声の吐息や微妙なニュアンスは良い意味で中途半端だったが、キャラクターの持つ意味の少なさについては普通に中途半端だった気がした

    確かに、それによってこのアニメのはっきりしない抽象的なリアリティみたいなものが表現できているのかもしれない

    むしろ、カメラの中にすべてを収めてきれいにレイアウトせずに、多少はみ出したり、余白が見えていたり。そういうリアリティはあった

    狙って行ったのであればそれはとても高度な見せ方だと思う

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  • 世界で売れる作品

    最近、嗜みとしてK-popを聴きだした。

    大昔、少女時代とか、そのころに少し聴いた以来だ

    あの頃からKPOPも進化し、様々なアーティストが登場している

    ここ最近のKPOPの勢いはすごい

    流行に疎い僕の耳にも入ってくるくらいなので、相当の流行り様だ

    世界的に人気があるのではないだろうか、

    確かに、個人的に感じる韓国の文化イメージに、KPOPの音が違和感なく溶け込んでいる感じはある

    違和感なくというのが重要で、世界から見てこの国はこういうイメージだ。というようなイメージを阻害しないジャンルの音楽が、ワールドワイドに通用する音楽になる気がした

    違和感なく溶け込んでいるという結果にたどり着くには、それに至る理由がある

    例えば、OMGなどを聴いていると、韓国語の発音が英語とEDMと相性が良い気がした

    EDMと韓国語の相性が良いのかもしれない

    あとは、韓国は近代的で、半導体なども強いイメージがある

    加えて、ハングル文字も、中国語の繁体字のような圧迫感のあるアジア感はない。

    ハングルの発音と文字の滑らかな印象と、近代的な国、整形文化に代表されるような人工的なイメージ

    そういった印象がKpopの音とマッチしたので、これだけ受け入れられるものになったのかもしれない

    では、日本はどうなのかというと、

    似たような理由でブレイクした日本のコンテンツとして、シティポップが挙げられる気がした

    シティポップも、主に海外で少し前から人気が出ていて、最近は落ち着きつつあるものの、一つのジャンルとして定着しつつあるような雰囲気もある

    なんとなく、演歌の流れを汲んだJPOPというような風潮だ

    僕は日本人なので、日本語が海外から見てどういった印象に聞こえるのかはよくわからないが、やさしい印象だというのは聞いたことがある

    もしそうならば、それがシティポップ特有の哀愁漂う雰囲気にマッチしているというのもあるかもしれない

    リミナルスペースのようなノスタルジー成分を含んでいるのかもしれない。

    音楽で言うところのヴェイパーウェイヴみたいな感じだ

    シティポップについては、主に流行っているのは昔の音楽で、最近の音楽が流行っているというわけではないので、その点のフレッシュさでは韓国のKPOPのようにはいっていない。

    ただ、Vaundyや、サカナクションも、シティポップの雰囲気を汲んでいるようで、最新の流行と昔の音を組み合わせる風潮はおしゃれなアレンジとして受け入れられているようにも思える

    そういった風潮は個人的にも好きだ

    古いものをマネしても、それは模造品ではないので、特段大きな感動は生まれない

    ただ、古い要素を取り入れて新しい音を作る。というようなアプローチは大好きだ

    そっちの方が結果的に良いものが出来上がる

    シティポップと並ぶ日本特有のジャンルとして、カワイイ文化がある

    きゃりーぱみゅぱみゅが人気になったり、ベビメタが人気になったり、

    電波系や、アイドル文化、アニメ文化、

    カワイイ文化は日本特有の雰囲気みたいなものの結果、自然発生したジャンルだ

    自然発生したジャンルは強い。

    真似をしたら良くても単なる二番煎じにしかならないが、自然発生したジャンルはその道のパイオニアになれるだけでなく、量産化もできる

    自然発生したジャンルはもはや文化なので、コンテンツの持つ凄みを含み、見る人を満足させる

    日本の場合は、内向的な国民性、高い技術力、子供っぽい外見、やさしい日本語の発音、

    とかが影響し、アニメ文化やアイドル文化が生まれ、結果としてカワイイ文化として派生している気がする

    それに、精神的な病み率の高さなどが加わると、メンヘラっぽくなる

    カワイイ文化には若干のメンヘラ成分も含まれている

    そんな細かいニュアンスが外国人に伝わっているのかについては何とも言えないが、

    ただ、そういった風潮は日本人に最初から備わっているもので、

    例えば、ミニモニのMVなどは2000年初頭の作品だが、きゃりーぱみゅぱみゅに繋がる不思議要素がある気がするし、

    ジュディマリの曲やジャケットも、個人的にはそういう、若干の病み成分を感じる

    そう考えると、カワイイ文化に深みを加えたのはバブル崩壊からの不景気が影響しているのかもしれない

    不景気によるふさぎ込んだイメージは世界的にもあるかもしれないが、日本は特に、バブルの崩壊もあったし、超能力ブームもあったし、

    先述した、日本人と日本語の持つ特徴(ポテンシャル)が正当進化し、アニソンやアイドル系みたいなものが生まれたのかもしれないが、

    それらとは枝分かれし、病みを含む世界観が少し加わり、かわいい系になったのかもしれない

    病みがグロテスクに変化したり、メンヘラっぽい現実逃避系の歌詞に変化したり、

    それをあえてすこし隠し、見え隠れする病を愛でるようなジャンルが生まれたり、

    要するに、今のカワイイ文化やアニソン文化は、日本人がごく自然に創作してきた結果、ある世界観で、

    その世界観というのは日本コンテンツの系譜を汲んだ正当な文化だし、そういうものは世界的に評価される可能性がある

    例えば、日本のアニメを海外に売っていく際、

    日本が世界からどう見られているかを意識したうえで、脚本、ルックを考えていくことができれば、ワールドワイドに楽しまれる作品が出来上がるのでは?

    と思った。

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  • 白馬村、富山、名古屋などに行ってきた

    定期的に一人旅をしている僕だが、今回は高校の友達と行った

    新宿集合のはずが、友達の乗っている電車が遅れ、結局、白馬集合となった

    白馬村では雪が背丈以上に積もっていて、そういう積もり方を見るのは初めてだったので新鮮だった

    触ってみたところ、やはりサラサラしていて、手にも纏わりつかないようなさわり心地だ

    白馬村ではその後、スキー場にゴンドラで登ってみた

    終点付近は雪で真っ白だ

    白い霧のように立ち込めてはいたが、肌に当たって溶けていくような感じではない

    なんだか白い粉が舞っているだけのような感じだ

    周りにはほとんど外国人しかおらず、人でごった返してはいたが、日本人は僕ら二人以外に一人しか見なかった

    ゴンドラ乗り場である兎平はその日、謎のDJがいて、ステージが設置されており、EDMが大音量で流れていた

    辺りは外国人でごった返し、おまけにドローンまで飛んでいるという、なかなかのカオス空間だった

    白馬村からは大糸線を使って糸魚川へ行った

    糸魚川ではビジネスホテルで宿泊するのみで、ガストでサーロインステーキを食べたくらいの経験しかしていない

    が、糸魚川のホテルから雪が降るのを眺めていると、風の流れがそのまま可視化されているようでたのしかった

    手前に落ちる雪の方向とその奥に落ちる雪の方向がばらばらだ

    むしろ、遠くまで同じ向きに雪が落ちていく様子はあまりなく、風が渦巻いているのを感じることができた

    降り方も、ずっと同じ強さで降っているのではなく、夏場のゲリラ豪雨のように、降ったりやんだり、場合によっては晴れているのに雪が舞っていたり。

    そういう場面をいくつも見た

    おそらく、雪は軽いので、雨以上に遠くに舞うのだろう

    白馬村では到着した時からずっと、雪がちらちら舞っていたが、雪雲が立ち込めているわけでもなかった

    糸魚川で宿泊したのち、富山に移動した

    富山市役所の展望台から立山連峰を眺めた

    前回来たときは展望台には入れなかったので、リベンジだ

    快晴というわけでもなかったが、わずかに山の方まで見ることができた

    富山は個人的にお気に入りの地域で、半年前にも来た

    また近々行ってみたい

    今度はPAworksの本社を見物してみたい。

    富山からは特急ひだに乗り、名古屋まで行った

    名古屋は何回も来たことがあって、今回行った駅前の展望台も3回目だ

    3回目の名古屋城と、2回目の名古屋市役所にも行った

    名古屋ではひつまぶしを食べた

    4700円くらいのひつまぶしだ

    1品でここまで高価なものを食べたのはたぶん、初めてだ

    確かにおいしいが、個人的には普通のウナギの方が好きだった

    なんとなく、こんがり濃い味付けな気がする

    おそらく、お茶漬けのようにだしで食べるので濃い目の味付けになっているのだろう

    薬味を入れたりして味をチェンジして食べるという体験で、名古屋を観光した気分になった

    基本的に、どこに行っても、チェーン店やコンビニのおにぎりなどを食べている人間なので、こういうのは普段の一人旅ではできない体験だと思った

    名古屋で宿泊したのち、東海道線を在来線を使い、帰って来た

    最終日は珍しく東京で雪が降っていた

    3日間の行程で毎日雪を見たことになる

    白馬村の積雪や、糸魚川の降雪をさんざん見てきたので、しばらくは雪が降っても驚かない自信がある

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  • Astrid Engbergについて

    僕は比較的、幅広く音楽を聴いている人だと思う

    その多くは有名な人だったり、有名な作品の音楽だったり、

    すでに世間で話題になっているものをよく聞いている

    結局のところ、やはり良いものというのは人を惹きつけるので、実績のあるコンテンツというのは良いものが多い

    良くも悪くも例外はある

    あまり良くないのにやたらと評価されているものもあるし、逆もある。

    その逆というのの最たるものが、Astrid Engbergというアーティストだ

    Astrid Engbergはだいぶマイナーなアーティストだが、個人的にはとても好みの音で、僕がトップレベルに再生しているアーティストだ

    彼女の音楽はミレパやフュージョン音楽とともによく聴くが、ミレパもフュージョン音楽も世間一般には割と広く知られている

    が、Astrid Engbergはほとんど知られていない

    ↑の音楽なんて、10年前に公開されたのに100回ちょっとしか再生されていない

    むしろ、僕が一番再生回数を増やしている可能性もある

    僕が最初に聞いたのはLush Lifeだった

    背景制作のためにミレパの事務所に通っていたころに知った

    この曲はとても、東京という感じがする

    東京という街に対しては人それぞれいろんな印象があるのだろう、

    昭和の東京、平成の東京、令和の東京、いろいろあるが、

    現代の東京という意味で言うと、僕からしたらこういった音楽になる

    前々からフュージョン音楽などの、歌詞のない主張してこない音楽が好きだった

    Astrid Engbergも例外ではなく、雰囲気を上書きしない繊細な感じが良い

    たぶん、将来。この曲とサイバーパンク都市東京を掛け合わせた映画を作ると思う

    Astrid Engbergに限らず、こういったアンビエント系の曲は好きだ

    こういった音が好みだということと、そういう音楽と合わさった映画を作りたいという気持ちがあることをここに残しておく

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  • TrySailの10周年ライブに行ってきた

    TrySailについては、adrenaline!!!のころから知ってはいたが、その後は特に追っている感じでもなかった

    ただ、今回。高校の友達に誘われたので、行ってみることにした

    ライブに行くにあたりいろいろ調べてみると、ほかにも知っている曲があって驚いた

    座席は一番後ろのX列の、端から2番目だったので、見晴らし的には最高というわけでもなかったが、

    ただ、今回のライブでは観客の様子や雰囲気、武道館の建物などを見に行ったというのもあるので、むしろ、後ろからそれらをずっと眺められたので楽しかった

    ペンライトの文化

    僕はカラオケにペンライトを持ち込む人間なので、ペンライトが楽しいものだということは知っていたが、

    今回、ライブでペンライトを振ったことによって、改めて、日本人の持つ独特なエンタメに関するセンスを感じることができた気がする

    峠をドリフトし、ユーロビートと掛け合わせるのも、日本人が生んだエンタメ文化の一つだし、

    そういう、何かと何かを組み合わせ、よりよい体験にするということが日本人は得意なのかもしれない

    カレーにカツを入れたり、福神漬けを入れたりも、そういうことだ

    今回のライブでは外国人を一人だけ見たので、そういう考えに至った

    TrySailのファンなのかはわからないが、なんとなく、外国人から見たら、大勢でペンライトを振っている様子というのは日本っぽさを感じられるものなのでは、と思った

    レーザー

    レーザーの演出が凄かった

    たくさん動くは動くのだが、やはり、観客の目に当たるような感じには動かない

    うまいこと避けたうえで、横に伸びたり、点滅したり、というような演出になっていた

    会場について

    武道館は結構高さがあり、上から見下ろすような形でライブを楽しめた

    一番てっぺんの座席だったので、その高さを実感することができる

    ダイブしたら一番下まで落ちていけそうなくらいだった

    もしくは、誰かが倒れたらドミノ倒し的に広がっていってしまいそうなくらいだった

    空気感もあり、その高さが際立っていて、おそらく、スモークなんかが焚かれていると思う

    でないとレーザーの軌跡も見えないし、スケール感もあまり感じられなくなる

    音に関しては、特別大音量というわけでもなく、丁度良い感じで楽しめた

    ただ、僕らの座席から見ると、天井から吊り下げられていたスピーカーがモニターにちょうど重なり、映像が見えなかったのは少し惜しかった

    予約について

    ローチケのサイトから予約した

    予約時は混雑し、一瞬でチケットが売り切れるので、電波時計のサイトや各種リンク、パスワードを別画面に待機させたうえで、時間前になったら予約サイトの予約、戻る、を繰り返した

    僕は運よく予約が取れたが、手続きを済ませた後はローチケのサイトがつながりにくくなってしまっていた

    当然のことながら立見席も満杯で、最後列の席とはいえ、ライブを見れたのは運が良かったようだ

    ローソンで予約したチケットは、ライブ当日までにローソンで発券し、当日。友達に渡した

    手数料込で1万円くらいだ

    ただ、それ以上の体験はできたと思う

    曲目について

    予習してきたが、半分くらいしかわからなかった

    ただ、半分でも十分に楽しめたし、知らない半分も雰囲気を楽しめた

    僕は曲を知っている程度の人間なので、特有のノリだとか、口上だとかはわからない

    そういうものがわかっていたらさらに楽しめたのだろうと思った

    昔から、ゆかりんのライブなどには行きたいと思っていて、王国民の一糸乱れぬペンライトだとか、口上だとかは一度は見てみたい

    そして、今回のTrySailのライブも、ファンたちのペンライトの一体感が凄かった

    やはり、ライブは体験なんだな、と思った

    エルレのライブも、ゴアグラ?のOEFも、大学のライブも、

    別に曲を聴きに来ているのではなく、その場の一体感を味わうために行くのだと、改めて感じた

    ロックフェスについて、ただ騒ぎたいだけと揶揄する人もいるが、実際のところそうだと思う

    曲という媒介によって演者と観客を繋ぐ体験がライブだ

    今はまだ曲をそこまで知らない、半分外野みたいな人間だが、曲やノリを知り、当事者になったらさぞかし楽しいんだろうな、

    それが人々をライブに駆り立てる原動力なのではないか、

    と感じた

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  • 最近忙しい、なのであまり更新できていません

    最近いろいろと忙しく、ブログもXも更新できていない

    少し前までは年末付近まで仕事が無く、とりあえずアニメを見てしのいでいたのだが、

    先日。とりあえず数か月先までは仕事ができた

    今は珍しく2つの仕事を掛け持ちしている

    それだけでも忙しいのだが、加えて脚本の修行もしている

    プロデューサーさんにフィードバックをもらうためにいろいろ考えている

    まとまった時間が空いたらそういう脚本のブラッシュアップをしているので、基本的に、時間は余らない

    そしてさらに、それらに加えて、友達と遊んだり、一人旅に行ったりというような予定も重なっている

    明日はTrySailの10周年ライブだし、

    その数日後には仕事関係の会食、その数日後には白馬村や糸魚川に雪を見に3日間周遊する予定だ

    ちなみに、その旅行は2週間くらい前まで香港旅行になる予定だった

    が、さすがにそんなに直前だと良い航空券もなかったので、秋に行くことにした

    その他、今週は高校の友達と焼肉&ドライブ行ったり、病院に行ったり、打ち合わせをしたり、いろいろ予定が入っていた

    あとは、先に触れたTrySailのライブだが、

    別に僕はTrySailのガチファンというわけでもない

    数曲知っているくらいだったが、友達に誘われたので行ってみることにした

    が、やはり。数曲しか知らないでライブに行くというのも変な話なので、新たに8曲ほど聴くのと同時に、それらが主題歌として使われているアニメを数本見た

    ハイフリ、マギレコ、亜人ちゃん、阿波連さん、を見た

    アニソンだけ聞いてもなんだかもったいないので、これらのアニメを急遽見る必要があったわけだ

    ……というわけで、以上のことから少し最近は忙しく、あまりブログ記事やXを更新できないでいる

    こういった状況はしばらく続く予定ではあるが、旅行やライブのためのアニメ視聴はとりあえずもうすぐ落ち着くので、今後更新を再開したい

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  • プラネタリウムとsumikaのコラボカフェに行ってきました

    先日、プラネタリウムとsumikaのコラボカフェに行ってきた

    プラネタリウムとsumikaがコラボしたのではなく、プラネタリウムに行った後、sumikaのコラボカフェに行った

    ということだ

    プラネタリウム

    スカイツリーのふもとにあるプラネタリウムに行ってきた

    小学生くらいに何かの校外学習でプラネタリウムに行った記憶があるが、それ以来だ

    男一人で来ているのは僕くらいだったので、多少居づらい感じはありつつも、

    久しぶりに訪れたプラネタリウムはなかなか良いものだった

    休日のエンタメ施設で上映されるものなので、コンテンツとして味付けされているものだった

    観光地の映像なども上映されるのだが、頭上までほとんど視界の端から端までその景色が目に入る

    別に立体映像だというわけでもないのに、なんだか本当にその場にいるような感覚に陥った

    まるで、プラネタリウムが丸ごと極小の宇宙船になったみたいだ

    遠近感が無いということで、スクリーンに投影される観光地の映像は超巨大なものに見えるのかもしれない

    映像が特別繊細というわけでもなかったのだが、視界の端から端まで映像が続いているだけでこんなにも臨場感が出るものなんだな、と思った

    もちろん、プラネタリウムなので星空も映し出される

    昨年、ICLの手術をしたので、視界がクリアな状態で見ることができた

    とはいえ、僕は星の知識がそこまである人間でもないので、プラネタリウムの星々を見ても、単なるきれいな点々にしか見えなかった

    実のところ、プラネタリウムで面白いと感じたのは、星の投影ではなく観光地の映像の上映だ

    映像に関しては、やはり映画館ではないので、コントラストが弱かったり、ドームのわずかな陰影、凸凹が気になったり、なんだか課題もあるようだったが、

    それでも十分に楽しめる体験だった

    調べたところ、 名古屋に大きなプラネタリウムがあるようなので、今度行ってみようと思う

    sumikaカフェ

    プラネタリウムはついでで、本当の目的はsumikaのコラボカフェに行くことだった

    とは言いつつも、実のところ僕はsumikaのガチファンというわけでもない

    sumikaはアニソンも歌っているので、そういう曲を聴いたり、カラオケで歌ったりくらいには好きなのだが、

    コラボカフェに行くほどのめり込んでいるというわけでもない

    大学の友達が行く予定だったのが、急遽、1人分空きができたので、行くことにしただけだ

    最近はいろいろなことを体験したいと思っている

    その一環として、アーティストのコラボカフェとはどういったものなのか、体験してきた

    集合時間の20分前くらいにタワレコのカフェの前に集合し、時間になったら店員さんが出てきて、整理券を配り、その順に入った

    あらかじめ決められた席に座り、メニューを頼む

    値段はコラボカフェ価格だったが、量が結構多かった

    3品頼み、合計で3800円ほどだった

    時間制になっていて、一定時間が経つとそのグループごと入れ替わる方式だ

    時間中はsumikaメンバーのメッセージなどが上映された

    ちなみに、僕はこの日、赤いジャンパーを着ていたのだが、

    偶然にも、その色が今度出されるアルバムの色にそっくりだった

    店内もこの色をアクセントカラーとして整えられていて、僕はお揃いだった

    アルバムの色と同じジャンパーを着て、列の一番先頭に並んでコラボカフェに入った

    周りの人は、僕のことを、さぞかしガチのファンだと思っていたことだろう

    その他

    コラボカフェに行く途中の表参道にて

    街はきらびやかで、洒落た服を着た人や、かっこいい車などが走っている

    そんな中、前を歩くカップルは揃いにそろって、ボロボロの運動靴をはいていた

    靴以外はおしゃれをしているのにだ

    それを見て僕は勝手に解釈したのだが、

    たぶん、あの2人は学生時代に付き合い始め、そのまま今も付き合っているのだろう

    学生時代に付き合い始めたという事実と、それから長い年月が経ったことを思わせる汚れ、

    同じ靴を履く2人。

    映画やアニメにはそういうロマンチックな約束事みたいなのが多数登場するが、

    それをも上回る光景を現実世界で目の当たりにできるとは思っていなかった

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  • 人間ドラマを抜いたゴジラだ。

    今回の自主制作アニメーションは、人間ドラマを抜いたゴジラだ

    ゴジラはアメリカ軍だとか、原子力だとか、いろいろなものをテーマにした作品だ

    それらに対する強烈なアンチテーゼでもあるはずだが、ゴジラの映画を見ても、説教されている感じはない

    それは、世界観で説教をしているからだ

    ゴジラが急にしゃべりだし、お前らが俺を生んだんだ! だとか、アメリカの野郎! だとか言い出すと、特定のグループを敵に回す

    説教になってしまうわけだ

    ただ、ゴジラの場合は、それらのテーマの結果生まれた設定の下、人間ドラマを展開するという構図なので、説教するのと同じメッセージを、人を不愉快にせずに盛り込むことができている

    設定として組み込んでしまえば、結果として生まれた因果応報に立ち向かうキャラクター達という構図になるので、説教臭くならない

    そして、それを利用したのが今回の自主制作アニメーションだ

    というと、なんだか僕がとても思慮深く模索して自主制作アニメーションを作ったみたいな感じになってしまうが、決してそういうわけでもなく、

    正確に言うならば、キャラクターができないからもうそれは割り切って、世界観で伝えるアニメーションにしよう

    という感じだ

    僕は人が苦手だし、そもそも興味が無い。

    リスペクトもない。名前も覚えられないし、会話も苦手だし、一人旅が好きな人間だ

    深層意識レベルで、人を人と見ていない気がする

    人の体も、コロナ流行中に結局2年くらい描こうと努力はしたが、上手くは描けなかった

    最近、脚本の修行中ということもあり、人の心についてはいろいろ考えてはいるが、

    当時、この自主制作アニメーションを作り始めたころは今よりもキャラクターというものを避けて生きていた

    多くのアニメーションには魅力的なキャラクターが登場する

    商業アニメーションにおいてはもはや前提条件みたいなものだ

    ただ、インディーアニメでは必ずしもそうではないのでは?

    やはり、自主制作アニメーションを作っている人間なので、ようつべに上がっている他者様の自主制作アニメーションを拝見したりもする

    そうすると、その作者の好きなものがなんとなく見えてくる

    明らかにロボットが好きな人が作った自主制作アニメーションは、ロボをアニメーションというフォーマットに落とし込むためだけに展開を考えたような作品だし、

    作画するのが好きな人が作ったアニメーションは、何かと見せ場が多い。もしくは展開すら無いアニメーションもある

    何か伝えたいメッセージがある人の作るアニメーションは、絵に凝っているわけでもなく、見た目の良いキャラクターが登場するわけでもない。余韻を残すような終わり方で終わるアニメーションが多い

    要するに、自分の好きなものを制約なく表現できる自主制作アニメーション界隈なので、好きなもので他が霞んでいるような構成でも良いということだ

    だとしたら、キャラクターというものが存在しなくても良いのでは

    だから僕は最初に、キャラクターがいなくても成立する作品にしようと思った

    キャラクターがいなくてもお話として成立するというのもそうだし、

    作品のコンセプトとしても、キャラクターがいないということ自体をテーマに作品を作ってしまえば、むしろそれは一つのアピールポイントになるということだ

    今回の作品の主人公はロボだ

    それは、何もないキャラクター。というキャラクターだ

    主人公として振る舞う場所にロボットという機械を配置することによって、主人公不在ということ自体が作品のテーマになっている

    テーマはずばり、魂の発生過程だ

    サブテーマとしてはゴジラと同じように、反文明がある

    キャラクターがいない。空っぽの状態というのは、魂が無いロボットと同じだ

    そこに魂が宿るその原始過程を僕の解釈で考えて、操り人形のように動かしたのがこの作品の大枠だ

    そんなロボットが動く世界というのが、反文明を反映した世界観だ

    地球が住めなくなり、人類は次なる星に移住する必要が出てきた

    その道中で、人類は、自然淘汰を疎かにしてきたことに対する罰を受ける。パンデミックにより宇宙船は次々に閉鎖。残りの一隻に残った最後の一人も息絶えた

    そんな船で動き続けるロボットたち。人間が身勝手に作り出した分身だ

    ただ、主である人間はとうの昔に絶滅している

    それでも、そのおきてに縛られ続け、働き続ける

    それはロボットの不幸だと思わせといて、実は人間の不幸でもある

    別に生まれたくて生まれたわけでもないのにな、

    という立場をロボットにも背負わせてみた

    というのはサブテーマのサブテーマみたいな感じだ

    とにかく、主人公をロボットにしてしまえばキャラクターは作らなくて済むし、セリフもなしで良くなる

    それを力技で解決してしまった矢先には、作品が安っぽくなってしまう

    その点、先日見たピンポンというアニメは見事に安っぽくなるのを回避している

    卓球という動きの激しい題材を表現するのに、あの抽象的な線は良く働いている

    どこにもそんな情報は無いので、僕の勝手な思い込みかもしれないが、卓球の動きを真正面から作画しようとしたら破綻してしまうのは目に見えていたので、あの絵柄にしたのではないだろうか

    作画枚数でごり押しするか、世界観で割り切って美しく見せるか

    その2択だ

    エヴァのテレビ版最終2話がああいった抽象的な映像になったのも、世界観で割り切ったからだ

    キャラクターができないのなら、キャラクターがいない前提のもと企画を作ればよい

    ということで、現在作っている自主制作アニメーションは、今年の夏までには絶対に完成させたいと思っています

    本当は、どうせ伝わらないので、大々的には公開したくないです

    こういう文章をここまで読んでくれる人くらいにしか、僕の考えていることが伝わらない気がするので、広く一般に公開するということはやりたくないです

    が、さんざん制作途中と言い張った末にやっぱり公開しないというのはバッシングを受けてしまいそうなので、

    また気持ちがふさぎ込んでしまう恐れがありますが、いつかは公開します

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  • 「浅草キッド」を見た

    浅草キッドを見た

    PCが壊れていて本格的な作業ができないので、浅草キッドを見た

    北野監督映画が好きなのと、最近ネットフリックスに入ったということもあり、オリジナルコンテンツということで、前々から気になっていた作品だ

    全体的には楽しい作品で、もちろん、当時を生きていたわけではないが、なんとなくその当時の雰囲気が伝わってくるような作品だった

    カメラワーク、アングルについて

    この作品の監督は劇団ひとりだ

    僕は芸人としての劇団ひとりしか知らなかったが、映画を撮れるのはすごいと思った

    カメラアングルについてまず感じたのが、引きのカットが少ないことだ

    この作品の場合。演者にカメラが比較的近い近い印象が今でも残っている

    それにより、あのフランス座、浅草の下町の狭い感じをうまく表現している

    狭くて息苦しい感じを表現するのには良い手段だ

    ただ、それとは別に、カメラは動かしすぎだった気がする

    カメラをゆっくり動かして画面に動きをつけようとしているのかもしれない

    ドラマなんかはそうなのかもしれないが、お金かけて作る映画なので、カメラをゆっくり動かす以外の手法で見る人を飽きさせないカットを作る工夫をする必要があった気がした

    とはいえ、そもそも映画作りはとても難しい技術で、

    映画と呼べる映像を作れる時点で、才能は十分にある気がした

    やはり、分野によらず、一流の人間はコンテンツを咀嚼できる目があるのかもしれない

    最初、監督が誰だか知らないで見始めたが、

    見終わるまで、ドラマとかを普段撮っている監督の作品だと思っていた

    特殊メイクについて

    特殊メイク感はやはり少し気になってしまった

    映画冒頭や、終盤など、大事なシーンなので、そこで疑いの目があってしまってはいけない

    そもそも、そんな大事なシーンで、特殊メイクの技術に左右されるような作りにしてしまうのもどうなのかな、と思った

    むしろ、北野武に似せるのではなく、全く別の人にするだとか、もしくは本人が登場しても大丈夫なように構成を工夫するだとか、

    特殊メイクで解決しようというのは意外性が全くない手法なので、せっかく多くの人員を割いて映像を作れるのだから、もっと工夫があったほうが良い気がした

    あとは、若かりし頃のたけしさんを演じる役者さんが、面影のあまりない役者さんだったのが良かった

    観客が見たいのは、北野武の昔の話であって、若かりし頃の北野武そっくりさんではない

    作り物である以上その再現度には限界があるので、作り物であるということを認めた構成にすべきだ

    その点、北野武に寄せた役者になっていないところは良かったと思う

    ただ、顔が引きつったような演技がたまにあったが、

    実のところ、あれはバイク事故による後遺症ではないか?

    時系列的に、バイク事故に遭う前から引きつっているのはおかしくはないのか

    最後、タクシーに乗る場面のセリフ

    タクシーに乗る際、お釣りを返して。みたいなセリフがあったが、

    あれはもっとサラッと流す、あるいはあのセリフは無しのほうが良かった

    あれのせいで死亡フラグが立ってしまったのがバレバレだ

    弟子をタクシーに乗せ、そのセリフを言い、酔ったまま家に帰る

    その後死んでしまいそうなオーラが漂いまくっていた

    その後の展開への布石を敷くのは良いが、もっとサラッと言い、告別式でそういえばそんなこと言ってたな、くらいに思い返されるのが最も効果的な気がした

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  • 「雑・前田真宏」展に行ってきた

    とても楽しかった

    池袋パルコ?でやっていた特別展だ

    実は、この展覧会を知るまで、前田真宏を知らなかった

    が、展示されている絵はどれもかっこよく、手描きのタッチを生かしたビジュアルが良かった

    抽象的なアイデアを伝えるための手段としての絵はとてもかっこいい

    交わった線や、印象的なハイライトは、伝えたいものを優先的に誇張して描いた結果生まれた画風だ

    きっちりきれいに描かれた絵よりも、そういう、イメージボードやコンセプトアートのような絵柄も良いな、

    と、改めて感じた展覧会だった。

    前田真宏さんはエヴァンゲリオンなどにも関わっているようで、その資料なんかもあり、参考になった

    会場内は写真撮影禁止のため、画像をここに載せることはできないが、

    世に出なかった企画のビジュアルなども多数展示されており、参考になった

    あれくらい上手に、あれくらい多彩なものを描けるのに、企画として通らないんだな、と、しみじみ感じた

    あれだけのことができる人間なのに、僕は知らなかった

    日本のアニメ界はレベルが高い

    僕は今、3Dをやっていて、ゆくゆくはオリジナルの企画を作ってみたいと思っているが、

    そのためにも、人物、メカなどを練習し、人に見せられる絵を描けるように頑張りたい

    といった、やる気と絶望が感じられた

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  • 「ピンポン」を見た

    アニメ、ピンポンを見た

    ユニークな絵柄で見る人を選びそうな感じはあるが、

    個人的には、あの抽象的で揺らぎのある線は好きだったし、卓球というものを表現するための線としてはよくマッチしていて、好きだった。

    漫画風の見せ方

    コマ割り風のレイアウトをアニメで行っている

    その試みはとても良いと思った

    かつて手塚治虫が言っていた、”動く漫画”というアニメの表現から一周回ってたどり着いた境地だ

    表現として漫画に回帰してきた感があった

    こういう見せ方は細かな演出としては昔からやられてきたが、こうやって大々的に世界観として使っている例は思い浮かばない

    そして、その表現のための原作として、ピンポンという漫画をチョイスしたのも良かった

    僕は原作を読んでいないのであまり深いことは言えないが、

    卓球という、動きの激しいスポーツを正直にアニメーションにするのはだいぶ厳しい

    どこかで割り切らないと、ああいったスポーツものは安っぽくなる

    手段としては、3Dでやるか、大胆にデフォルメするか、などの選択肢があると思う

    この、ピンポンは、大胆にデフォルメすることで、アニメという制限のある表現媒体で、卓球をちゃんと描くことに成功している

    作画コストも、とても高くなっているというわけでもなさそうだし、

    漫画風の見せ方をすることで原作の世界観を守っているというのもすごいし、

    同時に、作画コスト的な面でも理にかなっているというのが、うまいな、と思った

    茶化す通行人

    途中、青春っぽいせりふを茶化す通行人が現れるが、

    あの感じはとても良いと思った

    原作でもある表現のようだが、

    あれがあることによって、物語にリアリティが増してくる

    青春は物語の中の話で、実際の現実世界とは分け隔てられたモノだというのは、アニメを見る前から刷り込まれていることだと思うが、

    それを壊すために、青春ではない人たちからのヤジを入れ、青春の外側もこの物語にはあるんだよ。ということを、見る人の深層意識に上書きしている

    これによって、ピンポンに出てくる登場人物たちの展開が、普通の日常の中の一幕だという感じを演出している

    世の中に赤しかなかったら、それは赤ではなく単なる明度になる

    というのは僕の格言の一つだが、

    何かを表現するためにはその何か以外の何かを画面に入れないといけない

    静かな場所を表現したいのであれば無音ではなく、わずかな風音などを入れる必要があるように、

    青春を描きたいのであれば、青春以外のものを描く必要があるわけだ

    その点、主人公たちの青春にヤジを飛ばすあの展開は良いと思った

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  • カット単位の起承転結

    ワンカットで起承転結を見せてしまうのは良くないのでは、

    振りかぶって、投げる。みたいな、一瞬で終わる動作なら良いが、

    巨大ロボットが歩くみたいな、重厚感スケール感のある演技を映像にする場合、そのすべてを一つのカットで見せてしまうのはもったいない

    カットとカットの間に何秒の時間が経過したか。なんて、見る人にとっては必要のない情報だ

    必要なのは、これが起こった後にこれが起こったという、出来事の順番だ

    アニメは情報量を極限までデフォルメした抽象的な芸術分野だ

    人間をデフォルメするとアニメキャラになるし、

    時間軸をデフォルメすると脚本になる

    それと同じように、一つのアクション単位でもデフォルメをすることができる

    こういったことは特に、3DCGアニメーションを作る際に大切なことだ

    手描きでは、起承転結それぞれのつなぎ目を描くのが大変なので、この記事で書いたことを言語化していなくても、工数削減をすれば勝手にデフォルメもされる

    が、3DCGアニメーションの場合は違う

    むしろ、一連のアニメーションを一つのシーンで制作したほうが楽なので、工数削減をしようとすると安っぽくなってしまう

    3DCGアニメーションの動きが安っぽいというのは様々要因はあるが、そのうちの一つに、すべてを1カットで見せてしまっているという点が挙げられると思う

    今ここに書いたことを言語化して扱っていない人が作るカメラワークはどこか安っぽい

    商業アニメでも、すべてを一つのカットで見せてしまう作品が目立つ

    3Dでの映像はカメラアングルの自由度が高い分、作業者の能力がフルに反映される

    デフォルメについて言語化し、鉄則として心得てカメラワークを決めることで、3D特有の安っぽい感じを避けることができる

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  • オッペンハイマーを見た

    少し前に話題になった映画、オッペンハイマーを見た

    原爆という題材なのでそもそも日本人が良い気持ちで見れるものではないというのはそうなのだが、

    それを踏まえても、なんだか、エンタメ題材の一つとされている感じはあった

    とは言ったものの、実際の事件をもとに映画を作るなんてこと、太古の昔から行われてきたことなので、今更どうこう言うべきでもないのかもしれない

    タイタニックだってそうだ

    あの映画は僕も大好きだが、実際に人が大勢亡くなった事故をもとにしているのだから、オッペンハイマーを見た日本人みたいな気持ちになる人はいるのだろう

    ここではあえて、嫌な気持ちというのを赤裸々に語るが、

    同時に、エンタメが売れる時代である以上、すべての人間に配慮した映画なんてものは存在しないので、僕が言うことはナンセンスだというのも自覚している

    戦争映画ではない

    そもそも戦争映画として見ようとしている時点で変かもしれないが、

    僕がここで思い出したのは、炎628という映画だ

    あの映画はナチスによるソ連の村々への虐殺の様子を描いた作品だが、

    映画の終盤に挟まれる実際の戦争の様子、音声、

    そこで知る、敵であるヒトラーの幼少期まで描いている

    あれはソ連の映画なので、被害者側が制作した映画だ

    被害者が作る戦争映画は基本的に本物だ

    僕は別に、大量の映画を見た人間というわけでもないので、炎628しか例に出せないが、

    なんとなく、世の戦争映画は被害者側が制作した物が名作となるケースが多い気配がする

    そう考えると、オッペンハイマーは被害者側の映画ではなく、どちらかというと加害者側の映画だ

    だから、当事者としての映像に込めた思想がない

    どうしても、書かされた反省文みたいになってしまう

    仮に、いくら見せ方が上手でも、どこかで映画にかける思想が無いのではと疑ってしまう

    そう考えると、オッペンハイマーで広島長崎の被害だとかを取り上げるのは間違っている

    それらを変に取り上げても、中途半端な戦争映画の出来損ないにもならないので、そうしなかったのだろう

    世界観として、この映画は原爆を描いたものではなく、オッペンハイマーを描いたものだ

    中途半端な戦争映画にならなかったのは良いとは思うが、エンタメ映画になってしまっているという点で、やはり手放しで喜べる映画ではないと思った

    エンタメ映画として

    エンタメ映画と言っているが、そこまでエンタメ映画でもない気がする

    アラビアのロレンス的みたいな伝記映画だが、アラビアのロレンスほどのアクションもないし、背景の映像美もない

    伝記という大枠に、人間ドラマで物語としてまとめた感じの作りだ

    おそらく、すべて理解できていれば楽しめるものなのだろう

    実際、後半の、仕組まれた簡易裁判みたいな展開は見ていて楽しかった

    英語でのスピーディーな展開なので、あまり理解できなかったし、そもそも人の名前を覚えるのも大変なので結構置いてけぼりにされた

    が、後半の雰囲気はなんとなくだがハラハラドキドキで楽しかった

    たぶん、オッペンハイマーという人物は、太平洋戦争をアメリカ側から学んでいるアメリカ人にとっては、親しみや知識のある人物なのだろう

    そう考えると、オッペンハイマーという、教科書にも載っているような人物の伝記映画としては、アメリカ人から見たら楽しめるものだったのかな、とも思った

    題材としてはやはり、アクションが無かったり、派手なシーンが無かったり、若干単調になりがちなものではあるとは思うが、

    ただ、トリニティ実験の緊迫感などは映画向きのエピソードだと思った

    そういうハラハラドキドキの仕掛けは用意しようと思えばもっと脚色してでも用意できただろう

    が、それをしなかったのはやはり、原爆というセンセーショナルな話題だからなのだろうか

    題材として難しいところはありつつも、見ていて楽しめる映画になっていたという点では、やはりノーラン監督の実力なのかなとも思った

    音が大きい

    音で驚かすのは良くないと思った

    トリニティ実験後の爆発音も、爆発した瞬間にほぼ無音になるという展開は良い

    が、それがしばらく続いた後、いきなり爆発音みたいなのを鳴らすのは心臓に悪い

    これは単なる僕のわがまま文句でしかないのだが、

    例えば、爆発後の無音の中、砂漠にできた水たまりに伝う衝撃波が徐々に登場人物たちの元に近づいてきて、爆発音がする。

    といったような、観客への配慮もある演出にした方が良い気がした

    音を視覚化したほうが、徐々に近づいてくる爆音の不気味さを引き立たせるし、

    雨上がりという状況も印象付けられるし、

    爆発で不気味なのは、迫りくる爆音だ

    衝撃波、来ます! みたいな感じだ

    それを演出するという意味でも、徐々に迫りくる音を画面で伝え、見る人に準備させてから爆音を聴かせるというような風にした方が良かった気がする

    ほかにも、どんどん音が大きくなってから、いきなり静かになる。というような、わかりやすい演出が目立った

    音の大小は大事だが、個人的には、心臓に悪いものはお客さんに出すべきではないと思っている

    いくらおいしくても、体に悪い料理を出しているようでは定食屋失格だと思うのと同じように、

    見る人への刺激を抑えつつ、ハラハラドキドキさせるのが監督の腕の見せ所なのでは、と思った

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  • 替え歌CMは良くない

    僕は替え歌CMが大っ嫌いだ!

    僕が嫌いなものと言えば、歩行者信号の無視、人種差別、文化差別、お酒、首都高の地下化、いろいろあるが、

    その中でも特に嫌いなのが、替え歌CMだ

    替え歌CMとは、誰もが知っているような楽曲に歌詞をつけ、あるいは替え歌をし、商品を宣伝する手法だ

    まるで、自分の中の芸術が侵されたような気持になる

    例えば、クラシック音楽に宣伝用の歌詞がつけられているケース、

    あれのせいで、何も関係ないときにその音楽を聴いたとき、宣伝用の歌詞が頭に流れてしまうようになってしまった

    こんな残酷な宣伝手法は他にない

    精神的な拷問だと言われても信じるくらい残酷なことだ

    聴きたくもない音声を公共の電波に乗せ、同意も予告もなしに視聴者に届けてしまうのはどうかしている

    そして、さらにこの件について僕に嫌悪感を抱かせる理由がある

    こういったCMを考えるのは広告に携わるプロのはずだ、

    企画する人、替え歌の歌詞を考える人、色々いる

    そういった人間は、効果的な手法を用いて視聴者に商品を宣伝するという任務をこなし、お給料をもらっているはずだ

    そんなプロフェッショナルが、こんな低レベルなCMを作っても良いのか?

    替え歌なんて、小学生でもできる

    こんな残酷な手法をやっているだけでも罪深いのに、それが仕事として認められてお給料をもらっている

    ほかの手段があるのにだ、

    広告は時として芸術と見なされることもある

    どう宣伝するかというところが腕の見せ所ではないのか?

    プロとしてのプライドは無いのだろうか、

    世の中を見回してみると、替え歌CMに対して僕ほど苛立ちを抱えている人間は少ないとは思う

    が、事実。先ほど例に挙げたクラシック音楽のCMはとっくに放映は終わったものだ

    10年くらい前には終わっている

    その時の記憶が今でも消えずに僕の中に残っている

    世の中には忘れたくても忘れられないこと、トラウマを抱える人間はたくさんいる

    あのCMによって僕は一つのトラウマを抱えた

    替え歌CMは大っ嫌いだ

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  • ホームページに引きこもりたい

    ホームページに引きこもりたい

    という僕の本心について明文化する

    ホームページの対極にあるのがTwitterだ

    Twitterは流動が激しく、人とも同じ土俵に立つので、比べられる

    人と比べられるのは嫌だが、もっと嫌なことがある。

    過去の自分と今の自分とを比べられることだ

    いいねの数、リツイートの数

    数がすべてのプラットフォームなので、比較も容易だ

    人と比べられると緊張するし、過去の自分と比べられると落ち込みもする

    最近、Twitterの更新頻度が落ち気味だが、

    それは、Twitterに疲れているという理由がある

    みんながいいねしてくれれば楽しくできるのだろうが、今はそうではない

    指が痛いので、軽い気持ちでblenderを触ることができない

    以前だったら1日十時間以上毎日blenderを触っていてもまだ足りないくらいだったが、

    最近は1日数時間が限界だ

    その数時間を、仕事のために使わざるを得ないので、やはり、更新頻度は下がる

    そうしたら、Twitterのインプレッションも下がってしまった

    だから、あまり楽しくなくなった

    過去の自分と比べられる緊迫感から、ツイートをするのが億劫になっている

    だから、ホームページに引きこもりたい

    ホームページは、僕が最初期に作りだした居場所だ

    作ったころから思っていた

    自分と他人を比べられることもなく、いいねという尺度も存在しない

    自分の言いたいことを言いたいときに言える環境が欲しかった

    別に、誰かに見られようが、見られまいが、関係なかった

    ただ、自分の思っていることをインターネットという社会に漂わせることができるだけで幸せな気分になれる

    もっと深堀

    その真意は、僕には将来、もっと大きくなる自信があるからだ

    今、脚本の修行をしていて、もしそれがうまく進めば、どこかで僕が商業作品を作れる日が来るだろう

    それは1年後とかそういう話ではない、もっと先。5年後10年後の話だ

    僕は好きなことには打ち込んで、成果を出すまで止まれないという苦しい振る舞いの人間なので、脚本も成果を出すまでは止まらないだろう

    話題に上がり続けるような作品を作り続ける人間になりたい

    仮に、5年後とかにある程度話題に上がる人間になったとする

    そしたら、5年前の現在にホームページになんとなく公開しているコンテンツも見てもらえるのではないだろうか

    今書いている文章が良いものであろうがなかろうが、

    5年前という時点ですでに5年後には価値が確定している気持ちだ

    そこに、いいねの数だとか、リツイートの数だとかは存在しない

    完全に自分の中で完結する価値を日々感じながら文章を更新している

    Twitterやようつべも良いが、本当に最後まで残るのはホームページだ

    ホームページは僕の脳内の半分を占めていると思うし、それくらいの気楽さで更新できているので、一生続けていきたい

    そう思うと、Twitterなどに奔る一定の緊張感は居心地が悪い

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  • 砂漠が好き&作品の解説。変化の中の無変化、

    乾燥した砂の山が地平線の彼方まで広がっている様子にとても惹かれる

    行ったことはないが、僕はたぶん、砂漠が好きだ

    ビジュアルに惹かれるというものあるし、その訳を考えれば考えるほど、僕の他の趣味嗜好に繋がっている感じがする

    僕が好きなもので、ほかに、アニメというのもあるが、それと砂漠とには共通点がある

    情報量を省く、デフォルメされた世界観。プリミティブなビジュアルという点で、砂漠とアニメは似ている

    何かを伝えるために必要最小限の情報量で伝える映像がアニメだ

    最近のアニメはどんどん不純物が混じってきているので、あまり好きではないが、

    一昔前のセル画アニメなんかは、純粋に必要最低限の記号で物語を伝えているような気がするので好きだ

    そういう、情報量が少ないという点を現実の風景に落とし込むと、砂漠になる

    砂漠以外にも、ウユニ塩湖だとか、南極だとか、そういう景色にも同様に惹かれる

    ただ、ウユニ塩湖はともかく、南極は寒いし、

    というと、砂漠だって暑いのかもしれないが、

    アラブの民族衣装、ディシュダシャを着ればそこまで暑いわけでもないのでは?

    むしろ8月の東京の方が不快指数が高い気もする

    僕が思う砂漠とは、青い空と一面の白い砂丘、吹き抜ける乾燥した風、その風が作り出す砂紋

    変化を象徴するものがないので、砂漠に惹かれる

    自分のことを言語化して気づいたのは、僕は変化を嫌う人間だということだ

    変化を徹底的に嫌う

    髪が抜けるのは変化なので嫌いだし、

    今、実家に籠って一人暮らしに踏み込めないのも、変化を嫌うからだ

    僕を徹底的にかみ砕くと、変化を嫌う人間。変化がないものが好き。という答えに行き着く気がする

    もちろん、そういう趣味嗜好は僕の作品に出ている

    ↑はだいぶ前の作品だが、作者的に、僕の好きなものを純度高く表現できているので今でもお気に入りの作品だ

    本来、人でにぎわっているはずの街に誰もいない

    そればかりか、水たまりはできているし、よく見ると小石も落ちている

    この作品は、台風の目の中に入った瞬間のような、

    変化の中にできた無変化を表現した作品だ

    変化が最も少ない状況とは、単にすべてがストップした状態ではない、

    本来は変化しているものが変化していないときの姿だ。

    ↑の作品だと、風やら雨が吹き荒れる台風。本来は人がたくさんいる繁華街。たくさんの看板

    すべて変化の象徴だ

    その変化の象徴であるはずの街から人が消え、風は止み、雨も上がった

    地面には水たまりが鏡のように張り、街を映している。それは風がないという状態を見る人に伝える

    上空に流れる低い雲が台風の時の景色を連想させる

    そこに当たるオレンジ色の街の光もノスタルジーを感じさせる仕掛けだ

    風に乗って運ばれる雲。に、自分のいる街から出た光が当たっている様子に寂しさを感じる

    内と外との境界を見ているからかもしれない

    明るい家の中から暗い屋外を眺めると寂しい気持ちになるように、

    明るい街から暗い空に浮かぶ雲を眺めていると、寂しい気持ちになる

    台風という変化に富んだ気象条件と、繁華街という、これまた変化に富んだロケーション

    それらが両方とも静かになる台風の目の中という条件を表現したこの作品は、僕がやりたいこと、都市を作るうえで表現したかったことを純度高く表現できているという点で、自分が創ったものの中でも特に好きな作品の一つだ

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  • 3月号のCGWORLD、「CGクリエイター新潮流」に記事が掲載されます

    普段使っているデバイスなどなど、

    クリエイターの一人として少しですがインタビューに応じました!

    他クリエイターさんの情報など、作業効率アップのヒントを知ることができました。

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  • 新世紀エヴァンゲリオン(テレビ版)

    先日、セーラームーンを見たので、それ繋がりでエヴァを見ている

    テレビ版の方だ

    だいぶ前に一回見たきりだったが、先日、ようやくネットフリックスを契約したので、見ている

    印象的な画面

    印象的な画面は個人的な好みだ

    例えば、序盤にケンスケがキャンプしているすすきの草原

    すすきの茎の部分は黒ベタで、穂の部分は白塗りだった

    2色で強烈なインパクトのある画面に仕上げている

    何かを真っ黒にしてシルエットっぽく見せるというのは割とある表現だが、それを上回る、大胆にデフォルメされた画面だ

    全体的に、雰囲気を上手く伝える背景が多い

    病院の重苦しい感じもとてもよく伝わってくるし、

    それが現実的なだけでなく、第三新東京市という、独特な世界観を見る人に伝えてくる

    環境音について

    例えば、病院にいるときにわずかに聞こえてくるニュース(ラジオ体操?)の音など、

    日本人なら誰もが体験したことのある、懐かしい雰囲気を引用し、あたかもその場にいるような感覚を引き起こす

    良い背景とはその場の匂いまで感じるものだと僕は考えているが、エヴァの場合は環境音でアプローチしてきている

    京アニなども環境音や撮影処理などで臨場感のある風景を作り出しているが、

    エヴァの場合。この世にないものまで表現しているという点で、やはりすごいと思った。

    肉が嫌い。などの細かい設定について

    綾波レイが肉が嫌いというのは、なんとなく頷ける設定だと思った

    全体的に、そういう設定が多い。

    エントリープラグの中は血の匂いがするだとか、

    具体的に説明しなくても何となく伝わるキャラ設定というのはそういう設定がしっかりしている証拠な気がした

    お父さんのために自分は頑張っているんだと、ラーメン屋の屋台の中で言葉にしたシンジだが、

    そういうシンジはミサトから進路相談のことを仕事だと言われたときに、しょんぼりしていた

    そういう細かい演技は、碇シンジが親の愛に憧れているというキャラ設定から自然に出てくるものだろう

    設定さえしっかりしていれば方向性も、ディテールも出てくる

    それを面白くするためにハプニングを起こすのが脚本家のすべきことだ

    17話まで見た。他人の中にいる自分が怖い碇シンジ

    他人の中にはいくつも自分がいる

    そして、自分の中にも、それを見ている自分がいる

    碇シンジは他人の中にいる自分が怖い

    自分がどうみられているのか、わからないから怖い

    自分に自信を持てない

    だから人のことをうかがうようにして生きている

    そして、自分の中にもそれを見ている自分がいる

    これは、他人の中にいる自分と、他人の中にいる他人。という関係を自分に置き換えて考えた結果。自分の中にももう一人の自分がいるということなのだろうか、

    だとしたら、一人目の自分が主観的で、もう一人の自分が客観的だ

    主観的な自分はわかる。多くの人が想像する自分だろう

    では、客観的な自分とは何だろうか

    それは、本音と建て前の関係とも似ているのではないか、

    自分の理想、やりたいことを正直に考えているのが客観的な自分だ

    それに対し、周囲との関係を踏まえたうえでブレーキをかけた後の、実際の自分は主観的な自分だ

    それを、客観的な自分はいつも、文句を言いながら見ている

    その文句が伝わらないと悟るのが諦めで、大人になるということなのか

    この作品は随所で、わりと、心の中の実況中継みたいなことを挟む

    後半に連れてそれが増えてくる気がする

    抽象的な世界観に磨きがかかっている感じがして個人的には好きだが、

    実際のところは、単にスケジュールが消えていった結果の不可避な演出なのかもしれない

    25話26話を見た

    スケジュールの破綻で他に類を見ないほど抽象的な構成だが、エヴァという世界観もあり、個人的にはこの雰囲気も悪くないと思う。

    ちなみに、まだ「まごころを君に」を見ていないので、まだ僕の中で抽象的な感じだ

    この抽象的な感じは、庵野監督が碇シンジと対話しているときの会話そのままな気がする

    僕がやっている、ブログでの自問自答みたいな感じだ

    碇シンジもそうだが、この作品の登場人物は庵野自身だ

    エヴァに乗るということを要求されるシンジは、アニメを作ることを要求されている庵野自身だ

    プロフェッショナルの最後のインタビューで、庵野は、自分にできるのはこれくらいしかない。みたいなことを言っていたが、

    その心をそのままあの世界観に投影したのが碇シンジだと思った

    エヴァを制作していた当時はなおさら、その気持ちだったのだろう

    真相は定かではないが、当時のアニメキャラに一方的な萌え感情を抱くオタクに対して、庵野監督が嫌悪感を抱いていたという情報もある

    実際、このアニメを作った後、庵野監督は病み、自殺も考えていたようだ

    その原因になったのが、2ちゃんの書き込み。庵野監督からみたオタクたちの誹謗中傷だというのもプロフェッショナルでやっていた

    そんなオタクに仕返しするために、アスカをひどい目に合わせたり、主人公であるシンジをレイともアスカともくっつけなかったり、

    そういう気持ちでアニメを作っていたようだ

    もはや庵野監督は25話、26話で、エヴァンゲリオンという世界観に自分の意見を成形することを放棄している

    時間的にも精神的にも、成形する力が残されていなかったのではないだろうか

    だから、自問自答みたいな感じの最終話になった

    監督が自分の言いたいことに世界観を与えて物語にして映像化にするものだとしたら、碇シンジは庵野自身だ

    そして最終話付近で、事情もあり、映像化することができなくなった

    アニメ監督としてのプライド、視聴者からの期待。それに応えることのできなかったが故のオタクからの誹謗中傷。

    それが理由で庵野監督は病んだ

    そして、肝心の内容についてだが、

    個人的な解釈になってしまうが、あの最終話は共感できる部分が多かった

    勝手ながら、SNSや家族から期待され、狂ったように作品を作る僕に似ている部分があったからだ

    今も指が痛いが、こうして文章を打ち込むことをやめられない僕は、自分という存在意義を他人に求めているため、その存在意義を強固にできる作品作りをできるという満足感のために仕事をし、文章を書いている

    僕の場合は親だ

    だから親離れできていない

    親が自分を求めてくれる状況が心地よくて、今もこうして実家に籠っている

    自分の生きる意味を自分以外の誰かに求める。それは間違っていない

    ただ、その求める先が不安定ならば、自分も不安定になる

    なんとなく、エヴァや碇ゲンドウは安定してはいないと思う

    物語のストーリー上、その2つは破綻するので、シンジ自体も破綻に進んだのだろう

    ただ、それを言語化し、自分の価値を決めるのはエヴァでもゲンドウでも他人でもないことに気づいた

    それがクライマックスになったのかもしれない

    こういう、自問自答的な最終話になっているのは、実際のところ、人類補完計画が遂行されたためだ

    人類補完計画が行われると、ATフィールドが消え、自分と他人との境界がなくなる

    その状態を、抽象的な世界ととらえ、碇シンジの本音が自問自答するような最終話になったのではないだろうか

    抽象的ならば描く量も少なくて済むだろうし

    「まごころを、君に」まで見た。ATフィールドと人類補完計画。

    旧テレビ版系列の最後、まごころを君にまで見た

    人類補完計画が遂行されるが、その後、シンジによってまたATフィールドのある世界が選択された

    それは、主人公シンジの成長物語ということで、ハッピーエンドと呼べるかもしれないが、ビジュアルはハッピーエンドからは程遠い

    なんとなく、庵野監督はカウンターカルチャー的なものが好きなタイプな気がしてならない

    自分の欲望を抑圧され続けた結果、碇シンジのようなキャラが登場する物語ができた

    それと同時に、碇シンジのような、おかしくなった自分を見てほしいというような世界観もできた

    ラストのシーンは、半分に割れたレイの顔と、真っ赤な海。十字架にはりつけにされて硬直したエヴァシリーズが2体。それを望む砂浜に寝ているシンジとアスカ。

    あの場面で画面内に収めるモチーフとしてそれをチョイスしてくる間隔が碇シンジっぽくて面白かった

    というのは良いとして、

    碇シンジはあのクライマックスで成長したと思う

    ATフィールドというのは、自と他の境界だ

    これに関しては、僕も自と他の概念が人間の構成として重要だと思っていて、

    それにのっとって自主制作アニメーションを作ってしまうくらいの考え様だ

    なので、僕が勝手に自分と他人の境界と言っているだけかもしれないが、

    とにかく。ATフィールドは自分と他人の境界だと思った

    他人がいるから自分は傷つく

    比較したときのみ傷つくので、比較対象がいなければ傷つかない

    自分と他人というのがエヴァンゲリオンのテーマだと思う

    その2つが溶けあい、ただ生きているという事実だけが情報として存在するだけの世界に行くのが人類補完計画だ

    ただ、碇シンジはそれを選択せず、自分と他人とが存在する世界を選んだ

    そこがシンジの成長だ

    正直、ここでなぜシンジが成長したのかはよくわからなかったし、少なくともわかりづらいという点で、この映画は大衆向けではない

    エヴァのテレビ版序盤のように、何かが起きて何か結果が生まれる。というような因果関係があればエンタメ作品として一般受けするものになったのだろうが、

    もはや庵野秀明とエヴァンゲリオンというネームバリューがあるので、好き勝手出来たのだろう

    まるで、劇場版でヒロインが車に変身する少女革命ウテナのように

    セーラームーンとのつながりについて

    少女革命ウテナといえば、セーラームーンだ

    僕は最近、セーラームーンを見ていて、結構楽しく見ている

    そんなセーラームーンはエヴァとつながりがあるようで、

    ミサトの声優はうさぎと同じだし、

    そもそも、ミサトの前髪のデザインはうさぎをモチーフにしたようだ

    綾波レイや、白き月、黒き月など、月モチーフがエヴァにも出てくる

    カヲルのモデルは幾原監督だ

    そういう繋がりで、エヴァを今回。見てみたという次第だ、

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  • Youtubeチャンネル登録者数10000人

    チャンネル登録者数1万人達成しました!

    ありがとうございます!

    最近はありがたいことに、お仕事をいただくようになり、更新頻度も落ち気味です、

    今後は2か月に一回くらいのペースで更新していきたい。

    収益化について

    チャンネル登録者数1万人となると、割と再生回数が多そうな雰囲気がありますが、

    収益化はできていません……、

    総再生時間が足りないからです

    いつも、1分くらいの動画が主なので、なかなか伸びません

    それを打開するのであれば、チュートリアル動画や自主制作アニメーション制作が良いのでしょうが、

    アニメ関係のお仕事をいただくようになった今。そういったコンテンツ作りに時間を割けない状況です

    あとは、指も痛みます

    限りある指の関節の軟骨を、もっと夢にダイレクトに使った方が良い気がしてきました

    ……というような事情もあり、今後はようつべの更新頻度を落としていくかもしれません

    そうして生まれた時間を使い、アニメのお仕事を勉強し、脚本の修行もしていきたいです

    脚本の修行というのも、実はすでに実行していて、とあるプロデューサーの元で切磋琢磨しています

    近頃話題になった作品のプロデューサーさんです

    商業的観点で自分の脚本はどうなのか、どうすればよくなるのか。見てもらっています。

    今後はblenderでアニメが作られる時代です、

    その入り口に新人として入って来た最初の世代だと思っています

    数年後のために、今。ようつべやXなども更新頻度を落としてでも、修行したい所存です。

    というよりも、最近、しています。

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  • noteでもやってみようかな

    noteでもやってみようかな、

    と思っている

    今、ブログ記事はたくさん書いているが、それを収益につなげたいな、と思った

    別に、ブログ記事を有料化するわけではない

    ブログ記事を書き続けたことにより培われたノウハウを、どうにか収益につなげたいという思惑だ

    なんでも、イラストレーターや、ほかのフリーランスなども、noteから収益を得ている人は結構いるようで、

    月に数十万円を得ている人もいるようだ

    そんなにお金があったら、引っ越しできるのにな、

    僕は今、引っ越ししたいと考えているが、やはり金銭的な問題は僕を躊躇させる

    稼ぎがないというわけではないが、稼ぎがない月もある

    収益の差が激しいので今一つ踏み切れないでいる

    最近考えているのは、収益の柱を増やすことだ

    今は単発でのお仕事の収益が大半を占めるが、それを継続的な収益にすることができれば、もっと人生の可能性が広がる気がしている

    それにあたり先日試みたのが、ジェネレーターの販売だ

    あれに関しては、少なからず収益の柱にはなりつつあり、割とよい収入源になりつつある

    そういう、継続的な収益をいかに増やすかが、今後の人生設計のカギになりそうだ

    そんな中で、僕には文章を書くという趣味がある

    これは今、趣味でしかないのだが、それを収益につなげることができれば、少しばかり自分の人生も前進する気がした

    具体的なことはまだあまり決めてはいない

    が、例えば、僕がフリーランスとして振る舞ううえで気を付けていること

    お仕事をどうやって得るか、

    どういう心構えでスキルアップをしているかなど、

    全てを具体的に、包み隠さずに公開しようかとも考えている

    それを有料で販売しようという企みだ

    ほかにも、blenderの使い方もそうだし、一人旅などを割と本格的にしているので、それに関するノウハウの共有などなど、

    何個か商品としてnoteを書き、売ってみようかと思う

    もちろん、ブログの更新は今まで通り行う

    今後も、人生の最後まで気楽に更新し続けることができるのはこのブログのみだろうし、

    無料で公開するというのは、言い換えれば、お金を取る責任から逃れられるということだ

    日常会話のすべてに収益化の責任が及んでは、楽しい話もできないだろうから、ブログはこのままの更新頻度で書く

    実はすでに、ブログ記事の中から3つほど、記事をnoteにも掲載してみた

    内容はほとんど同じだが、googleからのSEO評価の関係上、一部文言を変えて掲載している

    そうしないと、重複コンテンツとして、このホームページの評価が下がってしまうようだ

    noteの記事の上部に、こういった文言を加えた

    chatGPTによると、こういうことを書くことによって、googleからはnoteがコピーで、ホームページ記事がオリジナルだという判定になるらしい

    googleのコンピューターが日本語の指示でそう簡単にサイトへの評価を変えてくれるのか、なんとなく疑問に思うところはありつつも、

    とにかく、そういったSEO対策をしつつ、noteにも同じ記事を公開してみようかと思う

    SEO対策に関する余談だが、

    世の中にはcanonicalタグというものがある

    これは、google側に、このサイトがオリジナルサイトですよというのを伝えるもので、

    ウェブページのヘッダーの中に仕込まれるものだ

    そして上の画像は、noteの記事のヘッダー内の様子だ

    僕は何もしていないのに、canonicalタグが自動追加されている

    そして、noteの記事のURLがオリジナルサイトという指定になっている

    つまり、複製記事がネット上に存在する場合、noteがオリジナルの記事で、それ以外のページがコピー記事。

    という判定になってしまうということだ

    なので、何も対策をしないと、僕のホームページがコピー記事を掲載していると判断される仕様だ

    noteも結構細かいところで対策をしているようだ

    一応対策はしたものの、ホームページの評価が下がるのは嫌なので、もしそういうことがあれば今後のnoteでの投稿は再検討する

    今のコンセプトは、ホームページのブログ更新の労力をそのまま、noteの更新にもつなげることだが、それができないのであればわざわざnoteを更新する必要もない

    有料記事だけnoteで公開すればよいのでは? という作戦もあるかもしれないが、

    それはそれで悪くはないと思いつつも、やはり、noteの記事も増やしたい

    先ほどのこの画像、noteの記事上部のこのエリアは、google側にホームページがオリジナルですよと伝えるのと同時に、このホームページに流入するインプレッションも稼ごうという思惑だ

    元記事へのリンクと、ホームページのLPへのリンク、2つ貼ってある

    もし、noteでしか回遊していないユーザが、僕の記事を見て、ほかの記事にも興味を持ってくれれば、

    僕のホームページの訪問者数が増える

    そういうことをする輩がいるのでnoteはcanonicalタグなどを使って対策をしているのだろう

    ただ、試す分には特にお金がかかるわけでもないので、昨日から記事を公開して、現在試しているところだ

    noteの記事が増えることで、単純にnote内でのインプレッションも伸び、有料記事にも目が届きやすくなるかもしれない

    そういうような作戦を近頃は立てているので、今後実行し、良い結果に結び付けたい

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  • 「美少女戦士セーラームーン」を見た

    美少女戦士セーラームーン_1
    ©武内直子・PNP・東映アニメーション

    言わずとも知れた90年代を代表するアニメだと思う

    今に至るまで見たことが無かったので見てみたが、とても良かった

    色味

    色遣いがとても良かった

    最近ブームのシティーポップの代表格のような色合いだ

    ©武内直子・PNP・東映アニメーション

    紫とピンク、オレンジのような、鮮やかな色彩が特徴的だった

    夕暮れの街を青一色で表現したり、

    そういう大胆な色遣いは印象派の絵のようできれいだった

    アニメは印象を誇張し、それ以外を省略した表現が美しい

    セーラームーンの背景も、そういう印象的な画面がとてもきれいだった

    それでいて、キャラクターと背景が馴染んでいる

    写実的に解釈するのであれば、青い場所にキャラクターがいると、環境光である青でキャラクターの色を調整しないとおかしい見た目になる

    ただ、セーラームーン含め、一部のアニメは背景の色味とキャラの色味を完全に切り分けて考えている気がする

    絵のデフォルメが効いているので、違和感なく溶け込んでいるのだろうか

    ©バードスタジオ/集英社・東映アニメーション

    そういう考え方は特に昔のアニメの特徴の一つかもしれない

    今、ドラゴンボールZを見ているが、

    ドラゴンボールでも、環境光がキャラクターに影響していない

    これにより、絵本のような、良い意味で作りものっぽくなっている

    そもそも、アニメというのは漫画家の手塚治虫が初期にいたから広まった

    最初はアニメは漫画を動かしたものだったので、出発点は絵だ

    それが徐々に、表現を追求するうちに、実写の要素を取り込んでキャラに環境光が影響するようになっていったということなのだろうか

    ストーリー、主に最終回について(ネタバレあり)

    終盤に至るまで、キャピキャピした感じの楽しい感じのアニメだったが、

    第45話と最終回の容赦のなさはすごかった

    エルフェンリートなどと比べると、描写もマイルドだが、

    ただ、これはゴールデンタイムの女児向けアニメだ

    しかも、ここに至るまで44話。平和な楽しい感じのストーリーだった

    それが、終盤2話で登場人物のほとんどが死ぬ

    その死に方も、変に隠して見せるので、余計に不気味さが増した

    氷の穴の中に引き込まれたセーラー戦士。

    次の瞬間、戦士の悲鳴とともに、穴の中が激しく点滅する

    その次に映し出される画面いっぱいの溶岩のような映像、

    確かに、作品の枠的に直接的な描写ができないのはそうだが、

    隠した分、余計に残酷な感じになった

    これは、セーラームーンという少女漫画フォーマットで安心して見ていた視聴者の予想に反することだ

    だから余計、この最終回は伝説になったのだろう

    お話的には、最後、みんな奇跡で生き返るが記憶は失っているという、辛うじてバッドエンドは避けられたという感じになっている

    なので、制作側から見たら、ここで死んでも元に戻るという安定感から、戦士たちが死んでいくという展開になったのだろうが、

    初見の視聴者はそういう結末を知らないし、

    なんだかんだで正義は勝つ。アニメのヒロインたちは死なない。という固定観念があるだろうから、それを裏切られた時のショックは相当なものだったと思う

    信じる人VS叶わなかった人

    恋をしたり、大切な人がいる子供たちVS何かに裏切られた大人

    というような構図が見えてくる気がした

    特に、セーラームーンとメタリアは衛の恋敵という関係で、得た人、得られなかった人という構図で戦っているし、

    最後の決戦時、メタリアとセーラー戦士たちとの会話は、メタリアがなぜ希望を持つのか、なぜ信じるのか、というような問いをしていた気がする。

    セーラー戦士は全員、何かしら打ち込んでいるものがあるようなキャラクターだ

    それがなんであろうと、自分らしくいようとする姿と、それを否定するメタリア

    全体的に、見る人に勇気を持たせるような作りだった

    だからこそキャラに共感しやすいかったし、そんなキャラが死んでしまうという展開もショッキングに感じたのかもしれない

    OPについて

    OPはとてもかっこいい

    特に、OP1が好きだ

    ムーンライト伝説という楽曲自体が良いというのもそうだし、

    映像で少女漫画っぽい、メルヘンでおとぎ話のような、不思議な感じを醸し出しているのはすごかった

    最終回まで見れば、あのメルヘンな建物は月の建物なんだな、というのがなんとなくわかる

    ほかにも、3人が並んで歩く様子を3つのワイプで仕切っているというのもかっこいいし、

    それが移り変わるとき、順に黒いフレームを挟んで移り変わる。というような、細かい演出も凝っていた

    そのあと、3人のセーラー戦士が登場した順に階段から下ってくる

    うさぎの背後には三日月が見える

    そういう細かい演出意図と、その結果出てきた画面の少女漫画っぽさ、

    いくに監督っぽさも感じられる。

    少女革命ウテナにはここから繋がっていくんだな、と思った

    タイトルコール

    毎回、タイトルコールが出されるが、そこの音楽、映像もカッコよかった

    三日月はシルエットがかっこいい

    そのシルエットを象徴的に出しつつ、アップテンポになっていく音楽とともにタイトルを出す

    タイトルコールの前、うさぎが自己紹介的なことを話す時間があるが、

    そこからのつながりも含め、本編での雰囲気づくりという点においてとてもよく働いているなと思った

    うさぎのキャラクター

    僕が普段見るアニメは基本的に深夜アニメが主なので、夕方枠のアニメのキャラクターには慣れていない

    だから感じることなのかもしれないが、うさぎのキャラクターは最近のアニメには見られない設定な気がした

    お転婆で明るい女の子という点では今も昔も設定としてはあるが、

    ただ、それを表現する絵柄が最近のアニメでは、写実的になりつつある

    昔のアニメはまだ漫画の影響を濃く受けていた気がするので、お転婆で明るい女の子をデフォルメの効いた絵で表現して生まれる独特なキャラクターの印象というのは、今のアニメキャラではなかなかいない

    うさぎは14歳。中学生という設定だが、そういう設定に説得力があった

    最近のアニメは、中学生キャラは中学生に見えないし、高校生キャラはおっさんに見えたりもする

    子供らしさを表現する技法が少なくなっているのでは?

    絵柄も撮影技法もすべて写実的に近づいているので、子供らしさを表現するのも難しくなっている気がするし、見る人の解釈の余地が狭まっている気がする

    最近、昔のアニメにあった抽象的な表現がうらやましく思う

    脚本的にも、抽象的な絵柄というのはやりやすいし、良い物語になりやすい気がしている

    例えば、このアニメのように、猫がしゃべるなんて、リアルな絵柄でやってしまったら不気味になってしまうだろう

    セーラームーンでは、猫は口パクなので、不気味さは感じないし、表情もデフォルメされているので、ぬいぐるみの一種のような認識で見ることができる

    おとぎ話のような抽象的な物語というのは、見る人に解釈の余地を生むので、結果として良いものになる気がする

    その点、現代のアニメは表現が具体的過ぎるので、脚本の抽象性も出すのが難しくなっているのでは、

    話をセーラームーンに戻すと、

    うさぎのキャラクターのお転婆な感じは、昔の抽象的な世界観の残る時代のアニメならではな気がした

    中学生という設定がしっくりくる

    泣き虫、お転婆、元気、おっちょこちょい

    そういううさぎのキャラクターと、抽象的な世界観というのが、上手く合致している

    まとめ

    セーラームーンはシリーズもので、ほかにも作品がある

    まだ初見で見ただけでは理解できていない部分も多々あると感じている

    引き続き見てみて、セーラームーンを理解したい

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  • アニメーション映画「Flow」の試写会に行ってきました

    先日、Flowのマスコミ向け試写に行ってきました。

    キャラと背景の溶け込み

    僕はやはり3DCGアーティストなので、最初から最後まで映像表現に注目して見ていた。

    Flowのルックは背景が写実的だが、キャラがトゥーン調寄りだ。

    背景とキャラのルックが違うのは、日本のアニメのような印象を受けた。

    アニメの場合はそもそもアナログ背景とセル作画という、別物を撮影しているというのもあり、そうならざるを得なかったという感じだったが、

    結果として、今日のような、デフォルメの効いたキャラと情報量の多い背景を同じ画面にまとめることができている。

    そして、このFlowに関しても、図らずもという感じではあるが、そういう構成になっていた、

    背景は写実的で情報量の多いルックになっていて、逆に、キャラクターはトゥーン調のデフォルメが効いたルックになっている。

    両者は何も考えなしに同じシーンに配置すると、とってつけたような感じになってしまうが、

    この作品では、色味の調整やデフォルメ具合の感覚が良いからか、違和感は全くない状態で背景とキャラが溶け込んでいた。

    これもeeveeだからこそできる業なのかもしれない。

    全体的な色味についても、やはりeeveeの感じがあり、ゲームのような印象を持つタイミングもいくつかあった。

    それはある種のデフォルメ表現として、この作品の世界観を作り出していた気がする。

    水の表現

    個人的に一番印象に残っているのが、水の表現だ、

    blenderは水や流体シミュレーションが苦手だという認識がある。

    この作品においても、水の粒子感はやはり気になった、

    ただ、それ以外の、船が進んだ時に起こる波や、水面の反射などはとてもきれいに映った。

    この作品は水没した世界が舞台の作品だ。

    なので、現実にある砂浜のように、長い間海岸線がそこにあったような景色ではない。

    草木がいきなり水没していたり、木の上部だけが水面から出ていたり

    というような、非現実的な景色が面白い舞台設定だ。

    そういう水面の反射は、印象的に映るように調整されているからなのか、鏡のようにきれいだった。

    ここで変に写実的にしてしまったら、ここまでの透き通った感じは出ていなかったと思う

    反射を省略しているのはeeveeの弱いところでもあるが、この作品においてはむしろ、キラキラしたプリミティブな反射が水を印象的に見せていたので、良いと思った。

    キャラのデフォルメについて

    主人公の猫の目の表現がとても良かった、

    猫というのは、茶目に当たる部分に色がついている。

    なので本来は黒目が変形し、その周りに茶目があり、その外側に白目があるはずだ

    ただ、Flowの場合は、白目を全く作っていないようだった。

    白目が見えてしまうとリアルになりすぎるので、ない状態で作ったのだろう。

    こういう漫画的な解釈にセンスを感じた。

    ストーリーについて

    一見すると冒険活劇のようで、実は裏に何か伝えたいメッセージがあるような気がした。

    クライマックスも、少し含みのあるような終わり方だった。

    一度助けてくれた存在が最後ああいった終わり方になるのは寂しい、

    そういう結末を、波が立つ水たまりが静まっていくという見せ方で暗示していた。

    あとは、中盤にも見せ場のポイントがあったり。この作品にはいくつかの不思議なポイントがあるが、それらは具体的に表現したいものがないと生まれないものだ。

    一回見ただけではわからないことも多くあるのだろう。

    高いところで安心する猫、キラキラした物を集める猿、

    背景の構造物も、何かをモチーフにしているようなものがいくつか登場していた。

    カメラワークについて

    カットを区切らず、一つのカットで複数のアングルを見せている。

    この見せ方はこの監督の作家性だと思った。

    猫が犬から逃げるシーンは迫力満点だったし、洪水が迫ってくる場面の不気味さもすごかった。

    まるで、ゼログラビティの冒頭のような感じだ。

    長回しのカットにより、他の作品のような漫画アニメの雰囲気ではなく、何かのドキュメンタリーのような、ノンフィクションのような、どこかの世界を切り取っているような印象に仕上がっていた。

    カットをつなげて見せる映像はこれまでもたくさん作られていたが、そういうものはどちらかというと、物語を伝えるための映像。というような立ち位置だ

    ただ、この作品のカメラワークはそうではなく、3DCG空間上で起こったことを実況中継している。それを繋げている。というような印象だった。

    この見せ方が、独特な雰囲気を生んでいるのかもしれない。

    一点惜しかったのが、カメラが動き回るので、結構画面に酔ってしまうところだった。

    上映時間も80分以上と、短くはないので、画面酔いを誘発するかもしれない、

    ここ最近、家でアニメばっかり見ていた僕なので、少し酔った。

    まとめ

    blenderで作られた商業作品ということで、新たな可能性を感じる作品だった。

    環境音や3DCGのルックも相まって、作中の空気感を強く感じられる映画になっていた。

    まだ、一回見ただけではわからない部分も多々ある。

    公開後、見返すなり、他の人の感想を聞くなり、いろいろ考察してみたい。

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  • 王立宇宙軍 オネアミスの翼

    王立宇宙軍 オネアミスの翼_1
    ©BANDAI VISUAL/GAINAX

    以前見たことある映画だが、Dアニメに復活していたので見てみた。

    世界観について

    世界観はとにかくすごかった

    凄すぎて逆に集中できなかったくらいだ

    葬式の様子や、街のデザイン、プロダクトのデザイン、文化など、

    隅々までデザインされている

    途方もない作業量が必要になるな、と思った

    それでいて、ちゃんと現実感のある画面になっているのが凄い

    今、地球上にある文化や意匠をしっかりと観察し、解釈した人でないとできないデザインだ

    この作品のデザインは一人でやっているものではないらしい

    異世界をちゃんと描くために、デザインも複数人で行い、宮崎駿のような、一人ですべてをデザインする。という結果になることを避けているようだ

    個人的にはその手法については、理にかなっているとは思いつつも、それに関して統一をする専用の監督を立てるくらいのことをしないと、本物の異世界というものはできないと思っている

    世界にあるデザインというのは完全に独立して存在しているのではなく、ある程度の系譜を踏んで発展しているものだ

    それを完全に再現するには、その系譜を定義する世界観のデザイナーが必要だと思う

    僕がこの映画の世界観デザインを見ていて思ったのが、その系譜にあたる気配が無かったことだ

    いや、それを察知したというよりかは、本物のファンタジーというのは世界の系譜が必要になるので、果たしてそれを制御する人間をスタッフに立ててこの映画の文化は作られているのかな、という点が気になった

    実際、各々のプロダクトデザインは素晴らしいもので、飛行機やロケットのデザインなどはある種のスチームパンクっぽさも含んだ、唯一無二のデザインになっていたと思う

    ただ、細かいところを見ると、やはり、デザイナーの個性というか、そういう人の気配がしてしまう気がした

    例えば、船が出航するとき、板を叩く風趣があったが、その板が角ばった質素なものだったのは気になった

    切符や、テーブルゲームのカードが装飾されているような文化なのに、あんな無機質な板をあそこにぶら下げるものなのかな、と感じた

    なんとなく、あの世界の人間の感性だったら、あの板も角を取ったり模様を描いたりする気がした

    そしてその模様が剥げていたり。そういうディテールがあったらほかの文化にも違和感なく溶け込んでいた気がする

    個人的には、やはり、異世界を描くなら複数のデザイナーが集まって作るのではなく、宮崎駿のような中心人物を据えて、世界観監督のような形で制御して作ったほうが良い気がした

    ロケットというモチーフ

    ロケットというモチーフは当時20代前半だったスタッフたちの若さの象徴な気がした

    自分たちの境遇を作品の一本の柱としてとらえて、そこにキャラクターをつける作り方だ

    あとは、ロケットや飛行機など、当時の制作スタッフたちの好きそうなものが目白押しだった

    爆発のシーンや、ドッグファイトのシーンも、明らかに飛行機や爆発が好きな人が書いているんだろうなという感じだ

    爆発のシーンや氷のシーンは庵野秀明が作画している

    ロケット打ち上げ時の氷のシーンは伝説的で、今でも話題が絶えないものだが、

    ああいった細かな仕事ができるのも庵野秀明の凄いところだし、そういうのが好きじゃないとできないんだなとも思った

    氷が等速で落ちているのが良い

    それも、氷をたくさん描いたセルを何枚か重ねて違う速さで引くという、ありがちな方法ではなく、一枚一枚手描きで描いている

    あれによってあの場面がしっかり見せ場になっている

    氷が回転し、等速でゆっくり落ちていく様子と、勢いよく噴き出す炎のスピード感のコントラストが美しい

    印象的で、物語の見せ場にも慣れるような、かっこいいシーンだった

    キャラクターの顔

    キャラクターの顔が日本人っぽいのも個人的には好きだ

    あとは、AKIRAのような写実的な顔立ちも良い

    ただ、だからこそ大衆受けしなかったというのもあるのだろう

    そもそも物語の構造的にも、感情曲線の上下がわかりにくいという点で、エンタメ映画にはなっていない

    キャラの顔も、萌えを狙うのではなく、どちらかというとドキュメンタリーに近いような、

    違う世界の出来事を見るという体験自体に価値を置いているようなそんな感じがした

    ストーリーについて

    ストーリーについては、先ほども少し触れたように、エンタメ感は無かった

    そういうところが個人的には好きだ

    何でもエンタメにしようとする風潮もどうかと思っている

    主人公のわかりやすい感情は無かったし、ヒロインも報われるわけではないし、

    特に幸せになった人もいない

    ロケットを打ち上げるというクライマックス自体も、それが好きな人にしか刺さらなそうな展開だ

    ロケットが好きではない大多数の人に、ロケット打ち上げをクライマックスとして認識させるには、また別の何か、感情曲線の高ぶりがロケット打ち上げとリンクできるような前準備が必要だ

    ただ、この作品ではそういうことをしていない

    だから、多くの人にとって、クライマックスがクライマックスになり切れていないので、エンタメ映画っぽくはないのだろう

    この映画を見た後、いろいろ調べて、どこかで見た話だが、

    山賀監督はこの作品をドラマにしていないし、しようともしていなかったらしい

    個人的にはドラマ成分も含んでいる気がしていたが、それもそこまで強くなく、まだやはり、クライマックスとは結び付いていないなという感じだった

    それよりも、この作品はどちらかというと、世界観の設定、メカ、衣装デザインなど、そういうところに価値がある作品な気がする

    なので、どちらかというとこの映画は自主制作映画だ

    自主制作映画のノリで作られた商業映画だ

    そして、それに携わった人がどんどん有名になるにつれて買われていった、回収に長い時間がかかった映画だ

    自主制作映画でもこれだけ成功したのは、庵野秀明や岡田斗司夫という、今となっては有名になった方々が若かりし日に作ったものだからだ

    個人的にはそういうのはすごくうらやましい

    今僕が作っている自主制作が、公開したくはないけど公開したいというのはまさに同じ理由だ

    どうせ今公開しても評価はされない、けど、僕が有名になった後に見てもらえれば、僕のやりたいことが詰まっていたので面白く見てくれるだろう

    だから最近、どう公開しようか悩んでいる


  • 「Just Because!」を見た

    Just Because!_1
    © FOA/Just Because! 製作委員会

    先日会った高校の友達がJust Because好きだと言っていたので、見返してみた

    当時はあまり刺さらなかったアニメだったが、改めて見てみたらとても良かった

    青春を淡々と映している感じ

    青春ラブストーリーだが、変にこてこてしたシーンは無く、さらさらした印象だった

    どちらかと言えば、登場人物にカメラを向けているのではなく、その周囲にカメラを向けているような感じだ

    恋愛がある高校生活終盤を淡々と切り取っている感じが、リアルな青春時代という雰囲気を演出しているのかもしれない

    センター試験、受験、

    そういうものをテーマにして恋愛ストーリーにしているのは意外と少ないんじゃないかという気もした

    恋愛なんかしてる場合じゃないだろ! 勉強しろ!

    みたいな感じになるので、そういう構図の作品は少ないのかもしれない

    この作品がその壁を越えているのは、勉強したり、進路が分かれていったりというのをちゃんと物語の構成に組み込めているからだ

    0か1で決まることは0にも1にもならない法則

    というのは、このアニメを見ていて思ったことだ

    コンクールで賞を取ったら○○

    だとか、

    大学に受かったら○○

    というような展開の時は必ずと言ってよいほど、コンクールの結果はどうでもよくなるし、大学の合否もどうでもよくなる

    これは、君の膵臓を食べたいでも同じ展開だ

    病気が治るのでも、病気で死ぬのでもなく、全く関係ないことで亡くなる

    アニメ、というよりも脚本の鉄則のようなものがあるのかもしれない

    予想を裏切るというのが脚本での一つのテクニックなので、斜め上を行く展開にする場合、0か1。と見せかけておいて実は2だとか3だとか、

    そういう意表を突く展開になりがちだ

    このアニメもそうだった

    このアニメは脚本が花田十輝さんだ

    僕が個人的に推している作家で、ガルクラや、よりもいなども花田さんが脚本を担当している。

    この方は結構テクニカルに作っている印象があるので、そういう脚本の鉄則のようなものを守っている

    これにより、最後まで意表を突く、見る人を飽きさせない物語にすることに成功している

    3DCGについて

    僕はやはり3DCGアーティストなので、どうしてもそっちに目が行ってしまう

    モノレールの支柱に当たる窓の光など、3Dならではの表現は印象的に表現されていてとても良かった

    ただ、全体的に見ると、若干浮いているカットがあった気がした

    少し前の作品なので仕方がないというのもある

    ただ、湘南モノレールのモデルなどは、テクスチャの張り込み感が目立つので改善できたらもっと良いのにな、と思った

    例えば、ガラスなどのつるつるしている面だけでも、撮影処理で反射を足すだけでクオリティが増す

    雰囲気を伝えるのがうまい

    リアリティのある構成、ストーリーだが、それに拍車をかけているのが、リアリティのある映像と音にあったと思う

    映像面では、写真加工で背景を作っている場面も多かった気がするから、リアルな印象になったのかもしれない

    このアニメにおいては、キービジュアルの通り、黒がパっきり出ていて割とスタイリッシュな雰囲気なので、写真加工の背景がマッチしている

    あとは、音も、湘南モノレールのホームの音や、環境音なども印象に残った

    光の色使いも上手だった気がする

    そういう、撮影処理、色味の調整など、臨場感のある仕上がりになっていたので作品に没入できた

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  • blender、コンポジットによる周辺減光のメモ

    blenderのコンポジットによる周辺減光の表現は何かとよく使う

    が、具体的にどういったノードを使ってやるのか、毎回忘れて時間をロスしているので、ここにメモっておく

    上画像はコンポジターの様子だ

    画像がそのまま出力されている

    画像の出力ではなく、アルファの出力からレンズ歪みノードに繋ぎ、歪みを1にすると、上のようになる。

    この楕円はレンダリング画像の縦横比に応じて変わるものなので、いかなる縦横比の出力でも同様に周辺減光を表現することができる

    ここにアルファオーバーノードを繋ぐ

    先ほどまでのアルファの01が色に変換された

    色は任意のものを設定することができる

    今回はアルファ0が黒、アルファ1が白になるよう設定した

    これにぼかしノードを挟むことにより、周辺減光っぽくなる

    なんだかフレームまでなくなっているが、これを乗算することで、期待したエフェクトが得られる

    レンズ歪みの値や、ぼかしの値を調整するとまた違った雰囲気の周辺減光になる

    P,S,

    アルファオーバーノードはミックスノードでも代用できる気がする

    そっちの方が出しやすいので、ミックスノードを使った方が手っ取り早いかもしれない

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  • 物語における、気になる、

    アニメなどの物語を見ていると楽しい

    その楽しいという感情はどこからくるのだろうか、

    それは、結果が気になるという、人間の本能によるものだ

    結果がわからない状態を人間は避けるので、必然的に、結果がわかるという瞬間が脳に対する報酬になる

    だから、この先どうなるんだろう。というものが報酬に結びつくわけだ

    ちなみに、そこにタイムリミットなどの制約が加わることにより、緊張感が生まれる

    結果が明かされようとしているが、それに至るまでの制約が邪魔をしてくる

    結果が明かされるのが先か、制約に閉ざされるのが先か、

    というハラハラドキドキが、物語の面白さの根本にあるものなのかもしれない


  • 「菊次郎の夏」を見た

    北野監督作品、菊次郎の夏を見た

    ソナチネのような構造をしていた気がする

    お笑いが物語の過程として入っている

    ソナチネでは日常の東京から沖縄に行って遊んでいたが、

    菊次郎の夏では、日常の東京から静岡に行って遊んでいる

    もはや、後半のお笑いパートが本番みたいな雰囲気も感じた

    途中、モザイクが出てきたが、あの表現は完全に映画として見せようとしているのを放棄している

    あんなことができる北野監督のブランドがうらやましい

    北野映画にある独特な雰囲気の正体

    文字にすると当たり前だとは思うが、

    北野監督は芸人としてのキャリアが長く、漫才、落語、演劇など様々なお笑いのスペシャリストだ

    テレビで放映されるお笑いでは、カメラの中に登場人物を陳列するようなレイアウトだったり、

    そこで、今起こっていることをある種記号的に説明するのが、お笑いというものではないだろうか

    だとすれば、北野監督が映画を撮った時、北野映画のような洗練された画面になるのは自然な流れだな、と思った

    ただ、菊次郎の夏については、少しだけ、その魅力が損なわれているカットがある気がした

    クレーンを使ってゆっくり上昇するカメラワークが何回かあった気がするが、あのアプローチは無かった方が良かった

    普通の映画であればああいった撮り方で表現できる心情があるが、菊次郎の夏のような、北野映画でそれをやる必要はない気がした

    個人的には、北野監督の映画の良さは状況説明的なレイアウト、動かないカメラ、陳列するようなレイアウト、

    そういうところにあると思う

    その中で、カメラを動かすというのは、北野監督の映画ではなく、普通の娯楽映画みたいになってしまうのでよくない気がした

    音楽について

    この作品のメインテーマは超有名なsummerだ

    この曲は物心ついた頃から聞いている気がする

    確かにこの映画にうってつけの音楽だ

    菊次郎という名前について

    菊次郎というのは、北野武の父親の名前のようだ

    ただ、この作品を見る前は、菊次郎が男の子の名前だと思っていた

    そういう先入観から見ていたので、ラストの名前を明かすシーンは少し衝撃だった

    菊次郎が父親の名前ということは、この映画の中のおじさんは北野監督の父親のイメージなのか?

    素行の悪い登場人物

    この作品には見習ってはいけないような大人たちが何人も登場する

    いろいろな悪いことをしているが、そんな登場人物を堂々と描ける自信が凄いなと思った

    これは僕が今、脚本のことをいろいろ考えていて思うことだが、

    悪いことをする登場人物を描くと、どうしても悪者になってしまう

    あるいは、悪者にしないようにしようとすると、悪いことができない登場人物になってしまう

    この作品の登場人物は自分勝手で、悪いことをしている。素行の悪い人間がたくさん出てくるが、それは不快な印象ではない、

    むしろ、夏という季節とsummerという音楽も相まって、小学生の夏休みのような純粋さを感じられた

    悪いことをする大人たちをここまで純粋に描けるのはそれだけ、笑いやギャグに対する思い入れが深いからなのか?

    現実の人生でも大胆に振る舞ってきた北野監督だからこそ作れる世界観な気がする

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  • ドラゴンボール

    ドラゴンボール_1
    ©バードスタジオ/集英社・東映アニメーション

    ドラゴンボールを見た

    見たというよりも、見終わったといったほうが良いかもしれない

    150話以上あり、見るのに1か月くらいはかかった気がする

    ただ、その間ずっと面白かった

    というか、伝説的なことが多すぎて、もはや、観光地巡りをしているような気分で見ていた

    プロダクトデザインについて

    作中にはいくつか、魅力的なプロダクトが登場する

    空飛ぶ車などのメカデザインが、なんとなく、鳥山明の機械好きが伝わってくるようで、面白かった

    機械が好きな人がデザインしたメカと、そうでない人がデザインしたメカは全然違うし、

    さらに言えば、機械の何が美しいと思っているかによっても、デザインが変わってくる

    鳥山明は、機械が好きで、かつ、機械の機能が美しいと感じている人なんだな、という印象だった

    旧車が美しいという話と同じだが、

    ドラゴンボールに出てくるプロダクトデザインは、なんとなく、機能が見た目に反映されているという点で、プロのプロダクトデザイナーがするデザインのような美しさがあった

    そういえば、昔、ツイッターで、僕の作った3DCGのメカがドラゴンボールっぽいと、外国人に言われたことがある

    僕はこういうメカが好きなので、ドラゴンボールに登場するメカにも惹かれたのかもしれない

    シルエットもかわいらしく、パースのついた描き方も相まって、まるでおもちゃのようなかわいらしさのあるメカデザインだった

    それに、この作品に出てくる車、飛行機はすべてが小さい

    まるで、交通公園のゴーカートのようなかわいらしさがある

    プロダクトデザインとして成立するデザインのメカがデフォルメの効いたパースによって描かれている

    というのが、ドラゴンボールにおける独特なメカの雰囲気を演出しているのかもしれない

    漫画的な表情

    この作品で印象的だったのが、漫画的な表情だ

    ©バードスタジオ/集英社・東映アニメーション

    記号的な表情ともいえるかもしれない

    笑うときは単純に山なりの線になるし、目を瞑ったりしているときは谷の線になる

    チャオズが死んだときでさえ、そういう、漫画的なかわいらしい表現になっていた

    桃鉄などは影響を受けていそうな感じだった

    このような記号的な表情の表現はドラゴンボールをおとぎ話っぽくするのに一役買っている

    人が死んだり、殴ったり、撃ったり、やっていることは結構過激なアニメだが、こういう、漫画的な表情でそれを表すことにより、これはおとぎ話なんだという、安心感を見る人に与えている

    なので、死んだときも衝撃ではあるが嫌な感じではなかったし、痛がっているシーンでもワンパクな印象になっていたり、

    どこか無敵な雰囲気がこの作品の魅力になっている

    動物がしゃべる

    先ほどのおとぎ話に関する話にもつながるところだが、

    人間と同じように動物が話し、生活している姿はとてもかわいらしくてほのぼのとした

    全体的に、おとぎ話要素の多い作風で、バトルをしているというのがドラゴンボールの持つ独特な雰囲気を作り出しているのかもしれない

    ブルマのキャラクター

    ブルマの破天荒な感じはユニークで面白かったし、だからこその、メカがいじれるというギャップもよかった

    大企業の令嬢という設定も良かった

    しかも、それを最初に明かしてしまうのではなく、徐々に明かしていく感じもうまかった

    エンディングはブルマがたくさん出てくるものだったが、

    そこでも、機械をいじる様子、そして、鳥山明が好きそうなメカの絵

    メカが好きな人が描いたんだなというのも伝わってくる

    そもそも、青い髪のキャラもほかにほとんど出てこなかった気がする

    ブルマのキャラデザはこの作品の中でも結構特異なものになっていた

    ドラゴンボールZ

    ドラゴンボールはまだここで終わらない

    ここからさらに、250話ほどのドラゴンボールZがあるので、続けて見る予定だ

    悟空が強すぎるので途中からいなくなりがち

    悟空のキャラが強すぎるので、途中でいなくなりがちだ

    基本的に、インフレというのは長い作品の脚本で起こりやすい気がする

    ソシャゲもそうだ

    それを回避するために、強い悟空と、ベジータも、物語の中心からいなくなる

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  • 「BECK」を見た

    BECK_1
    © ハロルド作石・講談社/2004 BECK製作委員会

    最近、僕の周りで、このアニメに関する話題が多く出ていた気がする

    どうも、ギターを3Dでやり、キャラを2Dでやっている。という話を聞いた

    確かにこのアニメはそういった見せ方をしていて、2004年の作品とは思えないほど先進的だと思った

    ギターだけでなく、背景や車なども3Dでやっていて、それなのに辺に悪目立ちしているような感じでもない

    特に、OPの最後のほうのカット、飛行機は3Dでやっていたが、2Dと見間違えるような質感表現で驚いた

    見たところ、美術さんに書いてもらった飛行機の絵を3Dに投影しているような感じだった

    そういう表現は今となってはもうありがち表現になってしまったが、2004年の時点で、違和感なくそれを映像化しているという時点ですごい

    むしろ、黎明期だからこそ、研究もかねて本気で手を抜かずにその絵を作っていた感じがしてよかった

    ストーリーについて

    僕は、若者が夢を追う系の物語が好きで、よく見ている

    この作品もそういった感じなので、見ていて楽しかった

    なんだか、いつまでも平凡な日常が続くような、気楽な雰囲気の若者がたくさん出てきていて、良かった

    バンドが結成されるまでも、とんとん拍子に行くのではなく、いろいろな障害を乗り越えて行ったり、最後には一度解散していたり、

    そういうイベントの配分はちょうどよいペースだった気がする

    26話だが、最後まで安定して楽しめた

    キャラクターに関しても、根っこからの悪者はほとんど出てこない

    学校の不良も成長して大人になったらまともな人間になっているし、

    殴り合いも、単なる恨みの晴らし合いではなく、理由があって殴り合っているというような、人間性も垣間見える風に描かれていた

    レイアウト、カット運びについて

    この作品で一番すごいと思ったのが、カット割り、レイアウトなど、絵コンテの領域だ

    カメラを不必要に動かすことなく、淡々と場面をつなげているような作り方がとてもかっこよかった

    暗転を多用しているのも、一見するとレパートリーの少ないつなげ方だと思われがちだが、この作品においては違った

    正直、この結果が監督の意図したものだったのかはよくわからない

    が、暗転を多用して生み出される独特なリズム、淡々としたカメラワークなども相まったこの作品の雰囲気が意図的なものだとしたら、監督の実力は半端ないと思う

    フリクリの影響は受けているかもしれない

    髪などのハイライトが少なく、淡々と場面を見せる説明的なレイアウトはフリクリっぽかった

    マッドハウスについて

    この作品はマッドハウス制作だ。

    マッドハウスはもしかしたら、僕の一番好きなアニメスタジオかもしれない

    サニーボーイ、ブラックラグーン、メトロポリスなど、

    なぜか、僕の好きなアニメはマッドハウスが作っていることが多い

    今敏監督作品もマッドハウスだ

    なんとなく、スタジオの持つ雰囲気のようなものが、僕が求めるものと近しいものがある

    説明的なアングル、ノスタルジックな世界観、ディープな描写などが僕は好きだが、マッドハウスの作品にはそれがたくさんあるのかもしれない

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  • 2025年の抱負

    あけましておめでとうございます

    今年はとにかく脚本の修行と、フリーランスとしてのアニメ会社とつながりを広げる一年にしたいです

    実際にアニメスタジオに居場所を作り、アニメができるまでの過程を見るだけでなく、自分もその一部になり、経験を身に着けたい

    それと同時に、脚本のスキルを磨き、企画から絵コンテを作るまで自分一人でできるようになるところまで行きたい

    そのためにもまずは、一人暮らしを始めるのは必須だ

    今まさにお部屋探しをしているところだが、

    中央線沿線とかにはアニメ会社が多く集まっているので、その周辺で物件を探している

    やはり、フリーランスとしてまだ経験不足というのもあり、安定はしていない

    それに、最初の一人暮らしということもあるので、いきなり最高の物件を選ぶのもどうかと思う

    都心に近いところに住むのか、それとも都心から離れたエリアに住むのか、

    まだ何とも言えないが、少なくとも。2025年の春ごろまでには引っ越しを完了したい

    引っ越しをすれば、アニメスタジオに気軽に行けるようになるし、なんとなく、物理的に行ける人間のほうがお仕事を頼みやすい気もする

    僕がやりたいのは一人のクリエイターのお仕事というよりかは、企画を立て、絵コンテを作るというような、プリプロダクション的なお仕事だ

    なので、やはり、物理的にスタジオに行く人間である必要があるわけだ

    なので今年は、早いうちに引っ越し、同時に、脚本や絵コンテ制作方法の修行、アニメスタジオで様々なお仕事をする。金銭的にも無理のない生活を送る

    • 早いうちに引っ越し(春までに)
    • 脚本スキルの修行(設定に頼らない物語。魅力的なキャラクターが登場する脚本を作れるようにする)
    • 今までとは違うアニメのお仕事をこなせるようになる
    • 人脈、取引先、アニメスタジオや関係者とのつながりを増やす
    • 一人暮らしをしながら、毎月貯金できるくらいの生活を実現
    • 身なりを整える(床屋デビュー)
    • 掃除と家事スキルを身に着ける

    を目標に頑張る

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  • 2024年を振り返る

    2024年は波乱の幕開けからの、安定成長の一年だった気がする

    波乱の幕開けというのは、ミレニアムパレードとの関わりと、フリーランスへの転身だ

    1月18日に会社を辞めたというブログ投稿をした

    このころはいろいろなつながりが急激に増えたのと同時に、勤めていたクラスターから正社員にならないかというお誘いを受けたり、いろいろ急変した時期だった

    その結果、意気地なしの僕にもかかわらず、フリーランスとなった

    考えてみれば、今。新居を探しているが、それもまた一つの急変なのかもしれない

    1年前、フリーランスになり、1年後の今、実家を出て一人暮らしを始めようとしている

    ここ1か月前くらいから、また一つ繋がりが増えた

    大学時代から大変お世話になっていたエイベックスのプロデューサーさんからの紹介だ

    前々から、会うたびに、僕は脚本や監督がやりたい人間なんだというアピールをしていた

    そんな中、新しいスタジオがそのプロデューサーさんの周りでできることになり、お声がかかった

    なので今後は、そのスタジオに通いつつ、いろいろとスキルを身に着けることになるかもしれない

    脚本の出来も見てくださるようだ

    2025年はその修行の一年にしたい

    今年の振り返りに戻るが、

    2024年は波乱の幕開けによってはじまり、以降は安定成長だった

    自主制作の進捗報告をし始めたのが4月のことだった

    以降は自主制作の進捗報告ツイートがメインになり、そのたびにいいねを頂く。という感じだった

    2023年は万バズを複数回したような気もするが、2024年は全くなかった

    とはいえ、衰退したわけではなく、フォロワーは増加した

    というわけで、安定成長の1年だ

    ただ、自分自身は成長したと思っていて、設備の面でも、知識の面でも、成長したと思う

    映画やそのブルーレイを収集し始めたのもこの1年だった

    経費にも落ちるので、ジブリや、北野武監督の映画をたくさん買った

    そして、そのほとんどについてブログ記事を書き、知見として具体化した

    その結果、この1年で物語づくりの実力は結構成長した気がする

    自主製作アニメーションを作り始めたころは、キャラクターというものが理解できていなかったが、今では理解はできる

    依然として苦手意識はあるものの、自分の物語の中にキャラクターというものが生まれ始めている気がする

    来年はそういったものを生み出す力を育てて、設定に頼らない脚本を作れるようになりたい

    あと、この1年で大きな出来事といえば、CGworldさんと繋がったことかもしれない

    blender fesへの出演を機に、いくつかの講義を開催させていただいたり、

    ウェブ記事でのインタビューアー、ライターとしてお仕事を頂くこともできた

    いろいろなblenderアーティストにおすすめのアドオンをインタビューし、それを記事にする仕事だ

    僕はことあるごとに記事を書き、文章化する人なので、ライターという仕事は以外にも自分に合っていた

    高校のころは国語で赤点取らないほうが珍しいくらいの人間だったのだが、そんな人間がライターをやり、脚本の修行をしようとしているのだから人生どうなるかわからない

    あと、2024年を健康面で振り返ってみると、

    2023年に苦しんでいた顎関節症は、悪化はしていないし、むしろそこから得る苦しみは減った

    慣れたというのもあるが、姿勢を良くしたり、ぶら下がり器を買ったりしたので、痛むことはほとんどなくなった

    代わりに登場したのが、指と手首の痛みだ

    その結果、人生設計を変更することを余儀なくされた

    人生設計らしい人生設計なんてした覚えもないが、

    ただ何となく、3DCG関係でバリバリお仕事をこなした後に監督脚本の道に行くという感じを想定していたが、3DCG関連でバリバリお仕事ができなくなってしまったので、思いのほか早く、脚本の修行を始めることになった

    指が痛いのはとてもよくないことだが、そのおかげで脚本への取り組みが早まったことはよいことな気もする

    あと、2024年は、ジェネレーターを作り始めたり、NISAに投資しまくったり、クレジットカードをたくさん作ったり、銀行口座もたくさん作ったり、

    というようなことをした1年だった。

    2024年の抱負を振り返る

    以下は2024年の最初に公開した抱負だ

    • フリーランスになり、軌道に乗る
    • 自主制作アニメーションを完成させ、発表する
    • アニメ業界に実務的な居場所を作り、監督の仕事を観察、お手伝いする
    • 一人暮らしを始める
    • ブランドと作家性を確立していく
    • 健康問題を改善、身なりを整える

    フリーランスになり軌道に乗るについては、おおむね実現できた

    報酬の面では予想以上の成果だった

    研究という名目で参加しているため、単価が高くなったのかもしれない

    SNSのフォロワーも多いので、その分単価が上がっている気がする

    そういう事情もあってか、報酬の面では予想していたよりもだいぶ良い成果をあげられた

    ただ、軌道に乗るという点においては、安定したお仕事を複数抱えないと、軌道に乗っていないと考えているので、これに関してはまだ未達成だ

    アニメ業界に居場所を作る云々に関しては、居場所は一応、少しだけできていて、これからさらに広げていくために一人暮らしもするつもりだ

    監督のお仕事のお手伝いはできていないが、今はそれでも良いと思っているし、プロデューサーさんにも繋がれたので、達成できたともいえるかもしれない

    ただ、年末の時点で実際にお仕事ができているわけでもないので、これに関しては少し遅れているかもしれない。

    一人暮らしに関しては未達成だ、春までには達成したい

    ブランドと作家性に関しては、評価基準がないために一概には言えないが、少なくとも作家性などを失っている感じではないので、悪くない1年だったかもしれない

    ジオメトリノードというキーワードを藤田将と結び付けて、発信できた気もするので、そういう点においてはよかったとも言えるだろう

    健康改善については、顎関節症関係の苦痛が和らいだり、ICLの手術を受けたりしたので、基本的には改善できたかもしれない

    ただ、指の痛さや、肌の乾燥などの問題は依然としてあるので、これも完ぺきに達成できたわけではない

    身なりを整えるというのも、完全に忘れていたくらいのことだ、

    いまだに髪は自分で切っているし、実家暮らしだ

    ただ、今年あった変化としては、自分は古着が好きなのではないか? ということを自覚し始めたことだ

    なので、古着を何着か買った

    服を選ぶことに少なからず楽しみを感じたのは人生で初めてだったかもしれない

    なので、その点から考えると、身なりを整えるというのもこの1年のうちに動き出していたのかもしれない

    総評

    波乱万丈の幕開け、からの安定成長。

    という、冒頭の言葉は2024年を良く表している気がする

    さらに言えば、年末に来て、また波乱万丈の気配が見て取れる感じだ

    とはいえ、今年の最初ほどの波乱万丈ではない気がするが、

    ただ、少なくとも。この年末は2024年全体を見ても、結構いろいろ変化している時期な気がする

    2025年の抱負についてはおそらく年明け後にまた記事を書くので詳しくは触れないが、

    この年末の波乱万丈の気配を2025年にかけて増幅させ、ステップアップする1年にしたい

    それではよいお年を!

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  • 過程のない結果はない

    つまり、理由のない結果はない

    有能な人はそれに至る理由があるはずだし、逆もまたしかりだ

    なので、努力は必ず結果に結びつくということになる

    という風に書くと、世の中そんなに甘くないと思われるかもしれないが、

    世の中に結果に結びつかない努力がある場合、それは間違った努力だということが言える

    努力が結果に結びつくか否かというのは、努力が足りないとかそういうことではなく、努力する先が自分の制御可能な範疇に収まっているか否か、ということではないか?

    結果には必ず過程があるので、逆に言えば、過程さえ踏めば必ず結果になるともいえる

    なので、努力の方向性さえ間違わなければ、必ず結果は伴ってくる

    単位時間当たりの努力を最大限に発揮するためにも、まず最初に何に対して努力するのか、その努力は自分のキャパの範疇にあるのか、

    そういうのを吟味して計画的に時間を使うことで、報われない努力を削減することができる

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  • フライディ・チャイナタウンのMVに、撮影・編集で参加させていただきました!

    フライディ・チャイナタウンのアニメカバーMVに撮影・編集として参加させていただきました!

    僕はシティーポップが好きなので、この曲ももちろん知っていました。

    昔の楽曲ということもあり、セル画っぽい雰囲気で作っています。

    ピンぼけ的な表現を避けたり、デジタル感のある演出を避けたり、ノイズを加えたり、

    いろいろ工夫しています

    撮影という役職について

    撮影という役職は3DCGとはほとんど関係ありません

    お仕事としては初めていただきました

    実はだいぶ前、まだ大学生だったころにはユーフォテーブルで撮影のインターンとして参加していた時期がありました

    その後はずっと3Dでやってきましたが、今回、なぜか、撮影でお仕事をしました

    とても勉強になったというのと、撮影も久しぶりにやってみてとても楽しかったので、今後はどんどん撮影のお仕事にも挑戦していきたいと思います

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  • 「蛍火の杜へ」

    蛍火の杜へ_1
    ©緑川ゆき・白泉社/「蛍火の杜へ」製作委員会

    この作品は結構前に見てから、ずっと心に残っているアニメだった

    Dアニメストアから消えてしまったアニメだが、最近になって復活していたので見た。

    普段はネタバレ気にせず記事を書いていますが、この作品に関してはネタバレする前と後で面白さが変わってくるものな気がするので、一応断っておきます。ネタバレありです。

    よいアイデアを最大限楽しめる構成

    この作品は45分ほどの尺しかない

    原作は読み切りの漫画のようだ

    個人的にはそういう短い物語が好きで、ルックバックやメモリーズなどのような、事前知識なしで、単独ですぐに楽しめる物語というのがプロポーションとして美しい気がするので、結構見ている

    その中でも、特に好きなのがこの、蛍火の杜へだ。

    内容は恋愛系だが、そこに、触れては消えてしまうという制約が設定されている

    近づきたいのに近づけないというジレンマが、2人を切ない結末へと導く

    このアイデアが素晴らしいのは言うまでもないが、この作品は構成によってそのアイデアを効果的に利用している

    45分と短いので、そのアイデアだけで物語が良い感じのペースで終盤まで進んでいく

    なので、余計な要素がない。さっぱりとした印象の作品に仕上がっている

    ここに肉付けをしてしまうと、日常系アニメみたいになりすぎてしまうだろう

    さらに考えられているのが、この作品が主人公の昔話のような形で語られている点だ

    これはタイタニックや、異世界転生ものと同じような効果を生み出しているようにも思える

    現実と陸続きの物語だということにすることで、ファンタジーでありながらリアリティのある雰囲気に仕上げている

    子供のころにあった怖い体験、楽しい体験。今となっては現実だったのか夢だったのかわからない体験

    そのフォーマットにこの作品のストーリーも当てはめている

    これが単なる現在進行形の語り形式だったら、ここまで印象的かつ、リズミカルな作品にはならなかっただろう

    この作品は一見、割と王道な展開のみの作品だと見せかけておいて、じつは気づかないところで細かい演出が働いている作品な気がする

    夏祭りの伏線

    森の中で行われる妖怪だけの夏祭りがこの作品のクライマックスだが、その話はだいぶ前から伏線として出てきていた

    村の人が昔、迷い込んでしまったというような小話が出てくるが、それはクライマックスの伏線になっていた

    クライマックス。ギンが消えてしまうとき、通りすがりの子供たちに触れられていたが、その子供が実は人間だった

    というのは、たまに祭りに迷い込む子供がいるという話が伏線になっている

    クライマックスについて

    クライマックスがまた良い。

    ギンと蛍だけでクライマックスを迎えると思いきや、不意な形で、何の準備もなしに、知らない子供たちによってギンが消える

    満たされて終わる恋愛ではなく、その前に終わってしまう恋愛だ

    ここがまた儚い雰囲気を演出している

    消えてしまうギンを抱きしめる蛍だが、その感情が短時間で喜びから悲しみに代わっていく様子もよい

    この急な感情の変化が感動を呼ぶ

    一瞬でこれだけの感情を動かしてくるクライマックスもなかなかないと思う

    ちょっと惜しいと思ったところ

    尺が44分で、長編というよりも、ショートアニメというような印象の作品だ

    なので、あの最高のクライマックスの後、すぐ、成長した蛍のパートに入ってもよかった気がする

    あの後、妖怪たちが話してきたり、少しだけ展開があった

    今の状態でも十分短い展開にまとまってはいるが、個人的にはそれすらもカットして、あの余韻のままエンディングに入っていくほうがよかった気がする

    これが90分くらいのアニメ映画であれば、きちっと終わらせないと終わった感が出ないが、この作品は印象としてはショートアニメだともとらえられる体感なので、むしろ、クライマックス後すぐに終わりというのでもよかったのでは。

    と思った

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  • 電脳麻薬

    電脳麻薬というのは僕が勝手に作った造語だ

    このまま何もせずに行くと、人類の最後の娯楽は電脳麻薬になる気がしている

    電脳麻薬というのは、コンピューター内に意識を移動したうえで、永遠に幸福情報を入力するというものだ

    人間は五感を通して幸福を得る必要があるが、その体すらなくなればもはや幸福のために物質は必要なくなる

    なので、幸福だという情報のみがゼロコストで永遠に供給されるという、究極的に理想な環境が考えられる

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  • 人間の弱体化

    僕は目がとても悪い

    ICLのおかげで視力は1以上になったが、その前はほとんど0だった

    この動画はICLを受ける寸前に、自分の目の悪さを忠実に再現した動画だ

    コンタクトは-7.0と-7.5とかだった気がする

    僕よりも目の悪い人には会ったことがない

    それくらい目が悪い

    目が悪いというのは、つまり、水晶体によって網膜上に像が合わないということになる

    端的に言うならば、生き物としての欠陥だ。奇形だ。

    先ほどの動画を見てもらえればわかるが、この目の悪さで文明が無かったら、確実に死んでいる

    つまり、僕のような、目の像が合わない遺伝子は残らない

    そうして人間はまた強くなるというわけだ

    ただ、それでも僕は現代技術の粋を結集させた手術によって、目が良くなった

    いや、手術でなくても。眼鏡をかければ目が良くなって、普通に生きれるようになる

    そうして、目の悪い両親から、目の悪い子供が生まれる

    僕は昔から、文明が嫌いだと言っているが、その一番の原因がそういう、苦しみを背負って生まれてくる次の世代を思ってのことだ

    僕のように、目が悪くて、顎も左右非対称に開き、肌も弱い。そういう人間が生まれてしまうのは種族として不健全だと思う

    とは言いつつも、僕の中には全く逆の考えもある

    テクノロジーの発展は嫌いだが、遺伝子組み換えは積極的に行うべきだと考えている

    遺伝子組み換え食品ではない。遺伝子組み換え人間だ

    人間が、自分らのためだけに子孫を残してしまう種族なのであれば、遺伝子を補正して集団としての人間の体の強さを担保するべきだ

    でないと、顎が開かなかったり、目が見えなかったり、肌が弱かったりする人間も生まれてしまう

    危険やリスクを技術で無かったことにするのは良いが、それで生じる自然淘汰の排除のことも考えないと、人間はこの先どんどん辛くなる一方だ

    遺伝子組み換えに関してはいろいろなところで議論がされているが、その議論をするのはもう100年遅い

    産業革命を止めなかった時点で、人類には前にしか道が残されていないのだから、そんな中で遺伝子組み換えだけを規制するのは道が険しすぎる

    まだ技術的に不十分ならば仕方がないが、道徳的な問題を理由に遺伝子組み換えの研究に反対するのは、それこそ道徳上良くない

    今は技術力で無理やりねじ伏せてはいるが、欠陥を持った遺伝による苦しみは結構なものだと個人的には思う

    どこかでそういう議論になるだろう

    現時点だと、こういうことを表で言うと、この人は不道徳な人だと言われそうなので、こういうところでメモにしておく程度にとどめておくが、

    ゆくゆくは遺伝子関連の研究もせざるを得ない時代になるだろう

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  • 指が痛い その3

    指が痛い

    すごく痛いわけではないが、

    少なくとも、モデリング作業で仕事をするのは難しいな、という感じだ

    ここ最近はアニメの撮影のような仕事をしていて、クリックの動作をたくさんした

    なので、指が痛くなった

    脚本や世界観構築のような形で仕事ができるようになりたい

    2025年はアニメスタジオに実際に身を置き、仕事をしつつ、自分の脚本、世界観、を見せていける環境で勉強していくつもりだ

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  • 「カールじいさんの空飛ぶ家」を見た

    せっかくディズニー+に加入しているのに、最近はDアニメストアでドラゴンボールを見るだけだった

    なので何となく、この作品を見てみた

    この作品は、だいぶ前に見たことがあるような気がする

    が、その展開なども忘れていたので改めて見てみた

    カール爺さんの体力が凄い

    まず思ったのは、カール爺さんが元気すぎるということだ

    岩山を移動するだけでもすごいのに、カール爺さんは家を一軒引っ張っていた

    岩山というのは見た目以上にハードな場所で、僕も、筑波山から下山しただけで5日間くらい動けなくなった

    他にも、体長3mほどの鳥と、10歳くらいの子供と、中型犬がぶら下がったホースを一人でつなぎ留めていたりもした

    もちろん、そういうことを指摘するのははおとぎ話的解釈の前では無粋なことだということも理解しているが、さすがにカール爺さんは元気すぎる気がした

    絵的な美しさ

    カラフルな風船が煙突から出ている様子は、シルエットですら美しいくらいに絵になる演出だ

    影が太陽光に透けて色づいているのも面白かったし、

    暖炉から繋がった風船の糸を切って上下をコントロールしている様子も、アイデアが面白い

    そもそも、古い家がカラフルな風船によって飛んでいるという様子自体も、物語中のカール爺さんの振る舞いを反映しているようで良かった。

    3DCGのレベルが高い

    ピクサーなので、言うまでもなく3DCGは最強だった

    ただ、ここではあえてその弊害に触れるが、

    カール爺さんが元気すぎたり、暖炉の一点で家が浮いたり、家が都合よく操縦できたり、何十年も前の飛行船がメンテナンス無しで操縦可能だったり、

    そういう、物語の演出上の嘘が気になってしまうのは、3DCGのレベルの高さが招いたことだ

    脚本の解像度と、絵の解像度は合わせる必要がある

    おそらく、このことにあまり配慮していなかったがために、ちょっと違和感を覚える感じになってしまったのではないだろうか

    似たような作品としては、ゴジラ-1.0とかがある

    もう少し、セルルックっぽい質感に3DCGを寄せるなどして、絵としての解像度を下げるなどの工夫が必要な気がした

    風船というタイムリミット

    物語には何かしらのタイムリミットが必要だ

    それがあると、物語が緊迫した物になる

    そして、そのタイムリミットを、そのまま具体的なモチーフとして風船にし、物語に組み込んでいる

    風船はガスが抜けて浮力を失うし、

    一度空に放たれた風船は元には戻らない

    洞窟の壁などに擦れるだけで風船が割れる

    風船が割れるという絵自体が、タイムリミットというものを強く感じさせる

    そう考えると、やはり、主人公がおじいさんというのが良く働いている

    人生のタイムリミットが迫っているおじいさんと、風船が割れ続ける空飛ぶ家は意味合いにおいてリンクしている

    だから、ただ風船が割れるだけでも、カール爺さんの冒険が終わりに近づいているような寂しさを感じる

    ストーリー

    一番良いなと思ったのが、家具を捨てて再び浮き上がるシーンだ

    あの場所にたどり着いたとき、カール爺さんは定住することに決めていた

    が、そこで、改めて室内を見てみると、散乱した家具とボロボロの家に寂しさを覚える

    そして、亡き妻の言葉を目にして、冒険が終わっていないと感じ、家具を捨てる

    家具を捨てるというのが、新しい冒険の始まり。これまで積み上げてきた思い出、あるいは慰めとの決別。

    そういうものをこれまた絵として直接展開にしている点が良かった。

    この映画は、ものすごくメタファー的な考えでモチーフが考えられた作品な気がした

    おじいさんが長年住んだ家が風船で空に浮かび、少しづつ高度を落としていく

    絵的なものと意味的なものがリンクしている

    まとめ

    エンタメ的な面白さもあり、テーマも単純明快で多くの人が共感を感じそうなものだった。

    メタファーの使い方がとても上手で、参考になった

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  • もうすぐ引っ越し

    最近はついに実家から出ることを考えている

    半年くらい前から同じようなことを言っている気がするが、今回は本気だ

    この春。それ以降になるかもしれないが、物件のリサーチも始め、内件にも行く予定だ

    前まで長らく。実家で暮らしてきたが、それだとやはり、仕事に誘われにくいんじゃないか、と思った

    スタジオにいれば、何かあった時に僕に声がかかったり。僕に仕事を頼みやすくなるのでいろいろな経験ができる気がした

    が、実家から都内のスタジオには片道2時間近くかかるし、運賃も高い

    なので、通うとなるとなかなか厳しい。

    なので、家から出て、都内で暮らすことにした

    僕はことあるごとに不安になる人間なので、やはり、独り暮らしについては不安も大きい

    ただ、最近はお仕事も頂けるようになりつつあるし、貯金もたまったので、独り暮らしを決意した

    ただ、今、その決意と裏腹に不安に襲われてる

    月の家賃や食費なども計算し、月にこれだけの金額がかかるのだとシミュレーションしてみたら、結構高くて驚いた

    物件を契約するときも、引っ越しをするときもお金はかかるし、

    それをまとめてみたところ、結構な金額で、不安になった

    ただ、やはり、今引っ越さないと後々後悔することになる気がする

    今以上にステップアップするためにも、都内在住の一人暮らしになる必要があるので、この年末年始と春にかけて、引っ越す予定だ。

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  • 原発問題に対する無関心の訳

    僕は昔から、テクノロジーや文明の発達についてはあまりよく思っていない

    というと、いかにも原発反対派みたいな印象になるかもしれないが、実際のところはそうでもない

    原発に関しては良い面もあれば悪い面もあって、両方知っているので、決めることができないでいた

    ただ、世の中には原発反対派と推進派が確かにいる

    なぜこういうことになっているのか謎だったが、チャットGPTと話し合って、なんとなく理由が分かってきた気がした

    原発反対か推進かについて、文章化してみる

    まず、原発の生むメリットデメリットは確かにあって、それを僕は知っている。が、そのメリットデメリットの尺度が違うので、比べることはできない

    メリットデメリットそもそも比べること自体が間違っていると思っている

    原発推進派のメインな意見としては、CO2が少ないクリーンなエネルギーという点を挙げるだろうし、

    反対派のメインな意見としては、災害時や放射性廃棄物のリスクがあげられるだろう

    どちらもメリットデメリットだと理解しているが、それらを比べることはできなくないか? と思う

    クリーンなエネルギーというパラメーターと、放射性廃棄物のリスクというパラメーター。

    この2つは尺度のベクトルとして全く違うものなので、それを比べること自体になんの意味も無いと思っている

    それでも比べようとするならば、その2つの尺度に個人的な価値を見出して比べているということなのだろうが、

    それは結局のところ、原発というテーマをまとったエゴでしかない

    僕はそういう気がするので、なんとなく、エゴが主力にある議論に参加する気にならない

    となると、僕は原発に対してそういうエゴすらない無関心な人間になってしまうのだが、そういうわけでもない

    ただ、多分、僕は原発という小さなテーマではなく、もっと大きなテーマ。そもそも原発を生み出すような中途半端なテクノロジー自体に罪があると思っている

    だから、原発は正直どうでも良い。それは世の中に無限にある問題のうち、原子力が絡んだ問題の1つでしかない

    その根本にあるのはテクノロジーの進化で、地球温暖化、少子化、差別、自殺、

    全ての問題はテクノロジーが中途半端に進化しているからだという結論が僕の中にある

    だから、僕が熱くなるのは、原発でも差別でもなく、テクノロジーの中途半端な進化だ

    それに色を付けたような各種問題は実際のところ、そこまで重要ではないと思っている

    この、重要ではないと思っているというのが、原発問題に対する無関心さに繋がっている気がした

    原発に関しては、

    ・原発だけに反対するのは広い視野で問題を見れていない気がするので、あまり賢明な意見だとは思っていない。そこにはエゴが含まれているだろうから単なるヤジの飛ばしあいが続くだけ

    ・反文明という広い視野を持って原発に反対するのは、理にかなっている気がするので信ぴょう性がある意見だと思う。反文明の一つの形として反原発があるという、一貫性がある。

    ・原発賛成意見については、実際問題。原発を使わないと環境も破壊するし、文明も発展しない。中途半端な文明が一番よくないと思っているので、原発に賛成してすべての問題を解決できるくらいの文明レベルを目指すというのも良いと思っている。

    つまり、これから先。すべての問題を解決できるくらい高度なレベルのテクノロジーを人間が得ることができるのであれば、結果的に原発賛成

    ただ、そうでないのであれば、原発含めすべてのテクノロジーを捨てた方が人間幸せに生きれるので、結果的に原発反対

    どちらも今後どうなるかという、ギャンブル的な要素を含んでいて、自分にはどちらが正しいかわからない。神のみぞ知ると思っているので、そもそもそれに対して熱くなるのは無意味

    と感じているので、あまり強い意見を現時点では持っていないのだろう。

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  • ソ連の寂しい音楽と風景、アニメの女の子の動画

    そもそも僕はフュージョン音楽が好きだったり、ゲームのBGMが好きだったり、映画の劇伴が好きだったり、

    とにかく雰囲気がある音楽が好きで、もはや歌詞のある音楽よりも歌詞のない音楽を聴いていることの方が多いくらいだ

    そして、その中でも、ノスタルジックな昔のロシアの音楽は特に好きなジャンルの一つだ

    最近またこのプレイリストがブームで、よく聞いている

    その際に気づいた、

    この動画の良いところは、かわいい日本の若い女の子が、寂しい異国(ロシア)の寂しい街で黄昏ているという、ギャップだ

    人生で一番良い時間を、こんな寂しい空間で、何もせずに過ごしている

    これは、現代において、多くの人に当てはまることなのでは、とも思った

    僕もそうだ

    おそらく大多数の人間とは違うが、僕は18歳から25歳までの一番楽しそうな時期を、実家に引きこもって過ごした

    その結果として今のCGのスキルや感性があるので、この7年間が無駄だと思っているわけではないが、

    ただ、やはり。人生の過ごし方として、若い時間をそういう一人で過ごす時間にしてよかったのかと疑問に思ったりもする

    大多数の人間は、自分の人生に満足していないのでは?

    若い時間を無駄にしているということにどこかで疑問を持ちながら、それでも仕方なく今の生活を続けているのでは

    そんなときに、このジャンルの音楽と画像を見ると、共感が生まれるというか、自分の人生を美化できる気がして良い気持ちになる

    少なくとも自分はそうで、同じような気持ちを持った人がこのプレイリストを聴き続けている気もした

    Sonny Boy_1
    ©Sonny Boy Committee

    ちなみに、僕のそういう気持ちは好きなアニメにも表れていて、

    サニーボーイなんかは同じ魅力を含んでいる気がする

    いや、このアニメは寂しい感じではなく、変化に富んだ若い時間を無限に過ごすという点で、ソ連の音楽のプレイリストとはほとんど真逆だ

    若い時間を寂しい場所で何もせずに過ごすノスタルジーが魅力のロシアのプレイリストならば、

    若い時間を寂しい場所で永遠に過ごすノスタルジーが魅力のサニーボーイだ

    ノスタルジーという点においてはやはりイエメンにも重なる部分がある

    ソ連のような寂しい電子音楽にのせて、イエメンのシバームを背景に、アニメ調の女の子が黄昏ている動画は最高なものになる気がする

    実際のところはイスラム教の国なので、世界観的には間違っているが、

    そういう動画があれば、単なるノスタルジーだけでなく、若い青春時代の輝かしいひと時を、誰もいないノスタルジーの中で過ごすという、ギャップ萌えみたいなことも動画から摂取できるので、最高だと思う

    誰か作ってくれないかな

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  • 映画には謎が無いと神聖にならない

    北野監督作品を考えていて思った

    映画には謎の部分が必要だ

    別に映画に限ったことでもないが、

    キューブリック監督もそうだし、

    マクロスプラスも、エヴァも、エルフェンリートの1話もそんな感じだった

    明らかな謎がその作品を神秘的にするし、僕個人としては、その雰囲気が好きだ

    シュルレアリスムと似ているかもしれない

    具体的な結果はあるのに、それに至った経緯が謎な場合に、シュール成分を感じる

    映画にはそういう成分が必要だ

    映画の映像として具体的な結果はあるのに、そこに至った経緯が謎、

    コンテンツ全般として、この謎要素は場合によっては無限の可能性ともとれるので、魅力的に映るのかもしれない

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  • 「3-4X10月」を見た

    「3-4X10月」を見た

    数か月ぶりに北野武監督映画を見た

    シュール

    とにかくシュールなギャグが多い印象だった

    カラオケ喫茶でのシーン、微妙な歌唱力の歌にのせて、たけしが向かいの席のヤクザをビール瓶で殴る

    その間にもたけしの連れのヤクザは黒人の女と踊っている

    あとは、事故を起こして呆然とする様子だったり、事務所に乗り込むシーンで、花束に扮した銃が暴発する展開だったり、

    指を詰めるとき、「忍耐」と書かれた置物で叩いていたり、

    いろんなところでシュールなギャグというものが多い気がした

    謎多き感じ

    タイトルもそうだが、謎多き感じをわざと演出している気がした

    特報も、謎の宗教画から始まり、「3-4X10月」と繰り返し読まれるだけのものだ

    この映画は今となっては成功している気がするが、当時は興行的に振るわなかったようだ

    なんだか、押井守の天使のたまご、を思い出した

    全体として、武監督の自信が感じられる作品だった

    そもそもエンタメにしなくても、北野武という名前だけでも看板になる監督なので、こうした尖った映画を撮ることができるのだろう

    そういうと頃が少しうらやましいと思った

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  • 有終の美を飾る生き方

    自分というものが美しく、神聖で清らかであるうちに時間を止めたい

    若いうちに、一番良い時に死にたい

    (というのは、自分の人生を作品としてみている人間の思うことだ)

    自分の生きる意味を、他人のために生きるということではなく、自分という生け花をいかに美しいまま固定するか、それを考えて生きている人間が、有終の美にこだわった生き方をする

    その生き方はもはや、繁殖のために生まれた人間ではなく、自分のアイデンティティを客観的に見て、コーディネートしたいと考える高度な人間がたどり着くものだ

    ……という物語を作りたい

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  • 楽しいって何だろう

    楽しいってなんだろう

    人間は楽しいことをするために生きている

    その楽しさは人それぞれで、旅をするのが楽しい人、好きなことをするのが楽しい人、独りでいるのが楽しい人、子孫を増やすのが楽しい人、色々いる

    ここではあえて、楽しいことという、超抽象的な言葉で考えてみる

    僕はなぜ今、生きているのか

    夢があって、脚本を書いたり、自分の思っていることを映像にしたい

    それは究極的にかみ砕いて言うと、楽しそうだからだ

    じゃあその楽しいという感情はどこからくる?

    それは、自分がそう思うという、完全なる自己中心的な感情だ

    そんな感情に意味なんてないんじゃないかと思った

    道端に落ちている楽しみを拾って楽しめるなら、失うものは無いので楽しんだもの勝ちだ

    ただ、夢を追うということは違う。時間も労力も、すべてをかけて挑むものだ

    そういうすべてを賭けて挑み、得ることのできた楽しみは自分が認めた、自分の中だけに存在する価値だ

    それに価値を見出すのは自分なので、そこに本来の価値なんてないんじゃないかと思う

    だとしたら人間が生まれる意味も、わざわざ生きる意味も無いのでは

    単なる現象の結果として生まれてしまった自分がこうして苦しんでいるのは、損な気がしてきた

    なぜ世の中、楽しみは苦しまないと得られないのに、苦しみは何もせずに得られるんだ?

    そんな世の中を生きる人間たちの当たり前の答えが、生きる。というのが今、理解できない

    P,S,

    自分が病んでいることを人から隠し、あたかも生きていて楽しいと思うようにしている

    本当は生きるのは楽しくないのに、それを隠すために小さな喜びに注目してあたかも生きていて楽しいと自分に言い聞かせている

    そういう人間ばかりではないのだろうが、なんだか死ぬことが悪いことみたいに思われる世の中はどうなのだろうか、

    本当に人を苦しめているのはその、死ぬことは悪いことだという同調圧力では

    だからと言って、死ぬことを肯定するとそれはそれでみんな死んでしまう

    つまり、これは矛盾している

    その矛盾はこうしてしわ寄せとなり、人の苦しみになっているのでは

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  • ジオメトリノードマニア第二弾、開催&出演決定

    blenderFesにて好評をいただいたジオメトリノードマニアが単独の講義として開催されます、

    前回に引き続き、出演させていただくことになりました。

    https://twitter.com/CGWjp/status/1859566217289245011

    登壇者は前回と同じ、涌井嶺さん、平の字さん、バーバパパさんです!

    僕は自主制作アニメーションでのジオメトリノードの活用事例について、前回のジオメトリノードマニアよりも深くご紹介します!

    詳しくは以下ページをご覧ください

    https://tutorials.cgworld.jp/con/2072

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  • CGWORLD ONLINEにて、マテリアルノードの講義を配信します!

    先日のblenderFesに引き続き、マテリアルノードの講義をさせていただくことになりました!

    https://twitter.com/CGWjp/status/1859858957214548341

    blenderのマテリアルノードについて、基本から応用までを網羅する講義を予定しています

    後半には、自主制作アニメーションを例に、マテリアルノードで行っている工夫などもお話します。

    詳しくは以下のページをご覧ください↓

    https://tutorials.cgworld.jp/con/2073

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  • 「アナと雪の女王」

    アナ雪を見た

    2013年の映画で、前回は確か、公開当時に話題になっているころに見た

    なので、10年以上ぶりだ

    今もそうだが、ディズニーアニメをあまり見ない僕だ

    ただ、この作品はさすがに話題になっていたので見た

    その時も楽しく見れたが、悲しいことに、あれから10年くらい経ってまた見方も変わった

    カメラアングルについて、戴冠式後のパーティーのシーン

    エルサとアナが椅子を挟んで向かい合っていて、それをシンメトリーな感じに撮っているカットがあった

    カットの前半はシンメトリーなので、安定したレイアウトだ

    ただ、アナがその場を後にすると、エルサは不安な表情になる

    そして、同時に。シンメトリーだった構図もバランスが悪くなった

    つまり、キャラの心情とレイアウトをリンクさせている

    これが意図されたものなのかはわからないが、とても高度な見せ方だと思った

    全体的なストーリーについて

    岡田斗司夫の解説を少し聞いた後に映画を視聴したので、心してみることができたが、

    「ありのままで」歌を歌うシーン。

    あのシーンは確かに、前向きな歌だと漠然と思っていたが、改めて映画を見ていると違うことに気づいた

    どちらかと言えば、闇落ちみたいな感じだ

    歌の冒頭ではまだ不安の残るエルサ。肩には国での責務の象徴であったマントが圧し掛かる

    が、歌が進むにつれて吹っ切れて、自分を縛っていた手袋を捨て、責務であるマントを脱ぎ棄て、魔法を放ち、崖に切り分けられた孤立した土地に氷の城を築く

    そして最後には心を閉ざす

    心を閉ざすというのは自分の世界にこもる。それだけでも満たされると割り切るということだ

    少しも寒くないわ。というのは単なる強がりだろう

    それを溶かすのがこの後しばらくのストーリーの目的として機能している

    ミュージカル仕立てな構成について

    ディズニー映画は基本的にミュージカル仕立てなので、そういう流れを汲んでいるというのは言うまでもないとして、

    この映画におけるミュージカル仕立てというのは、全体の構成的に見ても理にかなっている気がした

    この映画、序盤の30分ほどで、登場人物の説明、世界観の説明だけでなく、幼少期からの話をちゃんと見せている

    もはや、雪だるま作ろうの1曲中で、おそらく10年くらい時が進んでいる

    この作品の序盤30分はとてつもなく早いテンポで進んでいるが、それを感じさせないようにうまく機能しているのが、曲だ

    曲に乗せることで、やっているのはダイジェストなのに、ダイジェストということを隠すことができている

    いや、ダイジェストというのを曲でラッピングして、作品として違和感のない進行を実現している

    そういう手法は他のディズニー映画でもとられているのだろうか、わからないが、

    日本のアニメでもなかなかない表現な気がした

    生まれて初めての終盤。アナとエルサの曲のパート別けが凄い

    「生まれて初めて」は、戴冠式にワクワクするアナの、明るい歌から始まる

    ただ、曲の途中で雰囲気は変わり、エルサの内に秘めた不安の歌になる

    そしてそのあと、最後。アナとエルサ2人のが交互に歌っているようなパート別けになる

    音程も、歌詞の内容でも、一目瞭然だが、表がアナで、裏がエルサ。2人の心情を曲の中のパートに分けて表現していた

    エルサの苦しみを何も知らないアナの無邪気さ、アナを城から見守る闇を抱えるエルサ。

    この関係を曲の歌い訳で表現しているあの演出はとても良かった。

    個人的に気になったところ

    こういう作品にこういうことを言うのは無粋かもしれないが、

    真実の愛。というのが少しご都合主義な気がした

    ただ、クライマックスの真実の愛が、クリストフによるものだと思わせといて、実は姉であるエルサの物だという意外な展開は良かった

    とはいえ、やはりちょっと、真実の愛だと抽象的過ぎる気もした

    これは、ゴジラ-1.0の時も同じようなことを書いた気がするが、

    映像がリアルになると、それ相応の解像度を持つ脚本が必要になってくる

    アナ雪が絵本のような絵柄のアニメだったら真実の愛で良かったかもしれないが、

    あのレベルの3DCGで、真実の愛と言われてしまうと、少し解像度があってない気がした

    時代に合わせて変化するディズニー映画

    僕はほとんどディズニー映画を見ていないが、アラジンは少し前に見た

    そこでは、精神障害患者を揶揄するような展開があって、時代を感じた

    そもそも、ディズニーは昔、太平洋戦争のプロパガンダ映画を作っていたこともあったくらいだ

    ディズニーは結構過激なスタジオなんじゃないかと、個人的には思っている

    そして、アナ雪のテーマもまた、これまでのディズニーとは少し違うものになっていた気がした

    多様性に関してテーマに含め、どちらかと言えば負の物として描かれている魔法を個性と割り切る展開もあり、時代に合っている気がした

    3D作品のデフォルメ

    3D作品はデフォルメが苦手で、情報を取捨選択するのが難しい

    なので、抽象的で魅力的な雰囲気を伝えるのは苦手だ

    ただ、やはりディズニーレベルのスタジオになると、日本のアニメと同じくらいのデフォルメされた世界を、3Dで伝えることができているようだった

    アナが生まれて初めてをうたっている最中、

    ソファを踏んでジャンプして空中で一瞬止まっているようなカットも、文字で書いて絵本のようになってしまう演技だが、それを情報量の多い3D媒体で、違和感なく表現していた

    先ほどの話ではないが、映像がきれいになればなるほど、脚本の解像度が必要だ

    ただ、ソファでジャンプして空中で止まって、みたいな。解像度の低い展開を、写実的なルックで違和感なく表現してしまうディズニーのアニメーターはやはりすごい

    総評

    とても良かった

    ストーリーはわかりやすく、絵的に盛り上がる展開も多いし、ギャグも面白かった。

    そして何より、雪だるま作ろう、ありのままで、生まれて初めてなど、

    魅力的な歌が多かった

    このような形にヒットの理由が揃っている点においては、君の名はも同じようなものなのかもしれない

    時代に沿って変わるディズニー映画を感じるという意味でも、エンタメ映画としても、良いものになっているので、これだけのヒットになっているのでは、

    という気がした

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